第26話 気持ちいい背中
……うん?
何?この俺の顔に掛かった手。
……眠いんだから、ちょっと退かす。
……。
もう、また手が……、鬱陶しいなぁ……ちょっと退かす。
……だから、しつこいって!鬱陶しいから!……って、え?だ、誰だ?
な、何で俺の部屋に……、あ、そっか今日はケイを泊めたんだった……。
……。
……。
もーっ!しつこいな!この手は!ケイ!……て、こら、待て。
ま、まさかこいつ、俺の背後に?
……ゴクリ。
横向きで寝てる俺の背後か、これ。
……で、この感触、……も、もしかして、この背中に感じる柔らかいのは、……。
――ヤバイ。
俺が幽体離脱して、上から見ると、ベッドの下で、横向きで、ペタッとケイに後ろから抱きつかれてるって構図になるのか。
……ゴクリ。
って、この背中の、……これマジか。マジでケイのおっぱいか。
……ってこら、ちょ、
……で、でも、こんなに気持ちいいものなのか、おっぱいって。
つか、めっちゃケイの体温とか、匂いとか、息遣いとか感じるんだが……。
……ゴクリ。
……ケイを泊めた役得ってことで、このまま動かない方がいいのか。
だよな、ケイも寝てるし、これは役得だ、そうに違いない。
――つか、もちろんこれ、ノーブラだよな。
……よし、このままちょっと背中をゆっくり動かして、感触を楽しもう。
……、わっ!、わわわっ!、こ、これは、も、もしかして、あれか。
ち、乳首って奴か!
「うっ、……うーん」
うわっ!ケイが起きた?……いや、この寝息はまだ寝てるな。
……ゴクリ。
つか、どーすんだ、これ?マジ、ヤバイって。
冷静でいるとか、んなの無理だよ、これ。
こ、このまま、やっちゃう……、ん?、ケイお前、どこ触って――。
「ケイ!」俺はおもむろに上半身を起こした。だってこいつ、俺のイチモツを。
「なーんだ、つまんない。クスクス」ケイは寝転がったまま、こっちを見て笑う。
「もー、お前って奴は……」
「だって、もう朝の六時半だし」
「六時半って、今日は祝日。まだ早いじゃんか……って、もー、ドキドキしちゃったじゃんかよ」というよりも、こっちは興奮してバクバクもんだわ。
「クスクス」
「なんだよ?その笑いは」
「だって、それ、どーすんの?」とケイがどこかを指で示すんだけど……。
「それ、とは?」
「股間の硬い奴。クスクス」って、わっ!パジャマズボンにバッチリ分かるテントが。
「っるせーな!しゃーねーだろ!」と俺は慌ててケイに背中を向けた。
「いいもの持ってんのに、勿体無いね。フフッ」
「いーから!もう起きよ!カーテン開けるぞ!」
その朝も、昨日と同じで、真っ青としか言いようがない快晴の空が広がっていた――。
***
「なぁなぁ、さっき、いつから目を覚ましてたの?」
って、朝食のご飯に納豆を乗せながら、ふとケイに聞いて見ただけ。別に大した意味はない。あ、そうそう、朝食は俺が作ったんだけどね。目玉焼きに、鮭の切り身焼いて、豆腐ともやしと刻みネギ入れた味噌汁だけ。
「えー……。よく覚えてないけど」って味噌汁啜りながらケイが言った。
「つか、なんで背後にひっついてたんだ?」
「知らない。だってベッドの上で寝てた筈だもんね、あたし。普段ベッドじゃなくてお布団だから、落ちちゃったのかな?アハッ」そういや、なんか夜中にドスンって物音がしたような気がするな。
「でもさぁ、ケイのそれって、超武器だよな」と箸でケイの胸を指し示した。お行儀悪いなぁ、俺は。
「そう?あたしはこれ、勝手にこうなっちゃっただけだし、でも男の人は大抵好きなんだろうけどさ。あたしのものであって、あたしのものではない、みたいな」
「どういう意味?それ」
「どーぞ、お好きなようにお弄りくださいませ、みたいな。あはは。好きな男限定だけどね。……この鮭、美味しい」それ買ったんじゃなくて、上の階のおばちゃんにもらったものなんだけどな。
「……俺もこいつにそんなことを言ってみたいもんだなぁ、はぁ」と、股間を見つめた。
「そうそう好きな人って言えば、隣のちなっちゃんとはどこまで進んでるの?」
「え?……えっと、先々週かなぁ、妹さんの――」と、俺は凛ちゃんの引越しにベッドを一緒に持っていたこと、最近はSNSでやり取りしてること、で昨日の朝、インフルエンザのちなっちゃんを病院に連れてったことなどをケイに話した。
「ふーん、お手々繋いだくらいか。でもその、引越しの奴はデートじゃないしね。全然進んでないんだなぁ、やっぱ。ご飯お代わり」とケイは空になったお茶碗を俺に渡した。
「朝からよく食う奴だなぁ。でもさぁ、五時間も一緒にいたんだよ?車で一緒に移動したしさぁ」と、ジャーからご飯をよそってケイに渡す。
「デートっていうのは、デートだからデートなの。ちゃんとね、事前に計画したりとか、何着て行こうかなぁとか、一緒に何しようかなぁとかさ、どこそこで写真を一緒に撮るとかさ、きちんとデートって感じじゃなきゃデートじゃない。本当に何もわかってないのね」
「だってさぁ、映画とか誘ったけど忙しいって断られてなかなか……」
「下手だなぁ。そういう場合でもやり方はちゃんとあるんだよ。こりゃ教育がやっぱ必要かもねー」
「うーん……とにかく今はちなっちゃん、インフルエンザだし、完治してからまたアタックするよ」
「さっさとやらないと、他の男の人にかっさらわられちゃうよ。ご馳走様でした」とケイは箸を置き、奥の部屋のテレビをリモコンで着けた。
***
「まーた、芸能人カップル離婚だって。先週も別のカップルあったよね」
テレビでは、どこのチャンネルも朝からある芸能人カップルの離婚騒動で持ちきりだった。で、俺はキッチンで朝ごはんの後片付け、ケイは布団を畳んだり、掃除機かけたりしてくれててさ。
「最近離婚とか多いよなぁ。あ、そう言えば、優作君も離婚してたけど、元奥さんのところとかは行ってたりしないのかな?」って、ふとそう思っただけだったんだが、これがヒットだった。
「……あいつのところだけは、絶対連絡しない」
「え?何でさ?優作君が子供に会いにく可能性とかは?」
ところが、ケイはそれっきり黙って掃除機を片付けて、俺がベランダに干してた洗濯物を取りに出てしまった。そう黙られると気になるんで、部屋に戻った時にもう一度聞いてやった。
「優作君、子供大好きだって言ってたじゃん。可能性はあるんじゃないのか?」
ところがケイはだまーって洗濯物を畳んでいるだけ。
「なぁ、連絡してみたら?」すると、俺のしつこさに負けたのか、ケイはやっと口を開いた。
「だってさぁ、あんな山奥に行くだけでも大変なんだし、今更あのクソババァに会いに行くなんて考えられないしさ、それに………」と、ケイは明らかに言葉に詰まった。俺はピンと来たんだな、性格知ってんだよ。
「元奥さんと関わりたくないんだろ?」
「……う、うん」なかなか素直じゃないか、ケイ。多分心の中ではもう、察しはついてる筈。俺って、こういうのしつこいんだ。
「やっぱり。でも、逃げてちゃダメだよ。せめて連絡取るくらいはしなきゃ」
「そうだけど……喧嘩になっちゃうからさぁ」
「喧嘩とは?」
「だってさぁ、あのクソババァ――」
ケイの話によると、そのクソババァ、名前を
「でも絶対ないって。優作だってあの強欲ババァ相当嫌ってたもん」
「そうかなぁ。子供好きだったら、優作君がそこに行く可能性はゼロじゃないと思うけど」
「…うーん、それならこっちで待つ。とにかく、あんなムカつくババアに絶対に電話とか連絡したりしないから」
「そこまで意思が固いなら仕方ないか。相当酷いんだな、その真利江って人」
その時だった。もうね、あまりのジャストタイミングで、奇跡でも起きたのかと後でケイと笑った。だってね、ケイのスマホに着信が入って、見覚えのない電話番号には普通は出ないようにしているケイが、その電話にたまたま出たんだよ。そしたら……。
「…え?郷原って、真利江さん?」
どんなタイミングやねん――。
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