第27話 ケイvs真利江(1)

 ケイは、電話の相手がクソババアこと郷原真利江であることがわかると、相手にすぐに折り返すと言って一旦切り、外で電話してくるからと部屋を出て行ってしまった。結構キツイ真剣な表情してたけど、あれは「今から勝負だ!」みたいな気分だったのかな?


 それはいいとして、ちなっちゃん落ち着いただろうか。ちょっとメッセージ送ってみよう。

「おはよう。具合はどう? 少しは良くなった?」

 そしたら即返事きた。

「おはよう。ちょっと咳が酷くなってきたけど、熱は37℃台まで下がりました。昨日は本当にありがとう」

 そうかそうか、それは良かった。

「良かったね。ゆっくり休んでね。もし何かすることあったら、いつでも言って」

 うん、今日だって持って返ってきた仕事があるくらいで、他にすることないからさ。

「妹がいてくれるので大丈夫」

「そっか、凛ちゃんがいてくれるもんね。じゃぁお大事に」

「ありがとう」


 順調に回復してるみたいで良かった。でもこういう時って、恋人同士だったら普通どうすんだろうな。やっぱ看病とかしてたりするのかな? ていうか、ちなっちゃんと俺が逆だったら、ちなっちゃんが看病してくれたのかな? 一人暮らしって、病気とかで寝込むと結構辛いんだよなぁ――。


「ただいまー」

 ケイが帰ってきたのだが、結構険しい顔してる。

「また、その真利江さんて言う人とやりあった感じ?」

 と、恐る恐る聞いてみたんだが、ケイはそのままキッチンに来て、水道の蛇口からコップに水を注ぐと、そのまま一気飲みして、結構キツイ感じでコップをキッチンに置いたりして、そのままキッチンを背もたれにして腕組み。ケイ、なんだか鼻息が荒い……。

「あの、嘘吐きババアがっ」とケイは吐き捨てた。

「えらい剣幕だな」

「……優作ね、絶対あっちにいる」

「え? やっぱり向こうの実家にいたの?」

 って言うと、ケイは奥の部屋に入って自分の荷物を片付け始めた。

「あのババア、「こっちには来てません」とかシャーシャーと抜かしやがったけどさ」

「向こうがいないって言ってんのに、どうしているって思うの?」

「……あいつがさぁ、なんか企んでる時はすぐ分かるんだ。……ごめんちょっと着替えるから引き戸閉めるね。隆がまた興奮しちゃったら困るでしょ?」

 と、ケイは引き戸をピシャッと閉められた。


「あのバカ女、声のトーンが全然変わるんだもん。嘘つく時はいつだってそうだったからさ」

 クソババアに嘘吐きババアで、今度はバカ女か。酷い言われ方。

「でもさ、ともかく、真利江さんて人の実家に優作君がいるって、ケイの口ぶりじゃ、はっきりしたんだから良かったじゃん」

 ってことになるはずなのに、ケイは即答。

「良くない!」

 んだってさ。で、着替え終わって奥から出て来たケイは、その姿から帰るのかなぁ、と思ったら違った。


「今から、優作を迎えに行く!」

「い、今から?って、遠いんじゃないの?」

 確か、山奥っつってたような……。

「なんとか日帰りで間に合うと思うし、あいつ絶対何か企んでるに決まってるからさ。あの言い方クソムカついたし!」

 怒ってる、かなり怒ってる、のはわかるんだけど……。

「つか、俺は部外者だけどさ、一応聞いとくけど、電話でどんなやり取りしたんだ?」

「養育費。色々あってね、私が振り込むことになってたんだけど、今月忘れててさ。でもおかしいじゃん。あいつがなんで、私が振り込むことになってるなんて知ってるのさ? 優作がそこにいるから聞いたに決まってんのよ!」

「ちょ、待てって、そんなに怒らずに、まずは落ち着けって。ケイ、興奮しすぎ」

 で、今すぐにでも出て行きそうな勢いだったケイは、取り敢えずダイニングの椅子に座ってくれた――。


「話は多少はわかったけどさ、向こうに優作君がいるとして、もし連れて帰るの失敗したらどうすんの?」

「わかんない。でも行かなきゃ私の気持ちが収まらない」

 ケイって結構、頑固なとこあるからなぁ。

「でもさぁ、仮に向こうに行ったとしても、真利江さんて人と口論になるだけなんじゃないの?」

 そう考えるのが普通だと思うんだけど。

「いいよ、別に口論になったってさ」

 そんな激怒してる状態で向こうに行ったって、しょうがないと思うんだけど……でもなぁ、優作君のこと、こいつずっと悩んでるし、何とかしてやりたい気持ちは俺にもあるんだよな……。よしっ!


「俺も行く」

「え? 何で隆が行くの?」

 そう来るよな、当然。

「一人より二人の方がいいだろ?どーせ行くならさ」

 自分で言ってても意味わからんが。

「で、でも」

「俺も着替えるから待ってろ!」

 って、ケツまくるみたいにして奥の部屋に入って引き戸ピシャッとやってやった。俺もカッケェかもな、意外と――。


 午前九時に出発して、十一時半くらいに駅に着くと、そこからバスで一時間半もかかるんだって。日本は、ちょっと都会を離れたら、どこでもこんな感じで山奥になっちゃうんだけど、このバスの通ってる道はほとんど車も通らないし、道の周りは森とか川とかしかないみたいな、確かにすっごい山奥って感じはする。民家とかもあんまりないし。ところが――。


「そんなにすごいの?郷原家って」

「うん、前に一回だけ来たことあるんだけど、とにかく敷地も広いし、家とかも新築で広くて綺麗だし、お金持ちって感じ」

「こんな山奥にそんな家があるとかイメージできないなぁ」

「ていうか、このバスが止まるバス停が「郷原邸前」だよ」

「マジか」

 んなの、聞いたことねぇ。

「ああ、ほら、ここから見えるよ、あそこ」

 と、ケイは少し座席から身を乗り出して指差した。そのバスが下って行く方向には――。


 ほほー。うまい具合というか、山間なのに、そこだけ綺麗に盆地ぽくなってて、結構広く田んぼがあって、えーっと……え? まさか、あれが?

「あの、奥の方にある武家屋敷みたいなところがそうなのか? もしかして」

うそ。あんなの立派なのって、歴史遺産かなんかじゃないのか?

「そうそう、周りが塀になってて中に大きい倉があるでしょ?」

マジだ。よく見ると大きい蔵が二つに、――なんだあの火の見櫓みたいに高いのは?

「わー、あれは確かにすごい金持ちって感じだなぁ。ひえー」


 郷原邸前バス停に到着して吃驚しました。唖然というか。そこには郷原邸しかないんだけど、壁の長さが道路に沿って多分五十メートル以上はある。壁も高くはないが、瓦葺きの塀になってんの。これがよく見ると古いんじゃなくて割りと最近出来たばっかりにしか見えない。門構えとか武家屋敷そのもの。中に入ったら庭師さんが庭の整備してて、ちっちゃい橋の掛かった池まであって、ナンジャコリャ? って。スッゲーなぁとケイの後ろをついて歩くこと、門から入って多分数十メートルでやっとその大邸宅の玄関についた。


「こんにちわー。誰かいらっしゃいますかー?」

 ってケイが大きな声で呼ぶんだが、大きな声で呼ばないと、ちょっと奥にいたら聞こえないだろうなぁってくらい、広さはある。この土間だけで、俺の1DKより広いんじゃねぇか? この玄関から廊下に続く床もまぁ、なんか高級そうな木材でピッカピカのツルツルだし。ともかく語り出したらきりがないくらい、お金持ちなんだなぁと――。


「あら、もしかして優ちゃんのお姉さん?」

 家の中からじゃなくて、後ろから声。見ると、農作業姿の年配の女性が立っていた。後で知ったけど真利江のお母さんだった。豪邸にしてはかなり地味な印象。

「あ、お久しぶりですー。優作の姉の恵子です」

「まぁまぁ、こんな山の中まで、遠かったでしょ?ささ、とにかく上がってちょうだい、案内するから」

 と、真利江のお母さんに客間へ案内された。その客間がまた壺とか掛け軸とか高級そうなのがあってソファーも本革張りで広くて豪勢。真利江のお母さんがお茶とお菓子を出してくれた。


「それで、今日は優ちゃんに何か用事でも?」

 と真利江のお母さんが仰られたので、あっさり優作君がここにいることが確定。

「ええ、優作どうしてるのかなって」

 とケイは言うけど、ほんとは様子見に来ただけではない。

「真利江と隼人と一緒に三人で出掛けててねぇ、もう直ぐ帰ってくるとは思うんだけど」

「じゃぁ、ここで待たせてもらいますけど、いいですか?」

「もちろんいいわよ。じゃぁ、まだ色々しなきゃいけないことあるから、ごゆっくり」

 と言って、真利江のお母さんは客間を後にした。


「でも、なーんか納得いかないなぁ」とケイは言う。

 ただ子供に会いたいだけだったんなら、どうして連絡しても返事返さないのかが、わからないって。優作君は家で暴れることはあっても、別に家族に反発してるわけじゃないから、と。それに、真利江が優作がこっちにいることを嘘ついて隠す、と言うのも腑に落ちない、絶対何か企んでる筈、そう言う女なんだと。

「優作君、もし帰らないって言ったらどうする?」

すると、ケイは少し考えてから言った。

「その時はその時だけど、でもその理由は聞くかな。理由が納得できるんだったらそのまま帰るし、出来なかったら意地でも連れて帰るつもり」

「うん、とにかく理由聞かなくちゃな」

「……で、一体、隆はなんでここにいるわけ?」

 今更それをここで言わないで欲しんだが……。

「心配だったからさ。ケイめっちゃくちゃ怒ってたから、もしかして事件でも起こされたら怖いじゃんぁ」

「……それはもしかしたらあるかも。絞め殺してやりたいくらいムカついてるし」

「おいおい、マジかよ」

 って俺が言った、ちょうどその時だった――。


「まさか、お姉さん?どうしてここに?」

客間の入り口に立ってるその人は、誰がどう見たって郷原真利江だった――。

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