第28話 ケイvs真利江(2)
郷原真利江。年齢は優作と同じ二十五歳ってところまでは知ってた。にしても、ちょっと見た目は派手目なお姉さんって感じ。カーリーヘアが肩まで伸びてて、化粧が濃い感じで、クラッシュジーンズというよりそれは廃品か?っていうくらい肌が露出しまくってる。
「マリちゃん久しぶりー」と、ケイは革張りの一人掛けソファーに座ったまま、背後に立ってる真利江の方は向かずに言う。
「今朝は一言もこっちに来るなんて……」かなり意外そうな表情。で、真利江がふとこっちに視線移したので、俺は言葉は出さずにお辞儀だけしておいた。
「まぁ、そっちに座んなよ、マリちゃん」
「え、……ちょっと荷物を片付けて来るから、片付けてから、また」と言って真利江は何処かへ行ってしまった。
「あの人、かなり慌ててた感じに見えたけど」と俺がいうと、ケイはクスクス笑い出した。
「そりゃ慌てるよね、まさかこっちに私が来るとか予想してなかった筈だし」
ケイは余裕
「でも、さっきあのお母さん、家族三人で、って言ってたから、優作君も戻ってる筈だよね?こっちに。今なら探しにいけるんじゃないのか?」
「あ、そっかぁ。でも先にアイツに言いたいこと言わせてもらってからね」
「やっぱそうなるわけか。でも、暴力はやめてな。口は挟まないけど、暴力はさすがにな」女の掴み合いとか、爪で引っ掻かれて顔中血だらけになりそうだからなぁ。
「さぁね……、あ、誰か来た、…あっ、隼人〜!」
ふと客間の入り口を見ると、幼稚園児くらい男の子が壁から半分顔を出してこっちを覗いていた。
「私、ケイのお姉ちゃんよ、覚えてる?」とケイが言うと、男の子は首を横に振った。
「そっか、最後に会ったのがまだ隼人君が一歳半くらいだったから、覚えてないか。あ、そうだ、隼人に良いものあげるね」と言って、ケイは自分のカバンの中を探ると、チュッパチャップスを取り出して包装紙を剥き、隼人君のそばまで行ってそれを渡した。
「隼人!あっちに行ってなさい」真利江の声だった。
それで、隼人君がその場から立ち去って、真利江が客間に入って来て、ケイが座ってる一人掛けソファーの、斜め前の三人掛けくらいのソファーに腰を下ろした。……かと思うと、何も言わずにポケットからタバコを取り出して、吸い始めた。ケイはその姿を睨みつけている――。
「で、優作はどうしたの?」と、ケイはその沈黙を破る。だが、真利江はすぐには返事せず、タバコを半分くらい吸ってからテーブルの上のガラス製灰皿で火を消してから、言った。
「お姉さん、養育費は絶対に期日までに支払うって、そもそも最初の話し合いの場でお姉さんが言ったんでしょう?違うんですか?私ははっきり覚えてますよ」
え……ケイが約束したのか?、それ。つか、真利江ってなんか陰険っぽい……。
「何回も同じこと言わせんなよ。だったら、月一回くらい優作にちゃんと子供と合わせるのが先でしょ?真利江さん、あんた最近全然連れて出てこないじゃない!」
ああ、なるほどそう言うことか。だったら真利江が悪いよな。
「こっちにだって色々都合があるんですよ!それと養育費は関係ないでしょ!」
うう、真利江も負けてねぇ……つか、やっぱ女の人の争いは迫力が。
「何言ってんのさ!関係大ありでしょ!約束守らない人に、どうしてこっちが一方的に守らなきゃなんないのさ!」
「それは、お姉さんが自分で絶対守るって言ったからじゃないですか!それを何回破ってるんですか!いい加減にして欲しいです!」
「マリちゃんがあの時そう言わないと折れなかったからでしょ!子供との面会が半年に一回とかあり得ると思う?いい加減にして欲しいのはこっちだよ!」
ヤバイ!、ヤバイ!、ヤバイ!、これはマジヤバイ!
「ちょっと待て!、二人とも!」……あれ?、それ俺が今言おうとした台詞なのに一体誰が……あっ。
「その声は優作?」とケイが振り返った、そこに優作君が立っていた。
「真利江はあっちで隼人の相手してろ」と、優作はどすの利いた声で言った。
「だって、お姉さんが…」
「早く行け!」と、優作の迫力がすげぇ。で、真利江は如何にも不服そうに客間を出て行った。
「優作、どういうこと?こっちにいるならいるで、なんで連絡一つよこさないの?お母さんもお姉ちゃんも、あんたのこと、どれだけ心配してたかわかる?ねぇ、そんなところに突っ立ったまま黙ってないで何とか言いなさいよ!」
だが、優作は黙ったまま、客間の入り口にじっと下を見つめたまま立ち尽くしていた。
「優作!」と、さらにケイが怒鳴りつけると、優作はその場に正座して、土下座してしまった。
「土下座したって、ちゃんと説明してくれなきゃわかんないでしょ!」とケイが言うと、やっと優作はボソボソと話し始めた。ずーっとボソボソ言ってて、ケイが何度も聞き返して、やっとわかった内容は大体次の通り。
当初、優作が郷原家に来たのは、真利江の策略だった。まず、この家の当主兼真利江のお父さんが、実家に帰ってきてもフラフラしてるだけで、手伝いの一つもしない真利江に相当怒ってたと。この真利江、住んでるのはこの大邸宅なのに、少し離れたところに住民票移しておいて、児童扶養手当を不正受給してたりしてて相当悪いのだが、それはいいとして、とにかくとうとうお父さんは「家から出ていって欲しい」と言うようになったらしい。
で、真利江はそれは困ると、もっかいあの優作をこっちに呼んで、一緒に暮らすと言う策略を練ったらしい。と言うのは、優作はここのお父さんにかなり気に入られてて、一時は養子縁組すらも考えたらしいくらいだったから。でも優作にも真利江は嫌われてたことは知ってたので、最初は「息子の隼人が会いたがってるから、こっちに来て欲しい」と優作を騙して、こっちに呼んだと。
ところが、どう言うわけか、それは優作自身も同じことを考えていたらしい。優作は結構農作業が気に入ってて、結婚してた時はここのお父さんをよく手伝ったりもしてて、あと、子供も田舎で育てた方がいいと思っていたんだって。ただ、もし自分がこっちに来てしまうと、養子縁組の件もあったりして、神崎のお母さんやケイにどう説明すればいいのかと、悩んでしまい、結局、連絡はなかなかできなかったんだとさ。
「わかったよ、優作。あんたも色々自分で考えてたんだな。ったく、じゃぁ何でそれを言わないのよ?今更もういいけど。で、その気持ち、ここのお父さんには話したの?」と、ケイが優作に言った。
「ああ。最初はめちゃくちゃ怒られたけど、最終的には、再婚は様子を見て考えるけど、ちゃんとやっていけそうなら認めてもいいって言ってくれた」
「そっか。あんたがそう決めたんなら、お姉ちゃんも応援するからさ、頑張りな」ってケイが言うと、優作君は肩を震わせて正座したまま泣き出したりして。
で、しばらく優作君を泣かせて、泣き止んだところでケイが言った。
「ただ、お母さんにはちゃんと自分の口で言って。実家に一度戻って、面と向かって」すると、優作は何度も頷いた。
とにかく一件落着。これで養育費や面会の件で、真利江と揉める必要も無くなったし、優作も一応は進路が定まったから、帰る時ケイはニコニコずっと嬉しそうだった。郷原のお母さんには田舎で採れた野菜もいっぱい貰ったし。俺の存在感はゼロに等しかったけどね。
郷原家を出てすぐそばのバス停で待ってると、隼人君の手を引っ張って優作君が走って来た。で、ケイが隼人君を相手してると優作君が俺に話してきたんだ。
「
「俺は何にもしてないし、今日はただ座ってただけだよ?」
「姉ちゃんからも隆兄が俺の仕事探してくれてたって聞いてるし、今日も姉ちゃんの暴走がやばそうって思ったから一緒に来てくれたんだよね?」
「まぁそうだけど、朝さ、ケイの奴、マジギレしてたからさ」と俺が言うと、いきなり優作君が俺の目の前で深々とお辞儀してさ。
「
「え、……ああ、とにかく優作君も頑張れよ」と返したんだけど、ふと隼人君を相手してるケイの方を見たら、こっちをじーっと見てた。でも、よろしくって言われてもなぁ――。
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