第29話 お喋り凛ちゃん
祝日で紅葉真っ盛りの季節だし、もっと乗客がいてもおかしくないこの特急列車、なのにこの車両は比較的空いていた。優作の件が一件落着して、気分が良かったケイがグリーン車を驕るといって割り増し料金を払ったからだ。車窓から見るその景色は赤や黄色で色づいた山々の緑が、快晴の空と相まって絶景だった。なのに、ケイはぐっすり俺の肩にもたれかかってスヤスヤ寝ている。
正直いって、最近、ケイが可愛く思えることが多くなった気がする。ケイに対してはとっくに、特別な感情を持つことなどなくなってしまってはいるけど、例えばちょっと前に公園でケイが「予行演習」といって、ベンチでキスをする恋人の真似事をやった時だとか、昨日の夜から今朝にかけて俺の部屋で寝た時のことだとか、ふと親友以上の何かを感じることもあった。
なんだかんだと、お互い生まれてから27年もの間、ずーっと友達でいられて、良かったなぁとは思ったりもする。不思議なくらい気が合うし、二人とも思ったことはなんでも言うし、これって家族以上の仲かもしれない。ただ、いずれケイはどこかの男性と結ばれて幸せになるんだろうなぁと思うと、少し寂しい気がしないでもない。それでも友達ではいられるんだろうけど、うまく言えないけど、ケイをそのまだ見ぬ男性に奪われてしまうような、そんな感覚――。
***
夜七時。つまり家を出てからちょうど十時間で我が家に到着。ケイは俺んちに置きっ放しだったキャリーバッグを引きずって、そのまま帰宅。多分、ケイのお母さんもケイから優作の決心を聞いて喜ぶだろうなぁ。とにかく一件落着して良かった。
さてと、ちなっちゃんは具合はどうかなー?とメッセージ。
「こんばんわ。具合はどうですか?」
……って入れてから三十分経っても返事がこないので、帰りに買って来たお弁当を食って、シャワー浴びて、持って帰った仕事を全然やってなかったから缶ビール飲みながら仕事しつつ待ってたんだが、全然返事が返ってこない。
いつもなら、こんなに返事が返ってこないなんてなかったんだけどなぁ……。スヤスヤお休み中なのかもしれんし。まいっかー、また明日の朝にでもメッセージ入れようっと。
――と思って、次の日出勤前に「おはよー」って入れたのに、夕方になっても全然返事がない。流石に心配になって来て、マンション帰って来て、ちなっちゃんちのインターフォン押したんだが、返事なし。バルコニーから見てみると、部屋は真っ暗だし、どうもちなっちゃんはいない様子。うーむ……でも、どっかに行ってるとしても、メッセージの返事もないってどう言うこと?で、しょうがないから、ちなっちゃんの電話番号に直接電話……しても、留守電になっちゃって出ない。
おっかしーなー?と、ただ首を捻るだけ。で、とりあえず夕飯の買い物でも行こうかなぁと、部屋を出たら、ちょうどそこに凛ちゃんがちなっちゃんの部屋に入ろうとして、鍵を開けようとしてるところに出会したんだ。
「こんばんわ。ちなっちゃんは?」
「ああ、アネキは今あたしんちにいます」
「そうだったのか。で、具合はもう大分良くなったの?」
ん?凛ちゃんなんか、変だな。こっちに顔向けないし。
「ええ、まぁ、大分マシには…」
何、焦ってんの?どうも鍵をうまく挿せないみたいだけど。つかその鍵……。
「それ、ここの鍵と違うんじゃない?」
「あ、これあたしんちの鍵だ。あは、あははは、バカだなー、あたしって」
凛ちゃん、どうも様子がおかしいな。
「もしかして、凛ちゃんも感染しちゃったの?」
「いえいえ、全然元気っす。じゃぁちょっと下着とか取りに来ただけなんで」
と言って、慌てて部屋に入ってしまった。
凛ちゃん、何をあんなに慌ててたんだろ?……なんか、俺に見られちゃ不味いみたいなそんな感じの態度のような気が。
……、……。
あっ!まさか?ちなっちゃんが返事返さないってのは、もしかして。
よし、こうなったら凛ちゃんが部屋から出てくるのを待ち構えてやる――。
で待ってたら、五分ほどで凛ちゃんは部屋から出て来た。外で待ち構えてた俺に凛ちゃんは吃驚した様子。
「あ、あの、御手洗さん、何か?」
「何かって、それは凛ちゃんがよくわかってんじゃないのか?」
「え……、い、いったい何の話ですか?」って、こいつ、すっとぼけようとしてやがるな。
「おかしいだろ?、ちなっちゃん昨日からこっちに返事、全く返さないんだけど」ってグッと睨みつけてやった。
「さ、さぁ?はて?」笑って誤魔化そうったってそうはいかねぇんだよ。
「昨日の晩のこと、ちなっちゃんに話したんだろ!」
「あは、は、やっぱりそう思います?」
「思うに決まってんだろ。ったく、凛ちゃん、自分で「言わない」って言ってたのに、何で言っちゃったんだよ?廊下で話しも何だから、ちょっと俺んちに入って」
「す、すみませんです」
「つい、そのアネキと御手洗さんの話になって」
「ふむふむ、それで?」
「それでその、アネキが御手洗さんのこと優しいとか何とか褒めたりするから、その……」
「ちなっちゃんが俺のことを褒めてたのか。それで?」
「話の流れでつい言っちゃっただけですからね」
「だから何を言っちったの?」
「アネキはそう思ってるかもしれないけど……」
「けど?」
「御手洗さんみたいな人は気をつけた方がいいって。そしたら、アネキが「何で?」っていうから、その……」
「その、何?」
「女の人がいたのを見た、って」
「あー!もう!何で言っちゃったんだよ!だからあの子は違うんだってば!」
くっそー、そんなの誤解するに決まってるじゃねーか!だから誤解してて返事返さないのか、ちなっちゃん。
「あいつは、ちっちゃい時からの幼馴染の親友で、ケイっていうんだけど、全くの友達でそーゆー関係じゃ、全然ないから」
「はぁ……で、でも女の人じゃん」
「だって、しょーがないじゃん。どーしてもって頼み込まれただけなんだからさ」
「いくら親友だからって、エッチの一つや二つしたって……」
「しねぇっつーの」……そりゃちょっとは思ったけどな。一応、俺、男だし。
「えー?するでしょ?普通」
「いやいや、普通とかそんなのないから。とにかくさ、ちなっちゃんにその人はただの幼馴染の親友で、一切誤解されるような関係じゃないって、言っといてよ、な?頼むよ、マジで」
「うーん、わかったけど……でもアネキはすっごい真面目なタイプな人だからなぁ。御手洗さんも知ってるでしょ?」
「……確かになぁ。参ったなぁしかし」
で、念押しで何度も「ちゃんとちなっちゃんに、あれはただの友達で仕方なく泊めただけ、って説明しておいてくれ」と凛ちゃんに言い聞かせて、帰ってもらったわけ。でもほんと、ちなっちゃんって真面目だしなぁ。不安だなぁ……。って思ってたら、凛ちゃんが帰ってから一時間くらい経った時。
「こんばんわ。ご心配おかけしました。体調はもう大分楽になりました」ってちなっちゃんからメールが来てさ。ハァーーーッって感じで、なんかすっごい重い肩の荷がドスッと一気に落ちたみたいに安堵。そこから十二時過ぎくらいまでやり取りして、ホッと一安心で平穏を取り戻したわけ。
でも実は、全然平穏じゃなかったんだよな。
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