第33話 三太と写真

 今日は土曜日。徹夜明けで、金曜日を明け休みにしたから、日曜を入れると実質三連休みたいな感じ。

 朝起きると、朝飯の準備がめんどくさいなぁと思って、コンビニでも行ってパンでも買ってこようかと外に出たら、ちなっちゃんの出勤のタイミングとぶつかった。

「おはよー」

「おはようございます」

「じゃ、行ってらっしゃい」

「行ってきまーす」

 の四語しか結局会話できなかった。顔ではお互い笑みを浮かべつつ、実に気不味い雰囲気だった。俺の評価を最低でもケイが泊まる前の状態に戻すには、どうすればいいのか。キツイなぁ、これ。そういや、あれだけ女癖が悪いって評判だった山本って、こんなことで悩んだりしたことあるんだろうか?


 ともかく、それはそれとして、今日はすると決めたことがあった。朝食を終わると、俺は先ず、今現在でも連絡の取れる小学校時代の同級生に電話することにした。

 もちろん、ケイには一番に電話したが、ケイは仕事でちょうど出勤時間に重なってしまい、慌ただしい時間に尋ねることではないと思ったので、ケイには尋ねなかった。


 ――それがわかった、というよりもやっと糸口を見つけたのが四人目の、六年で同じクラスで中学一年時も同じクラスだった、奥井拓人おくいたくとに連絡した時。


 ***


 小学六年生の時に遭遇したあの火事の後、一酸化炭素中毒によりいわゆる記憶喪失症となったんだけど、当時通っていた病院では、何かほんの僅かでも思い出したことがあれば、僅かに開いた穴をこじ開けるようにして、連想的に記憶を取り戻して行く、そうした治療をしていた。

 決して無理に記憶を取り戻すことはしなかったが、ともあれ、地道にそうした治療を続けて当初は自分の名前すら危うかったのに、一年余り治療を続けて、自然に戻った記憶も含めて、火事の後、意識が戻ってから小学五年生時代くらいの間についての記憶は取り戻せなかったけど、それ以前についてはどうにか普通の人とあまり変わらないレベルまで戻った。

 それ以来、特に記憶を取り戻そうとしたことはなかった。稀に、断片的なことを思い出すようなことはあったけど、成長するにつれて思い出せなくなってしまうことの方が多くて、気にもとめていなかった。


 ――が、夢の中の犬は別だ。あの夢は意味不明であり、全く理解不能で、顔もわからないのに美少女と思い込んでいるあの子のことを、何気なく想ってきただけだ。だって、自分で妄想してるんじゃなくて、夢が勝手に見せてくれるものだから。何れにしても、それと現実を結びつけることなど、これまで一度もなかった。

 なのに、今までなかったことが起きた。夢の中で「隆君お願い!助けて!」とあの子が叫んだ時はいつもはそこで目が覚めていたのに、のだ。ほんの一瞬、そののである。その犬の名前は三太さんたっていう。三太は確かに実在したのだ。


 なぜ実在したとわかったのか。だって忘れるわけがない、三太と遊んだ記憶だけはしっかり覚えているから。俺は三太が大好きだった。うちで飼っていたわけでもないのに、俺によく懐いたし、小学生時代は三太に会うのが楽しみで仕方なかった。黒毛の芝犬で多分雄犬だったと思うけど、ケイを除けば一番の親友と言っていいくらいだった。

 だが、残念ながら思い出せたのはそこまで。誰に飼われていたのかも、どこにいたのかも今となっては思い出せない。普通にその記憶は失われたのだろう、よく遊んで大好きだったという以外には全く思い出せない。だが、あれは間違いなく三太だ。


 とすればひょっとして、あの夢は現実の記憶から構成されたものなのかもしれない。もしそうならば、じゃああの そういう発想は今まで考えもしなかったけど、俄然興味が湧いてきたのである。実在していて会えるのならば会いたいし、会えなくても誰なのかくらいははっきりさせたいなぁと。

 それで、その美少女へ辿り着く突破口として、その黒毛の芝犬・三太は誰が飼ってて何処にいたのか? が分かればそこから辿れるのではないかと。昔治療でやったように、頑張って思い出すという方法もあるかもしれないが、自分の記憶をこじ開けていくんじゃなくて、同級生で覚えてる奴がいたらそっちから攻めるのが手っ取り早いのではないかと、そう考えたのだ。


 ***


「三太って犬なぁ、俺も三太って犬がいたのはうっすら覚えてる。芝犬だっけ?」

「そうそう芝犬、黒毛の」

「黒毛だったかなぁ? ……うーん、なんとなくそんな気がするかなぁ」

「その犬さ、何処で誰が飼ってたか覚えてない?」

「えー、何処で誰が飼ってたかって? いやぁ、それは……どっかにいたことは確かだと思うけど。いたと思うよ、多分」

「思い出せない?」

「うーん、……でもなんでそんなこと知りたいの? 自伝でも書くつもり?」

 美少女に会いたいから、などどは言えるわけはないので……。

「いや、そういうわけでもないんだけどさ、ほらあれじゃん、俺、あの後、記憶なくしちゃってたじゃん? だからさ、ちょっとその三太を思い出したから、他にも何か思い出せないかなと思ってさ」

「なるほどね。うーん、……あ、思い出した」

「思い出した?」

「うん、ちょっと後でかけ直す、待ってて」

「了解」


 ということで、待つこと一時間。奥井君から再度電話があったんだが、奥井君が思い出したのは、その三太を何処で誰が飼ってたかじゃなかった。三太らしき犬が写っている写真があったというのである。小学校五年生くらいの時の写真で、二十人くらいの小学生と先生らしき大人が写ってて、その端に三太と思しき犬がいる、と。

 で、スマホで写真撮って送ってもらったんだが、犬らしきものはわかったが、不鮮明過ぎて三太かどうかもわからない。でもま、写真プリントあるんだったら現物見せてもらおうかと、割と近所に住ん出るし、駅前のファミレスで落ち合うことにした。


「これがその写真」

 奥井君の持ってきてくれた写真が皺々のボロボロでさ、一部破れたらしく、セロテープで貼り付けてあったり。

 でも、その写真に写ってる犬は間違いなく三太だった。何処かの公園で撮影されてる集合写真で、俺は右端あたりで三太と並んで写っているから、やっぱりよっぽど仲が良かったんだなぁと。

 写ってるのは数えると、十八人の小学生と、二人の先生らしき男女。パッと見てて俺と奥井君以外に数人の同級生も分かった。あとはあんまり覚えてないか、学年がどうも違うようで記憶にない感じ。それと、奥井君も俺も、その先生らしき男女に全く心当たりがなかった。

「うーん、じゃぁこの大人二人は誰なんだ? 俺は記憶があれだから、奥井君は?」

「わからんなぁ。見覚えはないこともないような気はするんだけど、この写真自体、あんまりよく覚えてないんだ。なんとなーく、ここに写ったようなところに行ったことあるかもなぁ、って程度」

「そっか。でもありがと、もしかしたら同じ写真、俺の実家にも残ってるかも知れんけど、この写真借りていい?」

「別にいいよ、持ってって」


 家に帰って、じーっとその写真と睨めっこして、特にその先生らしき男女が誰なのか、それが一体何処の公園なのかを思い出そうとしたんだけど、なかなか思い出せない。ただ、なんかどっかで見た記憶があるような気はしてきた。うん、その男女、全く知らない人ではどうもなさそうな気がする。


 それで限界だった。それ以上はいくら頑張ってもすぐには思い出せなかった。とりあえず、プリンタスキャナーでスキャンして、PCに取り込んで、画像処理したりしてじっくり見てたんだけどさ、それでもわかんない。それで、適当に拡大したりとか、極端な色合いにしたりとか、色々触ってたら――。


 ……ん? むむ?

 ……あれ? これって。

 ……いや、そんな筈は。

 ……ええ? でも。

 ……まさか? えええ?

 ……いや、だって、これは。


 ――えええええ? そんなバカな? でも、えええ?


 吃驚して、自分の目を疑って何度も何度も画面見返してる最中に、ケイからの着信があったわけさ。

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