第6話 メッセージカード

 げっ! まさか朝イチで来るとは全く想定してなかった。俺、こんなだらしないパジャマ姿で顔も洗ってなくて髭もまだ剃ってないし。

「おはようございます」

「あっ、お、おはようございます、ちょ、ちょっと待ってて下さい」


 慌てて一旦ドアを締めて、とにかく急いでパジャマからもうちょとマシなトレーナーとジーパンに着替えて再び玄関へ。

「すみません、お待たせしちゃって」

「いえ、私の方こそこんな朝早くにすみません。でもなんか、この上の換気口から美味しそうな匂いしてたので、朝からちゃんと料理してらっしゃるんだーって」

 あ、そっか、このマンション廊下側に換気扇の換気口あったんだよな。

「そ、そんな料理って大したもんでもないですけど」

「私なんか、朝はトースト焼くくらいですよ。あ、そうそう、これお返ししようと思って」

 と、櫻井さんは昨日ハンバーグ渡した時の皿を差し出した。

「どうも。お皿なんかいつでも良かったんですけど…」

「すっごく美味しかったですよ。ハンバーグって結構作るの大変だと思うんですけど、こんなに美味しいハンバーグって今まで食べたことないかも、ってくらい感動しちゃいました。ほんとにありがとうございます」

 そっかそっか、とりあえずハンバーグ自体は大成功って事か。

「いえいえ、余り物でそこまで喜んでいただいて、なんか、こっちも恐縮しますけど」

「あれだけ美味しいハンバーグ貰っちゃったから、私も何か考えておきますね。じゃあ、また」


 と、櫻井さんは踵を返すとそのまま急ぎ足で外出していった。その格好は明らかに出勤スタイルだった。休日出勤なんだろうか。


 ――なにはともあれ、ハンバーグ喜んでもらえたみたいで、よかった、よかったと、ドアを締めサンダルを脱いで部屋に上がったところで気がついた。例のメッセージへの返事がない。


 うーむ。一応想定はしてあったが、現実に返事を貰えないとどうしてもやっぱ駄目だったのかなぁと悲観的な考えの方が先走る。と言うことは、結局、ハンバーグを喜んでもらっただけで、今後は同じマンション内などで顔を合わせた時に挨拶する程度の仲でお仕舞いってことなのだろうか。


 ――まぁ、現実にはそんなもんなんだろう。そもそも最初からあんな可愛い女性と交際にまで発展するとか夢見過ぎだし、イケメンかモテ男ならこんな些細なチャンスでも発展させる能力はあるんだろうけど、俺にはそんな能力は最初からない。ただただ、ケイの作戦にノリでノッただけみたいな感じだしな。


 無理なものは無理。どうあがいたってこんなむさい独身男と櫻井さんじゃ天と地、水と油、世界が違……、あれ? ちょっと待てよ、彼女、「私も何か考えておきますね」って別れ際に確か言ったよな? ……それって、もしかして友達オッケーってこと? ……いや待て、社交辞令かもしれんぞ。それも十分あり得る。


 ――だよな、そういう言い方って社交辞令的に別に不自然じゃないし。……でも、最後で「」って確かに言ったよな。「じゃぁ、」って。てことはやっぱりオッケーってことか。いやいや、それも別れ際の挨拶として普通にあるし、隣りに住んでるんだから顔合わすくらいは当然あるから、ってだけのことかもしれないし…。


 一体どっちなんだろう? と、頭の中が混乱しつつ、返してもらったお皿を食器棚に戻そうとして、その皿を持つ右手の指が何かに触れていることに気がついた。皿をひっくり返してみるとそれは昨日ケイが皿の裏に貼り付けたメッセージカードだった。


 ――なんだ、櫻井さんメッセージカードを読んでなかったのか。と、少々がっかりしてメッセージカードを皿から剥がしてゴミ箱に捨てようとした時にハッとした。いや待て、それはあり得ない。だってこの皿キレイに洗ってあるし、メッセージカードは濡れてもいなければ全くの綺麗なままじゃんか。俺は慌ててそのメッセージカードを開いてみた。


 “YES!”


 と、「友だちになって下さい」と書かれた下にピンク色の蛍光ペンで下線を引いて大きく書いてあり、櫻井さんの印鑑まで押してあった。……これって、はっきりオッケーってことじゃん! やったぁぁぁぁぁぁ!


 俺は一人、部屋の中でガッツポースしながらベッドの上に勢い良く仰向けで寝転んだ。もちろんそのメッセージカードからは目が離せない。まさか、まさかこんなに上手くいくものだとは。ちょっと信じ難いけど、これ、間違いなく「YES」だよなエクスクラメーションマークまで付いてるし、よく見ると「こちらこそよろしく」とも書いてあるし。…でもなんかまだ信じられない、ちょっとケイにメッセージしてみよう。


「朝、お皿をメッセージカード付けたまま返されて、カード見たら「YES! こちらこそよろしく」って書いてあったんだが」


 五分後、早速返事が来た。


「それってマジで?」

「マジだよ大マジ。写メ取って送る」

「超やったじゃん! おめでとー!」

「でもなんか、こんなにうまくいくだなんて信じらんないよ。ケイはそこまで読んでたのか?」

「全然(笑)。正直言うとスタバの向かいの店見てさ、隆のハンバーグ食べたいなぁと思ってそれで思いついただけ(笑)」

「なんだよそれ。でもまぁいいや、おかげで櫻井さんと友達になれたし」

「でも、お友達になってくれたら隆のためになるかなぁとも、少しはちゃんと考えたんだから、感謝しなよ」

「感謝するよ。あんな可愛い女の子とお友達になるだなんてまだ信じらんないよ」

「おーい、あたしだって可愛い女の子だぞ」

「自分で言うなよ(笑)」

「でもアタシが幸運の女神であることは間違いないかもね。だって一昨日の晩、アタシが電話しなきゃ櫻井さんと友だちになろうだなんて発想すらなかったんだからね」

「それはそうだな。とにかくありがとう」

「おう!うまくやれよ!じゃぁな」


 なんかまだ信じられない気分だったが、こういう嬉しい気分に浸るって就活の時、内定貰って以来かもしれない。そうだ、このメッセージカード、記念に取っておかなくちゃ。大事なものだから絶対なくさないようにしないといけないから、財布の普段使わないポケットに仕舞っておこう。


 ――でも、「うまくやる」ってどうやるんだろう? えっと、櫻井さんは「私も何か考えておきます」って言ったから多分、また何かお返ししてくると思うから、それまで待てばいいのかな。……だよな。次を変に自分から動くとか変な人とか思われかねないし。今回のはあくまでも洗剤のお礼にハンバーグ渡して、食べてもらってってだけなわけだしな。


 お友達オッケーってのも、冷静に考えるとそういうメッセージカードだったから社交辞令っぽいだけってこともまだ十分あり得る。そのへんは冷静に考えないと駄目なんだろうな。まだ知り合ったばかりで向こうだって警戒心はあるだろうし。


 大体、お互いのこと、隣同士で、名前くらいしかまだ知らないわけだし、もっとお互いのことよく知らないと、そもそも交際とかあり得ないし。いや、でも、交際するってのはあんまりにもやっぱりハードルが高すぎる気はする。こっちはそもそも交際経験ゼロで、あっちは当然いっぱいあるだろうし、あれだけの美人さんだし、


 やっぱりめっちゃくちゃ可愛い。今朝だってあんな可愛い大きい瞳でこっちをジーっと見つめながら笑顔で話しかけられて、ドキドキしたもんなぁ。いまでもあのキラキラした瞳がはっきり頭に浮かぶし。考えただけでもなんか変な気分になる。


 ――ん? 待てよ、って。


 俺は仰向けに寝ていたベッドから上体を起こした。

 確か、昨晩の櫻井さんは沈黙してジーっとこっちを見つめてて、今朝は話しながらだったけど、視線はずっと逸らさなかった気がする。やっぱ気になるなぁ、なんであんなに俺の顔、じっと見つめるんだろう?


 よし、もっかい同じ女の子のケイにメッセージで聞いてみよう――。

「朝からごめん。しつこいけど、櫻井さん、今日も俺の顔をじっと見つめたんだが意味がわからなくて」

「アタシも忙しいんだからマジ勘弁。友だちになれたんだからそんなの気にすんな」

「でもどーしても気になって。女の子の気持ちとか全然分からんもん」

「じゃぁいいように考えなよ。きっとさ、あの子、隆がタイプなんだって」

 俺がタイプ?

「それはいくらなんでも絶対ないと思うけど」

「知らんがな(笑)じゃぁね、忙しいからバイバイ」


 俺がタイプ? まさかそんな。どう見たって自分で言うのも変だかイケメンとか思わないけど? でも、もしかするとタイプなのかなぁ……。ちょっと鏡見て見るか。


 ――と、クローゼットの扉裏にある鏡で自分の顔を見てがっかり肩を落とす。


 だめじゃん。ずいぶん散髪もしてないし、イケメンじゃなくてもこれじゃぁみっともない。取り敢えず、今日は休みだし、時間もあるから散髪でも行くか。この際、いつもの安い理髪店じゃなくて駅前の美容院にしよっと――。

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