第3話「姫と国とを守る剣」

 エディン・ハライソには従軍経験じゅうぐんけいけんがない。

 それは当たり前で、ウルスラ王国には過去百年、軍隊がなかったからだ。全く軍備を持たぬまま、あるのは王室を守る親衛隊のみ。その中でも異端児いたんじだった彼は今、鋼鉄のコクピットで操縦桿スティックを握っていた。

 高速で巡航する二機の機動戦闘機モビルクラフトが、湖面の上の重い空気を切り裂く。

 すぐに目的地となる移動基地、中型規模の貨物船が見えてくる。

 背後で副操縦士コ・パイロットりんとした声が響いた。


「目標視認。これより着艦体勢に入るわ……ねえ、本当にあれに降りるの? エディン」


 そう歳も変わらぬ、女の声だ。ともすれば、少女と言ってもいい。

 エディンは湖面のにも似た小さい目標を見据えて、振り向きもせず後部座席に言葉を返す。


「嫌ならやめるかい? 怖かったら降りてもらっても結構だけど」

「笑えないわね、エディン。いいわ、よろしくやって頂戴ちょうだい

「了解、


 そして、エディンはコクピットの各計器をチェックする。

 コクピットの中は、特殊硝子とくしゅガラス風防キャノピーと連動した内壁が全てモニターになっている。狭いながらもエディンは今、空の中に浮いているような状態だ。

 光学表示のウィンドウが立体となって浮かび上がり、確認を求めてくる。

 エディンはそれらに視線で肯定こうていを念じて、全てのOKボタンを押下した。

 変形レバーを引いて、オートで機体を安定させる。

 あっという間に前進翼ぜんしんよく空戦形態ファイター・モードは、全高12mの機兵形態ストライダー・モードへと変形する。

 推力すいりょくのベクトルが後ろへではなく、真下へ向けて偏向へんこうした。

 そして、着艦。

 垂直着陸の要領で、機体は静かに甲板に立つ。僅かに上下する膝関節が衝撃を吸収する。エンジンと直結されたノズルを挟む爪先つまさきかかとが、フルボトムの後に定位置へ戻った。


「着艦終了。どう? 思ったより僕はいいと思うけど」

「ま、こんなもんでしょ。王宮でメイドやってるより面白いわ、エディン」

「王宮のアチコチで被害も減るし、万々歳ばんばんざいだね」

「おうこら、誰がふしだらでおっちょこちょいなメイドだ?」

「なんでもないよ、姉さん。さ、降りた降りた……後がつっかえてるんだから」


 甲板上を歩く人型の機動戦闘機は、ヘリポートよりも狭い場所で離着陸が可能だ。これが、エディンの考える理想の国防戦略にマッチする。

 ウルスラ王国は国土の半分以上が湖、そして池沼地域ちしょうちいきだ。

 過去の大国が揃って危険な爆弾を落としてくれたお陰である。

 ゆえに、防衛戦争においては内海とも言える翠海ジェイドシーの移動が最も効率がいい。だから、海軍を強く推した……単純な話である。なにも海は、国を囲むものだけとは限らない。

 二番機が降りてくるのを眺めつつ、船尾側の格納庫まで歩いて機体をケイジに固定する。

 姉のエリシュ・ハライソは、ようやく窮屈きゅうくつな後部座席から這い出ていた。最後のチェックを終えてエディンも続いてタラップを降りる。


「んーっ! はぁ……もう、お尻が痛いよ。あたしのキュートなお尻にはさ、ちょっと狭いんだよね。シートがちょっと、ちょーっとね」

「姉さんのお尻が大き過ぎるんじゃない?」

「ああ? なんつったコラ」

「ほら、王宮付きのメイドだった女性がしちゃいけない顔になってる。それに、大きなお尻は魅力ある女性の条件だと思うよ?」

「そ、そう? エディンがそう言うなら……エヘヘ。それより、ご飯行こうよ、ご飯!」


 エディンがいつもの調子で、エリシュをチョロチョロと転がす。姉は一言で言うと、熱しやすく冷めやすい人間だ。だから王宮でも、弟を追いかけメイドとしてつとめたが……あまり評判はよくなかった。

 エリシュは女だてらに機械や計算に強く、優秀な成績で教育課程を終了した。

 多分、家にもっとお金があれば、外国に留学しての高等教育を望んだだろう。それは確実に、彼女の才能を開花させ、より洗練させる筈だった。エリシュは掃除や洗濯ではなく、経営や商談で力を発揮するタイプの人間なのだった。

 そのエリシュが、チョンチョンとエディンの肩をつついてくる。


「エディン、来たわよ? ほら……おおこわっ! お姉ちゃん、先に食堂行ってるね。んじゃ、あとは若いもの同士でってことで一つ……ニシシシシ」

「僕とふたつしか違わないでしょう、全く」


 ヘルメットを片手に、エリシュは行ってしまった。

 その背を見送っていると、刺々とげとげしい声がエディンに突き刺さる。

 振り返れば、ヘルメットを脱いだ二番機のパイロットが大股に歩いてきていた。


「エディンさん! さっきのはなんですか!」

「さっきの……ああ、遊覧船です。今度一緒にどうです? 六華リッカさん」

っ! ぉ! ですっ!」


 くせっ毛ロングヘアの姉エリシュとは対象的に、ショートカットの少女が目元をけわしくする。同じ歳だから、16歳だ。名は、紫堂六華シドウリッカ。日本から機動戦闘機と呼ばれる異次元の兵器を持ち込んだ、八神重工やがみじゅうこうの若き才女である。

 彼女はエディンに鼻を突き合わせて、声を限りにとがめ始めた。


「遊覧船が周遊するコースを、どうして訓練空域に指定したんですか! これは、我が社の超重要機密案件トップシークレットなんです! わかってるんですか、エディンさん!」

「ええ、まあ」

「ちょっとシミュレーターで成績がいいからって、実機に乗せてみた私が馬鹿でした! ええ、馬鹿でしたとも。本当に、馬鹿……ああ、どうしよう。絶対に見られたわ」


 実は、先の御前会議ごぜんかいぎで発言する前から……内々にエディンは話を進めていた。

 一介の親衛隊員、近衛の少年に何故それができたか?

 ハライソ家は代々平民の家柄で、貧しい家庭だ。コネもなければ金もないし、オマケに父も母もいない。姉弟きょうだい二人暮らしだ。

 次々ととがった言葉で串刺しにされながらも、エディンはわずかばかりのけぞる。

 当然のように六華は、噛みつかんばかりに身を乗り出してきた。

 整備兵たちの笑いが連鎖する中、低い声が響いたのはそんな時だった。


「六華君、そのへんにしておきたまえ。残念だが、先程の模擬戦では完敗だったな」

「ですが、五十嵐三佐イガラシさんさ!」

「無論、機密に関しては俺も六華君と同意見だ。これは防衛省の総意でもある」


 壮年そうねん強面こわもては、六華と一緒に日本から来た自衛官の五十嵐巌イガラシイワオ三佐だ。六華の副操縦士を務め、二人で二番機に乗っている。彼の仕事は、再来年度に海上自衛隊に納入される機動戦闘機のデータ収集、そしてテストである。

 名前そのものまでいかつい巌は、巨像の如く両者の話にドシリと加わった。

 大男ではないが、鍛え抜かれた鋼の肉体は無言の圧力があった。


「ところで六華君。先程の説明では、実機による高速戦闘中の変形機動は無理だと言ってたようだが……エディン君はやっていたように見えた」

「あ、はい! それなんです、五十嵐三佐。繰り返すようになりますが、機動戦闘機という新たな兵器の動力は、ズバリ磁力炉マグネイト・リアクター! それを利用して、変形しているように見えますが……実は、。全関節はマグネイト・ジョイント機構で、超電導効果により極めてなめらかな可動を――」

「う、うむ。それは前も……俺は、要点だけを、その」

「さ・ら・に! 我が社の機動戦闘機は常時マグネイト・フィールドで機体を覆っているため、全関節はフリー状態! 思うままに人間の身体構造を再現しつつ、瞬時に空戦形態と機兵形態へ変形可能! この間、僅か2.4秒です! 嗚呼ああ……なんて素敵なの……」


 六華はヘルメットを抱きしめたまま、うっとりと別世界へ旅立ってしまった。

 そして、困り顔の巌がエディンに救いの手を求めてくる。

 ――

 それは、いまだかつてない未知の動力機関である。端的に説明すれば、磁力発電じりょくはつでんである。機動戦闘機のメインエンジンは二基、両足にそれぞれマウントされている。それは本体の磁力炉と直結しており、高い出力を長時間稼働させることが可能なのだ。


「エディン君……六華君を止めてくれないかね。あの話をし出すと彼女は止まらん」

「了解です、巌さん。あの、六華さん? とりあえず、そろそろいいですか?」

「はっ! 私としたことが、また興奮のあまり……しかし、それだけ凄い機体なんです! このっ、人類初の機動戦闘機……MCF-1X""は! このっ、私が手掛けたっ、地上ちじょぉぉぉぉぉ、さいっ、きょぉ! の、戦闘機であり陸戦兵器なんです!」


 彼女の言うことももっともだ。

 そして、このMCF-1X"カリバーン"は無限の可能性を秘めている。磁力炉の正体は、自らが発生する磁場によって実現された常温核融合だ。そのエネルギーで磁場を発生させているため、事実上の永久機関となる。勿論、戦闘中は入力より出力が増えるため、エネルギー切れはあるが。だが、機体全体を常に超電導化の上で制御し、超電磁弾頭射出機構リニアレールガン光学兵器フォトンビームをも搭載可能である。

 それは、危機に瀕した小国を救うには、余りに鋭く危うい輝きを放っている。

 だが、エディンは東洋の島国、技術立国日本に賭けたのだ。


「さて……もういいかい? 六華さん」

「……待って! 最後に言うことがあります。エディンさん、貴方によって貴重な高速戦闘中の変形機動データが取れました。残念ながら、操縦技術は貴方の方が私より高いと認めざるを得ません。ですが」

「ん、まあ……さっきはゴメン。僕もちょっと迂闊うかつだったよ。許して欲しい……ね?」

「ッ! い、いいでしょう! そっ、そそ、そこまで言うのなら! でも、次は負けませんからね。私はこの子たちに12歳の時から乗ってるんですから!」

「了解です、

「なっ……先輩!? はわわ……も、もう一回呼んでもらえますか? よく聴こえませんでした!」

「六華先輩、頼りにしてます」

「も、もぉ一度ぉ!」

「六華先輩、一番機の整備と点検もお願いしますね」

「嗚呼……先輩。なんていい響き。本社にいたら絶対聞けない台詞せりふ。ハッ!? 整備!? 点検!? ちょ、ちょっとエディンさん!」


 エディンはすぐに着替えるべく、すでに歩き始めていた。

 パイロットだけをやってる訳にもいかず、彼の仕事は多岐たきに渡る。特に、スポンサーとの連携は不可欠で、そのパイプ役はエディンにしかできない。一介の庶民である彼が、何故これだけの人員と装備を集められたか?

 それは、金でもコネでもない……強いて言うなら、

 民を愛さぬ不届きな為政者いせいしゃが強要する、国家を愛せよと恫喝どうかつしてくるいつわりの愛国心ではない。

 民を愛するこの国、ウルスラ王国を愛している。

 だからこそ、我が身を刃に変えて、守る。オーレリア姫が民のために国をおさめ、なによりも民のために手腕を振るうと知っているのだ。だから、彼女の国を守ること、彼女をこそ守ることが、民を守ることに繋がる。


「さて……じゃあちょっとおかに行ってくる。あとはよろしく」


 巌が黙って頷くと、エディンはロッカールームに消えた。

 デッキに急造のヘリポートと格納庫を並べた、古い老巧船ロートルは港へと向かっていた。

 千湖せんこの国とうたわれたウルスラ王国の翠海は、今日も透き通る水面に陽光を反射して輝くのだった。

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