第10話「プリンセスの戦場」
リシュリーは久々に王宮を訪れていた。外からは観光客達の声が聴こえ、平和な午後の時間がゆっくりと流れている。
だが、
政治の中枢である王宮の最奥では、誰もが忙しく働いていた。
そして、皆が揃ってリシュリーを振り返る。
「ん……やっぱ目立つか? 着替えてくるんだったな」
リシュリーは今、タンクトップに
内宮のメイドや役人達は、そんなリシュリーを見て
だが、彼女は気にした様子もなく大股で一番奥の部屋へと歩いた。
ようやく見えてきたドアを、
「よう、オーレリア! ……ありゃ? 寝てる、のか?」
彼女の執務机には、無数の書類が散らばっていた。
全て、
どうやらオーレリアは、仕事中に居眠りをしてしまったらしい。
だが、リシュリーは肩を
散らかった書類を項目ごとに分けて整頓する最中も、オーレリアは夢にまどろむ。
「……ん、そなたは……助かります。私の友達が、リシュが……はっ? あ、ああ、私は……眠っていましたか? いけない、どうしましょう」
目が覚めたのか、オーレリアは身を起こして周囲を見渡した。ぼんやりと
「よう! おはよう、オーレリア」
「リシュ! リー、さん。どうしてここに?」
「昔みたいにリシュでいいぜ? ちょっと
「大事ありません。
「あのいけすかねえ
オーレリアは少し髪型を気にしてから、椅子に背筋を伸ばして座り直した。たちまち眠れる森の美女は
「昔の夢です、リシュ。覚えていますか?
「忘れるかよ! あの時はもう駄目かと思ったぜ。小さな
「私もリシュも、無邪気な女の子でいられた貴重な時代の思い出です」
あれは忘れもしない、十年以上も前の話だ。
リシュリーとオーレリアは、普段遊んでる王宮の庭を飛び出した。そして、
だが、濃密な霧に囲まれ桟橋に戻れなくなり、さらにボートには穴が空いていたのだ。
なんとか無事に戻れたからいいものの、あの時は物凄く怒られたのを覚えている。
「……なあ、オーレリア。あの日、なんでオレ達は助かったんだ?」
「それが、私もよく覚えていないのです。ですが、時々夢に見ます。私達は誰かに……そう、なにかに助けられたような気がしました」
「ボートの穴、
「ええ。じいや達の話では、元から穴などなかったかのようだと。浸水した
奇っ怪な事件だったが、それも今ではいい思い出だ。
そのことを思い出すついでに、リシュリーは壁の
わざわざオーレリアの場所を訪れたのは、なにも思い出話のためではない。
「そうだ、オーレリア! テレビつけるぜ? 今日、世界各国の報道陣が来てんだよ」
「まあ、今日でしたか。……おかしいですね、私には連絡がきていないようですが」
不安げに手帳を開き、スケジュールを確認するオーレリア。
彼女の美しい笑みが
すぐに巨大な
フラッシュを浴びているのは、エディンだった。
「エディンの奴な、オレに"カリバーン"の三号機を任せた
「あら、では御一緒の方は――」
「アメリカから来た、スェインとかってあんちゃんだ」
「アメリカ海軍のスェイン・バルガ少佐ですね。今は正式に除隊なさいましたが、ウルスラ王国にご助力いただけると聞いています。どう感謝の言葉を述べていいか」
リシュリーの三号機は、特殊な仕様で小改修を受けた。
リシュリー自身、何度も墜落ギリギリの
だが、機兵形態での
「ま、でも……これでウルスラ王国王立海軍が始まる。うちのオヤジも、若いのを集めて陸戦隊を育成し始めた! オーレリア、オレ達に任せろ。オレが、お前と国を守るっ!」
「ありがとう、リシュ……感謝を」
だが、その時だった。
テレビの中でインタビューを受けていたエディンが、さらりと
その言葉を聴いて、リシュリーは戦慄に固まった。
目の前ではオーレリアが「まあ」と
『でっ、ではエディン少尉! 先程言ったことは……あの』
『もう一度はっきりと明言しましょう。機密につき、詳しくはお話できませんが……王立海軍が誇る機動戦闘機、MCF-1X"カリバーン"は最強にして無敵、究極の戦術兵器なのです』
『……ええと、つまり』
『海のない国で我々は王立海軍を名乗っていますが、これは純粋にウルスラ王国の国土、及び民の生命と財産を守るだけの国防戦力です。海軍であり、空軍と陸軍をも兼ねた万能部隊……そして、"カリバーン"にはそのために必要な全てが備わっています。仮に量産体制が本格的に整えば、どれだけの大軍に攻められても有利に防衛戦争を展開させることが可能でしょう』
中継はそこで、走ってきたエリシュと
その後ろを、大勢の報道陣が真実を求めて走り出した。
スタジオへと映像が戻ってからも、その混乱の声だけは終わらない。
「あんのバカ……最強? 無敵だあ? なにフカしてんだゴルァ! ……って、オーレリア?」
ふと、
窓からの午後の日差しを浴びながら、オーレリアは笑っていた。口元を手で覆って隠そうとするが、込み上げる笑いに肩を震わせている。
「っ、ふふっ、はーっ! おかしい! エディン・ハライソは面白い人ですね。ああいうのは確か、ハッタリと言うのでしょう? ね、リシュ」
「あ、ああ……そりゃ、機動戦闘機はどえれぇ兵器だ。でも、結局は戦争は数だ。ウルスラ王国みたいな小さい国がよ」
「でも、やるのでしょう? リシュもやってくれる、そう信じてます」
「オーレリア、それは任せろって! ……ん?」
その時、知らぬ間に気配が近くで手を叩く。
リシュリーは昔から、この男が苦手だ。
なにを考えているかがわからないのだ。
だが、なにかを考えていることだけは感じる。
そしてそれは、とてもこの国と民のため、オーレリアのためにはならぬと直感で知っている。何度もオーレリアにも、油断をするなと釘を刺してきた。
「王立海軍、見事な
「そうなのですが? シヴァンツ」
「はい、
それだけ言うと、シヴァンツは
わざとらしく
「外にお車を……午後の予定は翠海の港湾施設の視察、そしてノルウェー外相との会談。夜には
「もうそんな時間か、シヴァンツ。では、行こう。皆を待たせては申し訳ありません」
「
リシュリーの胸を不安が
明らかにオーレリアは働き過ぎだ。
よく見れば表情こそ
この国にゆっくりと、戦争が忍び寄っている……それを知る者は今、少ない。そして、知るからこそ責任を背負った者達の中で、オーレリアが一番の重荷に耐えているのだ。
声をかけようとしたリシュリーだったが、笑顔で挨拶を投げかけられる。
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