第9話「翼よ、翼よ!」
急降下でプレッシャーが降りてくる。
レーダーに映らなかったのは、最新鋭のステルス戦闘機だからだ。恐らくそのステルス性能は、エディンの乗るMCF-1X"カリバーン"が立って踏みしめるXFA-38"ケルビム"より上だろう。
天使の一撃となって襲い来る翼は、実戦を知らない
同時に、回線の向こうから男の声が走る。
『あれが
ラムジェット推進のエンジンが入った"カリバーン"の脚部が躍動した。
後部座席のエリシュがすぐに敵のデータを教えてくれた。
「うそ、あれ……YF-37"ドミニオン"よ! なんでウルスラの空に」
「
「そう、
「乗ってる人にあとで直接聞こう。なんにせよ、僕達は……機動戦闘機は負けを見せてはいけない」
フルブーストで"カリバーン"が"ドミニオン"を追いかける。
だが、信じられないことに……エディンの操縦がじりじりと引き離されてゆく。
とすれば、必定……エディンの導き出す答は一つしかない。
つまり……目の前の実験機は現用機にあらず、"カリバーン"同様に
「なるほど、変形機構がある分こっちの方が重い。姉さん」
「待って、アメリカ国防総省の中枢にアクセスしてるわ。……ふーん、なるほど。エディン! ちょっとヤバいわよ。あの機体、"ドミニオン"は――ッ!?」
姉の声を塗り潰すように、小さく悲鳴が叫ばれた。
エディンは悠長に講義を聞く余裕が持てないまま、機体をダイブさせる。"ドミニオン"は驚異的な機動力と運動性能で、"カリバーン"を
"カリバーン"が遅いのではない。
"ドミニオン"が速過ぎるのだ。
そして、どうやら新たな
エディンはビリビリと震える機体の中で回避の横Gに耐える。
『君達は
「何かが……必ずあります」
『子供の声? フッ、そうか……一応、軍人として計画の
「少佐、ウルスラ王国の国土は大半が湖です。海軍の有用性はある筈ですが」
『認めよう。だが、それ以上に必要なのは……優れた空軍力だ!』
小刻みな回避で火線の上を"カリバーン"が踊る。
危険なダンスはテンポアップする中で、徐々に
一瞬のミスが、"カリバーン"を
そして、ペイント弾とは思えぬ殺気を込めた攻撃は続いていた。やはり、空戦能力では相手には
何度も肺から呼吸を搾り取られながら、エディンは必死で回避に専念した。
後部座席では、姉のエリシュが必死に耐えてくれている。
エディンは言葉を選びながら、苦しい呼吸の中で喋り続けていた。
「少佐、無人戦闘機による国防態勢で、この国が……ウルスラ王国が守れると?」
『それだけでは不十分だ。無人機による統制の取れた対地攻撃能力、そして……選りすぐられたエースパイロットによる強力な制空戦闘能力が必要だろう』
「同意です、少佐。ただ……無人機の大量導入を僕は認められない」
『何故? つまらぬロマンチシズムならば、俺には勝てんっ!』
高々度での高速戦闘が不利と知るや、エディンは高度を落とす。
背後のスェインは、まるでレールの上を走るようにぴったりついてきた。
森の木々を揺らしながら、音速に近い速度で低空域を馳せる二機の機影。
「無人機の導入は、劇的に戦死者を減らせます。しかし」
『血と汗を流さず、まるでビデオゲームのように敵を国民が殺す戦いが待ち受けているだろう。それは悲劇だ、空の男として俺も思うところはある。だがっ!』
"ドミニオン"の胴体下部が開いて、ウェポンベイからミサイルが放たれた。勿論、
そのまま機兵形態へと変形、同時に着地して頭上でミサイルをやり過ごした。
飛び去る"ドミニオン"の中でスェインが吼える。
『戦争の空で血を流す、汗に
「この国を守るためなら、民は軍人にもなれるし、戦争がなければまた民間人に戻れる。しかし、無人機は無人機でしかない。無人機は平和になったらいらなくなってしまうんです」
『平時ならば
「ナイフを突きつけあって、刺さなければ刺されないという世界は……僕には健全とは思えないっ!」
地上に着地してスェインをやり過ごし、そのまま急上昇で再び空戦形態へと変形する。操縦技術の全てを出し切ると同時に、エディンは想いを言の葉に乗せて叫ぶ。
「少佐っ、軍事力をその国に招くということが、どういうことかわかりますね? その機体、"ドミニオン"もそうだし"ケルビム"もそうだ。新兵器を売りたい国はゴマンとある。勿論、僕の"カリバーン"も!」
『だが、綺麗事だけでは国は守れない!
「聞いてください、少佐。最新鋭の武器、無人機は導入に高いコストが掛かります」
『国民の
「実は、全ての兵器に言えることですが……導入、配備時のコストと同じくらい、維持運営の為のコストは膨大なものになります! それを計算にいれていますか、少佐っ! フリメラルダ女男爵、
エディンは歯を食いしばりながら
"ドミニオン"はパワーに任せて上昇、その飛行機雲に"カリバーン"が続く。
だが、スェインは意図的に失速状態を作って機体を不安定にし、
そして、ペイント弾を浴びたのは……"ドミニオン"の方だった。
『……なんてことだ、その機体は。そんな芸当もできるのか』
背後へ回った"ドミニオン"が、被弾していた。
"カリバーン"の翼の付け根から、右腕だけが伸びている。
握られたライフルの銃口は、
エディンは機体を変形させた際に、意図的に右腕を収納しなかった。"カリバーン"の変形は一度全関節がフリー状態で分解され、改めて磁力で結合する。つまり、磁力の流れを
通常の戦闘機ではありえない、背後への射撃という戦術オプション。
その可能性が
「少佐、これでも僕は百年後……次の百年、その次の百年を考えているつもりです。これからの戦いでウルスラ王国を守り、どのような国を残すか……そのことを、少佐ともお話したいと思っています。勿論、フリメラルダ女男爵とも」
『……犠牲なき戦争の果に、多額の軍事予算で無人機を養う国にはしたくないと?』
「無人機だけでは駄目だというだけの話で、有用性に関しては評価の余地が十分にあります。しかし、民が自ら兵となり、ただの民に戻るために戦う国を僕は望みます。……例え、戦争賛美のそしりを
『大勢の犠牲が出るぞ、エディン君』
「それを減らして、限りなくゼロに近づけるのも僕の……僕達の仕事ですよ、少佐」
『了解した、続きは降りてから話そう。俺の、母国……俺達の国、ウルスラ王国へ』
決着は新たな始まり。
陸軍派、そして空軍派をも
それらを統括して内包するためにも、海軍という選択肢が必要だったのだ。
海のない国の海軍、それは本来ありえないもの……まだ存在しない可能性のシンボルだ。今、これからのウルスラ王国に必要な軍備をエディンは思い描く。最終的には不要となって消え去るためにも、人の手で作られた民が戦う軍でなければいけない。
民は兵にもなれるが、生きて帰れば復興の人材、平和な国の民そのものになれる。
無人機は戦時中は勿論、平時でも高額な維持費を必要とするのだ。
そんなことを考えていると、耳元で涼し気な声が響いた。
『まあ、男の子同士で仲良くなっちゃって……いいわ、エディン・ハライソ。着陸後、わたくしに報告なさい。話を聞いてあげますわ』
「ありがとうございます、フリメラルダ女男爵」
『スェイン少佐もお疲れ様でした。……ありがとう、わたくしのわがままのために戻ってきてくれて。アメリカでの暮らしに何不自由はなかったでしょうに』
フリメラルダの声に、"カリバーン"と並んで飛ぶ"ドミニオン"から笑いが零れる。
エディンはその時、スェインの人となりを理解し、好感を抱いた。
彼もまた、ライトスタッフ……このウルスラ王国を共に守る仲間たりえる。その確信が満ちれば、また一つ脳裏に浮かぶパズルにピースが足されてゆく。少しずつ、おぼろげに見えてくる絵は血に濡れている。だが、その先にしか真の未来、そして求める母国の平和と安寧は存在しないのだ。
『俺は男の子という歳ではないですがね、女男爵。ただ、男として……ウルスラ王国の国民として、血と汗を流したいと思っています。自分がそうすることで、民を守れるなら』
『そうね……そういう訳だから、エディン? わたくしの負けですわ。さ、降りたら説明させましてよ? ウルスラ王国の王立海軍、その青写真を』
二機の翼が並んでアプローチに入る。
高度を落としてゆく先には、優美な絶景が広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます