第11話「戦争が聴こえる」
フランス中部、オルレアン。
かつて百年戦争の
広大な敷地には滑走路もあり、今もジェットの轟音が鳴り響いていた。
離着陸を繰り返すのは、先行量産型の
「もしもし? ああ、リシュリー様。どうも、お疲れ様です」
『だからやめろってー、リシュリー様とかさあ。ケツがむず
回線の向こう側では、相も変わらず元気な声が弾んでいる。
いつだってリシュリーは、活発さの
『でよ、エディン! ちょっと頼めるか? お前を通じてあのオバハンに頼みがあんだよ』
「オバハン……ああ、フリメラルダ
『へへ、直接会う時だけ気をつけるぜ。んで、お前を通じてオバハンに調べて欲しいんだ。
「……オーレリア姫殿下になにか?」
『最近、オーレリアのスケジュールは
タッチ・アンド・ゴーの訓練中で、エディンは携帯電話を持ち替える。
頭上を今、一機の機動戦闘機が飛び去っていった。
MCF-1X"カリバーン"ではない。
特徴的な
現在オルレアンで
MCF-1A"カラドボルグ"、世界初の機動戦闘機、そのマスプロダクトモデルである。
現在、
「……あれは37番機か。彼は、駄目だね。また一人、別のパイロットを探さなきゃ」
『エディン? 聞いてんのかよ、エディン!』
「ああ、ごめん。ええと、リシュ? 話はだいたい
『一応、こっちではオレがオーレリアについてる。心配すんな!』
「……別の意味で心配だけど」
『ああ? んだとコラァ!』
「冗談だよ。っと、ごめん。別口から通話が……この番号は」
すぐにエディンは、手短にリシュリーとの話をまとめて会話を打ち切る。
回線を切り替えれば、先程話題にのぼった
『ハイ、エディン。お仕事ははかどってるかしらん?』
「それなりには順調ですね。量産型の受領と、45人のパイロットの
『
電話の相手は
確か今、彼女はロンドンにいる
今、条約失効を前に水面下で世界は動き出した。
なにが各国を戦争に駆り立てるのか、それはわからない。
だが、エディンと仲間達には避けられぬ戦争だけがはっきりとした現実だった。
同志として見えない戦いを続けるフリメラルダは、今日もよく通る声を伝えてくる。
「戦時下で傭兵を雇うのは戦の
『それは承知しているわ。兵隊一人を教育し、訓練して、一人前にする……そのコストは
「ただ?」
『国の民に血と汗を なんて言ってた
「傭兵の中でも、特に国や民族に
『……お金で彼等の命を買い続ける限り、裏切られるリスクは少ないわね』
「それがプロですから。綺麗事や精神論だけでは人は動きませんよ」
エディンの人選は徹底していた。
自ら面接官を務めたし、何度もレクリエーションを繰り返した中で人物像や人格まで分け入った。勿論、戦闘機のパイロットとしての資質と技量、そして機動戦闘機への対応力なども
逆に、金に糸目はつけなかった。
そもそも、ウルスラ王国は決して豊かな国ではない。
食料自給率こそ高いが、農耕や畜産、漁業の他には観光事業しか収入源のない小国である。それでも、必要な人間と認めた傭兵達へは破格の条件を提示したのである。
「歴戦の勇士達ですから、"カラドボルグ"も徐々に乗りこなしてくれてます。中には手足のように使う
『の、ようね……こっちにも報告書が回ってきてたみたい。ごめんなさい、なにしろオフィスは書類だらけで、処理すべき案件が
「現場は着々と準備が進んでます。フリメラルダ女男爵、
『心得てるわ。それで……これはまだ、オーレリア姫殿下のお耳にはいれてないことなんだけども。ちょっと、いいかしら』
直通回線だから、盗聴の恐れはない。
だが、自然とエディンは周囲に気を配った。
行き交う"カラドボルグ"のエンジン音が、ひっきりなしに金切り声を歌う。この騒音の中では、遠距離からの集音も無理だろう。そして、周りに人影は見当たらない。
コンクリートの上を歩きながら、エディンは手で口元を隠して話を続けた。
「……なにか動きがあったんですね?」
『ええ、そして良いニュースじゃなくてよ。残念ながら』
一瞬の沈黙。
向こう側から、紙の束がめくられる音がした。
そして、フリメラルダは重大な最新情報を話し出す。
『ロシア軍が動き出しましたわ。
「やはり、最初に動いたのはロシアですか」
『あら、
「歴史は時として預言者であり、常に反面教師である」
『素敵な名言ね。誰の言葉かしらん?』
「僕が今、考えましたが」
『あら、残念』
どういう意味だろうかと思ったが、エディンはそれより先に考えるべきことがあった。
ロシアが軍を動かし始めた。
条約が失効する年末までは、まだ四ヶ月もある。それなのに、あいも変わらず現金なものだと苦笑するしかない。
「ロシアが不可侵条約を
『あら、
「下品ですよ、女男爵」
百年前、まだソビエト連邦だったロシアは不可侵条約を一方的に破棄、最後の
日本での終戦記念日は、8月15日……
「少しスケジュールを早めましょう。各国への根回しをお願いできますか?」
『あまり結果には期待できないけど、最大限の努力を約束するわ』
「正式にこちらが、ウルスラ王国が外交努力を尽くしたというエビデンスが必要なんです。よろしくお願いします」
『りょーかいっ、任せて頂戴な。で、君はいつ
「明日にはオルレアンを出ます。一度本国に戻らねばなりませんし、気になることもありますから」
ふと振り返れば、姉のエリシュが手を振っているのが見えた。
恐らく、傭兵達からなにか要望や確認事項がるのだろう。
姉へと手を振り返して、エディンは通話を終える。
既にもう、見えない戦争はそこかしこで始まっていた。
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