第36話「王の帰還」

 エディンは今、月明かりの中で驚きに固まっていた。

 オーレリアの祈りに応えるように、"エクストラ・カリバーン"が……"エクスカリバー"が起動した。変形を終えたその姿は、騎士王の聖剣に相応ふさわしい威容だ。

 ツインアイの並んだ、精悍な騎士を思わせる頭部。

 空戦形態ファター・モードの時に機首を挟んで伸びていたのは、左右に搭載された磁力炉マグネイト・リアクターの磁力制御モジュールだ。それは今、背の方へスイングしている。一体化した翼も相まって、双角そうかくドラゴンを思わせるシルエットだ。

 機体色は白銀、そして黄色と青色のラインが走っている。

 いかにも実験機らしい、エポックメイキングなカラーリングだった。

 それをコクピット内にポップアップした三次元3Dウィンドウで確認し、エディンは操縦桿スティックを握り直す。


「エディン、これは……この子が私の願いに応えてくれたということでしょうか」

「いえ、違いますね」

「えっ?」


 エディンは即座に、突然の再起動のカラクリを見破った。

 恐らく、アビオニクス関連が無調整のまま、この機体は運ばれてきたのだ。その制御OSは、"カリバーン"のものが応用されている。

 だが、そこにイージーなケアレスミスが介在したのだ。


「プログラムのコーディング時に、機体名を"エクストラ・カリバーン"に変更したんです。でも、元々"カリバーン"という名だったため、機体名の格納変数がオーバーフローしていました」

「で、では、奇跡が起きたという訳では」

「それはないですね」


 後ろから身を乗り出していたオーレリアが、ぷぅ! とほおを膨らませた。ねてみせるかわいさがあるかと思えば、エディンも緊張が和らぐ。

 だが、この機体は自らOSを補正し、修正した。

 オーレリアが与えた"エクスカリバー"の名は、桁数的に大丈夫のようである。

 だが、そんな二人の密室にあせりの声が叫ばれた。


『な、なっ……王立海軍おうりつかいぐんの新型! あ、あれは……ッ!』


 ロックオンされた。

 眼下でまだ湖の中に立つ"ムラクモ"が、構えたライフルをこちらへ向けてくる。

 まずいことに、この"エクスカリバー"はまだ非武装だ。

 咄嗟とっさにエディンは、射撃への回避を念じて機体へ伝える。

 同時に、勝手のわからぬ新型の機能を調べれば、即座に有効打と思えた行動を選択した。

 連なる射撃音に向かって"エクスカリバー"がその手を伸べる。

 瞬間、信じられないことが起こった。


『なっ、なにっ!? た、弾が……それてゆく! これは!』

「そうか……ツインドライブの磁力炉が生み出す磁気嵐か」


 極めて特殊な磁力炉を搭載しているため、"エクスカリバー"のエネルギーゲインは途方も無い数字を叩き出している。ツインドライブだから二倍というレベルではない……二乗にじょうか、それ以上のパワーが機体から溢れ出ていた。

 "エクスカリバー"の余剰出力が、強力な磁気嵐となって周囲を包む。

 それは指向性を持って高度に制御されており、オーロラが背へマント状に広がっていた。虹霓こうげいのマントが夜風に揺れる。

 そっと伸べた手が磁気を放ち、弾丸の軌道を捻じ曲げてしまったのである。


「これは……強力過ぎるな。けど、陛下! 少し捉まっててください!」


 日本刀タイプの斬磁場刀マグネイトソードを抜くや、先程の"ムラクモ"が上昇してくる。

 だが、静かに"エクスカリバー"が光のマントをひるがえした。

 強力な磁気の奔流ほんりゅうが、切りかかってきた"ムラクモ"を包んだ。

 斬磁場刀はあらぬ方向へとじ曲がり、マグネイト・ジョイントの関節部が磁気干渉でバラバラになってゆく。人の姿を保てなくなって、そのまま敵は湖へと落ちていった。

 その水飛沫みずしぶきを浴びて、輝く"エクスカリバー"が再び空戦形態へと変形する。

 エディンは背後を振り返って、静かに言葉を選んだ。


「陛下、寄り道をしてもよろしいですか?」

「奇遇ですね、エディン。私にも、絶対に立ち寄らねばならぬ場所があります」

「了解です、では万事お任せを」

「よしなに」


 新型のラムジェットエンジンが、星明かりの空に紫炎しえんを燃やす。

 あっという間に、"エクスカリバー"は夜気やきを切り裂く疾風かぜと化した。

 以前の"カリバーン"も繊細な操縦を要求する機体だったが、"エクスカリバー"はその比ではない。まして、今日はコパイロットとして機体の細かな調整等をやってくれるエリシュがいない。

 そう、いつも一緒だった姉がいないのだ。

 それはエディンには、とても耐えられない。

 だから、もう決めていた。

 使


『こちらアーサー02、アーサー01……ちょ、ちょっと!? どうして……母艦は真逆の方向よ!』

「ちょっと忘れ物をしたからね。取ってくる。アーサー01より各機へ、先に帰投されたし」


 六華リッカの悲鳴が聴こえた、その友軍機のフル加速すらも引き剥がす。

 信じられないほどのパワーとスピード、そして気の抜けない操作性。"カリバーン"が集中力を注ぎ続けて飛ぶジェット機なら、"エクスカリバー"は精神力すらむさぼり吸い上げるロケットのようなものである。

 だが、コクピット内は驚くほどに静かで、新技術が使われていることは間違いない。

 アフターバーナーを用いずとも、驚くべきスーパークルーズが可能なのだった。


「陛下、王宮です。街にはありませんね。あと、迎撃機スクランブラーが上がってきます」

「以前乗ってた"カリバーン"は、見つかりそうですか?」

「勝利の象徴として、派手に地面に突き立ててましたからね。っと、あそこか」

「では、始めましょう……ここからは、守るべき国を取り戻す戦いです」


 下が騒がしくなってゆく。

 ここには、ありとあらゆる国の兵士たちが詰めかけているのだ。恐らく、燃え落ちた宮殿内では略奪も起きてるかもしれない。金銀財宝もそうだが、あそこにはウルスラ王国の歴史そのものがあった。

 父祖たちが血と汗で切り開いてきた、小さな山国の過去。

 多くの書物や記録、そして他国とのきずなを結んだ大事な品々。

 それらの多くが、一瞬で永遠に失われてしまった。

 だが、失くしてはならないものが、まだある。

 それをオーレリアは、民のために取り戻すつもりだ。

 "エクスカリバー"は機兵形態ストライダー・モードに変形すると同時に高度を下げる。


『侵入機は……一機だとぉ!?』

『待て、見たこともないタイプだ! 新型かっ!』

『へっ、こいつぁいい! 手柄が自ら飛び込んでくるたあな!』

『待て、チャペック! 単機で突っ込むんじゃない!』


 すぐに一機の"ムラクモ"が突出してきた。トップスピードを維持しつつ、戦闘機動で機兵形態へと変形する。並の腕ではないことは、エディンにもすぐわかった。

 だが、相手をしている暇はない。

 "エクスカリバー"の双眸そうぼうに光が走る。

 オーロラのマントが棚引たなびき、磁気を振りまいた。

 擦れ違うだけで、敵機は結合をかれて落ちていった。

 そしてついに、かつて王宮だった場所、その上空にエディンは帰ってきた。


「エディン、もっと高度を下げてください。それと、コクピットのハッチを」

「危険ですよ、オーレリア陛下」

「わかっています。ですが、各国のプレスもまだこの場にいましょう。それに、彼女なら……リーインならば、必ずいる筈です」

「あのジャーナリストを信用なさってるんですね」

「友を信じぬ者は少ないでしょう? では」


 ハッチが開き、コクピットブロックそのものが前へと突き出る。胸部を大きく開いたまま、"エクスカリバー"はあくまで優雅に舞い降りた。

 その下には、無残に半壊して地面に突き刺さる"カリバーン"一号機がある。

 鎖で尾翼に吊られたエリシュは、動く気配がなかった。

 無数のサーチライトを浴びて、オーレリアが立ち上がる。

 静かにエディンは、マイクの音量をMAXにした。


「皆様、夜分遅く申し訳ありません。そして、こんばんは。私はウルスラ王国の女王、オーレリア・ディナ・ル・ウルスラです」


 両手を広げて朗々ろうろうと、そして堂々とオーレリアは言葉をつむぐ。

 周囲に群がる敵意と殺気を浴びて尚、彼女は毅然とした態度を崩さなかった。見る者全てが、そこに気高き千湖せんこの女王の姿を感じるだろう。

 エディンはにじむ汗に傷を思い出しながら、朦朧もうろうとする中で機体を維持する。

 そろそろ体力的にも限界だったが、その先へと飛んで見せる……突き抜けてみせる。そう自分に誓って、今は"エクスカリバー"を必死で安定させていた。


「今日、我が国は敗戦を迎えようとしています。そして同時に、その戦後を卑劣な男にかすめ取られてしまいました。その男の名は……元ウルスラ国宰相さいしょう、シヴァンツ」


 どよめきが広がってゆくのが、エディンにもわかった。

 多くのマスコミが、下ではカメラとマイクを向けている。

 歩兵の狙撃があっても大丈夫なように、エディンは磁場を何重なんじゅうにも重ねてコクピットの周囲に張り巡らせた。磁力炉の出す強力な磁気は、長時間直接浴びれば健康を害する恐れもある。

 だが、今はオーレリアの命を守るほうが優先だ。


「私はここに宣言します。ウルスラ王国は国土の防衛に失敗し、敗北しました。しかしながら、世界が作るこれからの戦後に、恐れず正面から挑み、新たな平和の構築に尽力しましょう。そして――」


 エディンの操縦で"エクスカリバー"がそっと手を突き出す。

 真下へと磁力が集中して……突き刺さった"カリバーン"の機体が、ゆっくりと浮かび上がった。それはまるで、選定の剣カリバーンが岩から抜けたような、王を得たような光景だった。

 そのままエディンは、尾翼に引っかかったエリシュを回収する。


「そして、シヴァンツ。世界の各国首脳にも申し上げておきましょう。この地に封印されしもの、それは人には過ぎたる力です。それを欲して百年前、この地で悲劇が起きました。再びその愚を犯すというなら、それを狙う全てと私は戦いましょう。我が父祖の名と誇りにかけて」


 マーリンが乗ってきた宇宙船、アヴァロン……そこには、異なる星の文明が生み出した、恐るべき知識と技術が満載されている。

 それを平和裏に使うには、人類にはまだ少し時間が必要だ。


「国と民とを守ると決め、戦い負けた事実を私は受け止めます。その上で、もう一度だけ世界に問いましょう……貴方たちが求めるものは、なんですか? なにを欲して始めた戦いか……その先になにがあるのか。私は女王として、熟考をお願いしたいのです」


 オーレリアの演説が終わると、エディンは彼女を座らせハッチを閉じる。"エクスカリバー"の手の中に姉を確認してから、低空をゆっくりと飛ぶ。磁力で"カリバーン"を牽引しながら、母艦クィーン・オブ・ウルスラの停泊する方角へと向かった。

 だが、確実にエディンの限界は通り過ぎ、次第に視界は狭くぼやけてゆくのだった。

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