第37話「叉銃の剣と剣」

 夜の空を今、聖剣エクスカリバーが飛ぶ。

 月明かりに照らされたその姿は、まさに威風堂々いふうどうどう……溢れ出る磁力が生み出すオーロラのマントが、星の光を拾って輝いていた。

 だが、そのコクピットに座るエディンの体力は限界に近い。

 いな……もはやとうに限界など超えていた。

 それでも、飛ぶ、飛び続ける。

 今、背には守るべき女王を乗せているのだから。


「そういえば、妙、だな……これは」

「どうかしましたか、エディン。……もしや傷が」

「いえ、まあ、そうでもありますが」


 今、"エクスカリバー"は機兵形態ストライダー・モードで飛んでいる。

 手にエリシュを乗せているためだ。そして、基本的に機兵形態というのは空中では特別燃料を喰う。人の姿をしたロボットというのは、空力学を無視した構造だからだ。

 だが、"エクスカリバー"の燃料はほとんど減っていない。

 勿論もちろん、"カリバーン"の一号機を磁力で牽引してるが、磁力炉マグネイト・リアクターのエネルギーも安定している。


「どうやら、とんでもない機体のようです。この"エクスカリバー"は」

「そうなのですか? 私にはよくはわかりませんが……ただ、この子はとても静かに飛ぶのですね。まるで湖面を滑るようにせてゆきます」


 そう、すぐに眼下の光景は水面に切り替わった。

 翠海ジェイドシーは今、宵闇よいやみの中で静かに清水をたたえて眠る。

 そして、その向こう岸に小さな明かりがあった。無数のサーチライトを伸ばして振り回す、王立海軍の旗艦きかん……空母クィーン・オブ・ウルスラだ。

 王都が陥落した今、多くの民が避難しているはずだ。

 そこには、敵によって追い立てられてきた難民たちもいるだろう。


「なにか、まだ僕たちの知らないシステムが搭載されてるようですね……"エクスカリバー"には」

「磁力炉、そして機動戦闘機モビルクラフト……この恐るべき発明が、我が国で初めて兵器として用いられたことは、これは悲しい事実です。しかし」


 そう、しかしだ。

 これらの人類の最先端すら、マーリンが母星から持ち込んだ技術の前では児戯じぎに等しい。その全てを詰め込んだ宇宙船アヴァロンは、この翠海に沈んでいるのだ。

 絶対にシヴァンツに渡してはならない。

 そして、他の国々の手にもだ。

 その決意を再度心に結ぶも、いよいよエディンは朦朧もうろうとしてきた。時々意識がぶつ切りに飛んで、必死で集中力をとがらせる。

 ヘルメットのレシーバーから、仲間の声が耳朶じだを打った。


『こちらで誘導するわ、アーサー01ワン! そのまま真っ直ぐ母艦へ』

六花リッカ、さん? ああ、助かるよ……参ったな、上手く前が見えない」

『ひょとして、なにか怪我を? ねえ、ちょっと!』

「まあ、それなりに」


 徐々に巨大な空母が近付いてくる。

 飛行甲板には今、機兵形態で"カラドボルグ"がずらりと並んでいる。恐らく格納庫ハンガーを避難民に開放したため、結果的に機体が露天ろてんにさらされているのだろう。

 となると、着艦するコースも限られてくる。

 垂直着陸で、わずかな隙間へ舞い降りるしかない。

 ふと見れば、すぐ近くを二機の"カリバーン"が飛んでいる。二号機と三号機は、エディンをフォローするように左右で距離を詰めてきた。ようするに、両サイドの僚機りょうきに触れぬ距離が、着陸への最短コースなのだ。


『アーサー01! エディン! ちょっと、機体を安定させて!』

『しっかりしたまえ、エディン君!』

手前テメェ! オーレリアを乗せてんだぞ、エディイイインッ! キンタマついてんのか、しっかりしやがれっ!』

『軸線の修正をしないと……このままだと、新型機が水にポチャンだ』


 六花が、スェインが、リシュリーが、そしてイワオが声をかけてくれる。

 だが、その言葉の輪郭もにじんでぼやけていった。声が音としてしか聴こえてこない。どんどんエディンの視界は狭くなってゆく。

 そんな時、声が走った。


『――はぁい、エディン。美人で気の利くお姉ちゃんの助けが必要かにゃー?』


 思わずエディンは、はっとした。

 光学ウィンドウを呼び出せば、"エクスカリバー"の右手がズームアップされる。

 そっと握ったマニュピレーターの中で、僅かにエリシュが動いているのが見えた。

 生きていた……生存を確認した瞬間、エディンに最後の力が蘇る。


「ぐうたらで大食らいの姉には、いつも、助けられて、ばかりだよ」

『誰がだ、こらー! ……いい? よく聞いて、エディン』


 いつものやり取りが、酷く安心する。

 エディンは、自分の周囲が少し明るくなった気がした。空気が緩んだのを感じてか、後部座席のオーレリアも表情が明るくなっている。肩越しに振り返って、エディンはうなずきで彼女を安心させた。

 そして、先程より鮮明になった意識を総動員する。


『このままだと、飛行甲板に激突するわ。計算してみたけど、ずっこけて周囲の"カラドボルグ"を何機か巻き添えにして、ボチャーン!』

「それは困るな。ただでさえ少ない戦力が……それで? どうすれば騎士王の聖剣は、女王陛下と一緒に格好良くタッチダウンできるのかな」


 エリシュは、常人を凌駕りょうがする記憶力と計算力を持っている。性格は自堕落じだらくだが、見た目と頭脳は世界一の姉なのだ。

 その姉がもたらす言葉は、昔からいつもエディンを救ってきた。

 いつもエリシュが、エディンを守ってくれた。

 だから今日は、助けたかった。

 そして助けたのに、今また逆に助けられようとしていた。


『エディン、"カリバーン"を……一号機を使って。そっちからリモートでアクセスできるでしょ?』

「あ、うん。そうか!」

『あたしとエディンで育てた一号機が、あらゆる着艦手順を知ってるわ。だから"エクスカリバー"だっけ? 上手く"カリバーン"に合わせて着艦すれば』


 すぐにエディンは、磁力による牽引で飛ぶ"カリバーン"を遠隔操作する。

 派手に損傷しているが、変形を試してみる。

 きしむように翼を震わせ、"カリバーン"が機兵形態へと姿を変えた。そのまま磁力でたぐるように距離を縮めて、肩を貸すように"エクスカリバー"を支えさせた。

 確かに、"カリバーン"で何度も飛んだ。

 様々なシチュエーションで着艦も経験している。

 生まれたての"エクスカリバー"と違って、大量のデータが蓄積されているのだ。

 そして、るされさらし者にされていた割に、エリシュの声は元気だ。


『でもさあ、エディン。よりにもよって"エクスカリバー"って……ちょっと仰々ぎょうぎょうしくない? 恥ずかしいっていうか、命名した人の顔が見てみたいって感じ』

「姉さん……その、なんというか」


 ちらりとバックミラーを覗き込めば、オーレリアが声を殺して笑っている。その姿は普段の何倍も、ただただ普通の女の子に見えた。気にする人ではないし、むしろあけすけないエリシュのことが面白くてたまらないらしい。

 そして、ゆっくりと二機の機動戦闘機が高度を落としてゆく。

 "エクスカリバー"の手の中で、エリシュは手を鎖で縛られたままだ。

 だが、生きている。

 生きててくれたのである。


「随分、操作が楽になった……このまま、軸線固定……着艦、する」


 やはり、不思議だ。

 片肺かたはいになった"カリバーン"は、本来の半分の出力でバーニアを吹かしている。しかし、"エクスカリバー"は違う。。全身に配されたスラスターは全て、ただ姿勢制御のみに使われているのだ。

 そして、ゆっくりと着艦。

 "エクスカリバー"が完全に立って静止すると……力尽きたかのように、"カリバーン"が飛行看板へ崩れ落ちそうになる。今度は逆に、エディンが繊細な操作でその機体を支え返す。そのまま二機は、片膝かたひざを突いて停止した。

 そうしてやっと、エリシュを甲板へと降ろした。

 コクピットブロックを開放すれば、夜風がひんやりと気持ちいい。

 そして、絶叫が駆け寄ってきた。


「エリシュウウウウウウウッ! 大丈夫か、エリシュッ! おっ、俺は、俺は……テレビを見てもぉ、気が気じゃなかったぜ!」


 エドモン・デーヴィスだ。

 見れば、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしている。彼は甲板の水兵たちを掻き分けながら、"エクスカリバー"の手にしがみついた。

 ヘルメットを脱がせてもらったエリシュが、その顔が微笑んでいる。

 なんだか、普段は邪険にしてるくせに、エドモンのことがまんざらでもない様子だ。

 そして、エドモンは無理に泣き笑うと、エリシュを両手で抱き上げた。

 とらわれの姫君の凱旋がいせんである。

 それを見下ろし見守っていたエディンは、どうにか立ち上がる。


「危ない、エディン!」

「あ……ああ、すみま、せん……陛下」


 危うく、コクピットから落ちるところだった。

 よろけたところを後から、抱き着いてオーレリアが守ってくれたのだ。


「不敬、ですよね。それより、陛下はお早く中へ」

「エディン。……大事なことなので、一度しか言いません。よく聴いてください」


 飛行甲板は今、拍手喝采はくしゅかっさいの中で歓声に包まれている。

 誰もが今、エディンとオーレリアを見ていなかった。

 だからだろうか、オーレリアは身を寄せ抱き締めるようにしてエディンの耳にささやいた。


貴方あなたは女王たる私の騎士、ゆえに私を守るでしょう。だから、私と民のために戦いなさい」

「は、はい……」

「同時に、私は騎士たる貴方の女王です。戦う貴方をいつも、いつでも……この身の全てで守ります。いいですね、エディン。死ぬことは許しません。共に生きることこそ、民と国土のための戦い」


 先程の"エクスカリバー"と"カリバーン"のように、オーレリアが肩を貸してくれる。エディンは、下へ降りるための降機用こうきようケーブルを出すので精一杯だった。

 そして、そのままコクピットから救われる中で、ついに意識を失い昏倒こんとうしてしまうのだった。

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