第38話「ジャンクション」

 エディンは夢を見ていた。

 いわゆる明晰夢めいせきむ……自分が夢を見てると、自我が認識できる状態。だが、夢はとりとめもなく見知らぬ光景を広げてゆく。

 見たこともない景色は、自分たちとは違う文明圏。

 すぐにエディンは、自分が意識を失ったと悟った。

 そう、新たな翼である"エクスカリバー"を受け取り、オーレリアと共に世界に正義を宣言した。ウルスラ王国はまだ、国土を焼かれて尚も民のために戦う。そしてそれは、シヴァンツが自ら名乗った、自称ウルスラ王国の戦後とは全く違う未来だ。


(けど、これは……今、僕が見ている世界は)


 夢となって広がる世界は、ここではない時、今ではない場所。

 しかし、エディンはすぐに状況を把握できた。

 目をつぶっても見える、見せられてる世界には、見知った顔がいた。


(マーリン……そうか、この夢は彼のふるさとか)


 夢で見ている世界は、豊かさに満ちていた。

 しかし、文明の絶頂期としてはいささか寒々しい。

 遠い惑星、宇宙の彼方かなたの星……そこでは、爛熟期らんじゅくきを迎えた物質科学文明が過渡期かときを迎えていた。花は咲き誇れど、実る果実はじゅくして腐る。そのまま、鳥さえついばまぬ腐臭を巻き上げ、落ちるのみ。

 マーリンの生まれた母星は、いとも簡単に堕落し、滅びに転げ落ちていった。


(ああ、そうか……マーリン、貴方あなたは……そんな中で)


 夢を見ている今のヴィジョンが、現実にあったという確証はない。

 ただ、エディンが見ている夢の中で、マーリンは東奔西走とうほんせいそうしていた。軍人をいさめて、政治家を説き伏せている。そして、それが実を結んでいない。

 エディンが夢見る景色は、絶望へと急降下する急斜面だ。

 マーリンの努力は無視され、惑星全土に絶望が広がってゆく。

 そして、マーリンは決断した。

 生まれ育った惑星から、自然と文明のデータを全て持ち去り逃げたのだ。なげきの船出にを張る船は、アヴァロン……母星の全てを圧縮して積み込んだ、マーリンの方舟はこぶねだった。

 そしてそれは、永い旅路の果てに地球に到達し、ウルスラ王国の湖に沈んでいる。

 そのことを再認識させられたところで、エディンは現実に覚醒した。


「ん……ここは。僕は、寝てたのか? どれくらい……今はあれから、何日」


 ベッドの上で目を覚ました。

 覚醒した瞬間、エディンは状況の把握を試みる。見上げる天井は白くて、文明的な部屋にいると教えてくれる。身を起こせば、痛みが肉体の状況を知らせてくれた。

 エディンは上体を起こして、周囲を見渡す。

 ちらりと見た窓の外は、夜のとばりが静かに闇を広げていた。

 そして、気さくな声が無遠慮に投げかけられる。


「よぉ、エディン。目が覚めたか? さっきまでお姫さんもいたんだけどよ」


 その声は、エドモン・デーヴィスだった。

 姉のエリシュにぞっこんな商人で、文字や言葉より数字を大事とする男である。彼は今、部屋の隅のテーブルでマーリンとはいを交わしている。昏睡状態だったエディンの部屋で、ようするに酒盛りをしているようだった。


「エドモンさん……僕はあれから、何時間くらい」

「ああ、それな。お前さん、一昼夜寝てたぜ。酷い怪我だったしな。で、あれから丸一日過ぎてるが、大きな動きはねえよ」


 エドモンは笑いながら杯を煽る。

 マーリンもまた、同じようにさかずきを傾けた。

 オーレリアと共に"エクスカリバー"を駆り、敵地のド真ん中で決意を表明した。のみならず、姉を助けて"カリバーン"の一号機を回収し、母艦に帰投した。

 そこで気を失って倒れたのは覚えているが、前後が繋がらない。

 ただ、まるまる24時間昏睡していたらしく、目覚めた今も情勢は大きく違わないらしい。

 酒を自分の盃に足しつつ、マーリンが言葉をつむぐ。


「この一日で、まだ世界は変わっていないよ。ただ、静かに前進しているね」


 エディンは改めて、現状を知らされた。

 まず、自分が今いる母艦、クィーン・オブ・ウルスラは。ウルスラ王国の民を避難させ、その全てを格納庫に招いているからだ。かつて原子力空母だった巨大な船は、避難したウルスラの民は勿論もちろん、動乱のさなかで押し寄せた難民たちの一部をも抱えている。

 エディンはすぐに理解した。

 オーレリアは、救いを求めた人々の全てを抱え込んだ。

 それが後々のちのちに、どういった政治的な負債を背負い込むか、ちょっと考えればわかるはずだ。だが、考える前に感じて選択し、行動した……それがオーレリアという人間なのである。


「まー、悪手だとは思うぜ。国民はともかく、押し寄せた難民まで面倒見るっていうんだからよ。このふねが停泊してる漁港にも、収容しきれなかった連中が押し寄せている」

「なら、エドモンさん。もしかして」

「ああ。オーレリア女王陛下の命のもと、あらゆる民に衣食住を与えている。空母に詰め込まれた人間も、乗り切れずあぶれた人間も、平等にだ」


 エドモンは、不満らしい。

 当然だ……彼は王立海軍の財布にして金庫、財政を一手に担って管理する立場だからだ。機動戦闘機モビルクラフトがどれだけ優れた兵器でも、燃料は勿論、予備パーツやメンテナンスのコストを支えているのは彼なのだ。

 そのエドモンが、妙に楽しげな笑みを浮かべて肩をすくめる。


「まあ、損得は抜きにして、女王陛下の気持ちには応えてえな。それに……惚れた女が弟のために、最後まで戦い抜くってんだ。俺は自分の仕事で、それを支えるまでよ」

「エドモンさん……」

「おっと、エディン! 気に病む必要はねえ。これは商売で、俺は儲かると踏んで行動している。エリシュはいい女だから、俺は気を引くためになんでもやってる。それだけさ」


 言葉の通りでないことは、すぐに察することができた。

 同時に、言葉に嘘がないこともエディンには知れる。

 そして、ちびちびと酒を舐めながらマーリンが口を開く。


「エディン、私はね……君たちの姿を見て、決意できた気がするんだよ」

「決意、とは」

「君たちは強大な敵、この地球の全ての国家を敵に回しても、故郷を……故国を守る行動を選択した。生まれ育った土地と、そこに暮らす人々を守ろうとしている」


 それは、マーリンに言われるまでもなく自覚している。

 そのことに疑問を感じないし、守りたいと思うからこそ自主的に戦っている。大なり小なり、程度差はあれどみんな同じだ。それはありがたいことに、異国の日本から機動戦闘機を持ってきてくれた、紫堂六華シドウリッカ五十嵐巌イガラシイワオも一緒である。

 

 そのためにエディンは、仲間たちと飛んでいるのだ。

 そんなエディンに、マーリンは優しい笑みを浮かべる。


「君たちの故郷を守る戦いに、私は感化された……気持ちを動かされたと思うんだ」

「それは……そうなんですか?」

「ああ、うん。だから」


 ――

 確かにマーリンは、はにかみながらそう言った。

 その言葉の意味を、エディンは重く受け止めた。

 きしる痛みと共に、受け止めざるをえなかった。


「マーリン、それは」

「ああ、言わないで……言葉にしないでほしい、エディン。僕は君たちに強く感動した。本当に、今まで凍っていた心にズシリときたんだよ」

「僕たちは、自分の国を守っただけですよ。オーレリア女王陛下も、民を守るために戦っただけだ。僕たちは一貫して、ウルスラ王国の人たちを守りたかっただけなんです」

「でも、それを私はできなかった。できないまま、滅ぶ母星を見捨てて逃げてしまった」

「それは……」


 エディンは言葉に詰まった。

 マーリンの語ることは事実で、真実だろう。彼は一度、ふるさとを捨てている。破滅へと向かう戦いの中で、マーリンは調和と融和を訴えた。だが、それは聞き入れられず、滅びは始まった。敵を滅ぼすことで、その惑星の人々は自ら滅んだのだ。

 そしてマーリンは、そんな母星から逃げ出した。

 あらゆる生命と文明をデータ化し、それを持ち出して逃げたのである。

 そんなマーリンが、エディンたちの防衛戦争に希望を見出したらしい。


「私はね、エディン……滅びた故郷に再び命をともしたい。今は自分が、それをできる唯一の人間だとわかったんだ。祖国を愛する気持ちを、君たちから学んだから」


 酷く穏やかで、悟りきった笑みだった。

 それがマーリンの決意だと、エディンは知った。

 そして、彼のこれからのために……なにをすべきかも悟る。


「……マーリン、貴方にアヴァロンをお返しします」

「うん。あれが災いの元、諸悪の根源で……それがなければ、私は母星に帰れない」

「オーレリア女王陛下なら、それを許してくれると思います。永らくこの国を見守り、我らが父祖たる建国の英雄たちと、マーリンは苦楽をともにしてきたんですから」

「楽しい日々だった。私は、生まれて初めて友を得た気がしてね」


 ほがらかに笑うマーリンは、とても異星人に思えない。ともすれば、この地球上の誰よりも人間臭く見えた。それは、エディンにはとてつもない救いだった。

 遠い宇宙の彼方かなたでさえ、人間のありようは大きくは違わない。

 違う星に生まれた人間でも、故郷を想う気持ちは同じなのだ。

 そんなことを考えていると、エドモンが再び口を開く。


「それでな、エディン。朗報だ……悪い知らせでもあるがな。俺のネットワークを使って、ありとあらゆる商売仲間に声をかけた。わかったぜ……連中が使う、敵の機動戦闘機の正体がよ」


 思わずエディンは、身を乗り出してベッドから飛び出しそうになった。

 それを止めた痛みにうめいて、包帯に包まれた身体を震わせる。

 そして、そんなエディンに無慈悲な言葉が真実となって告げられた。


「あの"ハバキリ"と、量産型の"ムラクモ"な……ありゃ、間違いねえ。方向性は違えど、八神重工やがみじゅうこうの機体だ。連中、"カリバーン"や"カラドボルグ"とは別に、敵側にも兵器を売ってたのさ」


 そう、機動戦闘機は新鋭の兵器で、世界中のあらゆるメーカーが考えもしなかった新世代の機体だ。だから、どうして考えなかったのだろう……敵もまた、同じ機動戦闘機を使う以上、同じメーカーが作っていると。

 その真実を受け止めた時、エディンは耳に痛い響きを聴いた。

 それは、飲み物を運んできてコップを落とした、紫道六華だった。

 彼女は、表情を凍らせたまま震えて立ちすくみ……そのまま走り去るのだった。

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