第6話「男より雄々しく、女よりも凛々しく」
狭いコクピットとうるさい姉から解放され、エディンは風の中を歩く。
エディンの目的の人間は、駐車場になっている広場にいた。
身分に不釣り合いな古い大衆車は、人となりを現すものである。長らくウルスラ王国の重鎮として、代々の忠誠を誓った男が振り向いた。
「お待ちを、バルドゥール伯爵」
エディンの声に、
そして、
バルドゥール・ド・ラ・クレメンツは古くよりウルスラ王国と共に続いてきた伯爵家である。軍隊のないウルスラ王国においても、クレメンツ家は武門の家柄として有名だ。警察権を持つ国内の
陸軍の
「
「
「フン!
エディンの目的は、このウルスラ王国を守ること。
来年には失効する不可侵条約を前に、自衛のための最低限の戦力を保有し、国土と
だが、世の中には大事なものを守るために、軍備が必要な局面は発生する。
そして、今この瞬間こそが、そういう未来に続いている現実だった。
「伯爵、最後のあれはお見事でした。想定の範囲内とはいえ、驚きましたよ」
「あれは、その、あれだ! ゴホン! ……娘は少し
「あ、それは論外ですが。
「ああ、そのことか。しかし、知らなんだ……あの人型兵器は磁力を
エディンは、バルドゥールを高く評価していた。
頭でっかちで感情論ばかりの一面もあるが、道理をわきまえ自分の非を認める
なにより、彼はウルスラ王国のため、オーレリアのためを思ってくれる忠臣である。
その意味では、エディンとは同じ
「しかし、あれが対戦車ミサイルではなく、単純なロケット弾……真っ直ぐ飛ぶパンツァー・ファウストのようなものだったらどうでしょう」
「ふむ……当たれば倒せるのではないかね?」
「破壊できますね。
エディンの申し出に、バルドゥールは目を丸くした。
「伯爵のお力で、ウルスラ王立海軍に海兵隊を……陸戦部隊を作って欲しいのです」
「なんと! ……海軍の中で陸軍をやれと申すか」
「くだらない縄張り争いに興味がないことは承知しています。だからこうして、横の繋がりを持つことが大事なのです。伯爵は名声や地位のために自分が目立とうという
「フン、言いよるわい……詳しく聞かせてもらおうか」
海軍による歩兵戦力、いわゆる海兵隊思想はどの国にもある。
しかし、これらは全て上陸作戦等の攻めに使われる部隊だ。元から国防に特化した海軍を目指す中で、それが必要なのかとバルドゥールは
山国である以上、ウルスラ王国は他国に上陸作戦をする機会がない。
それ以前に、ウルスラ王国はどこにも侵略する気が元からないのだ。
しかし、敵の侵略を許さないのとは話は別である。
「先程も可能性を見せたように、歩兵でも機動戦闘機は倒せます。僕は最悪の事態を想定してまして……奮戦虚しく国土が
「うむ、昨今に至るまで常に、近代の戦争で最後は地上部隊、歩兵戦力が有用となる。占領して敵の
どうやらバルドゥールは気付いたようだ。
「君はまさか……敵国も機動戦闘機を運用してくると思っているのかね?」
「はい」
「……それを倒すための歩兵部隊、そして侵略された後もゲリラ戦力として展開可能な兵をワシに育てろというのか」
「その通りです」
その時だった。
バン! と小さなハッチバックの大衆車から、女の子が飛び出してきた。
それは、先程生身で機動戦闘機に突っ込んできた、無鉄砲な少女だ。その端正だが野性味に
「待て、
名は、リシュリー。伯爵家の御令嬢でオーレリアの友人だ。エディンは何度か、オーレリアが彼女を
そう、先程の模擬戦で戦車から飛び出し、生身でかかってきた少女だ。
リシュリーは身を乗り出してエディンに食って掛かると、
「いいか、よく聞け! 最後は気合と根性、捨て身の戦いになんだよ! なんだ、機動戦闘機? 敵も使ってくる? しゃらくせえ、オレが全部ブッ潰してやんよ!」
「……具体的には、どうやって?」
「知らねえ! だが、武器はなんだっていい。鉄パイプでも角材でも、丸太でもいい。オーレリアとこの国、そして民を守るんだよ!
「話になりませんね」
「んだと、ゴルァ!」
オロオロしてしまったバルドゥールを尻目に、リシュリーは声を荒げる。癖っ毛の髪は燃え上がるような赤で、紅蓮の炎の如く彼女の気迫をはらんでいる。
エディンは、この血気にはやる鉄砲玉みたいな娘のことは、以前から知っていた。
彼女がオーレリア以上にオーレリアのことを案じていること、慕っていること。国と民のために自分をも投げ出しかねないオーレリアを、守りたいと思っていることも承知していた。ただし、少し……いや、かなり頭が弱いのも理解している。
「……では、こうしては
「へ? オレが? あのロボットにか」
「僕がオーレリア姫の目となり耳となって、手足に代わりて国と民を守ります。貴女は……それと同時に、オーレリア姫を守って欲しいんですが、どうでしょう。貴女にしかできない仕事ではありませんか?」
「そ、そりゃあそうだ! ガキの頃からオーレリアはオレが守ってきたんだ! そ、そうだな、それもいいな……なあオヤジ! 俺は決めたぞ! 海軍だかなんだか知らねえが、いっちょ付き合ってやろうじゃねえか」
以前から、
事態がようやく飲み込めたようで、バルドゥールは落ち着きを取り戻す。
「……では、ワシは陸戦隊に志願してくれる若者を
「はい、伯爵。国内での避難誘導や、民間人の警護等も訓練してください。そして……どうすれば機動戦闘機を倒せるか、その研究もお願いしたいのです。勿論、僕たち海軍からも協力は惜しみません」
「面白い……まさか代々武門の家柄であるワシに、ゲリラ屋をやれなどと言う男がいるとはな。だが、悪くはない。屈強な精鋭を育ててやろう」
エディンとバルドゥールは、気付けば笑みを交わしていた。
そして、そんな二人を不思議そうにリシュリーが交互に見やる。
また一人、心強い仲間がエディンに力を貸してくれることになった。否、エディンにではない……このウルスラ王国の明日のためにこそ、力を尽くしてくれるのだ。だから、共に並び立つ同志に上下はない。礼節と敬意があれば、国の
そうこうしていると、白々しい乾いた拍手が鳴り響いた。
それで一同は、そろって背後へと振り向く。
そこには、日傘を差した一人の貴婦人が立っていた。
バルドゥールが名を呼ぶその人を、エディンもよく知っていた。
「おお、フリメラルダ
「ええ、バルドゥール伯爵。なかなか面白い出し物でしたわ」
――フリメラルダ・ミ・ラ・アヴァタール女男爵。
庶民の間では『
男爵家を14で継いでより、既に20年……令嬢のままの美しさを保ちつつ、年々
オーレリアがウルスラ王国のシンボルなら、フリメラルダはウルスラ王国のドアだ。どの国も、彼女を論破できなければことが運べない。そして、隙あらば北欧の小国を食い物にしようとする列強各国にとって、この
そのフリメラルダが、ちらりとエディンを見て
「近衛あがりの美男子が海軍などと聞いてたけど……まあ、本当に綺麗なお顔をしてるわね。名乗りなさいな」
「エディン・ハライソと申します、フリメラルダ女男爵様。……いえ、益荒男嬢爵様とお呼びした方が?」
「ふふ、命知らずだこと……まあ、
エディンにとって、ウルスラ王国の重鎮たちは皆が皆、要注意の逸材揃いだ。
そしてフリメラルダは……空軍の設立を提唱した人間でもある。
「次は……わかってるわね? エディン・ハライソ。わたくしが理想とする空軍と戦ってもらいます。拒否は許しませんわ。貴方に全てを背負う覚悟がないなら、お逃げなさい。今なら笑わなくてよ?」
「
「あら、
優美な
「バルドゥールおじ様、馬鹿ですの? 何故、数で
「は、はは、相変わらず手厳しいな……フリメラルダ女男爵」
「しかもですわ、
「おおそうだ! 実はな、女男爵。嫁が欲しいという
「まっ、お見合い? ……詳しく話を聞きたいですわ! 是非! 是非是非!」
こうして貴族たちは、そそくさと去ってゆく。どうやらフリメラルダは、待たせてあるリムジンを先に帰して、バルドゥールの大衆車に乗るようだ。一同の背中を見送り頭を下げつつ……エディンの戦いは既に新たな局面に入っていた。
フリメラルダの決めた空軍代表との一騎討ちが正式に決まったのは、この日の夜だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます