第32話「戦争が終わり、そして始まる」
フェイ・リーインは言葉を失っていた。
文字を使って真実を伝える、その声を失っていたのである。
今、彼女はウルスラ王国の王宮にいた。かつて
メイドたちの華やいだ声も、親衛隊の心地よい緊張感も今はない。
焼け落ちた王宮は今も、
ふと振り返れば、CNNの取材クルーが中継を行っていた。
「
カメラを前に、女性のレポーターは緊迫した面持ちだ。
無理もない……ここは数時間前まで、爆撃にさらされていたのだ。今いる王宮にも、きっと何人もの死傷者が出たかもしれない。
オーレリアと会ってインタビューした、そんな優しい時間から半日しか経っていない。
周囲には戦勝ムードが満ちていたが、リーインは浮かれる気分にはなれなかった。
「あの時、オーレリア陛下と行くこともできた……でも、私にはやることがある。私だけにできることがある!」
フェイ・リーインはジャーナリストだ。
全ての事象をつぶさに見詰めて、ありのままの情報を多くの人に伝えなければいけない。ニュースは作ってはいけないのだ。だから、悲劇の女王オーレリアという演出もできない。友達だと言ってくれた彼女を、キャラクター性のあるアイコンにしてはいけない。
それはオーレリア自身も望まない
彼女はリーインに、ありのままのリーインであることを望んでいる。
つまり、生まれながらのジャーナリスト、
ちらりと見れば、まだCNNの取材クルーたちは中継をしている。
「オーレリア女王の消息は不明で、多国籍軍の司令官は王宮で死亡したとの声明を発表しました」
嘘だ。
ありえない。
あのオーレリアが、むざむざ死ぬとは思えないのだ。
同時に、オーレリアがもし生きていたら……もしそうなら、王宮の人間たちも皆、無事なのではないだろうか? そんな予感が確信めいていて、リーインは自分でも不思議に思える。
オーレリアは恐らく、自分だけ真っ先に逃げるような人間じゃない。
短い時間で接してみて、それは間違いないように思えるのだ。
「取材、しなきゃ……ありのままを伝えなきゃ! 私は報道マン、ジャーナリストなんだ!」
カメラを構えて、ファインダーの向こうに王宮を映す。
この国の歴史そのものだった王宮はもう、戦いの残酷さを何よりも
世界の列強各国は、この戦争で何を得るのだろうか?
本当に、ウルスラ王国には大量破壊兵器があるのだろうか?
実際にオーレリアに接した身としては、この国が戦争で倒されるべき
「伝えるんだ……世界に、みんなに! この国の悲劇を、その真実を!」
だが、カメラを構える手が震える。
自然と視界が歪んで、被写体は
泣いては駄目だと自分を
自分が見て聴いて、触れた全てが平和だった。
このウルスラ王国は、以前まで軍隊のない国だったのだ。約百年前、あの
その全てが消え失せた王宮は、カメラの向こうでなにも語らない。
そして、視界に不意に見覚えのある顔が横切った。
「あ、あれは……!」
小綺麗にブランド物のスーツを着こなした、その男を知らぬ者はいないだろう。この国では、慈愛に満ちた女王がまだ王女の頃から、頼れる
その男、シヴァンツは演技のように大げさに両手を広げて振り返る。
「これはこれは、新聞記者さんですかな? お仕事ご苦労さまです」
「宰相シヴァンツ……何故、ここに」
「これは異なことを。ようやく、
リーインは違和感を感じた。
それは同時に、嫌悪感でもある。
嫌な男だと思った。宰相といえば、まだ未成年であったオーレリアの後見人でもあり、実質的な政治の中心人物でもある。それは、オーレリアが女王として即位してからも変わらない筈だ。
「シヴァンツさん、今までどちらへ? そして、なにをしておいででしたか?」
「ふむ。私はこの国の宰相ですが、暴走したオーレリア陛下にお
「そう、ですか。では、その辺を具体的に取材させていただいていいでしょうか?」
「
「ただ?」
「私も色々と忙しい身でしてな。満足な時間が取れないかと……なにしろこれから、戦争ですので」
「……は? い、いえ、戦争は今、こうして終わりを」
リーインは耳を疑った。
この戦争はもう、終わったのだ。
それは誰の目にも明らかで、首都は落とされ王宮は
そして、そんな現実を決定付ける光景が訪れた。
突如として、頭上で風が気流をかき乱す。
ジェットの騒音が鳴り響き、二機の
その両機は、ワイヤーでなにかをぶら下げていた。
「あ、あれは……!」
「どうぞ、写真をお撮りなさい。ククク……フハハハハ! 私の、我々の勝利です! 今も、これからも! その先も!」
シヴァンツの高笑いと共に、それは大地に降りてきた。
リーインも
それは、戦闘機から変形する巨大なロボット。
今も、空中で二機の機動戦闘機が
確か、"ムラクモ"と呼称される量産機だ。二機の"ムラクモ"は、ワイヤーで牽引された何かを地上へとゆっくり落とす。
それを見たリーインは思わず、カメラを構えるのも忘れてしまった。
「あれは、MCF-1X……"カリバーン"!」
そう、王立海軍の要撃隊が運用する機動戦闘機だ。
しかも、前進翼が無言で先行試作機であることを告げてくる。後の量産機である"カラドボルグ"と違って、極限状況での機動性と運動性を重視した作りになっているのだ。
その"カリバーン"は、中破状態で地面に下ろされた。
まるで
運ばれてきた"カリバーン"は、機首を下に焼け野原へと突き刺されたのだ。
「大した損傷はないように見えるけど……メインエンジンが片方、脱落してる」
「
「熱源探知型のミサイルなら、それでやりすごせる。でも、赤外線やカメラ制御、AIによる自律思考型のものは」
「自力で避けたとしか説明できないでしょうな。それも、コパイロットが一人でやったというからまあ、面白い……ククク」
突き立つ"カリバーン"を見上げて、シヴァンツは
その姿に、リーインは言いしれぬ恐怖を感じた。
この男はウルスラ王国の重鎮で、オーレリア女王によって
それなのに、シヴァンツからは哀愁も悲哀も、
自分の祖国を燃やされた男が今、奇妙な興奮で身を震わせているのだ。
「さて、新聞記者さん」
「……これからなにが始まるの? 首都の陥落で戦争は終わり、そうじゃないの?」
「これはまた異なことを……むしろ、ここから始まるんですよ」
その時だった。
黒いスーツにサングラスの男が、シヴァンツの元へと駆け寄ってくる。
彼が耳打ちする報告を聞いて、シヴァンツは目の色を変えた。
「ほう! 見つけたか! やはり翠海の底だったか……ククク、フッ、フフ……フハハハハ! 私はついに見つけたぞ! 欧米列強を出し抜いてやった! 奴らが欲しがり探していたものを、私が先に掘り当てたぞ!」
突然、大声で身をのけぞらせてシヴァンツが笑った。
その姿に、世界各国のマスコミが振り返る。
リーインは、無数の記者が集まり出す中で聴いた。
シヴァンツの声音は、その高鳴りが狂気を帯びている気がした。
そして、奇妙な胸騒ぎにその場で振り返る。
「う、嘘……あれは、そんな……そんなことって!」
地面へと垂直に突き立てられた、半壊状態の"カリバーン"。
その垂直尾翼に、なにかが引っかかっている。
それは、両手を鎖で縛られた女性だ。うら若き女性、リーインとそう年も変わらぬ人間が吊るし上げられている。ここからでは生死を判別することはできないが、一人の女性がパイロットスーツ姿でぶら下げられていた。
まるで、
そして、それを見上げるリーインは聴いた。
「お集まりのマスコミ各位に申し上げる……私はウルスラ王国の宰相、シヴァンツ! これより、極悪非道なる列強各国に対して宣戦布告を申し上げる! 亡きオーレリア女王陛下に代わって、私が多国籍軍に対して反撃するものと宣言する!」
CNNを始めとする各国の報道マンから、驚きの声が上がる。
今、圧倒的な物量の投入で終わった戦争が、次なる戦争を呼ぼうとしていた。
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