第44話「オーバーテクノロジー」

 蒼穹そうきゅうく、暴力的な光の奔流。

 それは真っ直ぐ、北の空へと照射されていた。

 浮上したアヴァロンから放たれた、超々高温のエネルギー……あっという間に雲は蒸発し、高温の空気が衝撃波となってエディンとエリシュを襲った。

 激しい振動の中、逆らわずに"エクスカリバー"は翼を流して逃がす。

 そのまま高度を上げれば、空は煮えたぎるように燃えていた。


「な、なによ……今のっ! ちょっと、エディン!」

「落ち着いて、姉さん。データ、取れてる?」

「あ、うん。えっと……げげっ!」


 ちょっと、美人さんが発してはいけない声が聴こえた。

 ようやく発射が終わって、アヴァロンは見下ろす湖面の上に今も浮いている。

 そして、背後からの報告に流石さすがのエディンも片眉を跳ね上げた。


「今のビーム、出力測定不能……それと、広域公共周波数オープンチャンネルで無線が大混乱してる!」


 エディンも周波数を調整して、この空に満ちた声を拾った。

 国連軍のパイロットたちはすでに、戦意を喪失しているようだった。


『な、なんだったんだ、今のは……おいっ! なんなんだよ!』

『ウルスラの女王の安否は!? いや、それより今の現象の方が先か』

『嘘だろ、おい……なんてこった』

『なにぃ? 報告は正確に! ロシアの北海艦隊がなんだって!?』


 ――ロシア海軍北海艦隊、消滅。

 大小五十隻以上の艦艇が、周囲の海水ごと消えてしまったらしい。

 この日、世界は震撼にすくんだ。

 これが、旧大戦の末期に列強各国が奪い合った力。戦略核などとは比較にならないレベルの、大規模な大量破壊兵器だ。その発動は、一方的な殺戮をもたらす。

 これはもはや、戦争のための兵器ですらない。

 手にした者を、神にも悪魔にも変える存在である。


「……行こう、姉さん。あれをシヴァンツに渡してはいけない」

「それな! んじゃま、突入しますか。どする? すんなり入れる感じ?」

「多分ね。それで駄目なら……押し通る」


 ラムジェットエンジンの咆哮ほうこうと共に、"エクスカリバー"が風を切る。

 雲を引いて飛べば、あっという間に目前にアヴァロンの威容が迫った。その円筒形の周囲をぐるりと一周して、目視で改めて確認する。

 どちらが前か後ろかはわからないが、円筒の両端は開放されている。

 センサーでも、ハッチやシールドのたぐいは感知できない。

 それどころか、円筒の内側に広がる大自然が、外から丸見えだ。


「突入する。データ収集、よろしく」

「オッケー! さーて、鬼が出るか蛇が出るか、っと」


 速度を緩めつつ、内部へと愛機を向ける。

 思わず緊張に、エディンは乾いた喉をゴクリと鳴らした。

 だが、なにも起こらず開口部を通過……そして、驚愕の光景がひろがる。

 なにが起こったのかは理解不能だ。

 現実だけを直視するなら、


「ちょ、ちょっとエディン! 外から見たより広い! どういうことなのよ、もぉ」

「空間が圧縮されてたんだ……外と中で、観測できる面積や体積がまるで違う」


 仕組みや原理は不明だが、アヴァロンに内包された空間は外から見ただけでは把握不可能なようだ。アヴァロンの全長を超える広さが、その中に存在しているのである。

 遥か遠くには、もう一つの開口部が小さく見える。

 確かに円筒状の世界で、上も下も円形に世界が敷き詰めれられていた。

 広がる原生林に、遠くで冠雪した峰々。

 空気の成分はほぼ地球と同じようだが、確かにこれは異世界だった。


「それとさ、エディン。外と通信、繋がらない」

「ん、やっぱりか」

「さーて、どうすっかなーこれ! ……陛下、大丈夫かしら」

「心配いらないよ。こわーいオバサンも一緒らしいし」


 周囲を見渡せば、外の戦闘が嘘のような静けさだ。

 遠くに鳥が群れをなして飛んでいる。

 望遠カメラをズームしてみたが、見たこともない鳥だ。

 極彩色の羽根で、優雅に気流へ乗っている。

 アヴァロンの名の通り、まるで理想郷だ……この世のものとは思えない大自然。その面積は、外から観測した時よりも十倍近く広いのだ。

 だが、その絶景を楽しんでいられる時間はない。

 突如としてアラートが鳴り響き、反射的にエディンは機体をひるがえす。


「ロックオンされた、ミサイルが来る。姉さん!」

「あいよっ! 数は12! その後ろに敵の編隊、4!」

「ここまで来て、雑魚には構ってられない。姉さんは周囲の索敵に専念して。多分、どこかにコントロールセンター、ないしそれに類する施設があると思う」

「がってーん!」


 瞬時に"エクスカリバー"は、雄々しくも優美な騎士王の姿へ変形する。

 同時に、オーロラのマントを翻せば強烈な磁気嵐が周囲に広がった。

 だが、脱落するミサイルの中から、まだまだ殺意が飛んでくる。


「磁気遮断タイプか。熱探知か、それともカメラ誘導? AI制御ってのもあるか」


 すぐにエディンは、抜刀した超磁力ハイマグネセイバーを振るう。

 目視で見切って、中空の大地を駆ける"エクスカリバー"を踊らせた。あっという間に、ミサイルの全てが切り払われて爆発を咲かせる。

 その時にはもう、敵の機動戦闘機モビルクラフトも変形して銃を構えている。

 四機の"ムラクモ"が半包囲を敷いて、向かってきた。


「アーサー01、エンゲージ……悪いけど、片付いてくれ」


 乱舞する銃弾の中を、悠々と"エクスカリバー"は飛ぶ。

 見えぬ磁気の鎧を纏ったその姿は、弾丸の方が逆に避けてゆくのだ。

 あっという間に踏み込んで、零距離ゼロきょりで剣が振るわれる。

 機体を維持する磁力を断ち切られて、最初の"ムラクモ"がバラバラになって墜落した。さらにエディンは、返す刀でもう一機も両断する。

 相手の磁力を掻き消すことは勿論もちろん、物理的な刃としての切れ味も抜群だ。

 あっという間に戦力が半減したからか、残りは変形して逃げる素振りを見せた。


「まずいな、ここじゃ超磁力セイバーのフルパワーは使えない」

「堅実に敵の戦力はそいどきたいけど……ねね、エディン。この子、あんまし射程のある武器がないから、こゆ時困らない?」

「フル加速なら追いつけるけど、推進剤も節約したいし……さて」


 その時、空気がごう! と吼えた。

 なにか、巨大な物体が"エクスカリバー"の真横を通り過ぎたのだ。

 それは音速に近い速さで、あっという間に逃げる"ムラクモ"に追い付いた。そして、追い越す刹那に爆発音。羽撃はばたく翼が片方の"ムラクモ"を爆散させたのだ。

 接触しただけで、機動戦闘機がたやすく撃墜される。

 

 そう、威風堂々の巨体は生物だった。


「エディン、あれ! あれっ! すっげ……」

「ドラゴン、ってやつかな」

「わーお、めちゃくちゃヤバいじゃん。もうあれ、怪獣じゃん!」


 そう、……すなわち、竜。

 どうみても、神話やファンタジー創作に出てくるドラゴンだった。強靭な翼としての前肢を広げ、棚引く尾をなびかせて飛ぶ空の王。

 猛き竜は風を引き連れ、風そのものとなって飛ぶ。

 既にもう、最後の一機は恐慌状態だった。

 その悲鳴が、回線の向こう側から響き渡る。


『なっ、なんだ! こんな生物が……い、嫌だああああ! お、俺はエースなんだ、選ばれたパイロットなんだ! それが、こんな――母さん!』


 ドラゴンは高度を取って頭を押さえると、口から苛烈な炎を発した。まるで太陽が落ちてきたかのような光が、不安定に飛ぶ"ムラクモ"を包む。

 獄炎ごくえんのブレスは、残骸一つ残さず敵を消し去ってしまった。

 同時に、エディンは"エクスカリバー"に剣を構えさせる。

 あれがもし、このアヴァロンの内部を守る自衛システムだったら?

 だとしたら、自分たちもまた侵入者となる。


「参ったな……あんなのがいるなんてね。……陛下、どうかご無事で」

「どうする、エディン? やってやれないあんたでしょ」

「やりたくはない、かな」

「同感ね」


 ゆっくりとドラゴンが、ゆるやかな弧を描いて戻ってくる。

 その紅玉の如き瞳に今、"エクスカリバー"はどう映っているだろうか?

 思わずエディンは、緊張に身構える。

 だが、ドラゴンは旋回して"エクスカリバー"をパスし、飛んでいってしまった。

 どうやら、楽園の守護者は見逃してくれるようだ。


「ふう、行ったか」

「寿命が縮むわねー、あんなのがいるんじゃ。……って、お? おおっ!」

「どうしたの、姉さん」


 バックミラーの中で、エリシュがにっかりと笑っていた。

 表情の豊かな姉の笑顔は、自然とエディンの緊張も解きほぐしてくれる。

 ここは既にもう、地球の常識が通じぬ宇宙船の内部なのだ。

 そして、どこかにシヴァンツがいる。

 この戦争を起こし、次の戦争を始めようとしているのだ。

 今、オーレリアと共にエディンは事態を収拾しようとしていた。


「エディン、さっきのドラゴンが飛んでく方向に反応。なんかの建物、施設かな? 熱源がある」

「なるほど。水先案内人、みたいなものかな?」

「手荒いエスコートよねえ……行ってみる?」

「勿論」


 即座に"エクスカリバー"を変形させ、アヴァロン内部を奥へと飛ぶ。

 すぐに湖が眼下に広がり、沢山の風車が回っているのが見えた。

 そして、湖畔こはんに荘厳な神殿らしき建物を発見するのだった。

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