第43話「戦慄のアヴァロン」

 回線を通じて、シヴァンツの声が空域全体に広がってゆく。

 その堂々たる演説は、まるで霧の空そのものを震わせているかのようだった。

 だが、今のエディンに聴き入っている余裕はない。さらに言えば、反逆者の真意には興味がなかった。ウルスラ王国の女王と国民を守るため、今はただ黙って王室円卓騎士ナイツ・オブ・ラウンドとして戦うだけだ。

 そして、目の前に立ち塞がる敵は簡単な相手ではない。


「姉さん、ランダム回避の乱数を三重に、それと機体の制御系ナーヴを全部マニュアルでこっちに回して」

「わお! 落っこちたりしないでよぉん? ……自律AIの全補助機能をカット、っと」

「落っこちるくらいで勝てるなら、試してみないでもないけどね」

「んー、マジかー! じゃあ、お姉ちゃんも一緒に落ちてやるしかないかなー、わはは!」


 コクピットを包む空気は今、普段といささかも変わらない。

 緊張感を欠く雰囲気の中で、姉の声はいつものようにおどけてはずむ。

 その柔らかさと温かさが、極限の中でエディンに集中力を維持させていた。

 そして、広域公共周波数オープンチャンネルで敵が荒ぶる怒号を叫ぶ。


『今日こそ決着を付けてやるぜ、エディン! オヤジの邪魔はさせねえ!』


 セルジュの"ハバキリ"……いな、"アメノハバキリ"が迫る。その姿はすでに、機兵形態ストライダー・モードに変形しても人の姿を捨てていた。肥大化した脚部はブースターと一体化しており、増設されたウェポンベイで膨らんでいる。ありったけのミサイルで爆装した翼も、刺々しさがまるで聖書の悪魔のよう。

 繰り出される雌雄一対しゆういっついの二刀流をさばきながら、エディンもせわしく"エクスカリバー"を駆る。少年の腕一本で翔ぶ騎士王は、手にした聖剣で敵の斬撃を切り払っていた。

 一秒の一瞬が、無限に引き伸ばされるような錯覚。

 スローモーションにさえ見える一撃は、どれもが必殺の破壊力だ。

 エディンの繰り出す刺突や連撃もまた、攻防一体の剣技に阻まれていた。

 互いの剣が制空権を重ねては喰い合い、徐々に相手の機動範囲を削ぎ落としてゆく。

 機動戦闘機モビルクラフト同士の戦い、ドッグファイトは自由なる空の奪い合いでもあった。


『勝てる……勝てるなあ、おいっ! シュミレーションでも俺の優位は揺るがなかった! 新型だろうがツインドライブだろうが、ぶった斬ってやんよおおおおおっ!』

「よく喋る男だ」

『うるせえっ! 一人じゃ飛べねえような奴ぁ、姉ちゃんのスカートにでも隠れてな!』

「悪いけど、うちの姉はそんなに長いスカートはあまりはかないんだ。――姉さん!」


 すぐに後ろで「あいよー!」と元気な声が返ってくる。

 まばゆい磁力のマントを棚引たなびかせて、"エクスカリバー"は左手のシールドを捨てるや両手で剣を引き絞る。"エクスカリバー"に装備された斬磁場刀マグネイトソードは、以前の"カリバーン"の物とは違う。見た目も華美なモールドとエングレービングで飾られ、恐るべき力が内包されていた。

 その必殺の刃を、エディンは姉の端末操作と共に解き放つ。

 両刃の剣に磁力がみなぎり、紫光しこうほとばしる。


『なっ、なにぃ!? なんの光だっ! 俺の知らない機能が』

「障害は排除する。いい加減、鬱陶うっとうしいんだよね……超磁力ハイマグネセイバー、磁場集束!」

「いっけーっ! 必殺のハイパーマグネイト斬りだぁーっ!」

「……なにそれ、姉さん」


 "エクスカリバー"の双眸そうぼうに光が走る。

 同時に、両手で振り上げた剣からまばゆい光の奔流ほんりゅうが天をいた。

 それは、超磁力セイバーと呼ばれる新型の斬磁場刀が、磁力炉マグネイトリアクターのツインドライブで輝く光。

 その巨大にして無限の刃を、迷わずエディンは全力で振り下ろす。

 斬撃は光条となって、咄嗟とっさに変形して回避する"アメノハバキリ"を追った。どこまでも伸びてゆく光が膨らみ、その中に黒い翼が飲み込まれてゆく。

 周囲の霧さえも掻き消して、蒼天に"エクスカリバー"は振り抜いた剣を収めた。


「やったの? ねえ、エディン!」

「いや、手応えはなかった……けど、逃げるならそれでいいさ」

「お優しいことでー?」

「できる姉の薫陶くんとう賜物たまもの、かな」

「ったりめーっしょ! よし、行こう! あのデカブツ、なんとかしないと」


 今、目の前には巨大な方舟はこぶねが浮かんでいる。

 マーリンが母星から乗ってきた、宇宙船アヴァロン。それは空洞を内包したシリンダー状で、筒の前後は開放されている。頭も尻もふたのない、トンネルになっているのだ。

 そしてその内側には、大自然が広がっている。

 それ自体が巨大な宇宙コロニーなのだ。

 その中から、シヴァンツの声が朗々と響いてきた。


『かつて百年前、我がウルスラ王国は蹂躙じゅうりんされた! 大国がエゴを丸出しにして投下した、無数の新型爆弾によって! かえりみよ、歴史を! 今また、この国は戦場となった!』


 それを呼び込んだのは、他ならぬシヴァンツである。

 だが、それを知るのはオーレリア王女と、彼女の旗のもとに集った者たちだけだ。国民の多くもそうだが、世界も正確な真実を知り得ていないだろう。

 そして歴史は常に、勝者が作って真実とする。

 それを今、シヴァンツに許す訳にはいかない。

 彼は王国の宰相という地位を利用して、この戦争を演出した張本人なのだから。


「そいえばさ、エディン。シヴァンツって、なんか恨みでもあんの? 王国とか女王陛下とかに」

「さあ? 僕はさして興味はないけど、ふむ……動機か」

「こんだけのことしといて、理由がないでは済まされないっしょ」

「愉快犯の線は真っ先に消すとして、金銭等の利益や利権、支配欲、第三者からの指示……それと、復讐か」

「ああいう、一見してイケメン親父なお父様がさ、意外とねちっこい陰険体質なのよね」

「経験談?」

「そ、大人の経験則よん?」


 そこらへんはあまりほじくり返さない方がいいだろう。

 エディンはすぐに"エクスカリバー"を空戦形態に変形させる。周囲ではそこかしこで、ドッグファイトが入り乱れていた。敵も味方も混在の、大乱闘の乱痴気騒らんちきさわぎである。

 だが、その中で見慣れた機体が二機、近付いてきた。

 "カリバーン"の二号機と三号機、アーサー小隊の仲間である。


六華リッカさん、陛下は?」

手筈てはず通りに! 私たちで護衛してさっき上陸した、と、思う』

「そうか。じゃあ、フォローに回ろう」

『……エディン、本当にこれが最良の一手なの? ちょっと私、信じられないんだけど』

「最良の一手なんて存在しないさ。ベストな選択はいつも選べない……僕はベターな、モアベターな策を講じているつもりだし、陛下もそれを望んでるよ」

『信頼されてるのね、エディン』

「君と同じくらいにね。さて」


 すでに戦いは、最終局面に突入していた。

 この国に眠っていたアヴァロンは目覚め、世界は自分たちがなにを奪い合っていたかを知ったのだ。

 シヴァンツは己の野望になにかを隠して、秘めた強い意思を励起れいきさせている。

 だが、やっていることは国家反逆罪な上に非人道的だ。

 誰もが望まぬ戦争の中で、彼は願いを叶えようとしている。

 それが金か欲か、それとも女か……エディンはさして興味はない。

 ただ、国と民とをうれう少女のため、騎士として剣を振るうだけだ。


「よし、僕はこれよりアヴァロンに突入する。イワオ三佐、我が軍の形勢は」

『問題ない、むしろ優勢で押している。国連軍の中に、こちらへ味方する機体も現れた』

「じゃあ、各小隊は各国の空軍を援護して。普通の機体で機動戦闘機と戦うのは骨が折れるからね。六華さんは全体の指揮をよろしく。それと、スェイン少佐」

『わかっている、この空域は私が引き受けた。誰も通さないつもりさ、後ろは見なくていい』

「助かります、少佐。それと、リシュは少佐の言うことをよく聞いてね」

『あぁ!? おいエディン、なんでオレだけ子供扱いだ、コラッ! ……死ぬなよな、お前。オーレリアが悲しむから、さ』

「わかってる」


 既に最後の作戦は発動し、必殺の一矢は放たれた。

 この戦争は恐らく、首謀者であるシヴァンツを討てば終わる。世界中の国を扇動せんどうし、ラッパを吹いていたハーメルンの笛吹き男は今、ついに正体を現した。

 今、アヴァロンを手に入れたシヴァンツは目的を完遂させようとしている。

 その直前、最も効果的な一瞬にエディンは付け込むことにしたのだ。

 最適解かどうかはわからないし、最善手なんてないのかもしれない。

 それでも、可能性の一番高い策に迷わず全てを賭けることにしたのだ。

 そして、悲鳴と怒号が行き交う回線の向こうからニュースが広がってゆく。


『なにっ、本当か!? 至急、ウルスラの空母に確認しろ! もし事実なら』

『向こうの艦橋ブリッジで騒ぎになってます! 女王様が』

『おいおい、最後の最後で暗殺かよ! 各機、現状維持!』

『事実確認を急げ! ……なに? 影武者が裏切った!? 影武者なんていたのか!?』


 無論、フェイクニュースだ。

 何故なぜなら、その脚本を書いたのはエディンだからだ。

 今頃世界は、オーレリアに影武者がいたことに驚いているだろう。あらゆるマスコミが過去のフィルムを見直し始めるだろうし、各国の諜報機関は影武者の正体にも気付く頃だ。

 そう、オーレリアのために危険を顧みずに働いていた、シヴァンツの息子ヨハンに。

 北欧の小国で勃発した戦争は今、悲劇で幕を閉じようとしていた。

 そうしてエディンは、まずは世界中の視線をそちらに誘導する必要があったのだ。


「よし、姉さん。これからアヴァロンに突入し、シヴァンツの身柄を確保する。そして、アヴァロンにはもう一度……ウルスラの海に沈んでもらう」

「今ならまだ、マスコミの目に触れる前に隠せるしね。んじゃ、いこいこっ!」

「軽いなあ、相変わらず。……ん? 今、なにか……アヴァロンに動きが――」


 "エクスカリバー"は翼をひるがえし、中味が丸見えのアヴァロンの入り口、筒の先端部からの侵入を試みる。

 アヴァロン自体が、その筒状の軸線を中心に回転し始めたのは、そんな時だった。

 最初はゆっくり、しかし徐々に加速しているのが見て取れる。

 これはエディンにも予想外の事態だった。

 そして彼は、世界と一緒に初めて知ることになる。

 何故、シヴァンツがアヴァロンに固執したか。

 百年前、東西冷戦を控えた大国がどうして、アヴァロンを欲したかを。


「ちょ、やばっ! エディン! アヴァロン外周に高エネルギー反応!」

「チィ! やっぱ、そういうことか。マーリンが恒星間航行用の宇宙船とだけ言ってたけど、この可能性は僕も考えた。つまりこれが……アヴァロンのわかりやすい価値なんだ!」


 アヴァロンは回転を速めながらゆっくりと動き出す。北へと舳先へさきを向けて、僅かに船首を持ち上げた。それはまるで、エディンには原始的な大砲に見えた。

 その砲口とも言える部分に、光が凝縮してゆく。

 次の瞬間、ウルスラの空は苛烈かれつな閃光の爆発に塗り潰された。

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