第40話「浮上、呪われし方舟」

 突然のアラート、そしてスクランブル。

 スェインにとってそれは、日常の一コマに過ぎない。アメリカの曲技チーム『ブルーエンジェルス』に入る前から、彼は戦闘機乗り、戦士ファイターだった。敵はいつも、こっちの都合を考えてはくれないものである。


きりが出てきたな……リシュ君、レーダーを見ていてくれ」

「わかってる、少佐! クソッ、ひでぇ電磁障害だぜ。当然か、あっちも機動戦闘機モビルクラフトを飛ばしてんだ」


 機動戦闘機の動力部は、磁力炉マグネイト・リアクターだ。その強烈なパワーは同時に、広範囲に磁気嵐を振りまく。それは見えないチャフとなって、戦場の全てを包んでしまうのだ。

 このため、機動戦闘機同士の戦闘は……有視界での格闘戦ドッグファイトになる。

 たがいの尾をむ闘犬のように、かつて騎士道で飛んだ旧世紀の飛行士のように。

 加えて今、翠海ジェイドシーの上を真っ白な霧が塗り潰していた。

 "カリバーン"の三号機を預かるスェインは、慎重に操縦桿スティックを握る。


「連絡のあった空域はこの辺りだな」

「――ッ! ちょ、ちょっと待ってくれ、少佐! 前方、巨大な質量反応! でけぇ!」

「たしか、このポイントは……ッッッッ!」


 不意に、目の前に壁が現れた。

 突然、黒い障害物が視界を覆う。

 コンマゼロ秒の判断力が、スェインに全神経へと稲妻を走らせた。彼の"カリバーン"三号機が、メインエンジンを納めた両足だけを突き出し逆噴射する。そのGにあらがいつつ、急上昇。

 リシュリーの奥歯を噛む声を背後に聴きながら、スェインは機体を空へと持ち上げた。

 霧でよくは見えないが、なにかが湖の底から浮上してきた。

 

 やがて、濃霧の中を突き抜け雲をも飛び越える。

 青い空へと突き抜ければ、ようやく朝日が昇り始めた頃だった。


「リシュ君、データは取れているか!」

「待ってくれ、今やってる! ああもうっ、オレはコンピューターが苦手なんだ!」

「……それは聞かなかったことにしておきたいな。それで? どうだ」

「でけぇ……これ、ひょっとしてあれじゃないか? マーリンってのが言ってた」

「ああ、彼の話にある座標に合致する」


 再び完全な空戦形態ファイター・モードへと戻って、ちらりとスェインは外を見た。

 ここからでは、ウルスラ王国は遥か雲海の下だ。なにも見えないが、一種異様な空気を感じることができる。それは軍人としての予感であり、長年空で戦ってきた男の直感のようなものだった。

 そう、翠海より浮上する巨大な物体……それはもう、一つしかない。


「推定全長、10km! 巨大な円筒状えんとうじょうだ! 少佐、こいつは」

「間違いない……あれが、アヴァロンだ」

「アヴァロン。あの、マーリンとかってあんちゃんの宇宙船か!」

「そう、世界各国が百年前から奪い合い、手に入らぬならウルスラごとこうとした……この地の争いの元凶、呪いの方舟はこぶねだよ」


 そう、呪いだ。

 マーリンがウルスラ王家の始祖しそにとって、得難えがたい友人だったことは真実だろう。また、スェインも少し話してみて、マーリンの人となりはわかった。彼は悪意も害意もなく、ただ平和を臨む普通の青年だ。

 そして、幼少期のオーレリアとエディン、そして後部座席のリシュリーを救ってくれた。

 だが、宇宙人の彼が地球に持ち込んだものは、まさしく呪いとしか言い表せない。

 母星の滅亡と同時に脱出した、あらゆる叡智えいちと大自然を詰め込んだ方舟……マーリンの平和への願いは、この地球では呪いとなってウルスラ王国を戦火でさいなんでいる。

 地球人はあまりにも野蛮で闘争心に満ち、欲とエゴが強過ぎるからだ。


「リシュ君、もう一度降下する。しっかりとアヴァロンを確認し、増援を要請せねば」

「ああ、一番機パスファインダーを買って出て来たんだ。それくらいは朝飯前だぜ、少佐!」

「フッ、君はいつでも元気だな。それでこそだ」


 再び高度を下げて、濃密な白い闇へと沈む。

 "カリバーン"の三号機だけは、他の二機とは違うアビオニクスを搭載していた。それは、スェインが生粋きっすいの戦闘機乗り、エースパイロットだったことにも起因きいんしている。

 スェインは自分が世界有数のエースだという自覚がある。

 アメリカで『ブルーエンジェルス』、通称ブルースのあたまを張るとはそういうことだ。

 だが、この機動戦闘機というものは、それだけでは十全の性能を発揮できない。

 機兵形態ストライダー・モードに変形して、戦闘用ロボットとして戦う局面があるからだ。勿論もちろん、スェインも説明を受け、訓練をこなした。最初こそ戸惑とまどったが、今では普通にあつかえる。

 だが、リシュリーの方が普通以上に上手く扱えるのだ。

 彼女のそれは非凡に過ぎて、一種の才能としか形容できない。

 だから、空戦形態ではスェインが操縦し、機兵形態ではリシュリーへと操縦がスイッチする。お互い得意分野を分担することで、1+1を10にも100にもできるのだ。


「少佐、あの"ムラクモ"とかって奴が沢山いる! なにやってんだ? 機兵形態でホバリングしてるぜ。すげえ数だ」

すでにこっちを探知してるな? 攻撃してくる気配は……ないか」

「待ってくれ、高エネルギー反応! どの機体も、湖面へ向かって磁力を放出している!」

「これは……磁力アンカーのたぐいか? なるほど、そういうことか」


 もう、敵は全世界の軍隊が結集した国連軍ではなくなっていた。

 ついに本性を現した、シヴァンツ率いる私兵集団が戦争を支配しているのだ。そして、彼等は王立海軍と同じく機動戦闘機で武装し、日本の八神重工やがみじゅうこうから援助を受けて活動している。

 スェインは自分なりの愛国心が、酷くきしるのを感じた。

 オーレリアに悲劇の女王をやらせた上で、ウルスラ王国を一度壊滅させる。そのあとで、救国の英雄を演じて世界各国に宣戦布告したシヴァンツは、許せない。その目的は正確には読み取れないが、どんな思惑があっても許されない行為だ。


「"ムラクモ"、30機以上! みんな、アヴァロンとかってのに磁力を注いでる」

「湖底に沈んでいたアヴァロンを、磁力アンカーで引き上げたんだ。しかし、これがアヴァロン……これは宇宙船というより、一種の宇宙コロニーだ」


 深い霧の中では、その全容を捉えることは難しい。

 だが、滞空する全ての"ムラクモ"がこちらへ迎撃行動を見せないということは、優先すべきはアヴァロンの確保ということだろう。こちらとて、最新の武装を受領してのフル装備だが、単騎でどうにかなる局面ではない。

 それに、こういう場合には護衛の戦闘機部隊が配置されているのが当たり前だ。


「少佐っ、敵機接近! クソッ、こんな近付かれないと発見できないのかよ!」

「落ち着きたまえ、リシュ君。まずは母艦に打電だ。通信障害が酷いが、レーザー回線を使ってみてくれ。で、だ……敵さんの歓迎は俺がやらせてもらおう!」


 綺麗にダイヤモンドを組んだ編隊が近付いてくる。その数、12……そして、機首をひるがえせば、相対距離は縮まった。そして、自然と得られるデータも増える。

 "カリバーン"が知らせてくる敵は、機動戦闘機ではない。

 ごく普通の、既存きぞんの戦闘機だ。


「なっ……F-34R"ミカエル"か!? R型はアメリカ海軍特務戦隊スペシャルフォース、エコーナイツだけに配備されたハイチューンドだぞ!? ……そうか、ステイツもついに介入してきたか」


 スェインにとって、アメリカ合衆国は第二の故郷だ。

 だが、世界中の国がウルスラ王国への進攻に参加したのだ。アメリカとて、国際的な協調路線を問われれば、行動するしかない。

 この時代、アメリカは長らく孤立主義モンローしゅぎを貫いていた。

 自国だけで資源や生産、消費が完結した、恵まれた国だったからだ。その引きこもり政策が、中国とロシアの台頭を呼び、世界を再び軍拡競争の第二次冷戦に突入させてしまった。


「……やるしか、ないか? シヴァンツとやらはまだ、国連軍と繋がってるとすれば」

「あっ、待ってくれ! 少佐、たんま! 向こうから通信だ!」


 リシュリーの声が遅かったら、互いのミサイルは発射されていたかもしれない。遠距離からのロックオン、ファーストルック・ファーストキルの戦術ニッチェは、磁気に満たされた空では通用しない……だが、逆に古式ゆかしい熱源探知型やカメラ誘導のミサイルは健在なのだ。

 スェインは、撃たず撃たれずアメリカ海軍の編隊と擦れ違う。

 不思議なことに、反転した敵機は"カリバーン"三号機に合わせるように横へ並んだ。


『スェイン・バルガ少佐! こちら、アメリカ海軍特務戦隊エコーナイツ! 応答を!』

「こちらスェイン、ウルスラ王立海軍所属。ノイズが交じるがよく聞こえる」

『ああ、よかった……大統領プレジデントからの密命を受けています! 国連軍への参加をよそおい、スェイン少佐に接触してほしいと!』

「ほう? ベネットがか。フッ、どこまでもお節介な男だ。……ありがとう、友よ」


 エコーナイツの"ミカエル"は、既存の戦闘機では最高峰の傑作である。そのため、他のモデルと違ってアメリカは他国に一切供与きょうよしていない。あのイスラエルにすら渡していないのだ。

 明けの明星ルシファーさえも落とす、新たな天使長の名は伊達だてではないのだ。

 無人機のXFA-38"ケルビム"が正式配備された今も、有人現用機のカテゴリーでは最強の座を明け渡していない。


『大統領から伝言です、少佐! ウルスラ王国で百年前に行われた、第二次大戦戦勝国が集った謎の秘密会議……そこで話し合われていたのは』

「湖の底の宇宙船、その奪い合いだろう? そら、目の前に浮いてるデカブツがそれだ」

『ええ、自分たちも驚いています。あれほど巨大なものが。そして、それを浮上させてしまうだけの力が、機動戦闘機というものにはあるのですね』

「磁力炉の力だ。だが、それは今は戦いにしか使えぬ力、人類には過ぎたる文明プロメテウスの炎さ」


 どうやら、敵はこちらへ気付いたようである。護衛部隊の"ムラクモ"が近付いてくるのが見て取れた。向こうはアヴァロンの浮上作業で動けない機体がいる分、ディフェンス側なので不利かもしれない。

 だが、オフェンス側のスェインも先行偵察のために単騎だ。

 そして、この戦いにアメリカ海軍を巻き込む訳にはいかないと思っていた。


『少佐、ご指示を! 一緒に戦えることを光栄に思います。我らエコーナイツは、ウルスラ王国の安定に助力します。これは軍の命令ではなく、我らパイロットの総意です!』

「……大変ありがたい申し出だ。だが、それは丁重ていちょうにお断りする」

何故なぜです! このまま孤立無援で、王都も陥落したままでは!』

「諸君等は、アメリカ合衆国の誇り高き軍人だ! 一時の感情で飛んではならん! その翼には、国と民との信頼、祈りと願いが込められてると知れ!」


 回線の向こうで、百戦錬磨ひゃくせんれんま猛者もさたちが怯む気配があった。皆、いいパイロットだ……若くして才能にあふれ、日々を訓練に費やして己を磨き上げてきた若者たちだ。

 それ自体が、アメリカ合衆国の財産で、アメリカをこれから守ってゆく力だ。

 異国の空で、愚かな男の野望をくじくために使っていい者たちではない。


「アメリカ合衆国軍人たるもの、命令は絶対だ。それは、文民統制シビリアンコントロールの徹底を内外に示すことで、自由の国アメリカを確固たるものにしている。諸君、気持ちだけ頂く! 帰還されたし! ……なに、奴らごときは俺に任せてもらおう!」

『しょ、少佐……ッ! 全機、母艦に帰投する! ウルスラ王国海軍の健闘を祈る、以上オーバー


 エコーナイツの全機が、翼を小さく振る。そして、それを別れの挨拶に機首を翻した。遅れての参戦は、同時にアメリカの大きな優位性を無言で語っていた。スェインの友ベネットは、列強各国の暗部をあばき、この戦争の真実に自力で辿り着いたのだ。

 だからこそ、アメリカを巻き込んではいけないとスェインは誓う。

 そう、これは既にウルスラ王国へのあらゆる国家の侵略戦争ではない。

 中世の時代に彼の地に埋められた、呪いそのものとの戦いなのだった。

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