第4話「その男、財布につき」
エディン・ハライソを乗せたサイドカーが、穏やかな街並みを走り抜けてゆく。
丁度お昼時で、沿道の店はどこも大混雑だ。このウルスラ王国の主産業である、観光……とこを向いても外国人ばかりである。その人種は多彩で、アジア系から
元気に働く
だが、バイクにまたがる姉は少し御不満なようだ。
「ねね、エディン。これ、あたしが同行する意味、ある?」
「姉さんは昔から、運転だけは上手いよ。それに、腕っ節も強いから護衛にはぴったりだ」
「……それ、褒めてる? ねえ、褒めてるの?」
「とてもね」
「そっかあ……デヘヘヘヘ」
姉のエリシュ・ハライソは、ウェーブの掛かった長い藍色の髪をゆるゆると
姉弟だが、あまりエディンとは似ていない。
そのことを話題にしたことはなかったし、両親は亡くなっているので確かめようがない。
ただ、なにかと世話を焼きたがるエリシュはトラブルメーカーなので、こっそりエディンがフォローして世話を焼かないといけないのである。
そんな二人を乗せたサイドカーは、
先方は
「よう、エディン! それと……おお、エリシュ。今日も綺麗だ、とても綺麗だよ」
ちょっと悪趣味なアロハを着た
彼の名は、エドモン・デーヴィス。
このウルスラ王国で貿易商をしている。
エディンはヘルメットを脱ぐと、エリシュと一緒に歩み寄って握手を求めた。
「今日はお時間を作っていただいてありがとうございます、エドモンさん」
「なぁに、かわいい弟分のためさ。で、さあエリシャ。ハグをしよう、ハグだ!」
「……なんで? ほらほら、あたしお腹減ってんの! さっさと座りなさいよもう」
スカスカとエドモンが空気を
エドモンは嫌な顔一つせず、三人で食卓を囲む。
因みにエリシュは、船でも食堂で三人分のサンドイッチを平らげてきたばかりだ。
「さあ、二人共好きなものを食べてくれ」
「ほんと? んじゃ、このシュリンプのクリームソースパスタと、サラダはカニがいいわね。あと、肉料理はなにかしら。ほら、エディン! あんたはペスカトーレにしなさい」
「わかったよ、わかったから姉さん。それより」
ウェイトレスがやってくるなり、エリシュがズガガガガ! と注文をまくし立てる。勿論、彼女が完食するのは知っている。そして、気前のいいエドモンは笑顔だった。
エリシュが今日の肉料理を選んでいる間に、エディンは改めて話を進める。
「エドモンさん、本当に今回は助かりました。日本からの
「船もまあ、なかなかだろ? 全部俺が手配した」
「ありがとうございます。運用してみたところ、なかなかの好感触ですね」
エドモンは、エディンたちにとって生命線、資金源だ。どんな海軍も、海よりも軍艦よりも、まずは予算が必要である。それはオーレリア姫からも回してもらえるのだろうが、それでは遅過ぎた。
だから、エディンは以前から付き合いのあるエドモンを頼ったのだ。
実は、かなりの額を借金中である。
そのことに関しては、限られた人間しか知らない。
「しっかし、この山国で海軍たあなあ……ま、悪かねえ。百年前にドッカンドッカン爆弾を落とされたからな。あちこち湖だらけで、飛行機や車より船だろ」
「そういうことです。しかし、軍艦は必要ないかなと」
「ウルスラの造船所じゃ、デカい
「お借りした古い貨物船、あれと同程度の船舶を手配できますか? あと二十隻」
「豪気だねえ……どうしてそう急ぐ? スポンサーとしては説明が聞きたいんだが」
そういってエドモンは、笑顔の中で瞳を鋭く輝かせる。
そうしてエディンを
いい飲みっぷりで口元を拭って、エリシュはどうやら御満悦である。
「ん? なに、エドモン。あ、あんたも飲むのね。ほら、注いだげるわよ」
「こりゃ嬉しいね、美人のお
エディンは周囲を見渡し、やんわりと姉の出すワインのボトルを断る。
そして、静かに声を潜めて要点のみを話した。
「来年、西暦2045年で第二次世界大戦終戦から百年の節目を迎えます。そして、
「それは知ってる。百年軍隊のなかった国、それがウルスラ王国だからな」
「そして……これはあくまで僕の推測にしか過ぎませんが」
静かにエディンは、一度言葉を切る。
エリシュは二杯目のワインを飲んでいたが、エドモンの目は笑ってはいなかった。
「条約失効と同時に、全世界から宣戦布告される恐れがあります。それも、かなり高い確率で」
「根拠は?」
「そもそも、何故……どうしてウルスラは、百年前に無数の新型爆弾を落とされたか……それを考えたことはありますか? エドモンさん」
「一説にゃあ、戦後の世界を誰が牛耳るかで揉めたって話だろう?」
「……本当にそれだけしょうか」
改めてエドモンは、周囲を見渡す。
そして、即座に気付いて近付いてきたウェイターに、二言三言小声で
この店のオーナーは、エドモンなのだ。
彼は周囲に一応気を配るように言って、テーブルの上で手を組む。
「この百年でソ連はなくなり、欧州はEUにまとまった……ま、多少はほころびもしたがな。世界じゃ中国が経済を牛耳り始めて、アフリカや東南アジアは荒らされたい放題。そこにきてアメリカさんは引き篭りときてやがる」
「それでもです、エドモンさん」
料理が運ばれてきたが、エディンはエドモンしか見ていない。
エドモンもまた、エディンを真っ直ぐ見つめてナイフもフォークも持たなかった。
エリシュだけが脳天気に、まずはサラダを全員に取り分けた。そして、一番大盛りの皿に夢中でかぶりつく。食欲旺盛なのはいつものことだが、全く話に絡んでこようともしない。……ように見えて、実は彼女は全て脳裏に記憶し情報を整理しているのだ。
世が世なら
その食いっぷりにだけは、エドモンも
エリシュにはほかにも、この場の重要な仕事があるのだ。
だからエディンは連れてきたのである。
「エドモンさん、百年前……このウルスラが戦後世界の調整のための会談場所になった、それはいいと思います。比較的政情も安定していて、ウルスラは参戦国ではなかった。ナチスも
「でも?」
「でも、逆は考えられませんか? ウルスラはナチスの侵略から守られていた……連合国側によって。そして、戦勝国たちはその見返りに、このウルスラになにかを要求したんです」
「それを突っぱねられて、はいドカーン! か?」
エディンは重々しく頷く。
そもそも、百年間軍隊を持たないウルスラ王国は、不思議なことだらけだ。ありったけの新型爆弾を落したくせに、どこの国も賠償は口にせず、周辺国および主要国との相互不可侵条約を締結させた。名目は、軍事費をゼロにすることで復興を加速させるためだ。
表向きは各国の手違いということで、謝罪は勿論十分にあった。
復興への支援も滞りなく、こうしてウルスラ王国は平和を取り戻した。
それが全て……この地に眠るなにかを巡る策謀が生んだ、空白の百年だとしたら?
そのことを口にしたエディンを前に、流石のエドモンも汗を拭う。
彼は「失礼」と一言添えて葉巻を取り出し、エリシュに笑顔を放った。
「エリシュ、俺の店は
「あーっ、すみません! そう、そこのお兄さん! この海鮮グラタンを追加で。あと、ワインもお願い。よろしくぅ! ……ん? なんか言った、エドモン」
「……いや、なんでもない。で……エリシュはどう思う?」
「知らないわよ、そんなの。でも、エディンが言うんだから本当でしょ? ほらエディン、あんたも食べなさいよ。冷めちゃうから、ほら! 姉さんがよそってあげるから!」
相変わらずエリシュはマイペースだ。
だが、エディンの言いたいことははっきりとエドモンに伝わった。そして、この男はそれで態度を
しかし、釘は刺してくるし、商売とはそういうものだ。
「よーしわかった! 俺ぁウルスラ王国育ちのウルスラ人だ。この土地で商売させてもらって、他の国にあれこれ手を広げられるのも地元あればこそ。だがな、エディン!」
「はい、心得てます」
「俺は
「ええ……空軍派と陸軍派には黙ってもらわないといけませんね」
「へへ、そういうこった。お前のそういう怖い顔、好きだぜ?」
「ご冗談を、っと、姉さん?」
相変わらず姉は
「ふぉれひょり、フェディン!」
「姉さん、食べながら喋っちゃ駄目だよ。美人が台無しだ、ねえ? エドモンさん」
「そ、そうだぜエリシュ! 焦らずゆっくり食べようぜ。で、このあともし良ければ二人で――」
実は、エドモンはエリシュに惚れている。
そして、会う
そのエリシュが、ようやくギョクン! と喉を鳴らしてから喋り出す。
「とりあえず、来週に陸軍派との模擬戦があるわ。
「ええ。エドモンさんも来てください。席を確保しておきますので。相手は……なんだっけ、姉さん」
「戦車よ、戦車! ドイツが他国に絶対供給しない、門外不出の
エドモンは「えっ!?」と驚いたが、エディンは笑みを浮かべるだけだった。
こうしてエディンたちは、来週の模擬戦に向けて本格的に動き出す。史上例を見ない、最強戦車と機動戦闘機の模擬戦。
しかも、向こうが提示した条件は決して飛ばないこと。
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