第20話「悪意の人海戦術」

 エドモン・デーヴィスは早朝から愛車をカッ飛ばしていた。

 やがて、規制線と検問とがふさがる。長らく軍隊のなかったウルスラ王国では、迷彩めいさい野戦服姿やせんふくすがたもどこか絵空事えそらごとのように感じられた。

 彼等は王立海軍おうりつかいぐん陸戦隊りくせんたいだ。

 この短期間で、十分な訓練も受けていない。

 それでも、オーレリアが姫君だった頃からの人柄を知るゆえに、5,000人もの老若男女ろうにゃくなんにょが集まったのだ。

 車を降りたエドモンは、スーツ姿で歩き出す。

 すぐに老齢ろうれいの男がやってきた。


「エドモン・デーヴィスさんで?」

「そうだ。……じいさんみたいなのも兵隊をやんのか?」

「何、ワシの曾祖父ひいじいさんは、先の大戦じゃヒットラーとだって戦ったんじゃ。ま、ちと訓練には参ったがの」


 そう言って老人は矍鑠かくしゃくと笑った。

 オーレリアが何よりも守りたい、かけがえのない国民の一人だ。その大半が、オーレリアを守るために立ち上がっている。

 改めてエドモンは、18歳の少女が持つカリスマに驚いた。

 畏怖いふ畏敬いけいの念を禁じ得ない。

 だが、エドモンが信じるのは金と女、まずはそれだ。


「さっき、朝っぱらから空でドンパチあっただろ? その時、が落ちたらしいじゃないか。俺ぁ、言ってみれば王立海軍の御用商人ごようしょうにんでね」

「ああ、話はバルドゥール伯爵はくしゃくから聞いとるよ」

「早速現物を見たいが、いいかい?」

「ホイきた、こっちじゃ」


 王立海軍の陸戦隊は、それは小さなものだ。

 それでも、個人レベルの装備だけは最新鋭のものを取り揃えている。

 じゃの道はへび、エドモンが世界中を駆け回ってかき集めたものだ。野戦服も最新式で、これは設定された迷彩パターンを瞬時に切り替えてデジタル表示させる、光学迷彩服の一種である。その下のボディアーマーから何から、兵の命に関わるものにはこだわった。

 勿論もちろん、手痛い出費だったが。

 だが、投資と思えば惜しんでもいられない。


「エドモンさんや、それより……ちと、国境の方が面倒になっててのう」

「ここから1kmキロちょっとで、東の国境線だな? 何があった」

「まあ、そのうち見えてくるだろうさ」


 途中、馬に乗った隊員とすれ違う。

 戦車や装甲車は、流石さすがにこの短期間では手に入らなかったのだ。トラックやジープといった車両しかない。

 だが、エドモンはベストを尽くしたと胸を張れる。

 その最大の英断が、老人の背負う自動小銃アサルトライフルだ。

 ――カラシニコフAK-47。

 今でも紛争地域で使われ続けている、百年前からのベストセラーである。無反動で取り回しもよく、故障が少ない。何より、世の中に大量に出回っている。あのギネス記録にも『世界で最も使われた軍用銃』として登録されているのだ。

 安くて使いやすく、強力で頑丈。

 目の前の老人兵は、肩越しに振り向いて笑った。


「こいつかい? はは、ワシと一緒で老いぼれじゃよ。じゃが、露助ろすけもいいものを作ったもんじゃ」

「わかるのかい? 爺さん」

「ワシの本業は時計職人じゃよ。じゃから、いい品は触ればわかる。車だろうがテレビや電話、何でもよく作り込まれた品は肌触はだざわりが違うからのう」


 何より撃ちやすいのだと言う。

 勿論、それもエドモンの計算の内だ。

 そうこうしていると、歩哨ほしょうの兵達が立って囲む一角が見えてくる。そして、オイルのけた匂いが鼻を突いた。

 巨大なはがねのエンジンが、大地に突き刺さっている。

 それはまだ原型を留めた、機動戦闘機モビルクラフトの脚部である。

 そして、王立海軍要撃隊おうりつかいぐんようげきたいの"カリバーン"や"カラドボルグ"ではない。


「こいつか……エディンの言ってたやつぁ。しかし、こりゃ」

「ワシはよくわからんが、の。若いのが、なんじゃ? ええと……モビルナントカじゃと。何でも、人型に変形する飛行機らしいがのう」

「そうだな。けど、こいつはうちの……王立海軍の物じゃない。つまり、敵側にも機動戦闘機を使う陣営がいるってことだ。クソッ、エディンの悪い予感が当たっちまったな」


 ふと、さかしい少年の姉が脳裏を過る。

 想いを寄せていつも口説いてる、エリシュ・ハライソだ。

 彼女はいつも、色好い返事をくれない。そればかりか、女だてらに王宮のメイドをやめて海軍に入った。そして弟を守るため、機動戦闘機でコ・パイをやっている。

 見事な巨乳、デカパイなのにコ・パイとはこれいかに。

 などと思ったが、決して口にはしないエドモンだった。


「さて、こいつを運んで調べ上げにゃならんが……車両の手配は?」

「もうやっとるよ。それと……エドモンさんや、ちょっと頼みがあるんじゃが」

「なんだい、爺さん」

「あれを……少し、触らせてくれんかね?」

「は? いや、いいけど……おい、爺さん! 熱いぞ!」

「なに、もう冷めとるよ」


 老人はゆっくりと、敵の機動戦闘機のエンジンに近寄る。

 落下の衝撃で半分ほど土に埋まっているが、頑強な構造なのかほとんど破損は見当たらない。もともと機動戦闘機の機兵形態ストライダー・モードは、マグネイト・ジョイントと呼ばれる特殊な関節で各部を再構成して人型とする。

 手足の関節は、厳密には連結されていない。

 全て、磁力で保持されているに過ぎないのだ。

 その証拠に、この脚は切り落とされたというよりは、磁力を断たれて外れたといった方が近い。


「やれやれ、斬磁場刀アンチマグネソードが役に立ったか……どうだい、爺さん! 何かわかるかい!」

「ふむ……いい手触りじゃ。それに、随分とあつらえに高級感がある。上物、これは多くは作れまい」

「そんなの大量に作られたら、そんときゃウルスラ王国は終わりだ」

「フォッフォッフォ、違いないわい」


 職人という人種は、どんなジャンルであれ鋭敏な感覚を持つ。

 素直にエドモンは、老人に死んでほしくないと思った。

 5,000人の陸戦隊に、要撃隊の傭兵達……そして、顔見知りの者達。皆、生き延びてほしい。平和なウルスラ王国を守っても、そこに暮らす民が死ぬのは悲しいものだ。

 だが、国と民とを守ると王家が立ち上がった時、馳せ参じる馬鹿が意外と多かった。

 自分もその馬鹿の一人なのだと、エドモンは笑う。


「さて……あっちが国境か。……妙に騒がしいな」


 小高い丘の向こうは、もうちょっとで隣国りんごくだ。

 今は敵国である。

 ウルスラ王国の周囲もまた、小国が多い。ここは北欧の中でも辺境の地、ウルスラ王国とは国交があった小さな国が沢山あるのだ。

 だが、どこも列強各国の圧力には勝てない。

 我が軍の通行を認めねば、さてさてどうなるか……などと言われて、正面切って反論できる国などないのだ。

 だが、丘に登って朝日の中でエドモンが見たのは、予想外の光景だった。


「おいおい、こりゃ……かよ。それも……待ってくれ、悪い冗談だ。これじゃあ、アベコベじゃないか!」


 思わず声を荒げた。

 国境線に押し寄せた、人の波。

 数千人はいるであろう、難民だ。

 それも、戦火のウルスラ王国を出てゆく難民ではない。

 なんと、戦場となったウルスラ王国に雪崩込なだれこんでくる難民である。

 訳がわからない。

 常識的に考えても、ありえない。

 その時、背後で先程の老人の声がした。


「なかなか面倒な手を使ってこられたのう」

「爺さん、こりゃ何だ?」

「何って、難民じゃよ。ほれ、よく見てみい」


 老人から双眼鏡そうがんきょうを受け取り、倍率をあげて覗き込む。

 陸戦隊の若者達が、かろうじて国境線を維持しているが……数が違う。ここにはせいぜい、数百人の隊員しかいないのだ。

 そして、エドモンは目を見開く。


「アジア人の顔つきだな……もうちっと間近で見りゃ、何より言葉を聞きゃあ、すぐに国が知れるんだが」

「ワシのカンじゃがのう、エドモンさんや。ありゃ、中国人じゃないのかい?」

「どうしてわかる?」

「なぁに、この国は観光が第一じゃからのう。店に時計を買いに来るのも、大半は観光客じゃよ。ウルスラの民は皆、時計は修理の方が多いからのう」


 老人が言うには、中国人の富裕層はどの季節にも大勢来たという。

 確かに、エドモンの持つ飲食店や酒場等も、今やアメリカに並ぶ超大国となった中国の観光客はメインターゲットだ。

 そうか、中国かと再び双眼鏡を目に当てる。


「面倒なことを……そう来たかよ。難民は撃てねえからな」

「そうじゃ。そして、これも勘じゃが……ありゃ、大半が軍隊じゃなあ」

「やりそうなこった」


 つまり、真実はこうだ。

 隣国より、難民としてウルスラ王国へと歩兵が侵入する。

 その後、軍事行動で実効支配じっこうしはいを始め、既成事実きせいじじつを根付かせるつもりなのだ。

 すぐに対処する必要があると思い、エドモンは車へと引き返す。


「ありがとよ、爺さん! あんた、死ぬんじゃないぞ。戦が終わったら、ちょうど時計を新調したいと思ってたからよ!」

「今の時計を長く使ってくれるなら、歓迎じゃよ。次は店で会いたいのう」


 老人に見送られ、エドモンは走った。

 すぐに王宮へと連絡する必要があるし、最悪の場合は……取れる手段は限られる上に、確実に国際世論こくさいよろん袋叩ふくろだたきになる。

 それでも……トンチじみたエディン・ハライソの知恵なら、何とかしてくれそうな気がしていた。

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