第19話「激突!神剣VS聖剣!」

 アーサー01、カリバーン一号機のエディン・ハライソは落ち着いていた。後部座席の姉、エリシュ・ハライソにいたっては鼻歌交はなうたまじりである。

 鋭い殺気が音速マッハで近付く中、味方の全てを戦略爆撃機の迎撃に向かわせた。

 高高度からの無差別絨毯爆撃むさべつじゅうたんばくげきなど、とうてい許せる戦術ではないから。

 そして、敵の機動戦闘機モビルクラフトはまだ一機だ。

 これを同数、単機1on1で撃退してみせることに意味はあるはずだ。世界のマスコミが見守る中、対等な勝負で勝つことはこの上ない覚悟の表明になる。


「姉さん、少し振り回すけど……いいかな?」

「いいわよ、フルサポートしたげる。えっと、敵は……ありゃ? 識別コードがある。登録されてんだ……ええと、なになに……"ハバキリ"だって」

天羽々斬アメノハバキリ、日本の神話に登場するドラゴンスレイヤーだね。あの有名な八岐大蛇やまたのおろち……8本首の巨大なへびを倒した剣だ」

「あら、そう。こっちだって騎士王の聖剣よ? 名前だけなら負けないわ」

「名前だけなら、ね」


 ――エンゲージ。

 一瞬でエディンの知覚する空域全てが戦場になる。

 背後では今、量産機の"カラドボルグ"で雇った傭兵達が七面鳥撃しちめんちょううちだ。のろくさと逃げる戦略爆撃機など、機動戦闘機から見ればカモも同然。そして野生の雁ワイルドギースは決して獲物を逃がさない。

 傭兵を渡り鳥に例えるのは、古来より変わらない。

 彼等は金だけで命を賭ける。

 金がある限り、決して裏切らない。

 そしてエディンは知っていた……このウルスラ王国を守ると決めた人は、もしかしたらウルスラの最初で最後の女王になるかもしれない人。この未曾有みぞうの大戦争、北欧の小国と全世界が戦うという、前代未聞ぜんだいみもんの戦を始めた少女なのだ。

 彼女は、金と一緒に傭兵達に宝物を握らせた。

 それは勇気と名誉、そして尊厳そんげん……蒼穹そうきゅうの騎士達はこうして生まれたのだ。


「エディン、敵機に高出力反応! 変形したっ!」

「やれやれ、アウトレンジで一方的に撃たれるのは……嫌なもの、だねっ!」


 機体をひるがえす。

 ビリビリと空気の摩擦まさつが翼を震わせる。

 苛烈なGの中で、エディンは肺腑はいふに留まる空気が圧縮されてゆくのを感じた。そして、今まで自分が機影を浮かべていた場所に光が走る。

 高出力のビームが空を裂く。

 問答無用で対象を消し去る、まさしく一撃必殺の光だ。

 だが、その輝きに照らされる"カリバーン"が加速した。


「姉さん」

「あいよー、チャージまでの時間は計ってるから。おもいっきりやんなさいよ、エディン!」


 夜明け前の空をがす、光の奔流ほんりゅうが照射される。

 その発生源をにらんで、エディンは愛機にさらなる加速を命じた。

 "カリバーン"の背には今、追加装備であるシールドブースターが備え付けられている。その推力を合わせて、ラムジェットエンジンがえる。

 相手も即座に、射撃を終えるや変形して離脱を試みた。

 デルタ翼の黒い機影が、雲を引いて宙を舞う。

 空戦形態ファイター・モードでの格闘戦能力は、恐らく互角。安定性のあるデルタ翼か、運動性の軽快な前進翼か……それを知る時、片方はこの空に散華さんげしているだろう。


「ねえ! エディン! あのさ!」

「何? 姉さん。今、少し忙しいんだ」

「八岐大蛇ってさ、首が8本あるのよね? 日本のアレ」

「そうだよ」

「首が8本、尻尾が1本。じゃあ、9? クマタノオロチじゃない?」

「ん、まあ……舌をむよ? なるほど、確かに……まあ、それは、それとし、てっ!」


 上昇で逃げる"ハバキリ"を追って、"カリバーン"が天を駆け上がる。

 恐らく、スペックは互角か、それ以上に相手が強い。それを知る相手だからこそ、パワーに物を言わせて上昇で振り切ろうとしているのだ。パワー差を補うためなら、重力を使って降下で逃げる。

 つまり、あの"ハバキリ"を使っている人間は、"カリバーン"のスペックを知っている。その上で、ラムジェットエンジンや磁力炉マグネイト・リアクター、総合スペックで自分が勝っていると判断しているのだ。


「エディン! 敵機から通信!」

つないで」


 "カリバーン"のフルスピードが、じりじりと離されてゆく。

 あらゆる戦術オプションが無効化される距離へと逃げて、敵の"ハバキリ"が再上昇。完全に振り切られる形で仕切り直しになった。

 だが、エディンは姉が繋いでくれた回線の向こうへと問いかける。


此方こちらはウルスラ王国王立海軍要撃隊おうりつかいぐんようげきたい。貴官はウルスラ王国の領空を侵犯している。至急、離脱されたし」


 何の感慨かんがいもなく、儀礼的なやり取りを告げる。

 その間も、エディンは繊細な操縦で敵を追っていた。

 シールドブースターを得てフル装備になった"カリバーン"でも、"ハバキリ"にはついていくのがやっとだ。その力の差が、最悪の解答をエディンの脳裏に浮かべる。

 恐らく、"ハバキリ"は"カリバーン"の製造と運用のデータを元に建造されている。量産型として取り回しと整備性を重視した"カラドボルグ"と同時期に……更なるハイスペックと新兵装の装備を試みた実験機というところだろう。

 それを作った連中のことは、今は頭の中から追い出す。

 そして、向こうからは思いもよらない言葉が返ってきた。


『ヒャハハッ! 眠いこと言ってんじゃねえよ……折角せっかくのタイマンなんだぜ? もっとぶつけて来いよ! 怒りを! 憎悪を! 闘争心のたかぶりをよお!』

「繰り返す、貴官はウルスラ王国の領空を侵犯している。至急、離脱されたし」

『……つまんねえ奴だぜ。ハッ! 手始めに手前ぇをたたとす! 次に、馬鹿姫ばかひめの騎士を気取ってる連中を皆殺しにする。日が昇る頃にはウルスラは焦土しょうどだ、ヒャハハ!』


 背後でエリシュが「あ」と声を発したのが聴こえた。

 それを最後に、エディンの周囲から雑音が消えてゆく。

 普段から温厚で冷静、冷徹とさえ言える鋼のメンタリティを持っているのがエディンだ。近衛このえとして働いていた時から、物怖ものおじしなかったし言うべきは言ってきた。それも、決して激することなく、感情を激発させることなく。どんな時であれ、エディンは静かに、必要なだけの強さで全てに接してきた。

 そんな彼のフラットな感情が、更なる冷たさに凍ってゆく。

 禁断の言葉を聴いてしまった時、彼の理性は薄れていった。


「……馬鹿姫……不敬ふけい、だよね。オーレリア王女陛下は、既に王位を継いでいる。このウルスラ王国の指導者として、覚悟を決めている。それと」

「ちょっとエディン! 背後を取られたわ! あいつ、速いっ!」

「騎士気取り? やだなあ……姉さん、笑えないよね。僕は騎士気取りじゃない。僕が、僕達が……!」


 殺意のかたまりとなった"ハバキリ"が、パワーにものを言わせてエディンとエリシュの"カリバーン"をとらえる。無数のミサイルが発射され、後部座席のエリシュが黙った。

 磁力炉の力でジャマーを展開したが、撹乱されないミサイルもある。

 その追手を振り切るどころか……エディンは突然、急反転した。

 立てた機体を空気に預けて、その抵抗で急減速したのだ。

 突然、ターゲットが急激に接近したことで、ミサイルの近接信管が作動する。

 だが……爆発のその内側へと、すでに"カリバーン"は宙返りしていた。

 そのまま逆さまに飛びながら、瞬時に変形する。


「エディン! クロスレンジ! ブッ叩いて!」


 エリシュの声が走る。

 背面飛行のまま変形する"カリバーン"の前で、"ハバキリ"もまた機兵形態ストライダー・モードへと姿を変えた。左右のパイロンに下がる砲身を直結させるビーム砲ではなく、瞬時に格闘用の武器を選択する。

 "ハバキリ"が手にしたのは、前腕部から飛び出てきたナイフだ。

 だが、エディンが"カリバーン"に握らせたのは、つるぎ。特殊な兵装、機動戦闘機が敵に回ることを想定して作らせた必殺の剣だ。左腕に保持したシールドブースターの鞘から、きらめく白刃はくじんが輝く。


『楽しいなあ! 騎士気取り! ハハッ、そのダンビラで相手をしてくれるのかい!?』

「気取ってる訳じゃないよ。僕はオーレリア陛下の騎士そのものだ」

『抜かせっ、オラァ!』


 シールドブースターは機兵形態の時は、左腕にマウントされて文字通りたてになる。それで戦車のガンランチャーやミサイル、艦砲射撃は防げる訳ではない。だが……同じ機動戦闘機が変形して繰り出す格闘武器に対しては有効だ。

 有効だと今、エディンが証明してみせた。

 "ハバキリ"の繰り出したナイフの刺突しとつが、シールドブースターの表面で金切り声を歌う。火花を散らして表面の塗料をえぐるが、装甲材は完璧に攻撃をはじいた。

 同時に、"カリバーン"のツインアイに光が走る。

 手にした剣が、空気が渦巻く一瞬の擦れ違いの中で振るわれた。

 僅かに胴体をそれて、"ハバキリ"の脚部をかすめる。

 そして、異変に敵の声が跳ね上がった。


『な、何っ! マグネイト・ジョイントが!』


 エディンが繰り出した斬撃が、"ハバキリ"の脚部を擦過さっかした。膝の関節部を通過した一撃の、その反動で"カリバーン"が一回転する。同時に、再び空戦形態へと変形して上昇。その背は、混乱した声を聴いていた。


『クソッ、左のエンジンを持ってかれた! 左脚が!』


 これが、エディンの発案で八神重工やがみじゅうこうが作った秘密兵器……機動戦闘機が敵側の陣営で運用されることを前提とした、切り札だった。

 高度を取って再び逆落さかおとしに、エディンは"カリバーン"にトドメを念じる。

 研ぎ澄まされた意志は冷酷な程に澄み渡り、全く躊躇ちゅうちょを感じない。

 ウルスラ王国に攻め入る敵、あのオーレリアを侮辱ぶじょくする敵……それはエディンにとって、生かしておく理由がない命だ。命として認識できぬ敵、殺すことが当然の敵でしかない。

 だが、ロックオン寸前で姉のエリシュが叫ぶ。


「待ってエディン! 戦略爆撃機の七割を撃墜、敵が撤退する!」

「……了解。緒戦しょせんは勝利ってことでいいのかな」

「その、えと……やめてくれる? やめよーよ。今ならあれ、叩き落とせるけど」

「撤退を始めた敵は攻撃できないよ。オーレリア陛下が望まない限りはね」


 "ハバキリ"の脚部は今、片方のひざから下が欠損していた。それは、"カリバーン"に装備された斬磁場刀アンチマグネソードによるものだ。この剣は、単なる格闘専用の質量武器ではない。触れたマグネイト・ジョイントを一時的に無力化させる。磁力炉の磁力で全関節を保持している機動戦闘機にとっては、天敵とも言える武器だった。

 その威力を確かめ、エディンは撤退する敵を見送る。

 だが、この勝利は戦略的な意味もなく、抜本的な解決に何ら作用しない。

 それでも世界は知った……故国を守るオーレリアの決意と、それを体現する騎士達の戦いを。

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