第22話「招かれざる客」

 混沌こんとんたる戦場と化した国境に、エディン・ハライソは舞い降りた。

 自分の背後は、守るべき故郷。

 そして目の前に広がる限りに、敵の軍勢がひしめき合っている。難民達と、その中に偽装して紛れた人民解放軍。そして、中国に先をこされまいと攻撃を始めた、ロシア軍だ。

 姉のエリシュ・ハライソが溜息ためいきこぼすのを聴きながら、エディンは愛機に不動を命じる。


「ちょっとエディン? まずいわ。マスコミが来てる」

「どこの局かな?」

「ちょっち待ってね、ちょい、ちょいっと!」


 エディンの前面を覆うモニターの隅に、小さなウィンドウが浮かぶ。

 イギリスBBC放送のスタッフジャンパーを着た、テレビクルー達だ。

 オーレリアはおおやけに、全てを開示するとしてあらゆる国のマスコミを招いた。無論、一部が己の属する国家に都合のいい偏向報道をすることも承知の上である。そして、そうしたマスコミの中にスパイが混じっていることも考慮されていた。

 だが、王宮から国境沿い、そして街の中と、全てがマスコミに公表されている。

 取材の自由が許され、時間があればオーレリアもインタビュー等に応じているのだ。


「とにかく、まずいね。難民が攻撃を受けたということは、これは報道するだろうけど」

「ロシアがやってまーす、なんて言わないかも? でもさぁ、あの権威あるBBCだよ?」

「じゃあ、姉さんは正義と真実の報道に賭ければ? 僕は逆に張るよ」

「嫌よ、あたしは負ける博打ばくちが嫌いなの!」


 話は決まった。

 味方機を先に基地へ返して、殿しんがりとして後方を警戒してたのが幸運だったのだ。それで騒ぎを聞きつけ、こうして降りてくることができた。

 だが、介入の仕方を間違えば、世界はいいように勝手に真実を捏造するだろう。

 難しい局面だからこそ、エディンは自分が立ち会えてよかったと思う。


「さて、と。こういう汚れ仕事は、僕が率先してやらないとね」

「あ、待って! エディン、あれ……あれっ! オーレリア陛下……じゃなくって、影武者ちゃんじゃない?」


 すぐに別のウィンドウがポップアップする。

 CG補正された映像は、その細部までもが鮮明に映し出されていた。

 そこには、タイトスカートのスーツ姿で歩く、オーレリアの姿があった。

 彼女の動向は全て情報を共有しているので、すぐに影武者のヨハンだと気付く。だが、頭ではそう理解していても、全くもって違いがわからない。モニター越しにも、完璧にオーレリアその人に見えた。

 それは、彼の仕事が完璧である以上に、彼自身の気概と覚悟を伝えてくる。


「姉さん、外の音を拾って」

「やってる!」


 オーレリアを演じるヨハンは、なんとすぐ足元までやってきた。

 どうどうとした足取りで、国境ラインに突き立てた斬磁場刀マグネイトソードの刃に身を映す。そうして、エディン達のカリバーン1号機の前に立つと、毅然とした声で言い放った。


『難民の皆さん! 落ち着いてこちらに……これから私が、このオーレリア・ディナ・ル・ウルスラが、ウルスラ王国への入国、避難を許可します。条件は一つ――』


 一度言葉を切って、静かに、そして気高くオーレリアは叫んだ。

 その時にはもう、ヨハンは『もう一人のオーレリア』だった。


『条件は一つ! 武器を捨てること。悪意と害意を持って国境を超える者をのみ、我が騎士が討ちます!』


 ロシア軍は、戦車や装甲車で難民達に火力を浴びせている。

 偽装難民の人民解放軍兵士は、もともとが国内に入っての破壊工作が目的である。難民を装うためもあって、大型の火器を携行していない。

 ひとまず国境を超えさせ、炊き出しの場に留め、順次身体チェックを行う。

 自称難民の数は膨大だが、これしかないだろう。

 そして、それを即決で決断できるなら重畳ちょうじょうだ。


「どれ、一当てしてみようか。難民達が動き出した」

「ヨハン君は? もみくちゃにされないかな」

「その心配はなさそうだよ。姉さん、やっぱりさっきの賭けはやっとくべきだったね」


 あのBBC放送のクルー達が、オーレリアの周囲に集まり出した。

 リアルタイムで全世界に届く映像の中で、オーレリアはカメラを見据えて言葉を選ぶ。

 女王の貫禄が、悲鳴と絶叫の中でマイクに声を拾わせていた。


『この映像を御覧の、世界の皆様。私は行動で道を示し、我が騎士達がその道を切り開きます。どうかその目で、くもりなきまなこ見定みさだめてください。この戦争の真実、真の意味を』


 すぐに王立海軍陸戦隊おうりつかいぐんりくせんたいの兵士達がやってきた。彼等はオーレリアともども、BBCのテレビクルーも保護して下がる。

 そして、エディン達の足元を難民が大挙して国境を超え始めた。

 やはりアジア系、中国人とおぼしき者達だ。

 だが、オーレリアが許した。

 公的にオーレリアであるヨハンの言葉を、エディンも信じる。


「姉さん、ロシアのMBTメインバトルタンクは?」

「んとー、T-21かな? 最新鋭よ、140mmガンランチャーの直撃を受けたら、ちょっと不味まずいかも」

「足元が足元だから、前の模擬戦みたいに脚を使うのも難しいね」

「なーに落ち着いてんだか。ほら、ちゃっちゃと頭を使ってなんとかして!」

「気楽に言ってくれるなあ。……さて」


 最新の注意を払って、エディンは機兵形態ストライダーモードのカリバーンを歩かせる。

 ゆっくり脚を持ち上げれば、その影を見上げる者達が自然と場所を空けてくれた。誰だって、巨大ロボットに踏みつけられたくなどないのだ。

 だが、こんな牛歩のごとき動きでは、ただの的だ。

 シールドブースターを盾のように構え直した刹那、衝撃がコクピットを襲う。


「直撃したっ! やっばー、盾がなかったら風穴空いてたかもよ?」

「僕の腕も褒めてほしいな、姉さん」

「あとでね、あとで。さて……右前方、難民達の切れ目に右足、次は――」

「ホップ、ステップ、ジャンプの要領だね」


 エリシュのオペレーティングのもと、薄氷を踏むような危うい足取りで歩く。エディンは冷や汗モノの繊細な動作を、徐々に加速させていった。

 カリバーンは限られた足場だけでジャンプし、地表を巻き込まぬようにジェットを吹かす。それでも難民達から、風圧と熱気を叩きつけられた悲鳴が聴こえた。

 ふわり滞空したカリバーンが、剣を盾に収める。

 代わって、翼にマウントされていたアサルトライフルを手にした。

 八神重工やがみじゅうこう製50mmミリアサルトライフル"メデューサ"だ。

 ホバリングするエディン達へと、ロシア軍の最新鋭戦車T-21が砲塔を巡らせる。

 だが、仰角ぎょうかくを最大にガンランチャーを向ける敵へと、エディンは容赦なく銃爪トリガーを引いた。


「姉さん、磁力炉マグネイト・リアクターを微調整、磁場のフィールドを」

「もうやってる! んもぉ、忙しいったらないわね!」


 宙を舞う空薬莢からやっきょうは、50mm口径ともなれば缶ジュースの空き缶くらいだ。

 だが、熱してけたそれが頭部に降ってくれば、生身の人間などひとたまりもない。

 エディンが放った弾丸の数だけ、空薬莢は放物線を描いて……そして、不自然な機動でシールドブースターの表面に吸い付く。

 エリシュが指向性の磁力をマニュアルで操作して、

 そして、敵の戦車が次々と火を吹き沈黙する。

 後退する素振りを見せないので、エディンはオートでライフルのマガジンを交換した。


「妙だね、姉さん。連中、逃げる素振りがないけど」

「これぞまさしく、おそロシア! ってやつ? ……そうでもないみたい、だけど、ちょっとこれ……エディン、前見て、前! 高出力熱源反応、でっかい!」

「……見えた」


 ロシア軍の最新兵器は、T-21だけではなかった。

 異形の重機動メカが、稜線りょうせんの向こう側に姿を現す。

 一言で言うなら、城……まるで動く要塞だ。全高10m程の図体に、回転砲塔が無数にうごめいている。巨大な多砲塔戦車たほうとうせんしゃだが、その足回りが普通じゃない。

 六本の脚部を備えた、大きな大きな多脚戦車たきゃくせんしゃなのだ。

 その脚部の一本一本が、独立した履帯キャタピラで覆われている。


「なんかさ、エディン。あれ……露骨に悪役メカっぽくない? ほら、あんたが小さい頃にテレビで見てた」

「向こうから見れば、救いの主、救世主ってとこだろうけどね。それより」


 難民達が過ぎ去ったのを見計らい、空薬莢や使い終わったマガジンを捨てる。

 ゆっくり大地へ降りる機体を立たせて、エディンは注意深く敵を観察した。洞察力を総動員して、バケモノじみた多脚戦車を見やる。

 日本の八神重工が、機動戦闘機モビルクラフトなどというものを造っている御時世だ。

 アメリカだって採算度外視の超音速実験戦闘機を持っていた。

 軍事強国たるロシアが何を持っていても、驚くに値しない。


「姉さん、ちょっとセンサー系を総動員して調べてくれないかな? 確か、カリバーンには放射線を検知するシステムが……ま、そうだったらもうアウトかもしれないけど。他にはそうだな……」

「エディン、調べるまでもないかも。ほら見て、車体。一番上の砲塔んとこ」


 エリシュに言われて、拡大されたメインカメラからの画像にエディンは目を細める。

 解像度は望遠なので微妙だが、なかなかに勇ましい部隊エンブレムがプリントされていた。そして、その下に黄色と赤で特別なマークがきざまれている。

 それは、できれば戦場ではお目にかかりたくないマークだった。


「最悪だね、姉さん。あのデカブツ……どうも、

「……マジで? やだもぉ、ウルスラは原発もないし、原子力とは無縁なのに」

「小さい国だからこそ、風力発電を中心に火力発電をちょっとでまかなえてるけど……つまり」

「つまり?」

「下手に攻撃すると、あのタカアシガニは最悪……


 タカアシガニと評された多脚戦車が、脚部を履帯による走行から歩行へと切り替えた。巨体が身を揺すって、近付いてくる。

 その車体には確かに、プルトニウムを示すマークが陽光を浴びて光っていた。

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