第23話「原子力戦車を撃破せよ!」
エディン・ハライソは緊張に乾く
ほぼ完全密封されたヘルメットの中で、空気が少し薄く感じる。即座に機体のコンソールを確かめ、酸素の供給がちゃんとなされていることを確認した。
だが、眼前の敵を前に息苦しさは圧迫感を強めてゆく。
「さて、参ったね……
足元の難民達は、ロシア軍の行動で必然的にウルスラ王国へと逃げ込んだ。
それはいい。
この騒ぎでもう、難民に偽装していた中国の
だが、エディンの頭脳は
彼は一人のパイロットである前に、この国をオーレリア王女に託された騎士なのだ。
「もし、人民解放軍がただただ物量で難民として押しかけてくれば……それだけでウルスラ王国の食料庫はパンクする。多分、三ヶ月と持たないね。そういった意味ではむしろ、難民も捕虜もいっそ――」
エディンは脳裏に浮かぶ選択肢を、自ら真っ先に否定する。
オーレリアは決して、助けを求めてくる人間を拒んだりはしない。それが例え、形ばかりの意思表示であってもだ。彼女は
そして、そんな君主の決意と覚悟を、騎士であるエディンが曲げる訳にはいかない。
とりあえず、今は目の前の危険極まりない
「エディン、アーサー2とアーサー3が来たわ。これで1対3じゃない?」
後部座席の姉、エリシュ・ハライソが小さく呟く。
程なくして、エディンの"カリバーン"の左右に、同型機が変形して舞い降りた。
すぐにエリシュが、データをリンクさせて情報を共有させた。
回線越しに仲間達の声が行き交う。
『ゲッ、マジかよ……あの
『ふぅん、タカアシガニね……見たまんまじゃない? で、どうするの、エディン』
リシュリーの声に
落ち着いた様子で六華は、すぐに解析情報を精査し、より正確なものへとクリナップしてくれた。分析と解析はエリシュも得意だが、直感を優先する姉に比べて六華は経験を重視する。
その間もずっと、彼女の背後で元自衛官の
一方で、リシュリーの後部座席で操縦を譲ったスェインも、呆れたように
『原子力戦車、それも多砲塔の多脚戦車ね……こりゃ、SFか
「しかし、スェイン少佐。直面する現実としてはいささかまずいものですよ」
『その通りだ、エディン。つまり、こいつを下手に刺激すると……ドカンだ』
「そういうことです」
メルトダウンだけは避けなければいけない。
だが、六華が整理してくれた情報では、現在の三機の"カリバーン"の火力では、あの重装甲を撃ち抜くことはできない。そして、決して妙なところを撃ち抜いてはいけないのだ。
となれば、必然的に攻撃方法は限られてくる。
そして、明確な侵略の
タカアシガニと命名された多脚戦車は、その背に
「各機、
言うが早いか、機兵形態の"カリバーン"をエディンは大地に投げ出す。
今まで愛機が立っていた場所を、
仲間の二号機と三号機も、それぞれに散って砲撃から逃げ始める。これがミサイル等の誘導兵器ならば、
だが、火薬で打ち出された砲弾は、純粋な打撃力
装甲を頼れればいいが、それを試す危険は誰も選ばなかった。
「アーサー1より各機へ、脚部を狙ってみて。僕が接近してみる」
言うは
だが、実行が難しくてもエディンは
どんな兵器であれ武器であれ、動いている目標へ命中させるのは難しい。例えば歩兵でも、5m先の移動している目標を撃ち抜くには訓練がいる。
小気味よい了解の返事を連ねて、二人の少女が援護射撃を始めた。
"カリバーン"が携行する標準的な50mmアサルトライフル"メデューサ"が火を吹いた。だが、相手は鈍重な姿が嘘のように多次元的な機動で回避する。
見た目よりも運動性が高いらしい。
それを実現しているのは、原子炉のパワーが絞り出す脚部のトルク。ヘヴィ級の重さを六本の脚が分散させ、それぞれがコンピューター制御で地表を
それは高速で移動する巨大な移動砲台だ。
『クソッ、当たらねえぞ! なあ、六華!』
『よく狙って! 脚の関節、人間で言う
だが、その中で装甲にものを言わせて、次々と
主砲と思しき一番大きな大砲は、まるで巡洋艦に搭載されるような大口径だ。あんな巨砲の一撃をまともに食らったら、機動戦闘機とてただでは済まない。
一応、ブースターを兼ねたシールドがあるが、心もとないのは承知の上だった。
エディンはシールドとライフルを捨てると、"カリバーン"を走らせる。
大地を揺るがし、機兵形態が歩幅を増して加速した。
同時に、両の脚部から飛び出してくる
「姉さん、奴のハッチを探して」
「げっ、そうくる? そりゃさ、あたしだってそれが一番かなーって思うけど」
「でしょ?」
「……エグいことになるよー」
「もうなってるよ。中国は人海戦術で、ロシアはお構いなしだ。人んちの国境沿いで、少し腹に据えかねるね。だから……痛い目をみてもらうしか、ない」
ドン引きしているエリシュの気配が背後にあった。
だが、エディンはやはり躊躇わない。
国と民とを守るため、オーレリアが選んだ防衛戦争である。その中で自分は、女王陛下の騎士として戦うと
騎士としての正々堂々たる振る舞い、それは自分に求めない。
ただ、行儀よくしていてはなにも守れないのだ。
それくらいの戦力差があって、それを承知で始めた戦争でもあった。
「取り付くよ、姉さん。
「やってますー! もぉ、やだやだ……うう、想像しちゃったよ」
「じゃ、忘れて。なるべく見えないようにやるから」
衝撃音と同時に、"カリバーン"のコクピットが激しく揺れる。
エディンの一号機は、真正面からタカアシガニへと組み付いた。猛牛に抗う人間の
それに、動きを止めて脚部の破壊で、それで無力化できるならまだいい。
だが、ロシア軍の秘密兵器は、その中に秘められた秘密を解き放った。
突然、下腹部から巨大なクローが伸びてきた。
「……カニっていうより、これはまるでエイリアンだね」
「
異形の多脚戦車は、下腹部に隠していた巨大マニュピレーターを
やはり前面装甲は硬く、金切り声を上げる金属の輝きが弾かれる。
ミシミシと
「姉さん、どう?」
「……見つけたっ! 横っ腹、副砲っぽいとこの下にハッチがある!」
「じゃ、あとはやるだけだね。リシュリー、六華さんも。着剣して突撃準備、よろしく」
言うが早いか、エディンは
"カリバーン"一号機は、その手に握った銃剣でまず、万力のように締め上げてくるアームの関節を狙った。突き立つ金属の刃が、二度三度と火花を散らす。
どうしても可動域確保のため、関節部の装甲は弱くなるのが道理だ。
逆に、ただ磁力で接触してる機動戦闘機の関節は、それ自体が巨大な金属ブロックである。特殊合金の
エディンの丁寧で
その瞬間を狙って、すぐにエディンは"カリバーン"を
組み付いたまま、空中で反転した機体は……タカアシガニの背中に馬乗りに張り付いた。基本が戦車であるが
「脇腹の、ここか……じゃあ、悪いけどやらせてもらう」
ガンッ! と銃剣を突き立てる。
いかな鉄壁の装甲を張り巡らせていても、人間や砲弾が出入りする部分は別だ。
だが、容赦なく銃剣を
最後には素手になって、エディンはマニュピレーターの指に仕事をさせた。
中へと通じるハッチを無理矢理に引っ剥がして、それを仲間達に指さしてみせる。
『おっしゃあ! 観念しろよ、こいつぅ……恨むんじゃねえぞ!』
意図を理解したリシュリーの三号機が、銃剣をつけた"メデューサ"の銃口を……ぽっかりと空いたハッチの中へと突っ込んだ。
そして、そのまま多脚戦車の中へと弾丸をお見舞いする。
しばらく肉料理が食べたくなくなるような、そんな惨劇が密室の中を赤に染めた瞬間だった。
程なくして、急にガクン! とタカアシガニは動かなくなり、その場に崩れ落ちる。
「原子炉はそのまま、中の搭乗員には……エディン、あんたねー、あんましいい死に方しないよ? そゆことばっかり思いつくような子になっちゃって」
「悪い死に方でもいいかな、別に……それなりに今、よかれと思って生きてるつもりだから」
「我が弟ながら怖いやっちゃ……さ、終わった終わった! って、お? おおっ?」
多脚戦車を無力化したのと同時に、エディンの"カリバーン"一号機もその場に崩れ落ちた。関節部に負荷がかかって、磁力による結合が弱まっているのだ。加えて言えば、ボディにダメージを貰い過ぎた。
警報が鳴り止まない中で、
虎の子の多脚戦車を失ったロシア軍は、後続の部隊が待機するラインまで下がっていくのだった。
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