第47話「呪いを封じ込めた国」
銃声と同時に、オーレリアは思わず目を瞑ってしまった。
自分の弱さが悔しいのに、
こんな時、彼なら……エディンならば、最後の最後まで現実から目を
だが、身体のどこも痛くはない。
永遠にも思える一瞬が過ぎて、そっとオーレリアは目を開いた。
そこには、銃を落としたシヴァンツの姿があった。
彼は右手を
「やれやれ……とんだ邪魔が入ったものだ。やはり君か」
オーレリアは我が目を疑った。
そして背後から、
その言葉に、込み上げる安堵が涙を誘い出そうとしてきた。
「ええ、わたくしでしてよ。……
振り向くとそこには、ドレス姿の麗人が立っていた。
その手の拳銃が、静かに
誰であろう、フリメラルダ・ミ・ラ・アヴァタール女男爵その人だ。
誰が呼んだか、別名は……
男気あふれる
「陛下、今しばらく……あと少しだけ、泣くのは我慢なさい」
「は、はいっ」
「ふふ、いいお返事。さて、シヴァンツ! チェックメイトよ……
――復讐。
確かにそう、フリメラルダは言った。
つまり、シヴァンツの反乱は
オーレリアは、込み上げる震えが止まらなかった。
皆、オーレリアが愛した、オーレリアを愛してくれた民だった。
首都も陥落し、実質的にウルスラ王国は滅亡しつつある。
それが全て、
オーレリアは涙をぐっと
「シヴァンツ、話しなさい。貴方の望む復讐とはなにか。ウルスラ王国女王、オーレリア・ディナ・ル・ウルスラが問います! 真実を!」
決然とした怒りがあった。
オーレリアの体内で、
だが、立ち尽くすシヴァンツはクククと
「それを私に問うか……王位を継承したからには、知って頂きましょう。オーレリア陛下!
秘密、それはアヴァロンのことだろうか?
もしかしたら、オーレリアの父は知っていたのかもしれない。祖先たる者たちと共にこの地に王国を切り開き、星の海を渡る
だが、シヴァンツの言葉は予想を裏切る。
そして、思いもしなかった真実が明らかにされたのだった。
「知っていただこう、女王陛下! 私は、私の妻は……この地で病に侵され、生きながら死んでいった! 二人の子を産んだ、ただそれだけのことで生きる力を奪われた」
「な、なにを……お気の毒には思います! しかし、何故それが――」
「王家は
シヴァンツの端正な顔は今、憎悪の炎で
彼が感情も
「日本の広島や長崎より先に、私の! 我々の父祖の頭上にあれは落ちてきた! それがなにをもたらしたか……わかりませんなどとは言わせぬ! 決して言わせぬ!」
「あ、ああ……まさか」
「当時、生き延びた者たちの中に、少なからぬ数の被爆者がいた。そして、当時まだ未知の兵器だった新型爆弾は、作った全ての国が複数の異なる試作品を投下した!」
そこから先は全て、禁断の扉が開いた向こう側だった。
オーレリアは初めて知った……否、今まで思いもしなかった。この国の者ならば、百年前の惨劇を知らぬ者はいない。
国土の大半が、
その新型爆弾とは、核の炎だったのである。
「多種多様な核弾頭が炸裂したことで、放射線量は爆発的に増加した! そして、それは今もウルスラの民を
ここまで一気にまくしたてて、シヴァンツは両肩を大きく上下させる。
呼吸を
だが、真っ直ぐ
目を逸らしては駄目だ。
知らされた真実からも、知らなかった自分からも逃げてはいけない。
そう思って全身に力を込めると、そっと横からフリメラルダが肩を抱いてくれた。彼女は油断なく銃を構えたまま、静かに溜め息を一つ。
「……陛下。シヴァンツにはかつて妻がいました。その者、マーニはわたくしの親友でしたわ。でも、彼女は……被爆四世だったのです。生まれながらに、その身体は弱く、生きる力が少し足りませんでしたの」
「そ、それは」
「百年前から、王家は国内の被爆者たちを秘してきましてよ。それには理由があります」
「何故です! 父様は……いえ、先王はなにも」
「時がくれば話されたでしょう。そして、それは本来……先王亡きあと、宰相であるシヴァンツに
ウルスラ王国には今、この瞬間も被爆者がいる。
それも、世代を重ねて
そして、自分たちの子にそれが受け継がれるかもしれないのだ。
そんな者たちの存在が、シヴァンツの心に黒い炎を
彼は王国の重鎮として働き、その中で復讐の牙を研いできたのか。
恐れにわななくオーレリアへ、尚もフリメラルダは語り続ける。
「ですが、陛下……オーレリア女王陛下。これだけは知っておいてください……先王、そして百年前から続く代々の王は――ッ! うるさいっ、今大切な話をしてましてよ!」
突然、フリメラルダはもう一丁の拳銃をスカートの中から抜き放った。
片方はシヴァンツに向けたまま、もう片方でドアの向こうを撃つ。ちらりと見れば、敵の兵士らしき者たちがライフルを持って駆けつけていた。
同時に、シヴァンツも銃を拾うなり走り出す。
突然現れた敵の増援は、若い少年たちばかりだった。
「シヴァンツ様っ、お助けに参りました!」
「あれが、オーレリア女王陛下……おっ、俺、こんな近くで見るの初めてだ!」
「馬鹿野郎っ! 俺たちの家族が被爆者だからって、差別してた奴らなんだぞ!」
「とにかくっ、撃って撃って撃ちまくれ!」
フリメラルダはシヴァンツを狙うも、浴びせられる弾幕に身を
激しい銃撃戦の中、シヴァンツは扉の向こうへと消えた。
入れ違いに、手榴弾が室内に放り込まれる。
「チィ! 陛下、こちらへ!」
「フリメラルダ!」
「
耳が張り裂けるのではと思えるほどの爆発が起こった。その爆風と炎から、フリメラルダが守ってくれる。己の命で庇ってくれる。
覆い被さる彼女の体温だけが、何も見えない中で温かかった。
だが、そこから力が抜けるのを感じてオーレリアは立ち上がる。
「フリメラルダ!」
「へい、か……ご、ぶじ、で……」
「私は平気です! 貴女が守ってくれたから! で、でも」
「陛下……ふふ、いけませ、ん、わ……まだ、泣いては、駄目」
「そ、そうですね……そうでした。私はウルスラ王国の女王、オーレリア」
「ええ……わたくしが
慌ててオーレリアは、ボロ布同然になってしまったドレス姿を抱き寄せる。
爆炎と熱風と、遅い来る刃の
「乗ってきた"カリバーン"にアシュレイが待っています。さ、わたくしに掴まって」
「いえ、わたくし……もう……ああ、マーニ、ごめんなさい……止められ、な、く――」
「ッ! 民は宝、
既にもう、返事はなかった。
だが、諦めずにオーレリアはフリメラルダを背負った。重い……王女としての英才教育で、運動や格闘術も沢山鍛錬したのに、重い。それでも、瀕死のフリメラルダをおぶってオーレリアは歩き出す。
その前に、少年兵たちが立ち
やはり、皆が若く年下に見えた。
「お、おいっ! と、止まれ……止まってください、オーレリア殿下!」
「ば、馬鹿っ! 今はオーレリア陛下だろ!」
「シヴァンツ様は脱出したんだな? わ、わかった、でも……お、俺たちは?」
「ってか、どうするんだよ! 親父たちはシヴァンツ様についたけど、俺は、でも」
どうやら、シヴァンツの復讐に加担した
さながら、シヴァンツの親衛隊といったところだろう。
オーレリアはゆっくり息を吸って、ゆっくり吐き出し、そして。
「ウルスラ王国の女王、オーレリアが命じます! 道を開けなさい!」
自分で思った以上の大きな声が出た。
そして、少年たちはビクリ! と身を震わせてその場に立ち尽くす。
オーレリアが歩き出しても、誰もライフルを向けてこなかった。
「……貴方たちも、お逃げなさい。もう、戦争は終わります。私が、終わらせます」
「で、でも」
「私は女王の名において、貴方たちを罰せぬことを誓います。それでも罪を感じるなら、道中を案内して警護してください。私は、ここを脱出します。貴方たちもそうしなさい」
「は、はいぃ! わ、わわっ、わかりました……で、では、そちらの方を自分たちで」
「いえ、これは私のような愚かな娘にも忠義を尽くしてくれる、私の臣下です。私が運びます。さあ、急いで!」
アヴァロンが不気味な鳴動に揺れたのは、そんな時だった。
オーレリアは確かに感じていた、直感していた。
戦いが……戦争が、終わる。
だが、逃げたシヴァンツをそのままにしてはおけない。しかし、今はフリメラルダの命を救うことが先決だった。そして、甘言に踊らされた門閥貴族の、その息子たちも同じである。
死んでいい命などない。
だが、百年前から続く被爆の
死んでいい命などない。
では、免れぬ死をもって生まれる命は?
答はまだ、オーレリアのどこにもなかった。
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