第30話「その日、王都は悪意に燃えて」

 エディンの思考が、冷たい敗北感に凍ってゆく。

 目の前に今、例の黒い機動戦闘機モビルクラフト機兵形態ストライダー・モードで剣を向けていた。その切っ先を鼻先に突き付けられていても、彼の"カリバーン"はその場から動くことができない。

 まるで空中にはりつけにされたように、ただ滞空するだけだ。

 だが、そんな時でも背後の姉の声は、普段通りで全く動じた様子がなかった。


「なんだっけー、例のこれ……そうそう、"ハバキリ"だっけ」

「そう、日本の竜殺しの剣ドラゴンスレイヤーだったと思う」

「なら、こっちだって円卓の騎士王キャメロットの剣じゃん? よゆー、よゆー」


 姉の声が、不思議と気持ちを落ち着かせてくれる。

 ともすれば、激情のままに怒りを叫びそうになるのだ。この危機的状況は全て、自分の思慮深さと慎重さが招いた結果だから。

 今となって考えれば、王都への毒ガスや化学兵器による攻撃は、ない。

 絶対にないと断言できる。

 何故なぜなら……この策謀を巡らせた男は、このウルスラ王国そのものが欲しいのだ。国民ごと手にするつもりで、更には列強各国が大量破壊兵器と疑ってるなにか、この地に眠る謎そのものも欲している。


「してやられた訳だね、うん。じゃあ……反撃といこうか」

「そゆこと! ただし、数は圧倒的に不利ね。あっちの"ハバキリ"ってのも、量産化されてるみたい」


 周囲ではすでに、戦闘が始まっていた。

 エディンたち王立海軍要撃隊おうりつかいぐんようげきたいが"カリバーン"をベースに量産型の"カラドボルグ"を配備したように、いよいよ敵も数を揃えてきた。

 同じ質ならば、数で負ける。

 ならば、質では上回っていることを証明しなければいけない。

 小さな国の防衛戦争では、こちらにアドバンテージが僅かでもあることを示す必要があった。それは味方に勇気を与え、敵にはいくばくかの恐れを与える。

 覚悟を決めたエディンの耳に、殺気に満ちた声がとがって響いた。


『ようやく会えたぜぇ、エディン・ハライソ!』

「……君、か」

『今日こそ、引導を渡してやらァ! この俺の名は――』

「悪いが興味はない。そして、ちてもらう」


 左腕部にマウントされた盾から、斬磁場刀マグネイト・ソード鞘走さやばしる。それを右手に握って、騎士の儀礼にならって目の前にささげた。

 そう、エディンは騎士なのだ。

 ウルスラ王国の新たな女王、オーレリアの騎士。そして、彼女と共に国と民を守る戦士だ。

 だから、諦めない。

 

 二刀流で構える"ハバキリ"に向かって、"カリバーン"もまた剣を引き絞った。


『さあ、やろうぜ……限界バトルってやつをよぉ!』

「アーサー1より各機へ。離脱できる者から順次、現空域を脱出せよ。僕が殿しんがりに立つ。敵の量産型は相手にせず、逃げるんだ。王都の防衛を優先し、それ以外の戦闘を認めない。オーバー」

『クッ、俺をまた無視しやがってえ!』

「いいや、聞いてるよ。名を問わなかったのは、もう知っているからさ」


 両機は、同時に中空の大地を蹴り上げた。

 真正面から激突し、互いの斬撃を繰り出し合う。

 そう、エディンは既に気付いていた。"ハバキリ"のパイロットは先日、はっきりと言い放ったのだ。自分が何者であるかを、その名より明確な表現で教えてくれたのである。


「オヤジにテッペン取らせる、か……兄弟でもあまり似てないんだな」

「そらそーよ、あんただってあたしに全然似てないじゃん?」

「姉さんみたいな人がもう一人増えたら、危ないじゃないか」

「おー、言うねえ! ニシシ! っと、モードレッド小隊、離脱! トリスタン小隊、続く! 損害は……あちゃ、手足の一、二本はしゃーないか」


 敵の量産機も、日本刀タイプの斬磁場刀を装備しているのが見えた。目まぐるしく上下が入れ替わる中でも、エリシュは周囲が見えている。

 そして、それが戦闘に集中するエディンにもちゃんと伝わってきた。

 機動戦闘機は最悪、手足を失っても空戦形態ファイター・モードでの飛行が可能である。関節は全てがマグネイト・ジョイント――磁力によって接続されているだけ――なので、予備のパーツを換装すれば元通りだ。

 だが、味方が脱出してゆけばゆくほど、エディンたちは窮地きゅうちへと追い込まれる。


『ちょっと、エディンさん! 貴方あなたも離脱して!』

六華リッカさんか、君も早く脱出を」

『馬鹿言わないで! 一号機を稼働データごと失ったら大変だし、それに』

「それに?」

『数じゃ負けてる戦争だもの、頭を張る奴がいなきゃ即座に負けよ! それ以上に、貴方が死んだらウルスラが平和になっても……陛下を悲しませるわ!』


 直後、援護射撃が"ハバキリ"をわずかに下がらせた。

 ちらりと見れば、六華の二号機が対物アンチマテリアルライフルで狙撃してくれていた。

 その中から、コパイロットの太い声が響く。日本の自衛隊から出向してきている、五十嵐巌イガラシイワオ三佐だ。


『六華君、離脱したまえ』

『嫌よ! エディンさん以外に、誰が王立海軍を率いるんですか!』

『戦争においては、兵士はただの戦術単位に過ぎん。代わりのないものがあって、それに頼っている時点で……戦争としては負けているのだ』

『でも!』

『もうわかっているのだろう? 最悪の場合は、俺の補佐で君が指揮をれ。それと』


 ――エディン君は決して死にはしない。

 巌のその言葉に、二号機が変形して離脱で応えた。

 こうしてエディンは、策略の通り過ぎた空に単機で残されたことになる。

 そして、最悪のシナリオが現実のものとなった。


「エディン、王都が燃えてるわ! 王宮も!」

「……急いで王宮のヘリポートに向かわなきゃ。陛下の脱出用に、クィーン・オブ・ウルスラからヘリが出てると思うけど」


 だが、目の前の修羅は逃してはくれないようだ。


『周りっ! 手ぇ出すなよ! 俺がタイマンでケリをつけるっ! "ムラクモ"各機は、降下した部隊を支援してやれ!』


 どうやら、敵の量産型は"ムラクモ"というらしい。

 これもまた、日本の神話にうたわれた神剣の名である。

 隊長格の声に、無数の"ムラクモ"が変形、飛び去ってゆく。

 黒い翼の群れは今、眼下に燃え盛る炎に暗く光って見えた。ついに王都が、それも市街地が戦場になってしまった。王宮もまた、紅蓮ぐれん業火ごうかに飲み込まれつつある。

 流石さすがのエディンも、焦りを感じたその時だった。


「エディン! 前見て、前!」


 エリシュの声に、反射的な操縦でコクピットを盾でかばう。

 刹那、金切り声を上げて敵の斬撃が衝撃を伝えてきた。

 一瞬でも遅ければ、コクピットのある胴体を両断されていたかも知れない。

 やすくはない相手で、戦闘は避けられないと腹をくくるエディン。今すぐ王宮に飛んでいきたいが、今は近衛このえの者たちや城のメイドたちを信じるしかなかった。


『オラオラ、行くぜぇ! ぼーっとしてんじゃねぇぞオラァ!』

「気が変わった。戦うことにしよう、シヴァンツの子セルジュ……相手になる」

『おっ! ようやくやる気にっ、なったぁ! かよおおおおおっ!』


 まるで疾風はやてのように、左右の連撃が押し寄せる。

 だが、その間をうようにして、エディンは"カリバーン"を踊らせた。

 咄嗟とっさの回避と同時に、距離を詰める。


『なっ……以前取ったデータより速い!』

「戦ってやる……戦ってやるよ、セルジュ。時間がないんだ、さっさと撃墜されてほしいね」


 セルジュの"ハバキリ"が、苦し紛れに翼からさやをパージした。雌雄一対しゆういっついの剣は、その鞘が独立して動く浮遊砲台になる。全て、"ハバキリ"から出る磁力でコントロールされているのだ。

 だが、一見して便利でわかり易いだけに、エディンは以前の戦いで見切ってた。


「不利になったらそれに頼る、知ってるよ。僕でもそうする」

『なにっ! 俺がいつ不利に――ッ!』


 "カリバーン"の死角に回り込むように、鋭角的な動きで鞘が迫る。

 露骨に最短距離で、最適解と思える射撃ポジションで殺意は停止した。小口径の機銃でも、格闘戦闘中に背後を突かれるのは厄介だが……その未来は実現しない。


「相手にできんなら、あたしらにだってえ! できるっつーの!」


 エリシュのコントロールで、パージされたシールドブースターが宙を舞う。ようするに、機動戦闘機の磁力炉マグネイト・リアクターを使った簡単な磁場の原理なのだ。

 だが、例の鞘と違って……"カリバーン"の盾は、

 あっという間に、鞘の片方がシールドブースターに激突されて砕け散った。もともと機動戦闘機同士で殴り合う際に、敵の直接打撃を受け止める盾である。刀身を保護して収めると同時に、火器をも仕込んだ鞘との強度比べでは勝負は見えていた。


『クソッ、手前テメェ! 面白くしてくれるじゃねえかっ!』

「そうかい? 僕は……不愉快だ。そして、お前の蛮勇ももう見飽きたよ。……消えろ」


 両手で斬磁場刀を握って、"カリバーン"は大上段へと振り上げた。

 露骨に大振りな、真っ向唐竹割からたけわりりだ。

 だが、真っ直ぐ断頭台ギロチンのように振り下ろされた刃を、難なく敵は避ける。

 そう、エディンが狙ったように、わかりやすく横へとれて回避した。


『そんな大振りな攻撃が……って、オイ! ま、まさか!』

「道は開けた、では失礼するよ。言っただろう? もう見飽きたってね」


 最大出力でフル加速、乾坤一擲けんこんいってきの大技を"カリバーン"は空振りした。

 それは、相手に回避させるための一撃だったのだ。

 そして、大きく攻撃を外したまま、下へと"カリバーン"は落下してゆく。そのまま変形して空戦形態をかたどり、再加速して降下していくのだ。

 こうしてエディンは、なんとか"ハバキリ"を振り切り王宮へと飛んだ。

 だが、湖の都として栄えた風光明媚ふうこうめいびな王都は今……獄炎ごくえんの中で燃え尽きようとしているのだった。

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