第49話「まだ見えなくても、確かな終焉」

 勝負は決した。

 無数の爆発を全身に咲かせながら、"ハバキリ"は自壊を始めた。限界を超えたパワーを絞り出した反動が、自分自身をむしばゆがめてゆく。

 それでも、ノイズとアラートが聴こえる回線の向こうで、セルジュは笑っていた。


『へへ……ここまでかよ、エディン。俺の、負けかあ』

「そうだ、君の負けだ。機体が爆発する、早くベイルアウトした方がいい」

『生き恥はさらさねえ……オヤジに合わせる顔がねえから、よ……』

「それを決めるのは君じゃない。自分に酔って死ぬなんて、許されないよ」


 エディンはそっと"エクスカリバー"を"ハバキリ"に寄せる。

 一時的なツインドライブの直列運転が停止し、再び通常動力の並列運転に切り替わった。一瞬だけだが、こちらも限界を凌駕りょうがするパワーを絞り出した。今、"エクスカリバー"は全身の冷却機構がフル稼働である。

 オーロラのマントを棚引たなびかせる騎士王は、水蒸気のローブをまとって手を伸ばす。

 振り払おうとする"ハバキリ"の腕が、磁力の接合力を失ってボロリと落ちた。

 構わずエディンは、無理やり装甲を引っ剥がし……コクピットブロックだけを引っこ抜いた。


『クソッ、エディン! 手前てめぇ!』

「戦いは終わったのさ、セルジュ。敗者は敗者らしく、後始末に一定の責任を持つべきだ」

『戦争は終わったさ、戦争はなあ! けど、俺とお前の戦いは――』

「そうだ、戦争は終わったんだ! なら、君もそれを終わらせるのを手伝え! やるだけやって死ねたら満足だろうさ。けど、オーレリア陛下が例え許しても……僕は、許さない」


 珍しく激したエディンに、回線の向こうで息をむ気配が伝わった。

 それっきり、セルジュは黙ってしまった。

 エディンはそのまま、剣を主翼のパイロンにマウントし、"ハバキリ"のコクピットブロックを抱えて飛ぶ。

 内部からでも明らかに、アヴァロンが高度を落としているのが感じられた。

 先に乗り込んだオーレリアたちが、シヴァンツを捕らえたか、無力化したか……近衛兵長このえへいちょうたるアシュレイがついているから、心配はしていない。だが、逆にシヴァンツを取り逃がしていたなら、それをフォローして務めを果たすだけだ。


「姉さん、一度外へ出る。もう、アヴァロン自体は無力化できたと見ていいからね」

「女王様、やるじゃん! ……終わったね、エディン」

「ん、だいたいはね。けど、シヴァンツの身柄確保を確認するまで油断はできないよ」

「お店、予約しようよ! 祝勝パーティすんの! みんなで飲んで食って、歌って踊って、どんちゃん騒ぎだ!」

「……話、聞いてる? フフ、でも姉さんらしいや」


 エディンも不思議と、口元に笑みが浮かぶ。

 まだまだ油断はできないが、ウルスラ王国は一番危険な状態を脱したと言えるかもしれない。どの道、アヴァロンの確保に失敗した時点でチェックメイト、詰みだ。

 そう思えたが、一抹の不安がエディンの胸中を寒からしめる。

 あのシヴァンツが、一国の宰相さいしょうという器にさえ収まらぬ知略と計略の策士が、これで終わるだろうか? オーレリアが自ら乗り込んでゆくという奇策を、読めないまでも対処できなかったとは思えなかった。


「とりあえず、アヴァロンを出る。姉さん、最後までしっかりね。……エドモンさんも呼ぶよね、祝勝会」

「えっ、なんで!? ま、まあ……うー、呼ぶかあ。あいつ、頑張ってくれたしねー」

「戦争ってさ、結局は兵站へいたんと経済が全てだから。エドモンさんが裏方であれこれやりくりしてくれなかったら、今頃とっくにウルスラ王国は滅んでるよ」

「でもさー、空母買ってくるのはナシじゃない? 漫画かよ! ってなるしさー」

「姉さん、真面目に考えてあげなよ。本気には本気で応える、それが僕の姉じゃないかな」

「グヌヌ……わーってるわよ。アタシだって、そりゃ、嫌いな訳じゃ……むしろ、こぉ」


 ゆっくりと"エクスカリバー"が、機兵形態ストライダー・モードのままアヴァロンから離脱する。

 最後に一度だけ振り向けば、巨大な恒星間宇宙船こうせいかんうちゅうせんは……その名の通り、閉ざされし最後の楽園アヴァロンだった。地球では空想上の存在とされる動物が、空を舞い、森に満ちている。

 エディンはこの戦いの中、現段階で一つだけ守れたものを実感した。

 それは、マーリンが故郷より持ち出した大自然と生態系、一つの惑星が育んできた生命いのちの全てだ。そしてそれは、アヴァロンごとマーリンに返却されなければいけない。

 その楽園をあとにして、"エクスカリバー"は外へ出た。

 そこにはもう、戦いの空はなく、既に乱戦模様の空中戦ドッグファイトは終わっていた。

 そして、見慣れた機体が近付いてくる。


「エディン、"カリバーン"の一号機。女王様に貸したやつだよん」

流石さすがは近衛兵長だね。ああも簡単に乗りこなされると、自信を失うよ」

「アシュレイさんかあ、あの人も謎よねえ。なんつーか、完璧超人じゃん」

「そうでもないけど、まあね」


 空戦形態ファイター・モードで接近した"カリバーン"が、ゆっくり旋回して隣に並ぶ。

 モニター越しにエディンは、そのキャノピーの奥に大切な主君の姿を確認した。後部座席に座るオーレリアが、強化ガラスに両手を添えて張り付いている。

 その眼差まなざしに、大きくうなずいてエディンも機体を寄せた。

 回線を通さずとも、オーレリアがなにを言っているかが伝わった。

 桜色のくちびるが、空気が遮断された画像を超えて言葉を投げかけてくる。

 何度もオーレリアは、ありがとうを口にしていた。

 同時に、アシュレイの声が静かに響く。


『エディン、陛下は無事だがフリメラルダ女史が重傷だ』

「了解です、アシュレイさん」

『……あのヒヨッコが、立派になったものだ。円卓騎士エディン・ハライソ……私からも礼を言う。陛下と国を守ってくれたこと、感謝の言葉もない』

「いえ、当然のことをしたまでです。陛下と共に、国と民を守る……それは口煩くちうるさい近衛兵長の教えでしたしね」


 あのアシュレイが、小さく笑った気がした。

 それでようやく、エディンも緊張を僅かに緩める。

 そして、アヴァロンが巨体を再び翠海ジェイドシーへと横たえた。ゆっくりと着水し、舞い上がる水飛沫みずしぶきが空に虹をえがく。霧の晴れた朝に、七色の架け橋が眩しい。

 だが、やはりハッピーエンドはまだ先、少し先に遠かった。

 不意に、後部座席のエリシュが声をとがらせる。


「待って、エディン! 真下に巨大な磁気反応! なにこれ……浮上してくる!」


 どうやらアシュレイの側でも探知したようで、並んで飛ぶ"カリバーン"も機兵形態へと変形した。銃を構えるその機体へと、エディンはセルジュの入ったコクピットブロックを放った。


「アシュレイさん、下がってください。陛下を乗せた機体を戦わせる訳には」

『了解だ。この預かり物は?』

「今回の動乱の首謀者、シヴァンツの息子セルジュです」

『ふむ。生きているのだな?』

「絶対に殺してはいけないですよ。今回の事件を記録し、未来に残すためにも」

『当然だ、では』


 翠海の底から、なにかが浮上してくる。

 大きいが、アヴァロンほどではない。エリシュがセンサーで確認したのは、全長600mメートルの巨大なふねだ。そう、軍艦……それも、常軌を逸した超弩級ちょうどきゅうの潜水艦だ。

 天を巨鯨きょげいにも似た、漆黒の船体が突き立った。

 垂直に突き出た屹立きつりつが、ゆっくりと倒れて湖面を割る。

 そこには、旧ソ連のタイフーン級よりも大きな潜水艦が姿を現していた。

 そして、艦橋セイルに人影が現れる。

 無線機を手にしたその人物が、エディンの警戒心をささくれ立たせた。


『見事だ、エディン・ハライソ。してやられたよ、私は負けを認めよう』


 すぐにカメラをズームして、本人かどうかの確認をする。

 間違いなく、それはシヴァンツその人だった。

 そして、その顔に浮かぶ笑みは敗者のそれではない。

 諦めも見て取れないし、潔さとは無縁な野心がまだまだ燃えていた。

 すぐにエディンは"エクスカリバー"に剣を抜かせて身構える。同時に、離脱してゆく"カリバーン"一号機をフォローしながら高度を下げた。

 今なら、一撃でシヴァンツを殺せる。

 突如として姿を現した巨大潜水艦も、シヴァンツ本人を倒せば閉じた水溜りの中の魚だ。

 だが、その決着をエディンは躊躇ためらった。

 その隙に付け込まれても尚、敵の首魁しゅかいを殺したい衝動にあらがったのだった。


『王立海軍、実に見事……私と同じ最適解ベストアンサーに辿り着く人間がいたとは。それも、年端もゆかぬ子供が』

「元王国宰相、シヴァンツ。武装解除して投降してください。法廷では自己の弁護を保証し、その罪状を公正に裁く用意があります。勿論もちろん、未来に向けて公式な記録として裁判の内容を――」

『エディン・ハライソ! お前はまだ、真実を知らない。この国に埋もれた、王家が隠してきた真実を!』

「申し開きは法廷でどうぞ。僕は……この国を、民を……何より陛下を守りたい。それが全てで、あなたの主義主張には興味がない」


 ククク、とシヴァンツは笑った。

 完全に、こちらが攻撃できないことを確信している。

 そして、このまま逃げおおせるとさえ思っているかに感じられた。

 何故なぜ? どうして? 。百年前に無数の新型爆弾が落とされた、その数だけ生まれたクレーター湖なのだ。

 眼下の潜水艦がどれほどのものだとしても、井の中のかわずなのである。

 それでも、エディンは最後まで気を緩めない。

 あなどらない……井の中の蛙、大海を知らず。されど、空の青さを知ると古い言葉にもあるからだ。そして、自分が守ったウルスラの空を、シヴァンツは知らないのだ。知ってほしくないし、知り得たと思うならそれは傲慢ごうまん、思い上がりである。

 世界の全てと繋がる蒼穹そうきゅうは、この無限に広がる空は……誇り高きパイロットたちのものだ。見上げる国民の全てを戦火に放り込んだ人間には、このあおさは絶対に渡さない。


「投降してください、シヴァンツ。もう逃げられない……逃さない」

『フ、フフフ……フハハハハッ! 安心したまえ、エディン。私は逃げない……一時的に身を引くが、すぐまた戻ってくる。その時こそ、今度こそ……ウルスラ王国は滅びを迎えるだろう!』

「何故、そうまでして。興味はないが、犯罪者には必ず動機があるはず

『この国は、私から愛を奪った! 愛する妻を奪い、彼女が国を愛した、その想いさえも踏みにじった!』

「……酷く個人的な話だ。そんなセンチメンタリズムが、無辜むこの民を戦災に放り込んでいい理由にはならない」


 エディンは内心、煮え滾る怒りに絶叫しそうだった。

 くだらない、。だが、愛憎あいぞうというものは時として人間を狂気に駆り立てる。シヴァンツが見てきた地獄、その身を焼いた悲劇は確かにあるのだろう。

 だが、その理不尽と不条理に対しては、彼自身が一人のウルスラ国民として向き合うべきだった。エディンは知っている……この国は、民を大事に、第一に思う王家のべる土地なのだから。


『さて、お別れだ……エディン、また会おう。アヴァロンの確保はできなかったが、なに、次の戦争、次の次の戦争は用意してある。我が憎悪ぞうお! 怨嗟えんさ! 繰り返し味わうがいい!』


 潜水艦が再び水中へと沈み始めた。

 シヴァンツも艦内へ消えて、湖面が激震に泡立った。

 背後のエリシュだけが、超弩級潜水艦の中に磁力炉マグネイト・リアクターの反応があることを教えてくれるのだった。

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