第50話「悪を貫き、未来を縫い止める聖槍」

 巨鯨にも似た超弩級潜水艦ちょうどきゅうせんすいかんが、ゆっくりと沈んでゆく。

 そして、それを止める術がすでにエディンにはなかった。

 まず、愛機の"エクスカリバー"はいまだ、全身を冷却中である。ツインドライブ型の磁力炉マグネイト・リアクターを、通常の並列運転から直列運転に切り替えた、一種のオーバーブーストを使ったあとだからである。

 そもそも、機動戦闘機モビルクラフトには対潜能力がない。

 逡巡しゅんじゅんの中に決断を探す中、背後からエリシュの声だけが逼迫ひっぱくして叫ばれる。


「エディン、逃げられるっ! んと、今だいたい深度50くらい!」

翠海ジェイドシーはクレーター湖だ。一番深くても200程度……それにそもそも、どうやって外へ?」

「他のクレーターと無数の運河で繋がってるわ」

「いや、あのサイズの潜水艦が通れる運河なんて……運河? ああ、そうか」


 もう、最悪のシナリオは始まっている。

 あのシヴァンツが、出口のない海に潜水艦を置くだろうか?

 そもそも、逆なのだ……出口以前の話かもしれない。

 そう、あのクラスの潜水艦が翠海で作戦行動中ならば、以前から探知できていた筈である。眠っていたアヴァロンとは違って、多くの人が乗っているのだ。とすれば、仮定でしかない答に信憑性が生まれる。


「姉さん、逆だよ、逆」

「逆? ってことは」

。現在の経路の先、なにかない?」

「待って、全センサーを集中……やっぱさあ、ソナーとかも欲しいよね、こうなると」


 とはいえ、エリシュは仕事が早い。

 複数のセンサーを同期させ、上空からわずかなデータだけで湖底を探る。

 そして、エディンが想像した通りのものがそこにはあった。

 そう、出口がないかどうか以前の話だ。

 この翠海の底には外海からの入り口が存在する。


「深度150、北北西に空洞! やだ、海底トンネル的な? うっそぉん!」

「姉さん、相談なんだけど。機動戦闘機は一応、真空の宇宙での運用も想定されてるよね」

「……エディン、あんたねえ。気密はばっちりだけど、水圧は?」

「少しの間なら、持つと思うけど。でも、念のために」

「ちょい待ちっ! ……アタシ、降りないから」

「姉さん……」


 機動戦闘機は、"エクスカリバー"は勿論もちろん、"カリバーン"や"カラドボルグ"もエンジンを換装することで宇宙空間をぶことができる。

 コクピットは完全密封型だし、パイロットスーツは宇宙服でもあるのだ。

 だが、だからといって水中で活動できるかといえば、答はNOだ。

 ただ、完璧なYESを求めていられる状況ではない。


「エンジンをカットして、湖面に降りる。あとは文字通り」

「マニュアル動作で泳ぐ訳ね……えっと、モーションサンプル作るけど? バタフライとクロール、どっちがいいかしらん?」

「そういう余裕ありそうに見せるとこ、好きだよ。姉さん」

「ちょ、おっ、おま……もーっ、なに言ってるの! ほら、行くんでしょ?」


 巨大な影は今も、うっすらと湖面を移動中だ。

 あれだけの大きさとなると、この浅い翠海でも丸見えである。なにしろ、翠海の透明度は限りなく透き通って、まるで硝子ガラスだ。どこまでもあおく、宝石細工のような水面は千湖せんこの国の誇りでもある。

 だからこそ、魔竜にも似た悪意の影を追って止めなければいけない。

 残念だが、シヴァンツの生け捕りは諦めるしかなかった。


ちなみにエディン、この子の磁力フルパワーで釣れないかな? 引っ張り上げられない?」

「無理だね。もう、そこまでパワーが上がらない。少し力を使い過ぎたみたいだ」

「……なら、やるしかないか」

「うん」


 静かに"エクスカリバー"が空中で身構える。

 もう周囲の空では、戦いが終わっていた。

 行き交う機体は徐々に、索敵のための偵察機が多くなってきている。どの国の空軍も、戦局を見極め切れずにいるようだ。

 無理もない。

 エディンたち、王立海軍にしかわからない。

 全ての始まりにして終わり、災厄の元凶たるシヴァンツの暗躍は。

 国際社会では、ウルスラ王国が宣戦布告し、女王の死後に宰相が改めて戦争を再開させたと見られているからだ。

 やはり、シヴァンツは生かして捕らえたい。

 だが、そのことにこだわれば次の戦争の火種を生んでしまう恐れもあった。

 エディンが悩みに一瞬沈んだ瞬間、後ろからポスポスとヘルメットを叩かれる。


「こらー、考えすぎんなよー? まずはさ、やれることやろうじゃん?」

「ん、そうだね」

「シヴァンツの拘束は諦めな? アタシも、あいつの股ぐら蹴り上げて悶絶させるの、諦めるからさ」

「そ、そんなこと考えてたの?」

「そりゃね。怒ってるんだから。激おこですよ、プンプン! でもさ」


 そっと身を乗り出してきたエリシュが、コツンとヘルメット同士をぶつける。


「あんたがるんじゃない、アタシたちで殺るんだ。もう、迷ってる時間はないじゃん? 半分、あ、いや……よ、よんわ……三割りくらい背負ったげるから、迷わずやんなよ」

「……ありがとう、姉さん」

「どういたしまして。んじゃ、よろしくっ!」


 意を決して、翼の剣を抜く。

 そのままエディンが、湖面へ愛機を放り投げようとした、まさにその時だった。

 不意に回線の向こうで、六花リッカの声が叫ばれた。

 ややノイズが交じるが、彼女の鮮明な言葉が脳裏に注がれてくる。


『まって、エディン! 流石さすがの"エクスカリバー"でも、水中では100秒と持たないわよ!』

「六花さん? いや、それだけあれば」

『シヴァンツの逮捕を諦めるなら、敢えて海水浴する必要はないって言ってるの!』

「……なにかあるかい? 攻撃オプションが」


 はっきりとうなずく気配だけが、伝わってきた。

 同時に、エリシュの声がアラート音に重なる。


「エディン、後ろからデカいのが来てる! なにこれ、巡航ミサイル? 狙いは……アタシたちだ! この子、ロックオンされてるっ!」


 即座にエディンは、急上昇と共に機体を振り返らせる。

 同時に、頭上で巨大な弾頭が上昇を始めていた。

 対艦ミサイルにしては妙だ……艦艇攻撃用のミサイルは、近距離で一度上昇してから目標へ向かうタイプもある。だが、それは洋上艦への攻撃方法である。

 いぶかしげに思うエディンだったが、即座にわかった。

 理解ではない、直感が導き出したひらめきだった。


「姉さん、あのミサイルを追うっ!」

「ちょ、ちょっとエディン? 潜水艦は」

「六花さんの送ってくれた、あれが多分……そうなんですよね? ならっ!」


 既にもう、"エクスカリバー"の推進剤も限界が近付いている。

 そして、奇妙なミサイルは真っ直ぐ天をいて屹立きつりつし……まるで花が咲くように割れた。そして中から、巨大な砲身が姿を表す。

 まるで、馬上槍ランスのように長く、太い。

 それでもエディンには、一目でわかった。

 これは、機動戦闘機の機兵形態ストライダー・モードで扱う武器、大砲である。すぐに相対速度を合わせて、一撃必殺の切り札を手にする。剣を捨てた両手が、ズシリと重い巨砲を腰だめに構えた。


『エディン! それは、試作型の重磁力線照射装置じゅうじりょくせんしょうしゃそうち……名付けるならそうね。……?』

「アーサー王が持つ聖槍せいそうだね。それで?」

『フルチャージで一発だけ撃てるわ! 重磁力線は可視光線に近い形で照射され、あらゆる遮蔽物を貫通して目標に届く。確実に目標を穿うがつらぬく……当たれば、ね』

「こういうの、もっと早く出してほしかったな」

『よして、エディン……そんな危ない物、本当なら』

「だね」


 直ぐに砲口を湖面へと向ける。

 エリシュがこまかな照準を補正してくれて、すぐにターゲットをロックオンできた。真っ直ぐ翠海の外苑へと向かっているのは、やはり底に外海へ抜ける回廊があると見ていい。

 ならば、そこに逃げ込む前に決着をつけるしかない。


「まったく、アヴァロンの他にもとんでもないものがひそんでいたものだね」

「王立海軍、自分の海の底を知らず、ってさ」

「姉さん、今ちょっと上手いこと言ったと思ったでしょ?」

「いーえっ、思ってるとかじゃなく確信デス! ……ほらほら、いいからちゃっちゃと撃っちゃってよ、アタシの照準補正は完璧よん? なんだっけ、ロ、ロンド……ロンドアドミニ?」

「ロンゴミニアドね。んじゃ、発射と」

「ちょ! 秒読みとかは――!?!?」


 迷わずエディンはトリガーを引き絞った。

 刹那せつな苛烈かれつな黒い光条がほとばしる。まるで、輝く闇の波動だ。それは真っ直ぐ湖面へと吸い込まれて、あっという間に底まで貫き岩盤をえぐった。

 強力な磁力の槍に刺し貫かれて、巨大な潜水艦が爆発を連鎖させる。

 潜水艦が撃沈されれば、その乗組員は誰も助からない。

 あの規模だと、数百人は乗っているだろう。

 油と空気とが、水中の燃え盛る獄炎で煮立っている。湖面がドス黒く汚れてゆく中で、エディンたちの"エクスカリバー"もまた無事ではいられなかった。


「やばっ、エネルギーのオーバーロード! この子、磁力崩壊しつつあるっ!」

「姉さん、脱出を!」

「二人でなら、いいよ……エディン」

「いや、雰囲気出さなくていいから。ほら、さっさとベイルアウトして」

「へーい……だよねー! にゃはは、んじゃま……おっさきー!」


 バチバチとプラズマを全身にスパークさせながら、"エクスカリバー"が手から聖槍を落とした。それが湖面に水柱を立てる前に、せり出したコクピットブロックのキャノピーが炸薬さくやくで吹き飛ばされる。

 すぐにエリシュがベイルアウトしたが、最後に一度だけエディンは操縦桿スティックを握った。

 短い間だったが、命を預けた翼の、その命が尽きようとしている。

 自分でもこんなに感傷的になるとは思わず、少しおかしい。

 でも、磁力炉や機動戦闘機のような存在は、これからのウルスラ王国にはもういらないと素直に思えた。


「じゃあ、さよなら……"エクスカリバー"」


 ベイルアウトと同時に、周囲の景色が一面のあおに染まる。

 すぐにパラシュートが開いて、エディンは今まで自分の乗っていた愛機を見下ろした。スパークする火花に飾られ、磁力炉が限界を迎えつつある。ロンゴミニアドの強過ぎる磁力の反動が、騎士王の傷付き疲れた全身をズタズタに引き裂いていた。

 だが、不思議なことが起こった。

 "エクスカリバー"は人の姿を保てなくなり、全関節の磁力が消失したかに見えたが……そのまま空戦形態ファイター・モードに組み直され、真っ逆さまに翠海へ落ちてゆく。

 そして、飛沫しぶき一つ立てずに入水して消えた。

 気付けばエディンは、それを敬礼で見送っていたのだった。


 ここに、後の世がウルスラ戦争と名付けた一連の武力衝突が終焉しゅうえんを迎える。戦後に明かされた真実に世界中が震撼し、何度も映画化され……そして、世界最強となった王立海軍が、世界一短いその生涯を閉じた瞬間でもあった。

 時に、西暦2044年……戦いが終わり、平和を再構築する新たな戦いが始まろうとしていた。

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