第17話「紫堂六華の翼」

 払暁ふつぎょうを待たずに、翼は飛ぶ。

 蒼穹そうきゅうの騎士達が命をたくした、無数の機動戦闘機モビルクラフトが発進を完了していた。

 その光景を、"カリバーン"二号機の操縦席で紫堂六華シドウリッカは脳裏にきざむ。

 背後で数値を読み上げる、五十嵐巌イガラシイワオの声だけが静かに響いていた。


「六華君、露払つゆはらいは敵の大艦隊からの巡航ミサイルだ。山を超えて殺到してくるぞ」

「想定内です。アーサー02ツーより各機へ! 一度しか言わないわ、よく聞いて!」


 緊張感にくちびるが乾く。

 ここは高度一万メートル、翼を並べた機動戦闘機達の戦場。

 そして、それを生み出したしたスタッフの一人として、六華は自分を必死で落ち着かせる。胸に当てた右手は、さっきから震えが止まらない。

 周囲を三機ごとの小隊で飛ぶ"カラドボルグ"が、闇の中でわずかにバーナー炎を輝かせていた。


『こちらランスロット01ワン、ランスロット小隊だ。各機異常なし』

『ガウェイン小隊もOKだ、さっさとおっ始めようぜ!』

『トリスタン小隊、退屈してきたぜ? そろそろ花火を打ち上げようや!』


 気の荒い傭兵達は、まさに意気軒昂の気迫そのものだ。

 アーサー01、エディン・ハライソが王室円卓騎士ナイツ・オブ・ラウンドとなってから、王立海軍要撃隊おうりつかいぐんようげきたいの各小隊も名称が変更された。アルファ、チャーリー、ブラボーといったお馴染なじみのものではなくなったのだ。

 円卓、上の下もなく、身分を問わぬ勇者達が互いに並ぶための席だ。

 そこに今、勇敢なる傭兵達と共に六華も並んでいる。


「六華君、大丈夫かね? 君には初の実戦、本物の戦争だ」

「大丈夫です、五十嵐三佐」

「私はもう、自衛官ではない。ここにいるのは、五十嵐巌という一匹の男、それだけだ」

「あ、それいいですね……じゃあ、巌さん! フォローをよろしくお願いします!」

「いっ、巌さん!? ……了解した、六華君」

「さて……見せてあげるわ、IQ400の私の頭脳を!」


 六華には秘策、そしてとっておきの切り札があった。

 帰国命令を無視し、八神重工やがみじゅうこうには出来る限りの機動戦闘機のデータを送るのみに留めた。また、このまま王立海軍のパイロットとして従軍し、実戦データも送ると通告してある。

 八神重工本社からは、返事はない。

 代わりに、まだ開発中の機材が送り込まれてきたのだ。

 それが今回、緒戦に殺到するであろう無数の巡航ミサイルを無力化する。

 ふと、六華の脳裏に過去の記憶がフラッシュバックした。




 白い壁と、白い天井と、窓の外の森。

 それが紫堂六華の幼い日の原風景だ。

 生まれながらに特別な才能を持った彼女は、両親に売り飛ばされたのだ。八神重工が極秘に進める、天才児を集めた兵器開発計画に組み込まれたのである。

 それが、六華が五歳の時である。


『おや、もうこんな難しい勉強をしてるのかね。天才児は流石さすがに違うね』

『専務、すでに新型の戦車や戦闘機も設計させてます』

『いいね、実にいい。技術立国日本を背負う、これからの世代のほまれだよ』


 大人達は皆、六華の前では機嫌がよかった。

 製図板せいずばんの前で、六華は求められるままに強度計算を行い、最適な設計を修正し続ける。あらゆる科学の知識が脳内に詰め込まれていたし、調べれば世界中の軍事機密に触れることができた。

 ネットを介して世界中を駆け巡る、真っ白な少女。

 だが、実際には白いおりから出たことがないのだ。

 不思議な作業が持ち込まれたのは、そんな時だった。


『これかい? 先日の会議で不採用になった、陸自用の陸戦兵器だよ。驚いただろう? だ。動力源や関節部の諸問題は残っているが、我が国はロボット大国でもあるからね』


 それは、山積みの仕事を淡々と処理していた時だった。

 担当の技官が見せてくれたのは、いわゆるボツ設計だ。

 一瞬で見て、六華にはそれが出来損できそこないの失敗兵器だとわかったのだ。プレゼン用の資料にも、耳に心地よい美辞麗句びじれいくばかりが並んでいる。しかし、実用に漕ぎ着けるまでに解決する課題が多過ぎた。

 全高10m以上の人型機動兵器を、どんな動力源で稼働させる?

 既存のディーゼルエンジンやガスタービンでは無理だし、原子炉なんて載せられない。

 それに、人間の動きを再現する関節部の耐久性は?

 複雑な可動部の集合体は、激しい実戦の中で確実に摩耗まもうするのだ。

 絵空事えそらごとのような設計図だと思った。


 ――まるで、私みたいだな。


 ふと、そう思った。

 設計図という二次元の紙媒体から出てこれない、未完の兵器。

 それは、研究所から出たことがない、人間として扱われない自分に似ていた。


『……これ、貰っていいですか?』

『ん、何だい? 六華ちゃん、メモ用紙にでもするのかな?』

『まあ、そんな感じです』


 それが、六華にとって生まれて始めての趣味になった。

 そう、趣味……余暇よかを使って楽しむ遊び、おたわむれだ。

 何から何まで八神重工の研究所に管理され、テレビも読書も知識を得るために見せられた。アニメもドラマも、映画さえも見たことがないのだ。技術書ばかり読まされ、ひたすらに天才児としての有用性を磨かれてゆく。

 そんな中で、六華は初めて趣味を持ったのだ。


『動力源はコンパクトで、高い出力を得られるものにしなくちゃ』


 それで、磁力炉マグネイト・リアクターというものを思いついた。

 同時に、マグネイト・ジョイント機構という『磁力でのみくっついた、完全可動フリーな関節機構』という可能性をも見出す。

 全くの失敗作を、自分の知識と経験で塗り替えてゆく。

 与えられた仕事をこなすかたわら、六華は夢中になった。

 だが、作業に没頭する程に、どこか空虚くうきょな気持ちが満ちていったのも確かである。


『……普通に完成しちゃうな、これ。また、私の作った兵器が売られていくんだ。そして、どこかで誰かを殺すんだ』


 八神重工は自衛隊の装備品全般を作っているが、海外へも武器を輸出している。

 すでに六華が手掛けた兵器は、何種類もが世界の何処かで誰かを殺していた。

 人型機動兵器という、荒唐無稽こうとうむけいな設計が現実性を帯びる中……六華の熱は急激に冷めていった。

 ふと見た外に、鳥がいた。

 白い鳥だ。

 白い囚人しゅうじんのような服しな持っていない自分に、少し似ていた。

 だが……その鳥は六華の視線に気づいて、羽撃はばたき飛び去った。

 鳥には翼があって、どこまでも飛んでいけるように思えた。

 檻の中の自分とは違った。

 そして、初めて欲しいものができたのだ。


『翼が、欲しい……翼を。そう、この構造なら一度全身をバラバラにして……磁力で再合体。変形すれば……人型に、翼を。それが、私の望み、なの?』


 かくして、天才少女の手によって画期的な兵器が産み出される。

 それは今、北欧の小国ウルスラで初めての実戦を経験しようとしていた。

 あまりにも常識はずれで、突飛で大胆……そうした兵器ゆえに、開発者である六華が立ち会わねば何の作業も進まない。

 そう、機動戦闘機は六華を研究所から外の現場へと連れ出したのだ。




 追憶との一瞬の、邂逅かいこう

 そして、六華は思い出す。

 このウルスラ王国に来て、景色を知った。鳥の声や町の喧騒けんそう、音楽と歌を知った。温かい料理の匂いと味も、人のぬくもりも知ったのだ。その全てを与えてくれた千湖の国は今、存亡の危機にあった。


「アーサー02より各機へ! ……これより120秒後に、!」


 回線の向こうで、誰もが息を飲む気配が伝わった。

 だから、反論が行き交い不信感を呼ぶ前に言葉を続ける。


「これより、八神重工から受け取った秘匿機材ひとくきざいの力を使います。ウルスラ王国全土を特定高度に限定して、強力な磁気嵐じきあらしが包むんです。その中では、巡航ミサイルは飛んでいられません。勿論もちろん、私達の機動戦闘機も」


 そう、切り札……それは特殊な磁力炉だ。

 従来の"カリバーン"や"カラドボルグ"に搭載されているものとは、根本的に違う。言うなれば、次世代の磁力炉である。

 その力は、もはや戦術兵器の概念を凌駕りょうがしている。

 使い方によっては、戦場を全て磁界で覆って支配することができるのだ。

 だが、難点は位置を移動できないこと。

 


『おいおい、エンジンカットって……失速して落っこちちまう』

『……信じていいんだな? お嬢ちゃんよう!』


 部隊の仲間に混乱が広がりかけた、その時だった。

 冷静な声が静かに響く。


『アーサー01、エディンです。各機、風に乗って……この季節、ウルスラを囲む峰々みねみねが冷たく重い風を呼び込むから。その風を掴まえて、機体を乗せてください。ここに集まった皆の腕なら……可能だと思いますけど』


 そして、約束の時間を迎える。

 周囲で一つ、また一つと闇に機影が消えた。

 六華も磁力炉を停止させ、そのまま全機能を眠らせる。

 刹那せつな、ふわりと奇妙な浮遊感が機体を持ち上げた。

 同時に、背後から強烈な地場の烈風が吹き荒れる。あっという間にウルスラ王国の空を、強大な磁力の流れが包んだ。

 遠くで無数の爆発連鎖して、夜明けにも似た明るさで空が燃える。


「巡航ミサイル群、全て無力化! 全機、磁力炉再始動! ……さあ、行くわよ!」


 救国きゅうこくの騎士達は、再びはがねの魂に火を灯す。

 互いを結ぶきずなごとき力が、磁力炉からほとばしる。

 こうして戦いは、先制攻撃に出た枢軸国すうじくこくの巡航ミサイルが、一発残らず叩き落されるという異常事態の中で開始されたのだった。

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