第34話「マーリンの旅路」
エディンは必死に平常心を保とうとした。
だが、ノイズ混じりの荒れた画像の中に、自分を生かしてくれた姉の姿がある。ここからでは、映像が不鮮明で生死まではわからない。
はっきりしていることは一つ。
今まで雲隠れしていた、シヴァンツの勝ち誇ったような笑み。
そして、見せしめのように
巨大な十字架のように、"カリバーン"一号機は大地に冷たく突き立っている。
さらに、信じられない言葉が
「なっ……宣戦布告、だって? なにを……どうして、
正気を失いそうになって、傷の痛みにエディンは
思わずよろけて、すかさず駆け寄ったオーレリアに支えてもらった。
だが、信じられない。
つまり、不本意ではあるがウルスラ王国は敗北し、戦争は終結したのだ。
その今、まさにこの時に宣戦布告を行う必要がどこにあるのか?
そう思った、その時だった。
不意に、どこか
「やれやれ、人間ってのはどうしてこうなんだろうねえ。……まあ、その責任の一端は私にある。さて、どう責任を取ったものか」
誰もが振り返る先で、マーリンと名乗った青年が腕組みうんうんと
女王であるオーレリアに肩を借りてる、その無礼さえも今は頭の中にない。
「マーリンさん、そろそろ話してくれませんか……
「ああ、それ。うん、それはまさしく私のことだ。……あの頃は、
「……それも
「わかった、話をしよう。始まりはもう、千年以上も前のことだ」
にわかには信じがたい話だ。
マーリンの見た目は、どう見ても二十代の青年にしか見えない。色白で線が細く、瞳は優しい
それ以前に、千年以上生きている人間など存在しない。
だから、瞬時にエディンは前提条件を現実として受け止めた。
「私は今からずっと昔、この地球に降り立った。理由は……たまたま、さ。私は君たちから見て、宇宙人ということになる」
「なっ、なにを言ってるんじゃ! ええい、オーレリア陛下! そやつの言うことを信用してはなりませぬ! なにを言い出すかと思えば、ハッ、宇宙人じゃと!?」
バルドゥール
だが、周囲のメイドや親衛隊の若者は、ただただ互いを見合わせ言葉を探す。だが、なんと言っていいかわからないままざわめきを
オーレリアは無言で、マーリンに話の先を
「まあ、最後まで聞いてほしい。私は母星を逃れ、巨大な宇宙船で地球へとやってきた。私の星はね、エディン。滅んだんだ。全滅してしまったんだよ」
「それは、どうして」
「君たちと同じさ。戦争をやりすぎて、戦争のための戦争が
マーリンは、たった一人で母星を抜け出た。
宇宙船に、ありとあらゆる生命のデータと、自分たちの文明のあらゆる知識と技術を積んでの出港……二度とは戻らぬ、あてのない漂流にも似た旅立ちだった。
だが、彼は気の遠くなるような旅路の果てに、
「私は宇宙船を隠し、未開の文明に影響を及ぼさぬように行動を開始した。けど、正直に言って君たち人間は酷いものだったよ。明けても暮れても戦争三昧」
「……それで、ある時マーリン、貴方は思った。少しでも平和の手助けができないかと。それがもしかして、今から千年ほど前のブリテンだったのでは?」
「おや、やはりエディン、君は
――円卓の騎士。
騎士王アーサー王とその仲間たちの
ウルスラ王国にも、ブリテンの物語になぞらえた
円卓では上座も下座もなく、ぐるりと仲間が全員
この円卓を提唱したのも、マーリンだった。
彼はしかし、ブリテンに夢の王国を作ることは叶わなかった。
肉親同士の裏切り、そして反乱で物語は幕を閉じる。
「私は絶望したよ。他にも色々やってみたんだけど、どこの国でも私は失敗し続けた。そして、数百年の
「……もしかして、世界各国が探している大量破壊兵器というのは」
「多分、私が乗ってきた宇宙船……アヴァロンだろうね。もっとも、非武装の
「中身はどうですか? 貴方たちの文明が持っている技術……それを手に入れた人間が兵器に転用すれば」
「君たちの
ようやく、全ての真実が白日に晒された。
今から百年前、第二次世界大戦の終結に際して、列強各国はこれを……宇宙船アヴァロンの存在を知り、奪い合ったのだ。
そして、自国以外に渡すくらいならと、新型爆弾で破壊しようとした。
それも、会議に参加した国の全てが、エゴを剥き出しに選択をしたのである。
結果、翠海の周囲に無数のクレーターができて、文字通り千湖の国が生まれた。
だが、マーリンは懐かしげに、そしてバツが悪そうに話を続ける。
「円卓の騎士たちを導くことに、私は失敗した。ワラキア公国でも、モンゴルでも、失敗を繰り返してしまった。私はね、エディン……英雄を生み出し多くの称賛を得たが、友達がずっといなかったんだ」
だが、そんな彼が失意と共にウルスラ王国に戻ってきた、その時だった。
まだ、そこに王国はなかった。
大自然に囲まれた、山間部の湖……そこでマーリンは、一人の若者に出会う。
その少年は、
――この地に、楽土を作ると。
「……もしや、それは」
オーレリアの言葉に、重々しくマーリンは
「そう、オーレリア……君のご先祖様だ。そして、私の初めての友人たちだよ」
ウルスラ王国建国の祖、後の世にウルスラ一世と呼ばれる男である。
彼はマーリンを、軍師として
この土地は、今でこそ農業と観光で潤う小さな独立国家であるが……当時はなにもない、山と山とに挟まれた危険な原生林だったのである。
そこを切り開き、町を作って広げ、青年たちは開拓して国を切り開いた。
仲間たちの同意を得て
「本当はね、オーレリア。私はあの時、翠海からアヴァロンを浮上させ、違う星に行こうと思った。でも、君のご先祖様は優しかったし、私を心からの友達だと言ってくれた」
「……我が
「おや、それは嬉しいな。ふふ、君の強い光を持った
だが、エディンは自分の中で想定していた最悪の結末が近付くのを感じた。
オーレリアは隠し事はしないし、自分もこの国に大量破壊兵器がないのは知っていた。だが、誰かがオーレリアに秘密で所持していたら? 自分の預かり知らぬところに、本当に大量破壊兵器があったとしたら?
それは、国連軍にもシヴァンツにも正当性を与えることになってしまう。
そして、それこそがマーリンの宇宙船、アヴァロンなのだ。
現状での打開策は、考えられないし思いつかない。
そんな時、再びバルドゥール伯爵が声をあげた。
「なんと! 陛下、テレビを! こ、これは……陛下が二人! ああ、影武者ですな!」
突然、放送が電波ジャックされた。
皆が囲むテレビの中に、正装のドレスに着飾ったオーレリアが立っている。夜の中、サーチライトの光が星空を切り裂いていた。
場所は、空母クィーン・オブ・ウルスラの飛行甲板だ。
大きくウルスラ王国の
『この放送をお聴きの皆様、突然の無礼をお許しください。私はウルスラ王国の国家元首、オーレリア・ディナ・ル・ウルスラです』
そう、バルドゥール伯爵の言う通り、影武者である。
シヴァンツの長子、ヨハンはオーレリア以上に女王の貫禄で静かに語る。
『我がウルスラ王国は、国土と民の防衛のための戦闘行動のみを選択し、実行してきました。世界のどこの国へも、自ら進んでの侵略戦争を望んでいません』
他にも、王都の民はほぼ全員がクィーン・オブ・ウルスラに避難できたこと。シヴァンツは
そして……映像を見入っていたバルドゥール伯爵が突然叫んだ。
「誰か! 誰か、ワシに紙とペンを! それと……オーレリア女王陛下」
その先では、オーレリアを演じるヨハンが見事な演説をこなしていた。だが、その映像もブツ切りになって、徐々に途切れてゆく。
それでも、コマ送りのような画面でヨハンは自分の
そのドレスの胸には、大昔のウルスラ王国を守った騎士たちの、その時代の
バルドゥールはメイドが持ってきたペンをひったくるなり、その先を
「陛下、我がウルスラの正装には……ああした古い勲章を持ち出す慣例はありませなんだ。……ただ一つだけ、緊急時の際を除いて」
そして、エディンはオーレリアと顔を見合わせて驚く。
ただただマーリンだけが、これはまた懐かしいねと意味深に笑うだけなのだった。
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