第26話「グラディエイターズ」
古来より戦闘機同士では、相手の
だが、ここに今……
酸素マスクを装着し、エディンは背中に呼びかけつつ愛機を加速させる。
「姉さん、とりあえずデータ、取れるだけ取って」
「あいよー、まっかせーなさい」
「……緊張感、ないね」
「そらそーよ、うちの弟はできる弟だもん。でしょ? エディン」
「そうありたいね、できれば」
軽口を叩く間にも、敵機が背後に回り込んでくる。
出力や機動性はほぼ互角、そしてステルス性能は
これは、
これによる心理効果は計り知れず、防衛戦争に専念するウルスラ王国には最適な機体と言えた。
『……っ、るか……聴こえるかっ! ウルスラ王国のパイロット!』
また、通信だ。
敵機から、パイロットが呼びかけてくる。
だが、背後に迫る影を引き連れながら、無言でエディンは
雲を引く
それは、負けてはいけないということ……イコール、
『クッ、応答しろっ! この間の
「って、言ってるけど、いいの? エディン」
機銃が掃射された。
エディンの操縦を追うように、死を
コンマ一秒前の自分を殺され続ける中で、エディンはさらに高度を下げた。
下は森で、既に高度100mを切っている。
さらに、地を
空中からは、地表スレスレの高速移動物体というのは狙いにくいものだ。そして、高度にコンピューター制御された"カリバーン"ならば、失速することなく超低空を馳せる。
粘り強さのある
『クソッ、今度はダンマリかよ! こっちにミサイルがないからって、へへ……上等だぁ!』
「なんか言ってあげたら? ……どっかで聴いたことある声なんだけど、うーん……思い出せないわ! きっと、いい男じゃなかったのね」
姉のエリシュは、驚異的な記憶力と情報処理能力を持っている。
その彼女が思い出せないというのは、少し気にかかる。
「思い出せるようなら、思い出しといて、姉さん」
「ほいほい」
「もう、いいかな……ちょうどいい場所がある」
空母クィーン・オブ・ウルスラからは引き離すことができた。
――
ようするに、"ハバキリ"のパイロットは大局が見えていない。
本来、優先順位の高い破壊目標は、どう考えても空母だ。それを沈めに来たのかと思いきや、固定武装の火器しか使ってこない。大型の対艦ミサイル等が必要なのに、装備してこなかったのだ。
急いで上がってきたと推測するが、それでもエディンを追ってくる理由がわからない。
エディンは
合理と論理で最善手を模索する彼は、
「――ッ! エディン! 後方から飛翔体! 数は2!」
「ミサイル?」
「熱源がないのよ、なんか変! あと、やばい! 女の
「数は、2……まさか」
そのまさかだった。
機体を立てて急上昇、同時に反転して変形。
コクピットが機兵形態で縦にスライドする中、ばらけた手足が磁力で人の姿に結びつく。シールドブースターを左腕にマウントし、そこから
両刃のナイトソードが、太陽の光を反射して輝く。
そして、飛んできた物体にエディンは目を見張った。
「刀? そうか、パイロンに装備していた左右の刀……
道理で熱源反応がない筈である。
そして、確実にこちらを追ってきている。
それは、機動戦闘機のサイズに
だが、あちらにコパイロットがいるようには思えなかった。
だとすれば、これだけの情報処理と制御をどうやって?
今は考えることを放棄して、反射と反復でエディンは身構えた。
『切り刻んでやるぜっ! この"ハバキリ"を、そこいらの機動戦闘機と思うなよッ!』
「……そこらじゅうにあったら、たまったものじゃないね。機動戦闘機はウルスラ王国の優位性を
『おっ、やっと俺の言葉に返事をしたなあ! あの時以来だ、ブッ潰す!』
「姉さん、二振りの刀を見てて。こっちにマーカーを回して……目視で見切って避ける」
空中で、二振りの日本刀が鞘走る。
ヒュン、と高速回転を始めた刃が、必殺の
複雑な軌道を描く上に、不規則に飛ぶ。
瞬時にエディンは、回避を
意を決して、最初の刃を剣で
次に、
『避けれねぇよなあ! でも、刃ばっか見てんじゃねえぞ!』
「エディン、鞘! 鞘も動いてる!」
即座に推力をカット、重力へと身を投げ出す。
先程、剣を発射した鞘自体もまた、別の動きで空中を舞っていた。
小口径ながら、鞘に仕込まれた機銃から鉛の
三次元軌道で交わる火線と火線の中、エディンは大地へと着地寸前でホバリング、そのまま機体をフル加速でバックさせる。
正直、
『そうだ、地面の上なら……下からの攻撃はねえ! けどなあ! 逃げ場は奪った! 俺のっ、勝ちだあああああっ!』
空中で変形した"ハバキリ"が、飛んで戻る
射撃武器ならいざしらず、剣と剣とでは上を取る方が優位だ。
だが、地面で少しでも死角を消さなければ、二振りの剣と鞘とで四方向からの攻撃をさばく
『オラオラァ! 下がるだけかぁ?』
「クッ……森へ降りる。刀身が持つか……姉さん」
「はいはい、命はとっくに預けてるわよ。秘策、あんでしょ?」
まあね、と返して森へと沈む。
木々を縫うようにして、"カリバーン"は両脚で大地に立った。
そして、周囲の木々へと斬撃を繰り出す。
巨人にも等しい機動戦闘機では、森はさながら木々が針の山のようだ。その間に挟まったままでは、まともな格闘戦などできない。
そう、相手も思うだろう。
『おいおい、俺はここだぜっ! 大振り過ぎる攻撃で暴れて、自然破壊かよ!』
「鞘はまだ上、か。けど、空には姉さんが」
「そ、あたしが目を光らせてるわよ!」
姉と弟だからこその、コンビネーション。回避運動の操作系ナーヴを、一部エディンはエリシュに
それでも、上から一撃離脱で斬りかかってくる"ハバキリ"から逃げつつ、木を斬る。
どうやらエディンの真意は、相手には気取られていないようだ。
やがて、黒き巨人となって"ハバキリ"も着地した。
その頃には、やや
『へへ、馬鹿が……やりやすくしてくれやがる! そこでぇ、斬られて! 死ねぇ!』
「ああ、やりやすくしたさ。……今だね」
バイザーで覆われた"カリバーン"の双眸に光が走る。
ここに来て初めて、エディンは前に出た。盾をかざしてその影に機体を加速させる。もう片方の手に握った剣が、
金切り声を歌って、刃と刃が
エリシュがモニターしてくれていて、相手も斬磁場刀だとわかった。
その瞬間にはもう、決着はついていた。
『なにっ……オイッ! クソッ、やっとのガチバトルだ、これから殺し合いなんだよ! それを、なんだこりゃあ!』
エディンは
エディンは敵の二刀一刃を盾で受け止めつつ、フルブースト。
フルパワーで押し込んだ……切られて倒れた木々の山へ。
『ガッ! 手前ぇ! 俺を地面に立たせた……おびき出されたのか?』
「それがわかれば大したものさ。それと……そこ、倒れるよ。それじゃあ」
乱雑に積み重なった丸太に脚を取られて、"ハバキリ"がよろめいた。そのまま背後に倒れそうになれば、背のスラスターが光を放つ。
だが、暴れて剣を振り回す中、エディンが切込みを入れていた木々が衝撃で倒れる。
その瞬間にはもう、瞬時にジャンプし
再び天空へと抜け出て、エディンはようやく長い息を吐き出した。
その頃にはもう、クィーン・オブ・ウルスラは危険空域を抜け、次の山を超え始めていたのだった。
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