第50話 パパは優しい声で

電話口からは女の子の泣き声が聞こえてくる。

パパは優しい声でどこかの女の子に何かを言い聞かせるように宥めていた。


「しょうがないな。美緒、出かけるぞ」


「ええ? どこに? 外は真っ暗だよ」


「家に居ても真っ暗だろ。それとも独りで留守番するか?」


「絶対に嫌! 真っ暗の中で独りぼっちなんて考えたくも無いもん!」



パパの車に乗って真っ暗になった石垣の市内を走る。

赤色回転灯をつけた警察車両とすれ違った。

しばらく走ると3階建てのアパートの前に立っている2人の女の子の姿が車のライトに照らし出された。


「あれ? ユーカさんとミポさんじゃないの?」


アパートの前に居たのは俯いている美穂里さんと美穂里さんに寄り添う由梨香さんだった。


「すみません、チーフ。こんな時間にミポが呼び出したりして」


「パパが電話してたのってミポさんだったんだ」


「えっ? ミポが呼び出したんだと思ってた。美緒ちゃんそれじゃ……」


「電話をしたのはパパだよ。もう1人暗いのが大嫌いな奴が居るって」


車を降りるなりユーカさんが頭を深々と下げてきて驚いてしまった。

暗いのが大嫌いってミポさんだったんだ。


「でも、助かりました。私がココに買い物に行ってる時に停電になって慌てて帰ってきたんです。そうしたらチーフが来てくれるって、ミポが」


「どうしてパパはミポさんに電話をしたの?」


「何となくだよ、ユーカが居れば平気だし、居なければこうして来るだけだ」


「本当に優しいんだ、パパって」


「美緒だって雷や暗闇が大嫌いだろ」


「だって、小さい時に1人で留守番してたから……」


「美穂里の場合も似たようなもんだよ」


私と似たようなものって何だろうって思ったけれど、パパが態々出向いて行くくらいだから何か理由があるんだと思うけれど人には言えない事もあるんだって知っているから何も聞けなかったの。


「それで、チーフ。これからどうするんですか? ミポはもう落ち着いていますし」


「そうだな、夜の島でも楽しみに行くか? 停電じゃないと楽しめない事もあるからな」


パパがそう言ってユーカさんとミポさんを車の後ろに乗せて車をだした。



市内は月明かりも無く全くの暗闇で時折すれ違う車のライトが凄く眩しく感じた。

車はバンナ公園の方に向かって走っていき峠を越えて元名蔵に向っている。

また海にでも行くのかなと思っていたら精糖工場を過ぎた当りで細い道に入って行った。


「パパ、なんだか怖いんだけど。この先に何かあるの?」


「いや、何も無いぞ」


「何も無いって……」


パパは私の声なんてお構いなしに細い道を進んでいく、段々道が悪くなっていく舗装はされているけれど所々舗装が剥げて穴が開いているように見える。

周りは民家なんて一軒も無くなって収穫が終わった田んぼか何かが広がっている。

開いている窓からは蛙と鳥の鳴き声だけが不気味に聞こえている、そして車がやっとすれ違える位の橋を超えた先でパパが車を止めた。

周りは凄く開けているけれど真っ暗でよく見えない、パパが車から一番に降りて後ろからいつも海で使っているサマーベッドを2つ取り出して車の前の方に広げて置いた。


「さぁ、お嬢様方。どうぞこちらへ」


パパに促されて私が恐々と車から降りるとシートを倒してユーカさんとミポさんが手を繋いで降りてきた。

周りを見渡すと本当に何も無い、電柱すらなかった。

そして右手の山の方でオレンジ色の光りが不気味に見えた。


「パパ、あのオレンジの光りは何? UFO?」


「UFO? 違うよ美緒。あれは国立天文台のVERA石垣島観測所の電波望遠鏡だよ。停電でも非常用電源があるんだろ」


「ベラ観測所?」


「そう、岩手県の水沢局・鹿児島の入来局・小笠原の父島の小笠原局とここ石垣島にある口径20メートルのパラボラアンテナで4つの局のアンテナを組み合わせる事で直径2300kmの望遠鏡と同じ性能を発揮する事が出来るんだ。それを使って銀河系の3次元地図を作るプロジェクトがVERAだよ」


「ふうん、そうなんだ」


「そして銀河を横から見たのが、美緒の頭の上にある天の川だよ」


「ええ!」


パパに言われて慌てて宇宙そらを見上げて思わず息を呑んだ。

満天の星空なんて非じゃない位の生まれて始めて見た星の数だった。

ユーカさんとミポさんは私より早く気付いて宇宙を見上げていた。


「上ばっかり見ていたら首が疲れるだろ。サマーベッドで横になって見たらどうかな」


「うん!」


いつの間に用意したのか洋服が汚れないようにサマーベッドの上には大きなビーチタオルが掛けられている。

ユーカさんとミポさんが一緒に横になって私は一人で横になると、パパは道路に直に座って私が横になっているサマーベッドに寄りかかった。


「凄い、まるでプラネタリウムみたい」


「あれが白鳥座のデネブそして鷲座のアルタイルと琴座のベガで夏の大三角は有名だから知っているだろ」


「うん、でも始めてみた……」


パパがペンライトの様なもので星を指しながら教えてくれた。


「丁度、旧暦の七夕だからな。織り姫と彦星は出会えたのかな」


「パパってもしかしてロマンチストなの?」


「そう言えばチーフは七夕には必ず笹を取ってきて短冊を飾りますよね」


「好きなんだよ星が、真冬でも時間があれば見に来るぞ。オリオン座に昴やシリウスが見れるからな。それに夜は暗いだけじゃ無いだろ、月が出ていれば色々な表情を見せてくれるし月が出ていない時は星達が光り輝いている。まぁ天気次第だけどな」


それからはパパが少しずつ色々な星座の説明をしてくれた。

本当にパパは夜も楽しむ事を知っていると思った。その反面、星を見に来る時はいつも独りなんだろうかなんて事が頭に浮かんでは消えた。


カシオペアに北極星、そして北斗七星・ペガサスに蠍座でしょ、ヤギ・水瓶座に射手座。

それからそれから乙女座のスピカ。

スピカは連星なんだってお家に帰たら『宙ノ名前』でもう一度調べてみよう。

また、パパに石垣島の楽しみを教えてもらっちゃった。

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