第41話 雨が降らなくって・その2
パパがどんどん歩いて行っちゃって付いていくのが大変だった。
やっと舞台の反対側まできて止まってくれたの、すると携帯で誰かに電話をし始めたの。
「おい、テル。今どこら辺に居るんだ?」
「テルさん?」
すると、会場の真ん中よりすこし舞台寄りの場所で、黒っぽい甚平を来た男の人が大きく手を振りながら飛び跳ねているのが見えた。
「チーフ……歩くの速いよ、やっと追いついた。ミポは大丈夫?」
「無理かも、喉が渇いて気持ち悪い」
「大丈夫? ミポさん。もう、パパたら。浴衣で歩くの大変なんだからね」
「俺に文句を言うのなら野神に言え。テルが待ちくたびれてるから行くぞ」
ゆっくりと歩いている様に見えるんだけど大股で歩くから付いていくのがやっとだったけど、大きな背中を見つめながら歩くのは嫌じゃなかった。
テルさんが立っている場所に着くと青いシートが広げられていて、そこからは舞台が良く見える所だった。
「ウヒョ! 美緒ちゃんの浴衣姿は超・可愛いすね」
「もう、恥ずかしいよ。テルさん大声で叫ばないでよ」
波照間の大声で周りの視線が集まり美緒がちっこい体をさらに小さくした。
「くぅ! その恥じらいがまた堪らないす。チーフに感謝感激すよ」
「えっ、テルテルなんでチーフに感謝感激なのよ?」
ユーカさんが不服そうな顔をしながらテルさんに声を掛けた。
「仕事中に言われたんだよ。美緒の浴衣姿が見たいなら、終わったら先に上がっていいから一番良い場所をとっておけ。必ずブルーシートを2重にして場所取りをしておけよって」
「もしかして、それで速攻で片付けもしないで帰ったんだ」
「良いだろ別に、チーフ命令なんだから。それに一等地でライブが観られるんだぞ、文句言われる筋合いは無いもんね」
しばらくすると舞台で琉球國祭り太鼓八重山支部の演舞が始まり。
テルさんが皆の飲み物を買って来てくれた、もちろんお金はパパが出してくれたんだけど。
「美緒ちゃんはサンピン茶で良いかな?」
「うん、ありがとう。テルさん」
「お願いだから、もう1回言ってくれる?」
「ありがとう、テルさん」
「テル、いい加減にしないとチーフに怒られるよ」
「怒られないよ、チーフ公認だから」
「はぁ?」
ユーカさんが驚いた顔をしてパパの顔を見ている。
「でも、パシリじゃん」
「ミポ、美緒ちゃんの浴衣姿が見れただけで俺はパシリでもなんでもする!」
ミポさんは呆れた顔をしてビールを少しずつ飲んでいる。
「パパ、野崎さんは?」
「そのうち見つけて合流するだろ。つまみでも適当に買ってくるから」
パパがそう言って立ち上がるとテルさんが自分から動き出した。
「俺が買って来ます。適当にで良いんですよね」
「悪いな、頼んだぞ。それじゃこれで」
パパがお金を出すとお金を掴んだと思ったらもの凄い勢いでテルさんが走り出し、黒地に龍が描かれている甚平が人ごみに突入して行った。
「気をつけていけよ」
パパの声なんか聞こえてないと思う……
少しするとテルさんが戻って来た、手には2つの白いビニールの手提げ袋と反対の手には野崎さんの手を掴みながら。
「チーフ、落としモノを拾って来たんすけど」
「そんな役立たずはその辺に捨てておけ」
「なんで、岡谷はテルに準備させてるって言わないの? 酷くない?」
「行き当たりばったりで何とかなるなんて俺は考えないんでな」
「本当に腹黒なんだから」
「用意周到って言ってくれ、美緒を餌にした罰だ」
「悔しいけど、もう良いわ! 今日は騒ぐわよ!」
「「「イェー!!」」」
ユーカさんにテルさん、それにミポさんまで片手を突き上げて叫んでいた。
野崎さんの知り合いやパパの友達が飲み物や食べ物をいっぱい差し入れしてくれて。
彩風さんのライブが始まり、そして池田卓さんのライブになって取りはBENIさんのスペシャルライブで最高潮に盛り上がり膝立ちで皆ノリまくっている。
野崎さんは酔っ払って立ち上がって踊り出す始末だった。
でも、パパは何も言わずに皆を嬉しそうに優しい目でビールを片手に見ていている。
ライブが終わって司会が最後のトークをしている頃。
パパの後に付いて綺麗な赤瓦の市立図書館の少し先から港の方に向かい、コンテナが沢山積み上げられている間を抜けて突堤の先に来ていた。
そこからは離島ターミナルが良く見えて風が吹き抜けて気持ちが良い。
「マジで、雨が降らなくて良かったすね」
テルさんが空を見上げて釣られて空を見ると星がいっぱい出ていた。
「ミポ、気持ち良いね。酔って火照った顔に風が当たる」
「うん、こんな場所。始めてだね、ユーカ」
「しかし、岡谷は穴場に詳しいな」
パパは無言で突堤のアルミの柵に腕をついて夜の海を見ている。
三者三様色んな事を言っていると会場からカウントダウンが風に乗って聞こえてきた。
「3……2……1……ゼロ!」
風切り音が聞こえたかと思った瞬間。
頭の真上で大輪の打ち上げ花火の花びらが広がりズドンとお腹に炸裂音が響いた。
「ひやぁ! 怖いよ」
思わずパパにしがみ付いちゃった。
「花火だよ、花火」
夜空を見上げると内地の花火大会ほど華やかじゃないけれど、頭の真上で大きく広がる大輪の打ち上げ花火は迫力満点だった。
「凄い! 綺麗!」
とても幻想的な世界に見えた、穏やかな海面にも花火が写り込んでいる。
短い時間だったけれど東京に居たら絶対に見れない打ち上げ花火だと思うし、今まで見てきたどの花火大会より輝いて見えた。
でも、そんな花火より気になる事が一つだけあった。
パパを見ると楽しそうにしている様に見える。
パパの瞳はいつもとても優しい。
けれど時折、打ち上げ花火に照らされて浮かび上がるパパの顔にはどことなく深い淋しさが宿っているのを感じてしまった。
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