第42話 もうすぐ誕生日・1

「はぁ~ どうしようかなぁ」

「どうしたの? 美緒ちゃん。溜息なんてついて口に合わなかった?」

「違うの! 瑞穂さんのパスタは凄く美味しいよ」

私は慌てて首を大きく振った。

少し考え事をしていて知らない間にひとり言を言ってたみたい。

今晩はご飯を作る元気が無くって『マッドティーパーティー』に1人でパスタを食べに来ていたの。


「何か悩み事があるのなら、お姉さんが聞いちゃおうかなぁ。お姉さんと言うよりおばさんか、岡谷と同い年だもんね」

「そうなんだ、でも瑞穂さんも凄く若く見えますよ」

「お世辞なんか言っても何も出ないぞ。デザートをつけちゃおう!」

「うふふ、デザートが出てきちゃった。あのね、瑞穂さん」

「なあに」

瑞穂さんが私の顔を覗き込んだ。

「もう直ぐ誕生日なの私。でね週末に誕生日パーティーをお家でしようと思うんだけど、最近パパが忙しくって」

「話し出しづらい?」

「そうじゃなくって、パパに頼むと無理しそうだから」

「心配なんだ、岡谷の事が」

「う、うん」

「よし! ここはお姉さんが一肌脱ごう。人数は何人ぐらいなの?」

腕まくりをして瑞穂さんが優しく微笑みかけてくれた。

「美緒を入れて4人かな」

私が指折り数えていると、瑞穂さんがパンと手を叩いた。

「決定! うちでパーティーをしよう!」

「ええ、良いの?」

「もちろん、貸切には出来ないけれど簡単なお料理なら作ってあげる」

「本当に? やった!」

思わずフォークを持ったまま飛び跳ねちゃった。

だって凄く、凄く嬉しかったんだもん。


という訳で夏休み前の週末の日曜日に『マッドティーパーティー』で美緒の誕生日パーティーが開かれる事になったんだ。

あまり遅くなると友達の親が心配するからって瑞穂さんがいつもより早くお店を開けてくれたの。

もちろん、美緒もたくさんお手伝いしたんだから。

「こんばんわ、ココだよね」

お店のドアが開いて大親友の泉美が顔をだした。

「泉美! いらっしゃい」

「凄い、なんか大人って感じで緊張しちゃったよ。ほら、皆も入ろう」

泉美に呼ばれて眼鏡っ子の菜月なつきとちょっと大人びた朋美ともみがお店に入ってきた。

「本当だ、美緒の言うとおり凄く可愛いお店だね」

「そうでしょ、美緒のお気に入りのお店だもん。紹介するね。パパのお友達でこのお店のオーナーの瑞穂さん」

「よろしくね」

瑞穂さんが優しい笑顔で挨拶をしてくれた。

「私は玉城泉美たましろいずみです」

Tシャツにフリルのスカートを穿いた泉美がトップバッターで挨拶をした。

「あの、砂川菜月すながわなつきです」

「もう、なっちゃんは何を緊張してるの?」

「ええ、だって……」

可愛らしいデニムの半パンのコンビネゾンにピンクのTシャツを着てメガネを掛けたなっちゃんが照れていた。

「私は仲里朋美なかざとともみです」

最後に大人っぽい白のチュニックにスリムのジーンズを穿いた朋ちゃんが挨拶をしてくれた。

「でも、高そうなお店だな」

店の中を見渡していた朋ちゃんがポツリと呟いた

「そんな事は無いと思うよ、朋ちゃん。でも、お金払った事無いや」

「「「ええ!」」」

3人が驚いて顔を見合わせていた。

「ち、違うの。パパがちゃんと後から払ってくれてるの。ね、瑞穂さん」

「そうね、ちゃんと貰ってるわよ。さぁ、座って座って」

「「「はーい」」」


テーブルの上には美味しそうな料理がいっぱい並べられているんだ。

生ハムを使ったサラダに豚肉の香草焼きでしょ、それにミーバイって言う沖縄の魚のカルパッチョにもちろんパスタも。

トマトのパスタとカルボナーラの2種類も瑞穂さんが作ってくれたんだ。

「じゃーん、バースデーケーキだよ」

4人が椅子に座ると瑞穂さんが楕円形の大きなお皿に乗ったケーキをテーブルの真ん中に置いてくれた。

「うわぁ! 凄いケーキが2つもあるよ、美緒」

泉美が大きな声を上げて、なっちゃんは目を白黒させている。

朋ちゃんはじっくりとケーキを観察していた。

1つのケーキは苺のスライスが綺麗に周りに貼り付けられているケーキで、もう片方のケーキはフルーツがいっぱいデコレーションされた生クリームのケーキにお誕生日おめでとうのプレートが乗っかっていた。

「それじゃ、ローソクを15本立てて始めようか」

「うん」

瑞穂さんが細長いローソクを2つのケーキに刺して火をつけてくれた。

「Happy Birthday to you,Happy Birthday to you♪」

「Happy Birthday,dear 美緒ちゃん! Happy Birthday to you♪」

皆が歌をうたってくれて私が願いを込めてロウソクの火を吹き消しすと拍手をしてくれた。

「ありがとう! 凄く嬉しいなぁ。瑞穂さん、こんな凄いケーキ作ってくれて感謝感激だよ」

「それは岡谷に言わないとね」

「ええ? このケーキってパパが作ったの?」

これには流石に朋ちゃんもびっくりしていた。

泉美となっちゃんの2人は気絶してるのって言うくらい驚いて氷みたいに固まっていた。

「岡谷のケーキは美味しいからね。絶品だと思うよ」

「信じられない、パパがケーキまで作れるなんて」

「あれ? 聞いてないの? 岡谷は東京でケーキ屋で働いていた事があるくらいケーキを作るのが好きなんだよ」

「それは聞いたことがあるけれど、こんなケーキを作れるなんて……そう言えば秋香さん達が」

「美緒、お腹ペコペコだよ。早く食べようよ」

「「賛成!」」

美味しそうなご馳走を目の前にした泉美が我慢できなくなってフォークを手に持っている、朋ちゃんとなっちゃんも泉美に負けじとフォークを握り締めていた。

私の話なんて耳に入ってないみたいだった。

「「「「いただきまーす」」」」

声を合わせて手を合わせる。

そして、皆が一番先に手を出したのは……ケーキだった。

「うふふ、やっぱりそうなるか」

「えっ?」

瑞穂さんが楽しそうに笑いながらフンフンと頷いていた。

「前に、シャンパンパーティーをした時に岡谷がケーキを差し入れしてくれたの、その時に集まった全員が真っ先にケーキに手を出した事があるの」

「うわ、同じだ」

「切り分けようか?」

瑞穂さんがそう言ってくれたけれどテーブルを見ると、時既に遅しで3人が思い思いにフォークで掬って口に運んでいた。

「ん! プリンだ!」

口の周りに生クリームを付けて、普段は大人しいなっちゃんが珍しく声を上た。

「プリン?」

「そう、このケーキの中ってプリンなの。凄く美味しいよ」

朋ちゃんと泉美が一斉に生クリームケーキを頬張った。

「ん! ん~ん」

「ん? んん!」

2人の顔が蕩けそうになっている。

苺のケーキは甘さ控えめで苺の香りとヨーグルトの酸味が絶妙なバランスで、生クリームの方は大きなプリン・ア・ラ・モードのスペシャルバージョンだった。

それに瑞穂さんの料理はいつ食べても美味しくって4人とも至福の時に包まれて、気がつくと動くのが苦しいくらいお腹がパンパンになっていた。

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