第51話 優し過ぎるんだよ、そんなに優しいと

星空を満喫して帰りの車の中は笑顔が絶えなかったの、ミポさんも私も少しだけ夜が怖くなくなっていたの。

石垣島なら天気さえ良ければ月明かりか星の明かりが見えるってパパが教えてくれたから。

バンナ公園の入り口に近づくと街に明かりが戻っていたの。


「やった! 停電が直ってる」

「当たり前だ、台風じゃあるまいし何時間も停電してたら大変な事になるだろう」

「それじゃ、台風の時って……」

「そうだな、酷い時は2~3日って時があるかな」

「うわぁ、大変そう」

「でも、毎年台風はやってくるものだからな。来なければ来ないで海は綺麗にならないし雨が降らないと困るんだぞ」

「う、うう。それは困るけど微妙だな」


そんな事をパパと話しているとユーカさんが後ろからおねだりするみたいに話しかけてきたの。


「カラオケに行きたくない? ミポ」

「えっ、そうだね。最近は行ってないもんね」

「…………」


パパは何も答えず前を向いて運転していたの。


「ねぇ、美緒ちゃん。チーフの歌を聞いてみたくない?」

「ええ、パパのカラオケ? 聞いてみたい!」


思わずユーカさんに乗せられて叫んじゃった。

パパが答えなかったのは多分あんまりパパがカラオケ好きじゃないからだと思ったんだもん。


「チーフ……」

「あのな、連れて行って欲しいのならはっきり言えよ。割り勘だからな」

「「「やったー!」」」



オリオンビールフェスタが行われた新栄公園と美崎町の間にある駐車場に車を停めて、ユーカさんが速攻で車の中から予約を入れたカラオケボックスに向ったの。

時間は遅かったんだけど夏休みと言うことでパパが渋々OKを出してくれたんだよ。

カラオケボックスに着くと直ぐに部屋に案内されて、ドリンクを注文したんだ。

もちろん未成年の私が居るからソフトドリンクオンリーなんだけどね。

ユーカさんが手際よく歌本やドリンクを皆に配ってくれるの、なんだか行った事は無いんだけれど夜のお仕事をしている人みたいだった。


「流石だな、ユーカは」

「えへへ、今でも時々友達のお店を手伝ってるからね」

「ええ! そ、それって夜のお仕事なの?」

「うん、時給も良いしね」

「凄い、大人なんだ」

「ただで酒も飲めるしな」

「えへへ、それが狙いだったりして。冗談はそのくらいにして歌おうよ、時間が勿体無いからね」

「うん」


どこまでが冗談なんだか判らなかったけれど聞き流すことにしたの今が楽しいからね、楽しまないと。

トップバッターはユーカさんだった、一青窈のハナミズキを凄くしっとりと上手に歌っているの。

あんまり上手で驚いちゃった、そしてミポさんには更に驚かされちゃった。

だって『残酷な天使のテーゼ』だよ、普段は大人しくって静かなミポさんからは想像できなかったんだもん。


「うわぁ、ユーカさんもミポさんも凄く上手いんだ。驚いちゃった」

「石垣じゃ遊ぶ所が少ないからね。内地みたいに遊園地や動物園がある訳じゃないしね。遊ぶ所と言えば海か飲みに行くか、お酒が飲めない歳ならカラオケぐらいしかないからね」

「そうか、石垣ってそう言う場所だよね。改めて言われると」


私は浜崎あゆみの歌を歌ったの東京に居る時にも時々はカラオケに行っていたけれど、お小遣いで行くからそんなに何回も行った事はなかったの。


「うわぁ、美緒ちゃんはやっぱり可愛らしいね」

「うん、そうだね。それに歌上手いじゃんね」

「ええ、そんな事ないよ。あんまりカラオケに行かないから」


ユーカさんとミポさんに言われて照れちゃった。

それからは皆で歌いまくったんだよ。

パパも少しだけど歌を聞かせてくれたの最初はチャゲ&飛鳥の『太陽と埃の中で』だったかな。

上手いって言うほどじゃないけれど普通よりは上だったかな、ユーカさんとミポさんはべた褒めだったけどね。

パパもその辺は判っているんだと思う。


ユーカさんはスローなナンバーをしっとりと、ミポさんは結構アップテンポのアニソンが多いのかな。

パパは……なんだか少し悲しい恋の歌が多かったの。


「ほら、チーフも元気が出る歌にしましょうよ」

「あのな、ユーカ。人には向き不向きがあるんだぞ」

「そうだ、ミポ。あれあれ、練習してた『放課後ティータイム』は」

「まだ無理だよ。練習中だもん」


ま、まだなんだ。凄いなミポさんは一度だけどんな歌か聞かせてもらったけれどアップテンポなんて曲じゃなかったんだもん。


「それじゃ、チーフと」

「ふざけるな、舌を噛むわ!」

「ふふふ、パパって面白いんだ」

「でも、チーフと……」


ミポさんが何かを言いかけて止めるとパパが少し考えてからミポさんに話しかけた。


「仕方が無いな、美穂里。けいおんの1stの『Don't say lazy』ならなんとか」


パパが言い終わらないうちにユーカさんがリモコンを早打ちして入力していた。

凄いの一言だった……

パパの歌声は普段の声よりも少しだけキーが高くって、またそれがミポさんの声と凄く合っていてノリノリだったんだよ。

歌い終わった後のパパはへタレ込んでいたけどね。

それからも皆で色んな歌を歌ったの、かなり時間が過ぎていてそろそろ終わりにしようってパパが言うとユーカさんが最後に一曲ずつって。


「それじゃ、早く曲を入れちゃえよ」

「チーフがトリですからね」

「はいはい」


皆で順番に歌って最後はパパだったの、〆の曲は福山さんの『桜坂』だったんだけど……

パパが歌っているのを聞いていると何故かアルバムの最後の写真が頭に浮かんできたの。


ママがサングラスをしていてその横でパパがママの頭に手を置いている写真が。

あれは別れの写真だと思う、パパはママが東京に帰って自然消滅って言ってたもん。

そして『桜坂』は別れた恋人を想い続ける歌……

それじゃ、パパもママの事を……

優し過ぎるんだよ、そんなに優しいと……涙が零れそうになった。


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