第52話 やっぱり、パパは優しい

パパに石垣島の色んな事を教えてもらって、凄く興味が湧いて来たの。

それでネットを使って色々な石垣島の事を調べているんだ。

もちろん、夏休みの課題もちゃんと終わらせたよ。

だって東京の学校の課題に比べたら簡単で少ないくらいなんだもん。

でね、沖縄では旧盆にエイサーや石垣島ではアンガマーって言うものが行われるを知ったの。

見てみたいけれどパパは夏休みは忙しそうだし、休みの度に私をどこかに連れて行ってくれるの。


この間はママも行った事がある黒島で遊んできたんだよ、凄く楽しかった。

島は殆どが牧場で家なんか殆ど建ってなくて、仲本海岸でシュノーケルしたけどどこの海より澄んでいて綺麗だった。

西の浜は凄く綺麗な砂浜が続いていて、伊古桟橋は昔使っていた桟橋で今は所々崩れているけれどそこから見る海も格別だったの。

それに黒島灯台は恋が成就する灯台なんだって、パパに理由を聞いたんだけれど知らないって言われちゃった。

何でも島がハートの形をしているからハートアイランドって名付けて黒島をアピールし始めた頃にそんな事を言い始めたんじゃないかって言ってたよ。


そして、ママとの思い出の浜なのかな。

美緒が持ってきたママの写真と同じ場所は今はもう無くなっていたの。

大きな防波堤が出来ていてパパが凄く寂しそうな顔をしていたけれど、変ってしまうのも仕方が無い事だって言ってた。

島の人の生活を守るのが防波堤だからって、なんだか私まで切なくなっちゃった。

パパに言われたこと『言いたい事があるのならはっきり言え』だからパパにお願いしてみようかな。

エイサーやアンガマがどうしても見てみたいんだもん。


「パパ、お盆て忙しい?」

「忙しいぞ、書き入れ時だからな」

「それじゃ、旧盆は?」

「夏休みだからな」

「うう、忙しいんだ」

「あのな、何が言いたいんだ?」

「あう、あのね。アンガマとかエイサーが見たいなって思っただけなんだけど」

「野崎が最近何か企んでいると思ったら、もうそんな時期なんだな。先手を打ってやる」


そう言うとパパがどこかに電話をし始めたの、パパは凄く丁寧な口調で相手の人がどこかの偉い人なんだろうなって思ったの。

一体どこの誰に電話してるんだろう。


「それじゃ、ウンケーの日の7時に登野城の金城さんの家に行けば良いんですね。ありがとうございます」

「パパ、どこに電話をしていたの?」

「うん? 夏実の親代わりの大森の叔母さんの所だよ」

「ええ、夏実さんの叔母さんに何で?」

「大森は石垣でも結構有名な家だからな、アンガマを家の中で見せてもらえる所を手配してもらったんだ」

「私の為に?」

「大森の叔母さんも喜んでいたぞ。俺から電話して頼み事をしてくれた事を」

「何でなの?」

「叔母さん達も気にかけてくれているんだよ。夏実と別れた後でもな」

「そうなんだ」

「美緒が気にする事じゃないだろ。人と人との繋がりは大切にしないとな」

「うん!」


旧盆は、22・23・24の日程で行われて石垣島ではソーロンって言うんだって。

22日はウンケーって言って先祖の霊をお迎えする日で23日が中日になっていて、24日はウークイって言って玄関や門の所にお供えを置いてウチカビ(紙銭)と言う黄色いあの世のお金を焼いて先祖の霊を来年も来てくださいって送り出すんだってパパが教えてくれたの。

でね、22日のウンケーの日はちょうど日曜日でパパと一緒に登野城の町内を歩きながら少し早めにお家をでて歩いて頼んであったアンガマを見せてくれるお家に向ったの。

しばらく歩いているとお囃子みたいな音が近づいてくるのが判ったから、少し小走りで音の方に向うと不思議な集団が歩いていた。

先頭には黒っぽい着物とグレーの着物を着た変った木彫りのお面を被っている2人が葉っぱの団扇みたいのを持って歩いてくる。

その後ろには白地の浴衣を着て三線や太鼓を鳴らしながら歩いているんだけど、頭には山形の花笠みたいのを被って手ぬぐいで顔を見えないようにして真っ黒なサングラスをかけているの。


「パパ、あれがアンガマなの?」

「そうだよ、先頭にいるステテコ姿のがウシュマイ・お爺でお面が少し丸みがあるほうがンミー・お婆だぞ。手に持っているのはクバの葉の扇子だな」

「それじゃ、後ろにいっぱい居る不思議な格好の人たちは?」

「あれは花子と言ってウシュマイとンミーの子孫だよ、男でも女でもないらしいぞ」

「ふうん、そうなんだ。なんだかお盆って言うからもっと落ち着いた感じなのかなと思ったらお祭りみたいだね」


内地のお盆は凄くしめやかなものだった。

私が知っているのは婆ちゃんと爺ちゃんがしていたことしか知らないのだけど、お供えをあげて茄子やキュウリでお馬さんを作って確か精霊馬しょうりょううまって言ってたっけ。

それと夏祭りのメインイベントの盆踊りは華やかで大好きだった。

パパに連れられて紹介してもらった金城さんのお家にやってきた、凄く大きな赤瓦の昔ながらの立派なお屋敷だったんだ。


「こんばんわ。始めまして大森さんに紹介してもらった岡谷ですけど。宜しくお願い致します」

「あい、大森さんとこの紹介の人ね。入って入って、じきに始まるサーネ」

「それじゃ、失礼します」


とても優しそうな人で安心しちゃった。

お座敷の隅に座らせてもらって待っていると、さっきの不思議な集団ご一行が現れたの。

するとウシュマイとンミーがお仏壇の前で手を合わせて裏声で何かを言っていたの。


「パパ、あれは何をやっているの?」

「ウートートーだよ、拝んでいるんだよ。先祖供養が一番大切な事だからね」

「何で裏声なの?」

「裏声しか発してはいけない決まりになっているんだ」

「ふうん、そうなんだ」


それから花子と呼ばれる男でも女でもない子孫達の踊りがあって、ウシュマイとンミーの踊りや唄が続いたの。

でも、全部方言で何を言っているのか良く判らないけれど凄く楽しそうだった。


「あれは、念仏踊りで無病息災や子孫繁栄そして豊作を祈って先祖の霊に奉納しているんだ。花子達はこの世の者ではないので顔を判らない様に仮装しているんだよ」

「へぇ、不思議だけど何だか面白くて楽しくってワクワクするね」


そんな事を話していると花子の1人が確かにパパを見つけて手を振っているのが判った、するとパパも笑顔で手を小さく振り返していた。


「パパ、誰だか判るの?」

「美緒には顔が見えるのか?」

「見えないよ」

「それじゃ、俺だって一緒だよ。皆、登野城青年会の連中だからたぶん昔から知っている人だと思うぞ」

「思うぞって、いい加減だな」

「顔は見えないけれど大体の見当はついているんだよ。昔の行きつけの飲み屋のマスターの娘さんだと思う。今は結婚して子どもも居るけれど青年会で頑張っているんだよ。確か旦那さんと知り合ったのも青年会のはずだから旦那さんもどこかに居るはずだな」

「そうだったんだ。パパって以外に知り合いが多いんだね」

「まぁ、20年近く石垣島に住んでいるからな」


ウシュマイとンミーを見るとストローを使って上手にビールや泡盛を飲んでいた。

本当にお面をつけたままで過ごすんだ。

一通り踊りや唄が終わるとウシュマイとンミーが円座になっている真ん中に立って何かを見物人達と話し始めた。


「パパ、今度は何が始まったの?」

「あの世とこの世の珍問答だよ、面白いぞ」


方言でしかも裏声で話しているから意味は良く判らないのだけど凄く面白かった。

すると、ウシュマイと目があった気がした瞬間、何かを言われた。


「ハンマヨ! デージ チュラサンが居るさー」

「えっ? 私?」

「ほら、美緒。何か聞いてご覧」


急にパパに言われても咄嗟に浮かんでこなかった。

ウシュマイもンミーも周りの人も優しい目をして私が質問をするのを待ってくれた。


「あの、お爺さんとお婆さんはどこから来たんですか?」

「アマァ~クマァ~ グシュー。あぬ世!」


ウシュマイとンミーがあっちこっちを指を差しながら最後に上を指差すと皆がクスクス笑っている。

多分、私がナイチャーだから方言が判らないと思っているんだと思う。


「それじゃ、何で来たんですか?」

「アイエナー! JTAさーね!」


思わず噴出してお腹を抱えて笑ってしまった。

すると爆笑の渦に包み込まれた。

すると花子達が立ち上がりウシュマイとンミーが従えながらお屋敷を後にして次のお家に移動してしまった。

アンガマを見せてもらった金城さんにお礼をしてお屋敷を出ると1時間がとうに過ぎて8時を回っていたの。


「それじゃ、美崎町にエイサーでも見に行こうか」

「えっ、エイサーも見れるの?」

「運が良ければね」


パパの後について美崎町に向う。

美崎町は夏実さんの弟さんのお店『瑚南』があるところだった。

パパは夏休みになっても『瑚南』の仕事の手伝いをしていたけど今日はお休みをもらったみたい。

旧盆は観光客はそこそこ来るけれど地元の人は殆ど来ないらしいの、お盆で親戚回りをしたりで飲みに出ることは少ないんだって。

『瑚南』の尚さんとパパが何かを話していた、多分エイサーをする時間を聞いてくれているんだと思うんだ。


「それじゃ、行こうか」

「うん」


美崎町は石垣で唯一の繁華街で飲み屋さんや居酒屋さんがいっぱいの夜の街なんだ、昼間は閑散としているんだけど夏休みとあって人が結構歩いているの。

中には少し酔っ払っている人も居て少しだけ怖かったけど、パパが不意に手を差し出してくれたの。


「やっぱり、パパは優しいんだ」

「普通の事だろ親子なんだから」

「うん!」


パパに親子って言ってもらえるのが凄く嬉しかった、そしてちゃんと美緒の事を見ていてくれて凄く安心出来るの。

少しだけ美崎町を歩いていると独特の衣装を着けた人たちが歩いているの、頭に紫の布を巻いて赤い縁取りの黒い衣装に脚には裾が乱れないようにする布が巻かれていて小さな太鼓と大きな太鼓を持った人達だったの。


「パパ、あれがエイサーの衣装なの?」

「そうだな、色はそれぞれ団体によって違うけどな。頭にサージを巻いて襦袢に打ち掛け、ズボンに脚絆にリストバンドが基本かな」

「へぇ、頭に巻いている布ってサージって言うんだ。それじゃあの小さな太鼓はなんて言うの?」

「パーランクーだよ。片面張りの太鼓で乾いた小気味の良い音がするんだ」


そんな事をパパと話していると一軒のお店の前でエイサー隊が立ち止まって、綺麗に2列に整列をして代表の人がお店の人と何かを話してから合図を出すと音楽が流れ始めたの。

すると一斉にエイサー隊が静かに頭を下げて一糸乱れずパーランクーや大太鼓を掛け声と共に舞いながら叩き始めた。

指笛が鳴り響き掛け声があがって凄く格好が良いの。

勇壮って言う言葉がぴったりかもしれない。

曲にあわせてクルクル回ったりしゃがんで太鼓を打ち鳴らしたり、撥捌きなんかがバシって決まるとそれは綺麗で……

パパの手を離して一緒になって手拍子をして踊りの真似をしている自分に気がついたの。

少しだけ恥ずかしかったけれどパパも周りの人も全然気にしていなかった。

凄く沖縄の音楽が体に心地よかった、こんな感覚も生まれて初めてだった。

豊年祭の時もそうだったし今日もそうだったの、沖縄の音楽を聞いていると何でか判らないけれど凄くワクワクするんだ。

このままずっとパパと一緒に居たい、本当にパパの子になれたら良いななんて思っちゃった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る