第59話 嵐の過ぎ去った後
台風が通り過ぎて、週末に久しぶりにパパと海に来ていた。
空も海も凄く澄んで綺麗だったんだ。
「パパ、なんだか海の中が凄く綺麗だったね」
「台風のお陰かな」
「ええ、なんで台風のお陰なの?」
「台風が少ない年は表層の海水の温度が高温になり珊瑚の白化現象が顕著に現れるんだ」
「珊瑚の白化現象?」
「そう、珊瑚が白くなって長引くと死んでしまうんだ高温の為に。台風が通過する事で海が荒れ表層の温かくなった海水と深層の冷たい海水を混ぜてくれる、その事により表層の海水温が高温になるのを防いでいるんだよ」
「それじゃ、台風が来ないと困るんだ」
「そうだな、台風は時に甚大な被害をもたらすから来ない方が良いと言う人がいる。でも、台風は自然のバランスを保つ為に必要不可欠なものなんだよ。それに珊瑚が死んでしまうのには他の原因が大きいのだけどね」
それを聞いて私は改めて自然の大切さをパパから教わったの。
開発による赤土の流失が珊瑚を殺している事や地球温暖化の問題。
それに石垣島では下水が殆ど整備されていないので生活排水は海に流れ込んでいる事。
そしてここ数年で開発が進み裏の方や北部でも沢山の住宅が建ち海が汚れてきている事。
それは20年間住み続けているパパだから感じる事が出来るんだと思う。
「島の人やナイチャーに観光客。全ての人が少しでも自然の大切さを考えれば島はいつまでも綺麗であり続けるのにな」
パパの言葉が凄く重くって心をしめつけた。
「私にも出来るかなぁ?」
「出来るさ、簡単だよ。ゴミを持ち帰る、それだけで島のビーチは綺麗になる。まぁ漂着ゴミは仕方が無いとしてもだ」
「一人一人なんだね」
「そうだ、もうひと潜りしようか?」
「うん!」
今日はパパの仕事姿を見に来ているの。
それは私の一言から始まった事なんだけど……
色んな事が駆け抜けた後で、私は1つだけ気になる事が出来たの。
それは、パパの仕事を見た事が無い事。ルイさんが知っていて私が知らない事。
どうしても見てみたくって久しぶりに海に来た夜にパパに思い切って言ってみたの。
「パパ、パパがお仕事している所を見てみたいんだけど」
「来れば良いじゃないか」
「へぇ?」
覚悟を決めて思い切って聞いたのに美緒は何を変な事を言っているんだみたいな、不思議そうな顔をして答えたんだよ。
「行って良いの?」
「何を訳の判らない事を言っているんだ? 来れば良いだろ」
「だって邪魔じゃない?」
「今度、飯でも食べに来たら良いだろ。友達でも誘って」
「う、うん」
返事はしたもののどうしたら良いのか戸惑ってしまった。
瑞穂さんトコの『マッドティーパーティー』に遊びに行くのとは違うんだよ『ニライ・カナイ』はカフェ&レストランで……
そんな事を考えているて顔を上げると目の前にパパの顔があった。
「うわぁ!」
「そんなに驚く事は無いだろ。難しそうな顔をしてるからじっくり見てやろうと」
「パパの馬鹿! 美緒はまだ中学生なんだよ、レストランなんかに行けるわけ無いじゃんか」
そこでパパが何かに気付いたみたいな顔をしたの。でね。
「そうだな、それじゃ美緒の友達3人に予定を聞いてくれ。週末に予約を入れておいてやるから食事しに来なさい」
「え、判った」
泉美と朋ちゃんになっちゃんに次の日に聞いてみたら、しばらく固まった後で大喜びしてたの。
それで、週末の日曜日の6時にパパが予約を入れてくれてタクシーで『ニライ・カナイ』に向ったの。
もちろんタクシー代もパパ持ちだよ。
「この格好変じゃないかな」
「大丈夫だよ、パパは畏まらないで普段着で来なさいって言ってたもん」
泉美が着慣れないワンピースを指で抓んで少し困った様な顔をしている。
「イズは気にしすぎだよ」
「朋は良いよね、普段からオシャレだもんね」
「普段着だよ、これが」
朋ちゃんの言うとおり私のバースディーパーティーの時と同じ様な服装を朋ちゃんはしているの。
「ナツはどうしたの?」
「なっちゃんは既に乙女の世界みたい」
眼鏡っ子のなっちゃんもあまり見たことの無いワンピース姿で、外の景色をぼんやりと眺めてる。
私の格好はいつもの501にTシャツを着て……
内緒でパパのシャツを借りてきちゃった。だって少し小さいからってあまり着ないんだよ。
半袖のシャツで葉っぱがいっぱいプリントされていて凄く可愛いの色も派手でなく薄い黄緑や黄色で良い感じなのに、可哀想でしょ。
『ニライ・カナイ』の入り口で深呼吸をしてレッツゴー!
「いらっしゃいませ、ご予約の大羽様ですね。こちらへどうぞ」
「は、はい」
野崎さんが変な言い方かも知れないけれど真面目な笑顔で席まで案内してくれたの。
なんだか凄く緊張しちゃった。
案内された窓際の席に着くと直ぐにミポさんがお水を持って来てくれて、その後にユーカさんが飲み物のオーダーを取りに来たんだけど……
「いらっしゃいませ、お料理の方は承っております。お飲み物の方はいかがなさいましょう?」
「ゆ、ユーカさん、今日はどうしたの? なんだか緊張しちゃうよ」
「うふふ、あのね。チーフがいつも通りに応対しなさいって、中学生でも大人でも関係なくお客様なのだからって。それに美緒ちゃんはいつも通りの仕事中のチーフが見たいんでしょ」
「うん!」
ユーカさんに言われて改めて気付いたの。
パパは私を中学生の美緒としてではなく1人の美緒として見てくれている事に。
そして普段から美緒の年齢を意識していないから私が中学生なんだって言った時に気付いたんだと思う。
「今日のお料理はイタリアンの簡単なコースになっていて、アンティパスト、プリモ・ピアット、セコンド・ピアット、ドルチェになってて」
「メイン料理は何になっているの?」
「今日はコンビネーションプラだから」
「コンビネーションプラ?」
「コンビネーションプレートの略でお肉とお魚みたいに2種類の料理が楽しめるんだよ」
聞きなれない言葉と緊張で何を頼んで良いのか判らずに、飲み物も頼まずに4人とも静かになってしまった。
私自信もどうやってこの緊張を解いて良いのか判らずに押し黙ってしまったの。
「いらっしゃいませ、ご気分はいかがかな?」
「ぱ、パパ!」
声を掛けられて顔を上げると優しいいつもの笑顔でパパが立ってたの。
でね、赤いジュースを持って来てくれたんだよ。
「今日は美緒がホストなんだぞ、ホストがそんなに緊張してどうするんだ?」
「ホスト?」
「泉美ちゃんに菜月ちゃんと朋美ちゃんを招待したんだろ、彼女達は招待されたゲストで美緒が招待したホストだよ。ジュースでも飲んでいつもの美緒に戻りなさい」
そう言われて、少し背の高い足つきのグラスに入っている赤いジュースに口をつけたの。
「美味しい、これオレンジジュースだ」
「これってブラッドオレンジですか?」
「朋美ちゃんは凄いね。正解だよ、ストレート果汁100パーセントの有機ブラッドオレンジのジュースだよ」
「うわぁ、凄い。濃縮還元じゃないんですね」
「うちはできるだけフレッシュな物をお客様に提供したいからね。料理をお出ししてよろしいかな?」
「うん、じゃない。はい、お願いします」
パパが美緒の頭をクシュって撫でてからキッチンに向って何かを合図しているの。
すると直ぐにテルさんがチンって呼び鈴をならすとそれにあわせてユーカさんやミポさんが動き出すんだよ。
「本当に美味しいね、美緒」
「そうそう、初めて飲んだよ。こんな美味しいジュース」
「美緒のパパって凄いね、このジュースだけで皆の緊張を解いちゃったね」
知らない間に皆が笑顔になっていた。
パパは相変わらずレストランの中をゆっくりだけど的確に動いている。
そして料理を運んで来てくれたの。
「アンティパスト、前菜になります。本日は島タコのカルパチョになります」
前菜もその後のパスタも凄く美味しいの。
判りやすく簡単な説明もしてくれるんだよ、プリモ・ピアットは第一のお皿って言う意味でフランス料理で言うとスープになるんだって。
メインのセコンド・ピアットはイベリコ豚のステーキと軟骨ソーキのカツレツ風でね有機野菜を使ったサラダも一緒に出てきて凄く美味しそうなんだよ。
「ん! 美味しい。このカツレツのソース」
「本当だ」
さすが朋ちゃんは大人な感じだった。
なっちゃんは相変わらず殆ど喋らずに乙女の世界まい進中だった。
パパに何のソースか聞いたらバルサミコって言うイタリアのお酢を使ったソースなんだって、カツレツなのにサッパリ食べられて軟骨ソーキが凄く柔らかいの。
前菜もパスタもメイン料理もそんなに多く感じないのに凄く満足感があるの。
店内の黒板には本日のお勧めが書いてあるんだけど沖縄の食材が沢山使われていて、基本はイタリアンなんだけど沖縄料理もあるんだよ、少しイタリアンにアレンジされているけど。
食後のドルチェは4人とも違う物が運ばれてきたんだ。
ティラミスにパンナコッタやカタラーナ、それにズッパ・インクレーゼ。ティラミスは定番中の定番だよね、パンナコッタも知らない人はいないと思うな。
カタラーナはクリームブリュレの原型と言われてて見た目はクリームブリュレなんだけどプリンのアイスって感じで、凄く美味しいんだよ。
ズッパインクレーゼはスポンジにたっぷりのシロップがしみこんでてふわふわのメレンゲやカスタードクリームがたっぷり使われたケーキなの。
なんだか料理に夢中になっているみたいだけどちゃんとパパの仕事ぷりも見てるんだよ。
見てると言うか見せられているって感じかな、私達のテーブルには必ずパパが料理を運んで来てくれるし。
私達が食べている時はキッチンに入ってテルさんのヘルプをしているのが見えるの。
少ししたらレストランの中が落ち着いてきて、デザートを食べているとパパがユーカさんに呼ばれているの。
なんだかカクテルの注文に入ったみたい。
パパは色んなお酒が置いてあるワゴンの所に行ってカクテルを作り始めたの。
私が気付くと泉美もなっちゃんも朋ちゃんもパパの姿に釘付けになってるんだよ。
スタンドカラーの真っ白なシャツに黒いズボンに黒いサロンを巻いて、髪の毛を後ろに綺麗に流して少し緊張した顔つきで。
パパがシェーカーにお酒を手際よく注いでから氷を入れてからシェーカーを振りだしたの。
キン、キン、キン、キンって凄く澄んだ金属音に近い音がして、シェーカーとグラスをトレーに乗せてお客の席に行きグラスに綺麗なカクテルを注いでるの。
「格好良い!」
「ふわぁ~!」
「素敵!」
泉美・なっちゃん・朋ちゃんまで声を上げて乙女の顔になってるんだよ。
実は私も見蕩れちゃったんだけど、だってあんな真面目で格好良いパパを見たことなかったんだもん。
それにカクテルを頼んだ女のお客さんもカクテルじゃなくてパパの顔を見てるんだよ。
「美緒のパパって凄いね」
「そうそう、出来る男って感じかな」
「王子さまみたい……」
「そうかな、いつもはだらしないからなぁ」
「ああ、美緒。照れてるでしょ」
「そ、そんな事ないよ」
実は泉美に言われたことが図星だったの、なんだか嬉しい様な恥ずかしい様な感じがしたんだもん。
パパが褒められると私まで褒められている気がして。
「ルイさんが本気になる訳だ」
「うう、それは言わないで」
「そうだよね、嵐の過ぎ去った後だもんね 」
「うん!」
台風が海や空を綺麗にしてくれるように、心の嵐が過ぎた後には綺麗な気持ちがいっぱいなんだもん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます