第58話 本物の嵐が

 なんだか変なの、石垣島の天気もそうなんだけど。

 一難さってまた一難どころじゃなくて……

 晴れてるのになんだかいつもと空の感じが違うって言うか、どう表現したら良いのか判らないんだけど。

 そう、妙に空気に透明感があって太陽の光りが眩しいのって言ったら変だよね。

 空気に色なんか無いんだし太陽の光りが眩しいのは当たり前の事だもんねでも、そんな感じなの。

 夏なのに秋の空が混じってる感じなのかなぁ。

 そして、パパの様子も……

 落ち着かないって言うかピリピリしているって言うか、美緒に対してはいつも通りに接してくれるんだけどさ。

 パパに直接聞いても『何がだ?』って顔されちゃった。

 美緒を見縊ってもらちゃ困るよ、これでも東京に居る時は行動派だったんだから色々と。



 美緒が初めて石垣島に来て『ニライ・カナイ』に行った時間に行けばミポさんもユーカさんもテルさんも居るはずだよね、野崎さんは別として。

 そんな訳で、自転車で『ニライ・カナイ』に来ちゃった。


「うわぁ、の、野崎さん」

「美緒ちゃん、私の顔を見てそんなに驚く事無いんじゃない? 酷くない?」

「ちょっと、驚いただけですよ。お久しぶりです、野崎さん」

「いらっしゃい、遊びに来たの?」

「はい!」


 自動ドアの前でお店の中を覗いてたら野崎さんに見つかっちゃったの。

 野崎さんには見つからないようにしたかったのに、だってまたパパと子どもみたいな喧嘩するでしょ。

 そんな事を考えてると案の定、野崎さんは……


「岡谷! 愛しい愛しい美緒ちゃんが会いに来てくれたぞ」

「バーカ、毎日顔を合せてるんだ。美緒は由梨香と美穂里に会いにきたんだよ。本当に野崎は馬鹿だなそんな事も判らないのか」

「くっう! 馬鹿馬鹿言うな。馬鹿言う方が馬鹿なんだ」

「本当に馬鹿だな、ガキじゃあるまいし」


 野崎さんが地団駄を踏んでいるとユーカさんとミポさんが笑顔で手招きしてくれた。


「美緒ちゃん、いらっしゃい」

「えへへ、久しぶり」

「西表島に一緒に行って以来だよね」

「うん」


 そんな事を話しているとテルさんがキッチンから顔を出したの。


「うひょ! 愛しき美緒ちゃんだ。俺に会いに来てくれたんだ」

「バーカ、テルはあっちと一緒だな」


 ユーカさんが指差す方を見るとパパと野崎さんが未だに馬鹿を連呼していた。


「良いんだ、良いんだ。どうせ俺なんか馬鹿だし愚図だし……」

「テルさん? どうしたの?」

「ああ、良いの良いの。美緒ちゃん、馬鹿は放って置くのが一番なんだから」

「あのね、美緒ちゃん。この前、ルイさんが来てたでしょ。でね、テルが舞い上がちゃって必死になってルイさんに話しかけるんだけど全然相手にされなくって落ち込んでるの」


 うな垂れながら窓際のソファーにトボトボとテルさんが歩いていくと、ミポさんがテルさんが落ち込んでいる理由を教えてくれたの。


「そうなんだ、でもルイさんは本気みたいだったよパパの事、諦めないからって言ってたもん」

「ま・じ・ですか……なんでチーフばっかり……」


 テルさんが燃え尽きた瞬間だった。

 でも今日はルイさんの事を聞きに来たんじゃないんだもん。

 テルさんには悪いけど今は放置しておくね。


「あのね、今日はパパの事を聞きに来たの。最近パパに変った事無い?」

「チーフに変った事? ミポはなにか気付いた?」

「そう言えば時々外を気にしてる時があるよね」

「そう言われればそうかも」

「やっぱり、周りを気にしているのか」

「どうしたの?」

「うん、普段どおりに見えるんだけど落ち着きが無いって言うか、とにかくなんか変なの」

「台風が近づいて来てるからじゃないの?」

「ええ、子どもじゃあるまいし台風が近づいて来ただけでワクワクする大人が居るわけ無いじゃん」

「「居るじゃん!」」


 ユーカさんとミポさんがパパを指差した。

 そしてソファーで倒れ込むように死んでいるテルさんまでがパパを指差していた。



「岡谷! またお前にお客さんだ。今日は千客万来だな」


 すると野崎さんの少し荒い声が聞こえた。

 皆の視線が声の方に集まる、そこには一見したら観光客にしか見えないのだけど何処と無く怪しげなキャップを目深にかぶった男の人が立っていた。

 携帯で電話をしていたパパがレストランの一番奥の隅の席に案内して座り込んだ。

 朋ちゃんに怒られるかもしれないけれど、その場に居た全員の耳がダンボになって息を潜めたの。


「あんたか、俺達の周りをコソコソ嗅ぎ回っていたのは」

「実はこんなモノがあるんですが」


 美緒達が居る場所からじゃ良く見えないけれど写真の様なモノを男の人がパパの前に出したの。


「こんな物を、どうしろと」

「大人の対応をしましょうよ。お金で話が付くのなら安いもんでしょ」

「で、いくらで買えと?」

「判った、今直ぐに準備させるから」


 男の人が掌を開いてパパの前に突き出すと直ぐにパパはどこかに電話をし始めたの、男は帽子の陰から見える爬虫類みたいな目で警戒しながら周りを見渡していたの。

 しばらくするとお店の前に一台の乗用車が止まって数人の男の人が降りてきたの。

 野崎さんに案内されなが店に入ってくると、パパと話していた男の人の顔色が変り慌ててパパの前にある写真の様な物を持って逃げ出そうとしたの。


「動くな!」


 野崎さんに案内されてた男の人が声を上げた瞬間、パパが写真の様な物を取り上げると逃げ出そうとした男が躓いたように転んだの。

 でね、取り押さえられてつれて行かれちゃったの。


「終わった!」

「終わったね」


 一番初めに声を上げたのはユーカさんとミポさんだった。


「おーい、テル。いつまで死んだ振りしてるんだ。賄いの時間だぞ」

「うぃす!」


 パパに声を掛けられたテルさんがソファーから飛び起きてキッチンに入って行って、パパと野崎さんを見るとハイタッチを交わしてるんだよ。

 私だけが意味が判らなくて……

 賄いをご馳走になりながら皆が説明してくれたの。

 ルイさんが石垣島に来てロケ中も誰かに見られているような気がしてて、ロケが終わってパパと出会ってからそれが確信に変ってパパが知り合いの刑事さんに相談してたんだって。

 少し調べてもらったら中々尻尾を出さない強請り・集りを専門にしている人だったらしいの。

 それで、警察の方と連絡を取り合って犯人を誘き出して予定通り今日の現行犯逮捕になったんだって。


「そんな、じゃぁ何でパパはあんなに落ち着かなかったの?」

「決まってるじゃん、美緒ちゃんが心配だったの。ルイさんが帰ってからもチーフの周りを犯人がウロウロしてたみたいだから」

「もう、ユーカさんてば教えてくれれば良いのに」

「チーフがそんな事許すと思う? ね、ミポ」

「うん、絶対に許さないよね。美緒ちゃんを不安にさせるだけだもんね」

「それじゃ、今日は全部お芝居だったの?」

「私の『千客万来』が合言葉だったの。美緒ちゃんがお店に来たのは想定外だったけれど。由梨香と美穂里が事務所に一番近い席に誘導して、岡谷は犯人が逃げるのに時間がかかる一番奥に連れて行き警察を呼ぶ」

「で、俺が何かあった時のサポート役だったんだ」

「もう、野崎さんとテルさんまで。本当に心臓が口から飛び出すくらい驚いたんだから」

「仕方が無いだろ、美緒が店に来るなんて思っても見なかったんだから」

「だって、パパの様子が変だったから心配で」

「本当に岡谷は美緒ちゃんが絡んでくると形無しだな」

「あのな、冷静で居られる方がおかしいだろうが」

「まぁ、それもそうか。愛しい愛しい美緒ちゃんだもんな」

「そう言う事にしておけば丸く収まるんだろ」


 だからパパはルイさんが帰った日あんなに疲れた顔をしてたんだ。

 そんな事も知らずにルイさんとパパにやきもきしてた自分が少し恥ずかしくなっちゃた。

 まだまだ私が子どもなんだって事だよね、それに比べパパとルイさんは大人で凄いと思うよ堂々とデートしちゃうんだもん。

 それに『ニライ・カナイ』の皆のチームワークの良さに一番驚かされたかもしれない。

 本当に信頼し合わないとあんな事できないもんね。




 変な天気はパパに聞いたら台風の所為だって教えてくれたの。

 台風が来る前はこんな天気になる事が多いんだって。

 夕焼けがやけに赤くなったりトンボがたくさん飛び交ったり。

 沖縄の周りには3つの台風が発生しててそのうちの1つが発達しながら先島諸島に近づいてきてるんだってパパが教えてくれたの。


「先島諸島ってどこの事なの?」

「美緒には聞きなれない言葉かな。沖縄本島より南の宮古島から八重山までを先島って呼ばれているんだよ」

「へぇ、そうなんだ。じゃ、南西諸島は?」

「厳密には種子島と屋久島から八重山までかな、でも沖縄本島から八重山までを言う事の方が多いかもな」


 台風が接近するにつれて天気が悪くなって来たの、雨が降ったり止んだりしながら風が段々強くなってきて泉美が教えてくれた通りだった。

 それでね、学校は暴風雨警報が出ると休校になるの。

 授業中でも警報が出たら学校は終わりなんだって。

 地域によって学校独自で決められてるんだってパパが教えてくれたんだよ。

 今回は午後に警報が発令されて学校が早く終わったの。

 パパが迎えに来てくれたんだよ『ニライ・カナイ』は昨日の内に台風対策したんだって、飛ばされそうな物は全部店内に入れてガラス窓にはネットを張って飛んできたものでガラスが割れないようにするんだって。

 でね、少し遠回りしてパパとお店に見回りに行っちゃった。


「殆どのお店が閉まってるんだね」

「そうだな、早めにスーパーに行かないと物が無くなるな」

「ええ、品切れになっちゃうの?」

「当たり前だろ、在庫には限りがあるんだし商品は入荷しないんだぞ」

「あっそうか、船で運ばれて来るんだ」


 離島故の定めだよってパパは言ってた、八重山の中心の石垣島でさえこれなんだから他の離島はもっと大変なんだろうな。

 小さな船で運ぶんだもんね、台風が通過しても波が高くって小さな船が出られなければ何日も食料すら入って来ないんだよ。

 それと、不思議な物を見つけたの閉まっているお店のシャッターを鉄の柱で押えてシャッターが飛ばされない様にしているの。


「美緒は気付かなかったのか? お店の前に浅い四角い穴が開いてるのに」

「ああ、知ってる。何度も躓いて転びそうになったんだよ、何でこんな所に四角い穴なんてあるんだろうって思ってた」

「台風対策の為だよ、沖縄は台風銀座と呼ばれるくらい台風の通り道だからな」


 台風対策って言えば台風が近づくにつれて島中がなんだか賑やかになるんだよね。

 金槌で釘を打つ音があちらこちらから聞こえて、屋根にブルーシートを張っている人とか雨戸を調べている人とかが居てなんだかお祭りの前みたいなんだよね。

 お店の見回りをしてから帰り道のスーパーに寄ったら凄い人なの、パパが言ってたみたいに物が無くなるのが判る気がした。

 観光客みたいな人達も居るんだけど直ぐに地元の人じゃないのが判るんだ。

 だって顔つきが違うんだもん、観光客は強張った顔つきで必死に買い物してるのに島の人は楽しそうにこれからピクニックに行くみたいに買い物してるんだよ。

 経験の違いなんだろうね、毎年嫌でも台風が来るんだから。

 パパも有り得ないくらい沢山買い物をするんだよ、備えあれば憂い無しなんだって。




 夕方になるともの凄い風と雨になってきて、マンションの窓からみると石垣の街が霞んで見えるくらいなの。

 パパに凄いねって言ったらまだまだこれからだよって余裕で言われちゃった。

 そうだよねパパは石垣島に20年間も居るんだもんね。

 パパの部屋はよっぽどの事が無いと風がまともに当たらないから平気なんだって。

 Tの字に近い構造のマンションで横の棒と縦の棒が交わってる所に部屋があるからなんだって。

 それでも少しだけ怖いな風の音は凄いし、時々電気がチカチカしていつ停電になってもおかしく無いと思うもん。

 そんな中でもパパは定期的にパソコンで台風情報を逐一チェックしているの。

 美緒にもちゃんと判るように教えてくれるんだよ。


「今回の台風は島の西側を通過するから風が今以上に強くなるぞ」

「どうして?」

「風の向きと進行方向が一致するからだよ」

「あっ、判った。風の速さに移動の速さが加わるからだ」

「そうだ。ここに高気圧が在るからこの高気圧にそって台風は移動するんだ」

「それじゃ、高気圧の張り出し方で変ってくるの?」

「そうだよ、今回は迷走しないけど移動のスピードが遅いから抜けるまでに時間がかかるだろうな」


 パパの説明は凄く判りやすかったのパソコンの画面を見ながら教えてくれて、パパが居なくても次からは大体の状況は判る事が出来そうなんだもん。

 外が暗くなってきてパパが時計を見てそろそろ限界かなって、携帯を取り出したの多分だけどユーカさんとミポさんに連絡を取ってるんだと思う。


「美緒、ユーカ達を迎えに行くけどお前はどうする?」

「行く! 停電になって独りは嫌だもん」

「そうだったな」

「ああ、笑ったでしょ。子どもだって思ってるんでしょ」

「あのな、美緒は俺の子どもだろうが」

「うん!」


 えへへ、パパに言われて一番嬉しい事を言われちゃった。

 意気揚々とユーカさんとミポさんを迎えに行くのについて行くって言ったのは良いけど、マンションの玄関を出た瞬間に後悔しちゃった。

 部屋に居ると判らなかったけれど外はもの凄い事になってたの。

 電線が唸りを上げてて、雨は横殴りなんて物じゃなくって。

 道路沿いの駐車場に置いてあるぱぱの車の所までに行くのが大変なんだから。

 何とか階段を下りて駐車場に行こうとするんだけど、中庭みたいな駐車場と道路の間がちょうどトンネルみたいになっててそこをもの凄い風が吹き抜けてるの。

 風は絶えず強く吹いてるわけじゃなくて不規則なリズムで強弱があって弱くなったと思って飛び出したら。

 突然、強い風が吹いてきて体ごと飛ばされそうになったの、そんな私をパパが小脇に抱えるようにして助手席のドアを開けて放り込むんだよ。


「うひゃ、凄いなこりゃ」

「もう、パパってば私は猫じゃないんだよ」

「飛んで行きたいか?」

「ぶぅ~ それは嫌だけど」


 そんな事を言ってる間にもパパのミニパジェは風で大揺れしてるの。


「大丈夫なのパパ?」

「大丈夫だよ。何度もこの車で台風を経験しているんだから」


 そう言ってパパはいつも通りに車を出したの。

 信じられないでしょ車を運転している時も普段と変んないんだよ。

 パパには怖い物が無いのかなぁ……

 走る車の窓の外ではいろんな物が吹き飛ばされて、街路樹も所々折れて道路を塞いでいるの。

 パパの顔を見ると……

 うわぁ、目がキラキラしてる……

 もしかしてワクワクしているの?


「パパ。もしかして凄く楽しくってワクワクしてる?」

「おう!」


 満面の笑顔でサムズアップして答えてくれたけど、私は腰が抜けそうだった。

 だって目の前に台風が来ただけでワクワクしてる子どもの様な大人がここに居るんだよ。

 ユーカさんやミポさんとテルさんが言う事は本当だった、信じられないけど認めざるを得ないよ。


 そんな事を考えているとユーカさんとミポさんのアパートが見えてきて、車を停めるといきなりパパが私を抱っこするように膝の上に引っ張り上げたの。


「パパ! 何をするの?」

「暴れるな、あいつらが車に乗れないだろうが」


 すると、アパートの影からユーカさんとミポさんが車に走り込んできたの、ドアを開けてシートを倒して後ろの席に転がり込むように。

 そっか、こうしないと私が邪魔で乗れないんだ、私が外に……無理……。

 パパのミニパジェは3ドアだったんだって思ったけど恥ずかしいし、いきなり抱きかかえるから私は真っ赤になってパパに噛み付いたの。


「美緒は女の子なんだからね! パパの馬鹿!」

「馬鹿なのは今判った事じゃないだろ」

「もう、馬鹿……」


 パパの意地悪、優しい顔で頭を撫でられたら何も言えなくなっちゃうじゃんか。

 パパが私を助手席に座らせるとゆっくり車を出した。


「うふふ、チーフはつぼを心得てるなぁ」

「ユーカさんてば、パパの場合は自然体って言うか天然だよね。だから色々と誤解されたり言い寄られたりするんだよ」


 すると突然、ミポさんが後ろの席から身を乗り出して運転席と助手席の間から頭を突き出した。


「み、ミポ?」

「頭、撫でれ」

「はいはい」


 パパが笑いながらミポさんの頭を優しく撫でると子猫の様に頭を振りながらミポさんは席に戻って安心しきった様な顔をしている。


「うわぁ、ミポだけずるい。私も撫でれ!」

「はいはい」

「あがが……」


 ユーカさんがミポさんと同じ様に頭を出すとパパが大きな掌を広げて、ボールを掴むようにユーカさんの頭を力を込めて掴んだ。

 すると涙目になりながらユーカさんは席に戻って頭を押さえていた。


「うう、またチーフとミポにしか判らないオタ会話なんだから」

「ええ、アニメか何かなの? ユーカさん」

「多分、そうだと思う」


 マンションに戻るとすっかりユーカさんは機嫌を直してパパが買って来たお菓子を美味しそうに食べていた。

 何度も電気が消えそうになったけど停電する事は無かったの。

 パパ曰くこの辺りは滅多な事じゃない限り停電しないんだって、それも20年分の経験なんだろうなぁ。



 パパは独りきりの時も独りで台風や色々な事を経験してきている。

 そして多分だけど他にも辛い事や大変な事があっても独りっきりで乗り越えて来たんだろうなだって、メールのやり取りを時々するぐらいでパパの携帯って殆ど鳴らないんだよ。

 パパは実家にも月に一度か二度電話するだけだって言ってたし。

 その晩は台風の事なんて忘れちゃうくらい楽しくユーカさんとミポさんの3人でお喋りをしたんだ。

 パパは相変わらずネットの人になっていたけどね。


 次の日の朝はもの凄い風の音で目が覚めたの。

 台風の目には入らなかったけれど中心の直ぐ近くが通り過ぎる所だったんだってパパが教えてくれたの。

 窓から見える街は薄暗くってこれが沖縄の台風なんだって思い知らされたの、でもパパはいつもと変らないで凄く落ち着いているのこれも慣れなのかなぁ。

 お昼ご飯をパパが作ってくれて皆で食べているとパパがとんでもない事を言い出したの。


「暇だな、ドライブにでも行くか?」

「はぁ? パパ本気で言ってるの? 本物の嵐が来てるんだよ」

「台風に本物も偽者もあるか台風は台風だよ」


 そんな事をパパは笑いながら言うんだよ。

 台風の暴風雨の中をドライブ……なんて。


 あれ? 

 私が小さかった頃にママに聞いたことがある。

 ちょうど東京に台風が来て停電しちゃって、私がママに抱っこされて泣いている時に……


「凄い風だね、うふふ」

「ママ、何が可笑しいの?」

「昔ね、凄い台風に遭った事があるの。でね、今日みたいに停電になってね」

「怖かった?」

「全然、怖くなかったの。だって一緒に居てくれた人がドライブに行こうって言うんだよ、可笑しいでしょ」

「それでどうしたの?」

「車に乗って真っ暗な台風の中をドライブしたの、凄く面白かったの。隣で目を輝かせ車を運転している人を見たら、この人は台風でも楽しんじゃうんだって。そうしたら何だか台風が凄く楽しい物に思えてね」

「本当に怖くなかった?」

「うん、この人が隣に居ればどんな事も怖くない気がしたんだよ」

「その人はどこにいるの?」

「南の遠い遠い島に居るよ」


 あれはパパの事なんじゃ……

 ママはあの時、凄く優しい瞳だったそれじゃ、ママは……パパの事を?


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