第57話 嵐らもん、大嵐なんらもん

 翌朝は何度もルイさんやパパに呼ばれたけれど寝坊した振りをして。

 時間ギリギリで朝ごはんも食べずにマンションを飛び出した。

 泣き腫らした顔を見られたくなかったんだもん。

 2人に心配を掛けたくなかった、特にパパには何もかも見透かされてしまいそうで怖かったの。

 学校に着くなり自分の机に突っ伏して周りの声は一切無視してシャットダウンした。

 こんな日、本当は学校をサボるのが一番なんだけど担任の金子先生とパパはメールで通じている。

 私がサボったり授業をボイコットすれば直ぐにパパに判ってしまうの。

 真面目に? 放課後になるまで私は殻に閉じこもった。

 今日さえ我慢すれば明日は土曜日だから……

 その夜、元気の無い私を見てパパは心配そうだったけど、テストが近いから学校の勉強が大変なだけってパパに初めて嘘を付いた。


「これから出かけるけど大丈夫なのか? 少し遅くなるかもしれないが」

「大丈夫だよ。ルイさんが待ってるよ、いってらっしゃい」

「何かあれば必ず電話しろよ」


 相変わらず心配性だな美緒の事になるとパパは。

 そんな事を考えると少しだけ気持ちが軽くなるけど、ルイさんがいつもと違う素敵なワンピースを着て髪の毛を綺麗にセットして笑顔で私に向かいサムズアップすると一気に沈み込んだ。

 パパは普段着と変らないけど501に黒いカットソーを着てシャツの変わりに落ち着いた感じのジャケットを着ている。

 2人の格好はこれからデートに向うカップルそのものだった。

 何度も眠ろうと思ったけど出来なかった、こんな気持ちは初めてだった落ち着かないって言うのが一番近いかもしれないけど言いようが無い気持ちなの。

 部屋でベッドの上でゴロゴロしたり、パパの部屋でパソコンを開くけど全然面白くない。

 仕方なく適当にパパの持っているライトノベルを数冊持って部屋で読む事にしたんだけど、同じ所を何度も何度も繰り返し読んでいて前に進んで行かないの。

 溜息をついてベッドに倒れこんじゃった。


「なんでこんなにチム、ワサワサ……」


 玄関が開く音がして私は慌てて起き上がってライトノベルを読んでいる振りをした。

 すると僅かにルイさんの声が聞こえてくる。


「お願い、キスして欲しいな」

「あのな」

「私じゃ駄目なの?」

「しょうがないな……」

「……ありがとう」


 その声を聞いた瞬間に極寒のマイナスの世界に包まれ私は凍りついた。

 すると少しだけ呂律が回っていないルイさんが部屋に入ってきた。


「あれれ? 美緒ちゃんまだ起きてたんだ」

「うん。ルイさん、お酒を飲んでるの?」

「そう、かなり酔っ払い。パパさんに素敵な時間を貰っちゃった。最初に行ったBARは内装が白で統一されていて照明が全て綺麗な青で海底に居るみたいな空間でね。カジュアルなんだけど凄く落ち着けていい感じなの。でね2軒目が凄いんだよ、これぞBARの中のBARって言えば良いかなお酒が壁一面に並んでて大人の遊び場って感じでね」

「でも、ルイさんなら内地でもっとおしゃれな所に飲みに行くんでしょ」

「打ち上げとか付き合いでならね。プライベートではあまり無いかな。忙しいのもあるけど一緒に行く人なんていないもの」

「ええ、本当なの?」

「だからこそ、本気なの。デート楽しかったな、パパさんは凄く大人で素敵で優しくって。凄く聞き上手で嬉しくって嬉しくって色んなお酒飲んじゃった」

「パパとどんな話をしたの?」

「内緒。大人のお喋りだもん、パパさんと2人っきりの。うふふ、それにキスしてもらっ……」


 ルイさんが力尽きてベッドに倒れこんで可愛いらしい寝息を立てている。

 私の心はもう波立っていない、ざわつく風さえも凍り付いてしまう絶対零度の世界で不思議なくらい静かだった。




 翌日は土曜日で学校はお休み。

 パパとルイさんは私を起こしもせずに仕事に行っちゃった。

 お昼ごろに起き出すけど凄い静かで私だけがこの世界に取り残されたみたいだった。

 リビングに座り込んでボーとしていたの。


「ルイさんとパパが恋人同士になったら……私はお役ゴメンだね……東京に帰って……嫌……嫌だよ」


 凍り付いていたモノが一気に解けだした。

 静かな部屋に私の泣き叫ぶ声だけが響き渡っている。

 自分自身の泣き叫ぶ声を聞き更に泣き叫びながら助けを求めて携帯を握り締めた。

 泉美となっちゃんと朋ちゃんの3人が息を切らして来てくれたけど私は泣き叫んだままだった。


「まるで美緒は台風みたいだね」

「たいふう? いじゅみ、意味わかららいよー」

「怒った風が吹いたと思ったら涙の雨が土砂降りで、台風はね強い風と強い雨が交互にやってきて荒れ狂うの」

「嵐らもん、大嵐なんらもん。胸がキュンって締め付けられて、苦しくってどうしようもなくって……私は子どもで……ルイさんは大人の女の人で……」


 なっちゃんは心配そうな顔をして何も言わずに見守ってくれる。

 一方、朋ちゃんは私と泉美のやり取りをしっかりと見てた。


「焼きもち焼いてるの? ルイさんとパパに?」

「やちもち?」

「そう、ルイさんとパパが仲が良いから美緒は焼きもちを焼いてるの。ルイさんにパパを取られちゃいそうだから」


 朋ちゃんに言われて気付いたのこれが焼きもちなんだってルイさんに嫉妬しているんだって。


「らって、キスしてたもん」

「見たの?」

「ううん……」

「馬鹿みたい、見ても無いのに」

「だってキスしてってルイさんがパパに」

「それって聞いただけでしょ。口と口だけががキスなの? 違うでしょ」


 朋ちゃんは大人ぽいんじゃなく本当に大人だった。

 朋ちゃんに諭されると荒れ狂っていた心が静かになっていく。

 泉美となっちゃんも驚いた顔をして朋ちゃんを見ている。


「それにさぁ、本当の子どもかも判らない美緒と何で一緒に暮らしてるの? 彼女を作る気がパパにあるのなら美緒は邪魔なだけじゃない」

「それは……」


 本当の友達だからこそ言える朋ちゃんの問いに私は答えられなかった。

 成り行き? 

 私が強引に押しかけてきたから? 

 でも嫌なら内地に突き返せば良いだけの事じゃないの?

 それじゃ、何でパパは私と暮らしてくれているの? 

 嵐は収まったけれど、今度は謎が深まった。


「その答えはパパに直接聞くしかないかもね」

「そうだね」

「ああ、また大人みたいな事を言っちゃった。いつもママに怒られてるのに『子どもは子どもらしくしなさい』って」


 朋ちゃんの言葉に私やなっちゃんと泉美に笑顔が戻った。


「凄いね朋ちゃんは、大人っぽいんじゃなくて大人なんだね」

「う~ん、ほら、うちってニィニィやネェネェが居るからかな。恋バナとかしていると耳がダンボになっちゃうんだよね」

「うわぁ、耳がダンボなんて今時あまり使わないよ」

「酷いよ、美緒! そんな言い方したら大人じゃなくておばさんみたいじゃん」

「うふふ、おばさんって」

「あああ、ナツまでそんなこと言うんだ」


 珍しく大人しいなっちゃんが朋ちゃんに突っ込んで、そんな2人を泉美が宥めてるの。


「まぁまぁ、美緒の嵐も少し落ち着いたみたいだし」

「台風の目だったりして」

「台風の目ってなぁに? 朋ちゃん。聞いた事はあるんだけど」

「台風の中心にあって、風も雨も殆ど止んで青空が見えたりするんだよ」

「台風の目を過ぎるとどうなるの?」

「風が逆向きに吹いて、もの凄い吹き返しの暴風雨になるんだよ」

「……無理」


 これ以上は耐えられる自信が無かった。

 パパとルイさんが仲良しになるのは良いけれど、それ以上はゴメンけど無理だな。

 私が首を突っ込める事じゃないんだけどさ。

 そんな事を考えているとパパが彼女を作らずに私と暮らしている理由が謎のままだった。

 朋ちゃんはパパに聞くしかないって言うけれど聞ける訳無いじゃんそんな事!


「どっちだろね」

「えっ? 何が?」

「美緒のパパだよ。一生独身でいるつもりか、もしかすると……」

「もしかすると?」

「心に決めた人がいるかだよね。一度結婚して嫌になってしまったか忘れられない人がいるとか。謎が謎を呼ぶ」

「ああ、朋ちゃん。面白がって言っているでしょ」


 でも、朋ちゃんの言っている通りだと思う。

 パパには聞けないけど一番知りたいことかも知れない。

 夕方まで3人は私の側に居てくれたの、私がいつも通りになると遅くなるといけないからって。



 1人になって冷静に考えても答えなんか見つかるはずも無く。

 パパ達が帰ってくる時間になっていた。


「そろそろ、帰ってくるなぁ。パパとルイさん。はぁ~」


 溜息が出ちゃう、台風の目を抜けると吹き返しの暴風雨が……

 すると、玄関のドアが開く音がした。


「ただいま、疲れた」

「おかえり、パパ」


 あれ? パパだけ? 部屋から慌てて飛び出すと玄関にはパパしか居なかった。


「パパ、ルイさんは?」

「帰ったぞ、本当は今日までOFFだったけど急用が入ったって」

「ええ、帰っちゃったの? 私に何も言わずに?」

「向こうに着いたら連絡するって行ってたぞ」

「そ、そうなんだ」


 パパは疲れた表情をしていた、そりゃそうだよね仕事場でも家でもルイさんに付きっ切りだったんだもんね。

 どこにしたのかは判らないけどキスまでしちゃってさ……

 でも吹き返しの暴風雨が荒れ狂うことなく嵐は消滅してしまった。

 夜遅くに携帯にルイさんから電話が掛かってきたの。


「ゴメンね、美緒ちゃん。急用が出来ちゃって」

「う、ううん。仕事なら仕方が無いよね」

「あのね、美緒ちゃん。実は仕事じゃないんだ、パパさんには嘘付いちゃった」

「えっ?」

「パパさんに振られちゃって悔しくって逃げ出したの。甘えても泣いても直球で勝負しても完璧で鉄壁のガードは崩せなかった。流石に強引な力技に持ち込む訳にもいかないしね」

「ち、力技?」


 ルイさんの言っている意味が判らない訳じゃないけど真っ赤になちゃった。


「うふふ、冗談。色々話しているうちにパパさんの中には大切な人が居るのが判ったの」

「パパの大切な人? そんな人知らないし聞いた事ないよ。誰なの?」

「悔しいから言えない。それに負けたくないし」

「負けたくないって、ルイさん?」

「本気だって言ったでしょ、パパさんの事。まだ諦めた訳じゃないんだから。酷いと思わない美緒ちゃん?」

「何が酷いの?」

「本気でキスしてって言ったのにおでこにおやすみのチューだよ、まるで私が子どもみたいじゃない」

「そ、そうなんだ」


 あれはおでこにチューだったんだ。

 なんだか凄くほっとして気が抜けちゃった。


「ああ、美緒ちゃん。今、笑ったでしょ」

「笑ってないよ、パパがおでこにチューなんて想像つかないんだもん」

「今度はちゃんとキスしてもらうんだから」

「うふふ、頑張ってね。応援してるから」

「複雑だなぁ、美緒ちゃんに応援されるのって。だって美緒ちゃんはパパさんの事大好きなんでしょ」

「うん! 私、パパの事が大好き!」


 ルイさんが電話してくれたお陰で今までモヤモヤ・イライラしていた物が嘘の様に消えちゃったの。

 その代わりルイさんはいつ爆発するかわからない時限爆弾を2つ置いて行くんだよ。

 1つはパパの中に居る大切な人、ルイさんは誰だか知っているけどルイさんの性格から絶対に誰にも教えないと思う。

 もう1つは当のルイさん自身、パパに振られたって言っているのに諦めないって……

 はぁ~、ルイさんの性格じゃ絶対に諦めないよね。

 そんな何事も諦めない性格だからこそルイさんはトップクラスの女優さんでアーティストなんだもんね。

 一難去ってまた一難なのかなぁ……

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