第45話 生まれて初めての感覚

チャン チャン チャチャ チャン 

トン トン トト トンと言う太鼓と鉦の音にあわせて男達の掛け声が上がり、交代しながら旗頭を持ち上げて歩いている。


「サー サー サー サー!」

「サー サー サー サー!」


登野城の町内を練り歩き、四号線に出て西にある真乙姥御嶽に向う。


美緒は真乙姥御嶽の近くにある南星スーパーの前でへたり込んでいた。


「暑いよ、皆凄いなぁ」

「若いんじゃないのか?」

「パパも平気なの?」

「あれ程、先が長いって言ってるのにはしゃぎ過ぎだ」

「だって、早く見たかったんだもん」

「あのな、本番は3時過ぎからだぞ」

「ええ! 嘘でしょ、まだまだ先じゃん」

「何か買って来てやるからここで休憩だな」


南星スーパーの先からは通行止めになっているので、店の前の駐車場で一休みする事にした。

店内に入りスポーツドリンクとアイスを買って美緒に渡すと勢い良く齧り付いた。


「ふぁ、冷たくって美味しい」

「しかし、今日は暑くなりそうだな」


店先の日陰から空を見上げると真っ白な雲が流れている。

そして太陽はまるで頭の直ぐ上にあるようだった。


「ねぇ、パパ。何で今日は学校を休んでまでお祭りを見に来たの?」

「美緒の学力なら1日くらい直ぐに取り戻せるだろ、でも時間だけは巻き戻せない

んだ。豊年祭は年に一度のお祭りだ、特に四ヶ字は一番盛大な豊年祭だからな」

「そうか、でも来年も再来年もあるんでしょ」

「来年の事なんてどうなるか判らないだろ、人間なんて数秒後の事すら判らないんだ。今が一番なんだよ」

「そうかな」

「そうだ、それに美緒が一番判ってる事なんじゃないのか?」

「えっ……」


美緒が少しだけ目を泳がせて何かを考え込むように黙ってしまった。


「そんな顔をしてると豊穣の神様に嫌われるぞ、そろそろ行くぞ」

「う、うん」


パパに連れられて真乙姥御嶽に向った。

道の脇に紅白の柱が何本も立てられていてその柱に旗頭が固定されているの。

一番上には極彩色豊かなか飾りが付いていてその下に幟のぼりみたいに旗が風に吹かれているの。

なんて言えばいいんだろう勇壮って言うのかな沢山の旗頭が青い空に映えていて凄く綺麗なんだ。


「パパ、あの飾りには意味があるの?」

「字や団体によって旗頭も旗文字も決められているみたいだぞ。詳しい事は俺にも判らないのだけれど、『請福』『慈雨』『五風十雨』『天恵豊』どれも太平の幸せや降雨、それに豊穣を願う言葉が書かれているんだ」

「重そうだな旗頭って」

「物によるけど50キロ近くあるからな」

「そんなに、重いの?」

「倒さないように皆で協力して持っているんだよ、基本は持ち手と2本の綱持ちの呼吸が大切なんだ」


パパの説明を聞きながら人ごみを掻き分けて歩き出す。

御嶽の前の交差点はまるで渋谷のスクランブル交差点みたいに人でごった返していた。

やっと御嶽が見えるところまで来ると奉納か、何かが始まったみたいだった。


「パパ。始まったの?」

「そうだな、最初は旗頭・太鼓隊それに巻踊りの奉納だな。中でもムラプールを司

る新川の奉納がメインなんだ。子ども達による記旗、五穀の種子籠、婦人による水主、長老のヤーラーヨー、婦人達のザイ、少年少女の稲摺、青年達の杵、鎌払と続く。これは古式に則ったもので、毎年同じように行われているんだ」


御嶽で、子ども達が真剣な顔をして奉納している。

それに続いて意味は良く判らないけれど色んな人達が次々に踊りを踊ったり演舞をしている。

見ている私の所まで神聖な空気に包まれて緊張しちゃった。

それが、終わると各字の奉納が始まるってパパが言ってたとおり旗頭や太鼓隊や巻踊りの奉納が始まった。

どの字も同じ物が無くて凄く見ていて楽しかった。


「少し、移動するぞ」

「え、うん」


パパに手を引かれて御嶽の前の道に何とか移ることができた。


しばらくすると沖縄風の言い方だと東から、沢山の男の人が担ぎ上げている戸板に乗って長い白い髭で黒い衣装をつけた人が、そして西からも宮司さんみたいな人が戸板に乗せられて現れたの。


「パパ、何が始まるの?」

「五穀の種子授けの儀だよ、髭を生やした黒い衣装が神様で白い衣装が御嶽の司だな。これが滞りなく終わると来年の豊作が約束されるんだ」

「ふうん、なんだか緊張しちゃうね」


凄く華やかなお祭りなのに緊張の糸はピンと張り詰めている、不思議な感覚だった。

それが終わると着物を着た女の人達が沢山集まってきた。

大きな綱が手繰り寄せられて棒を差し込んで2つの綱を結び合わせている。

それが終わると一斉に両手を空に向けて何かを呼び込むようにしながら踊り始めた。


「パパ、何が始まったの?」

「女だけの綱引きの『アヒャー綱』とガーリーと言う綱を無事に結び合わせた事を喜ぶ踊りだよ」

「なんだか、凄いな。今まで見てきたどのお祭りよりもなんて言うのかなぁ、そう神聖な気がする」

「そうか、来て良かったな。ここまでで前半の山場は終わりだ。また少し移動するぞ」

「うん」


パパと移動を始めると周りの人も動き始める。

そして10本以上ある旗頭も移動を始めた。

御嶽から西側に200メートル位かな移動すると、そこにも旗頭用の柱が立てられていて旗頭がしっかりと固定された。

高校生や婦人会の舞踊が披露されると日がすっかり傾いて当たりは暗くなってきた。

すると段々周りのボルテージが上がってくる。

すっかり当りが暗くなると松明がたかれて東西から大勢の男の人が担ぎ上げる戸板に乗った2人の武者が現れた。

周りでは太鼓や鉦が打ち鳴らされる。

西の武者は鎌を持って、東の武者は長刀を持っている。

戸板が勢い良く合わされると勇壮な戦いが演じられる。

見ている私まで手に汗をかいちゃった。


「パパ、あれは何て言うの」

「ツナヌミンだよ。弁慶と義経なんて呼び方もされているかな」

「凄い迫力だね」

「まだまだ、クライマックスはこれからだ」


パパの言うとおりだった『ツナヌミン』が終わると大蛇の様な太くて長い綱が2本準備されている。

綱の先は輪になっていて太い丸太が差し込まれる。

もの凄い勢いと熱気だった。

合図の爆竹が鳴り、人々のエネルギーが一気に噴出した。

東京の三社祭を見てもこんな感じにはならなかった。

生まれて初めての感覚、何かが体からあふれ出るような。

血が騒ぐってこの事なんだと初めて知った。

島の人も観光客もナイチャーも入り乱れて一心不乱に綱を引っ張っている。

私も噴出したエネルギーに飲み込まれて無我夢中になって綱を引っ張っていた。

気が付くと、あっという間に西側の勝利で決着が付いていた。


「今年は西が勝ったからいい年になりそうだ」


パパが優しい瞳で見守っていてくれた。

気付かない間に私は汗びっしょりになっていた。


「本当にヤマングーだな」

「良いじゃん。生まれてはじめての経験なんだから」

「ほら、汗を拭いて。風邪を引くぞ」


パパがポーターのバッグからタオルを出して投げてくれた。


「本当に真帆の子どもなんだな」

「えっ? どうして」

「いや、真帆が三社祭を熱く語っていたのを思い出したんだ」

「そうなんだ」


パパはなんだか嬉しそうにママの話をしてくれた。

それは初めての事だった。

でも、私の心がチクリと痛みを感じた。


お祭りが終わった後はどこと無く物悲しい。

ついさっきまであんなに熱気に包まれていた真乙姥御嶽の前を通り、オレンジ色の街灯に照らされた4号線を皆言葉少なく歩いて家に向っている。


「クチュン」


汗だくになった体が夜風に吹かれて少し冷えてきた、タオルで拭いたけど洋服が冷たく感じる。

すると頭に何かが被さってきた。


「それでも羽織っておけ」


それはパパの大きなシャツだった。袖を通すとお日様の匂いがする。


「えへへ、ありがとう。あれ?」


手にタオルと大綱引きの縄を握っていた。

多分、引っ張り過ぎて切れたんだと思う。

我ながらどれだけ熱中していたか気付くと少しだけ恥ずかしくなった。


「捨てるなよ、その縄は縁起物だからな。大事にするんだな」

「うん!」


ママに言われた事があった『あいつはマメだからね、油断しちゃ駄目よ』って。

今の私はそんなパパの優しさに包まれている時間が大好きになっていた。

でも、パパは何であんな事を言ったんだろう『美緒が一番判ってる事』なんて……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る