第38話 の雨って・その2
「なんだろうこの黄緑色の?」
「アーサーだよ。沖縄産岩海苔って言うのかな」
恐る恐る一口食べると少し塩味が強い気がするけれど、海の香りが口の中に広がってフワフワで凄く美味しかった。
「うわぁ、いつものより美味しい!」
「どれどれ、なかなか美味しいじゃない」
「本当だ。フワフワで凄く美味しい、それに甘くないし」
夏実さんと秋香さんが美味しそうに頬張っている、茉冬さんもまんざらじゃない顔をして食べていた。
「でも、岡谷のお兄ちゃん。秋香達と居た時は作ってくれた事ないよね」
「少し前に居酒屋で散々作らされたんだよ」
「なぁんだ、そうなんだ」
私達が美味しそうに食べていると『ゴクリ』と唾を飲み込むような音が店内に響いた気がする。
「岡谷さん、ゴメン」
カウンターから夏実さんの弟さんが手を合わせてパパを見ていた。
「はぁ? 尚、これをお客さんに作れと? あのな、しょうがないなぁ」
そう言ってパパは困った様な顔をして調理場に行ってしまった。
「相変わらず甘いんだから」
「でも、どうして別れちゃったんですか?」
「ここまで来たら話すしかないのかなぁ。これは私が思った事と感じた事で私の主観だからね」
そう前置きをして夏実さんが話し始めた。
「始めの頃はお互い一生懸命だったけど、落ち着いてくると見えないモノが見えてくるの。それは躾の仕方だったり育った環境の違いだったり。何度も衝突を繰り返したけどあまり歩み寄れなかったのが本当かな。今は悪かったと思ってるの面と向って『育った環境が違うんだし子ども達の性格は出来上がってしまってるんだから、普段から話もしないのに頭ごなしに言わないで』って言ってしまった事があって、それから岡谷君は何も言わなくなってしまったの。後から友達に言われて気付いたんだけど『夏実は岡谷君と子ども達の橋渡しをしてあげたのか』って聞かれた時に何も言えなくなっちゃって」
「しょうがないよ、お母さんも働いていたんだし」
「それは言い訳にしかならないでしょ。それに岡谷君はなんとか子ども達の輪に入ろうとしてたって春介が言ってたから」
「いっぱい色んな事をしてもらったよね、茉冬。誕生日にはどんなケーキが良いか聞いてくれて絵を描いて渡すと同じ物を作ってくれたり」
「サンタさんの手紙もだね」
「茉冬さん、サンタさんの手紙ってなに?」
茉冬さんがモジモジしながら話し始めた。
「あのね、クリスマス前にポストに必ず入ってるの。茉冬ちゃんは良い子にしていたからプレゼントをあげます。欲しい物を手紙に書いてお母さんに渡してね、お母さんがサンタさんに手紙を出してくれるはずだからって。そんで手紙を書くとちゃんとクリスマスにそれが届くの」
「うふふ、だから3人とも小学校の高学年まで本当にサンタが居るって信じてたの信じられないでしょ。美夕にもサンタさんの手紙を絶対に私が出すんだ」
秋香さんが美夕ちゃんを優しく見つめながらとても嬉しそうに話してくれた。
「クリスマスパーティーもね、お菓子の家を作ってくれたり」
「夏休みには毎年キャンプに行ったよね。海でいっぱい遊んでくれたし」
茉冬さんも笑顔で話している、楽しそうなに思い出話を聞かせてくれた。
「これは、お兄ちゃんには内緒だよ。3人ともお兄ちゃんの事はお父さんだって思ってるの、恥ずかしくって『お父さん』って改まって呼べないし。お母さんと結婚する前から岡谷のお兄ちゃんって呼んでたからね」
「それで、岡谷のお兄ちゃんなんだ」
内緒話をしながら皆でパパに判らないように笑いあった。
「少し、話が脱線しちゃったね。美緒ちゃんが知りたがって居る事を私なりに話してあげる」
夏実さんの目が少しだけ真剣になった。
「確かに色々あったけれど岡谷君には感謝しているの。だって今があるのは岡谷君による所が大きいから。岡谷君は岡谷君なりに一生懸命にやってくれたと思う、でもね時々ふと思う時があったの。本当は大好きだった人と家庭をもってこんな風にしたかったんじゃないのかなぁって。そんな事を考えていると岡谷君の中に他の人がいる気がして……」
「でも、夏実さんの事が好きになって」
「言った筈よ、最初はお互いにって。だから余計なのかもしれない、一生懸命になっている岡谷君を見ているとなんだか哀しいような寂しいような気がして。それでも離れる事が出来なくって、知らない間に2人の間には見えない溝が出来てしまっていたの。今、思う事はもっといっぱい話し合うべきだったかなって、一度出来てしまった溝は埋めることが出来かった。夫婦関係も少なくなって、すれ違いが増えて段々と離れてしまっていた。喧嘩する度に出て行こうとする私を止めてくれた、でも、限界だったのかもね。秋香の手が離れて春介の就職が内地に決まって。まぁ、茉冬はまだ高校生だったからあまり良い感情は持っていないみたいだけど」
「当たり前でしょ」
「でもね、会うたびに茉冬は元気なのかって聞いてくれるんだよ」
「心配して当然じゃない!」
茉冬さんの声のトーンが一気に上がった。
「当然なのかな? 茉冬も親になってみると少しずつだけどお母さんや岡谷のお兄ちゃんが言っていた事が判ってくると思うよ。世の中には実の親子でも殺し合いをする時代にだよ、血の繋がっていない子どもを自分の子だって胸を張って言ってくれるんだよ、岡谷のお兄ちゃんは」
「秋香、誰から聞いたのそんな事を」
「お母さん、前にバイト先に岡谷のお兄ちゃんを良く知ってる人が居てその人から聞いたの。それにお母さんとお兄ちゃんは私が荒れている時に大人になってから判れば良いんだって見守ってくれたでしょ」
「私の娘なんだから当たり前でしょ。そこは岡谷君と意見が一致していたのが唯一の救いかな」
「ええ、秋香さんが荒れていたんですか?」
私が驚いて聞くと秋香さんが照れ笑いをしながら話してくれた。
「反抗期の延長かな。家出に補導が数回、それにお酒と鎮痛剤を飲んで自暴自棄になってリストカットも1回だけ」
「信じられないんですけど……」
「もう、済んだ事でしょ。それに岡谷君だって秋香がそう思ってくれているのが一番嬉しいんじゃないのかな。ねぇ、そこの岡谷君?」
夏実さんが調理場の入り口に目をやると他のお客さんに呼ばれてパパが出てきた。
「親の言う事なんて、親になってから身に染みるもんなんだよ。生ですね今お持ちします」
パパが上手に生ビールをジョッキに注いでいる。
「岡谷君も身に染みる事があったんだ」
「まぁな、自分の子どもでさえ育てるのが大変なのにがお袋の口癖だったからな」
「で、他人の子どもを育てた感想は?」
「久しぶりに俺を本気で怒らせたいのか? 夏実?」
それだけを言うとパパはカウンターのお客さんにに生ビールを出している。
「自分の子どもでさえ大変なのにか、本当にそうだね。親になってみないと判らない事が多いんだよね」
「秋香、最初から親なんて人間はいないんだよ。子どもの成長と共に親になっていくんだ。子どもが親にしてくれるんだよ」
「そうだね、私もこれからなのかなぁ」
「精々苦労して立派な母親になってくれよ。それと茉冬も早く彼氏でも見つけて結婚しちゃえよ」
「ふんだ、大きなお世話です!」
夏実さんや秋香さんそれに夏実さんの弟さんまでカウンターから顔を出して大笑いした。
茉冬さんがむきになってパパの事を叩いていた。
そんな光景を見ていると血が繋がっていなくても本当の家族なんだと思った。
たとえ別れたとしても積み重ねて来たものは掛替えの無いものなんだと。
ママの言いつけなんてどうでもよくなってしまって。
私もパパと色んな時間を積み重ねたいと思っちゃったんだ。
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