第18話 学校は

遅刻ギリギリで『ニライ・カナイ』に滑り込むように出勤して、慌しくランチタイムの準備を開始した。

キッチンに顔を出すと波照間がのんびりと仕込みをしている。

「あっ、チーフ。おはようございます」

「おはよう。そんな調子で間に合うのか?」

「大丈夫すよ、春休み明けで暇になってきてるんですよ仕込みも考えながらしてますから」

「そうか、急ぎの仕込があれば声を掛けろよ」

「ういす」


ホールでは由梨香と美穂里の2人がテーブルを拭いたり水の準備と軽く掃き掃除をしているのが見えた。

「おはよう」

「おはようございます」

「おはようございまーす」

2人の元気な挨拶が帰ってきた。

「チーフ! 朝からそんな疲れた顔をしないで下さい。ただでさえ不景気なのに不景気過ぎます」

「相変わらず元気だなユーカは」

「元気だけが取柄ですから」

「美穂里も元気か?」

「はい」

「元気そうだな、とりあえず」

「えへへ…… あっ! 指! 指!」

美穂里が照れ隠しのような笑い声を上げ、髪の毛を掻き揚げた俺の左手を指差して声のトーンを上げた。

「どうしたの? ミポ」

「あれ、あれ」

美穂里は必死にボキャブラリーが足らないのをボディーランゲージで表現しようと必死に指差していた。

「ああ! バツイチなのに左手の薬指にリングしてる! これが不景気面の原因だぁ」

「ユーカ、不景気面は酷くないか? 魔除けだそうだ」


「女除けね」

どこからともなく声がして湧き出た様に野崎オーナーが現れた。

「相変わらず神出鬼没だな」

「岡谷、神出鬼没って私を何だと思っているの? 神? それとも……」

「鬼か……あ、たたたたた」

オーナーが俺の口元を抓み上げた。

「この口が悪いのね。この口が」

「鬼!」

「彼女も心配なんじゃないの、あんたは女なら誰にでも見境無く優しいから」

「女限定なのか? それも見境無くって、それじゃまるで俺は盛りのついた雄猫か?」

「それじゃ、何回誤解されたり言い寄られたりしたら気が済むの? 雄猫の方がましかも」

「はいはい、判りました。女除けに指輪は仕事中も外しません」

「流石よね、岡谷には出来過ぎよね。勿体無いくらいだわ、あの子」

溜息をついて着替えに行こうとするとオーナーが話を続け出した。 

「そう言えば岡谷、美緒ちゃんだっけあんたの娘さん。学校は慣れたの?」

「まだだろうな。美緒は物事をはっきり言うからな。秋香の時もそうだったけれど受け入れてもらえるまで少し時間がかかるだろう」

「それは、イジメに遭っているって事なの?」

「近いだろうな、多分」

「多分って、心配じゃないの?」

「俺に何が出来るんだ? 相談でもしてくれればアドバイスくらいは出来るけどな」

野崎オーナーが腕を組んで唇を少し引き攣らせて考えている。

「オーナーその唇を引き攣らせる癖は止めたほうが良いぞ」

「仕方ないでしょ。自然に出るんだから、それよりどうする気なの?」

「静観に決まっているだろ親がしゃしゃり出るとろくな事無いからな」

「何かあってからじゃ遅いのよ」

「俺は美緒を信じるよ。何かあった時は全力で守る」

「現を抜かしてる訳じゃないのね」

「当たり前だろ、人を育てるんだぞ。花や草木を育てるのとは訳が違うだろ」

「まぁ、岡谷は経験者だから少しは安心したわ。なんだか父親の顔になってる」

「からかうのは止めてくれ。着替えてくる」

そう言い残して俺は更衣室に向った。

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