第48話 パパへの優しさ

『海神祭り(ハーリー)』

『パパの前の家族との出会い』

『オリオンビールフェスタ』

『美緒の誕生日』

『宮良と四ヶ字の豊年祭』

『ビーチパーティー&キャンプ』

初めての体験ばかりが次々と波の様に打ち寄せて凄く楽しかったんだけど、パパの体も心配なんだ。

心配するなって言われても気になっちゃうんだもん。

と言う訳で、久しぶりにパパと2人でお家でのんびり休日をエンジョイしているの。

私は夏休みだから課題をこなせば長い長いお休みなんだけどね。


そうそう、パパのホームページの小説はパパが仕事に行っている間に全部読んじゃった。

面白いかと言われると微妙かも、本人も自己満足の世界だからってあまり気にしていないみたい。

それでも、気になるお話があったんだけどパパには聞けなかった。

昼は少しだけ海に行って帰ってきてからはお家でご飯を食べて、夜はクーラーが効いているパパの部屋でベッドの上に寝転んで私はゴロゴロしてたの。

パパはパソコンに向って何かを書いてるのかなぁ?


「パパ、この本は何の本?」


ベッドの枕元に明らかに毛色の違う本が2冊置かれてたの。

マンガ本やライトノベルよりは遥かに高そうな本だった。


「どの本だ?」


「枕元に置いてある本だよ」


「見れば判るだろう」


「見て良いの?」


「何度も同じ事を言わすなよ、美緒に見られたら拙い物なんて置いてないよ」


「そうじゃなくってなんだか上等な本だから」


「タイトルどおり宇宙と空に関する本だ」


「うわぁ、綺麗な写真がいっぱい」


私が声を上げてもパパはさして気にならないのかいつもの事だと思っているのか、PCに熱中して振り向きもしないで話をしていた。

『空の名前』はそのタイトルどおり空や雲、雨や雪、それに風なんかの地方による呼び方なんかが解説付きで書いてあって写真がいっぱいで判りやすかった。

もう一冊の『宙ノ名前』は月や星の事、それに四季それぞれの星座の事がこと細かく書かれていてこの本にも写真がいっぱいで凄く綺麗な本だった。


「うわ、高い本なんだね」


「写真が沢山載っている本は高いんだよ」


「両方ともパパが自分で買ったの?」


「『そらのなまえ』は俺が買ったんだ」


「ぶぅ、両方『そらのなまえ』じゃん字は違うけど」


「雲や雨の方だよ」


「え、それじゃ星の方は」


「もらい物」


「誰に?」


「さぁ?」


会話が尻すぼみになっていく、パパの馬鹿。

パパは私の方に振り向きもせずにパソコンのキーを叩いてマウスを動かしている。

少しだけカチンと来た。

椅子の背もたれを脚で……


「気分転換でもするか。コーヒーを買いに行くけどついでは無いか?」


「えっ、何? ココストアーに行くの?」


びっくりして脚を引っ込めちゃった。


「何をしようとしていたのかな、この可愛らしいあんよで」


パパが私の足の指を抓んで軽く揺さぶった。


「パパ、アイスが食べたい。ホームランバーのチョコチップいちご味ね」


「了承した」


そう言ってパパが買い物に行っちゃった。

ああ、びっくりした。

パパは勘が良いのか鈍いのか良くわかんない、もしかして……

猫を被っていたりして……黒!

そんな事を考えていると空の本が面白くって集中し始めちゃった。



しばらくして不意にパソコンの液晶に目を移すと綺麗な海に女の子が立っている画面が……


「ああっ! 今のって」


ベッドから飛び降りてパソコンの画面を覗き込むけど違う画面になっていた。

マウスを動かすとどこかの桟橋の写真になっちゃった。

そこにパパがココストアーから帰ってきたの。


「何してるんだ?」


「ご、ゴメン。勝手に触って」


「別に保存しているから構わなよ。ほら、アイス」


「ありがとう、じゃない! パパ、今、画面にママの写真が!」


パパからアイスを受け取ってパソコンの画面を指差した。


「何を訳の判らない事を言ってるんだ?」


「あのね、急に画面が変わって」


「ああ、スクリーンセーバーの事か? 気に入った海や花の写真なんかをスライドショーにしてあるからな」


「その中にママの写真があるでしょう」


「はぁ? 真帆の? あったかな? あったとしても昔の写真をパソコンに取り込んでも綺麗には見れないだろ。それにホルダーには100枚近い画像が取り込んであるからな」


「うっ、そうか。ママが島に居た頃はデジカメなんて無いんだもんね」


「携帯すら無かったからな」


携帯の無い世界なんて想像も付かなかったけれど、ほんの少し前まではそれが当たり前だったんだろうな。


「それじゃ、どうやってママと連絡を取っていたの?」


「手紙かな?」


「その手紙はあるの?」


「さぁ」


「もう、パパは『さぁ』ばかりで……もしかして隠してるとか」


「何が言いたいんだ? 美緒は」


パパにダイレクトに聞かれると少し戸惑ってしまった、私が困惑の表情を浮かべるとパパから話を切り出してきた。


「言いたい事があるならはっきり言えと言ったはずだぞ」


「それじゃ聞くけどパパには恋人とか好きな人は居ないの?」


「また、ストレートな話だな」


「パパがはっきり聞けって言ったんじゃんか」


「居るように見えるか?」


「うわっ、そう言われてみると微妙かも。それじゃ、ママの写真を見せて」


「判ったよ」


パパが椅子をどかして天袋をあけてポケットアルバムを何冊も取り出してベッドの上に置いてくれた。


「パパ、怒ってる?」


「そんな事で怒らないよ」


「ゴメン、ママの事思い出すのが嫌なの?」


「あのな、真帆の事を思い出すのが嫌だったら美緒をここに住まわせたりすると思うのか?」


「うぅ、そうだよね。美緒はママの子どもだもんね。嫌でも思い出すよね」


「嫌じゃないって言ってるだろう、ただ……」


そこでパパは黙り込んでしまった。

怒っているのかなと思って聞いてみただけなのに、パパのあまり触れられたくない所を触ってしまったみたいだった。

そして、少しだけ考えてからパパが話し始めた。


「ただ、思い出なんて言う物は楽しい思い出ばかりじゃないだろう。一度蓋を開けてしまうと閉めるのが大変な時もあるんだよ。美緒も色々な事を経験して大人になれば判るだろう」


「まだ、美緒が子どもだって事なの?」


「違うな美緒にも判る時がくるさ」


再びパパは何かを考えていた、表情から固さがとれていつもの穏やかな優しい瞳になっている。


「美緒が石垣島に来て3ヶ月が経つんだな」


「うん」


「もう、良い頃だろう。真帆と俺との事で聞きたい事があれば聞いてくれ、答えられる範囲内でしか答えられないけどな」


「えっ、う、うん」


パパにいきなりそんな事を言われて戸惑ってしまった。

知りたいことは沢山あるけれどどう聞いていいのか判らなかった。

あれもこれもと考えているうちに頭の中がグチャグチャになっていってしまう。

でも、パパは美緒の考えが纏まるまで優しい目をして待っていてくれた。


「それじゃパパとママはどこで知り合ったの?」


「石垣島のホテルだよ。真帆がアルバイトをしにやってきてかな」


「それじゃ、告ったのはどっちから?」


「俺は告白とか苦手なんだよ。一緒に海に行ったり仕事を教えたりしているうちにかな」


少し以外だった、ユーカさんなんかの話だと好意を持ってる女の人とかが多そうだったから。

パパは見る目が無いのかなぁ、ママにはゴメンだけど。


「ママと楽しかった?」


「楽しかったよ。若かったし、まぁ若いって言っても30前だったけどね」


「何で別れちゃったの?」


「自然消滅かな、真帆が内地に帰ってしまって。俺が馬鹿だったんだろうな」


「後悔してるんだ別れた事」


「そうかもしれないな、俺にとっては理想の女の子だったからね」


「えっ……」


なんだか良く判らなくなってきちゃった。

理想の女の子だったって……


「それじゃ、なんで探さなかったの?」


「何もしなかった訳じゃないんだ、でも判るのは住所くらいだったかな。携帯も無くインターネット元年なんていわれてた時代だからね」


「電話は?」


「時々掛かってきたかな」


「そうなんだ」


「真帆は内地に帰ってから直ぐに海外の島に良く遊びに行ってたからね。それに真帆は内地に帰ってからも何回か石垣島には来てたみたいからね」


「みたいって……それじゃ」


「俺の所には連絡なんて来なかったよ。真帆の気持ちが離れてしまったのか、俺に対する優しさだったのかもな」


パパの表情は変らないままだった、どこか遠くを見ているように見えるけれど優しい目で美緒を真っ直ぐに見ながら話してくれている。


「パパへの優しさって……なんだか寂しいな。苦しかったんじゃないの?」


「当時はね。でも今は思い出の一部だよ」


ここまで聞いたら全部聞いてみたくなった。パパの色々な事を。


「あのさぁ、ママの事じゃないんだけど。ママ以外にも付き合っていた人って居たんでしょ」


「居たよ片手で余るくらいだけどね。美緒は何で別れたまで知りたいんだろ。若さ、俺の馬鹿さが殆どかな。もう1歩踏み込めなかったり、考えが足りなかったり」


「夏実さんと結婚したのはママの所為なの?」


「夏実から何を聞いたのか知らないけれど、誰かの所為で結婚なんかするもんじゃないだろ。違うかな」


「まだ、美緒には少し難しいかも」


「そうかもな」


私は逃げ出した、パパの深いところを知るのが怖かった。

知ってしまったら一緒に居られなくなるような気がして。

躊躇い気味にしているとパパから話し出してくれた。


「その『宙ノ名前』とベッドの脇にある魚型の間接照明は真帆からの誕生日プレゼントだよ」


「ええ、ママからのプレゼントなの? さぁって答えたくせに」


「話すべきか迷っていたんだよ。未練がましいだろいつまでも持っているなんて」


「それじゃ、なんで処分しなかったの?」


「星が大好きだから、海や魚が大好きだから……かな」


それってママがパパの事を良く判ってるってことじゃんと言おうとして言葉を飲み込んだ。

なんだか言っちゃいけない気がしたの。

だから話を変えてみた。


「ねぇ、パパ。パパが書いてる小説ってパパとママがモデルなの?」


「俺がモデルって言うのはあるかな、モデルと言うより経験してきた事をベースにしている話はあるかな。バツイチだったり子どもや孫が居たり」


「あのさ、『恋×』こいかけってパパとママのお話でしょ。完全右脚ブロックの話も出てくるし」


「経験をベースにしていると言っただろ」


「ユーカさんとミポさんが言ってたのヒロインの女の子のイメージが私に似てるって、髪が長くて小柄で可愛らしいって。という事はモデルはママなんでしょ」


「真帆が俺の理想に近い女の子なら似ていてもおかしくはないだろ」


「それはそうだけど……」


なんだか上手く丸め込められた気がする。

少しずるい気がした。


「それじゃ、パパの理想の女の子ってどんな女の子なの?」


「俺より背が低くってジーンズの似合う女の子だよ」


「うう、ずるいよ。アバウト過ぎ!」


だってそうでしょ、パパの身長は180だよ。

殆どの女の子がそうじゃん、それにジーンズが似合うって……

スタイルが良いって事なの?


「質問タイム終了で~す」


「ああ、もう1つだけ。お願いだから」


もう、本当に気まぐれって言うかアバウトなんだから。

でもね、私のお願いは聞いてくれる気がする。

それはパパが優し過ぎるほど優しい人だから。


「仕方が無い奴だな」


「えへへ、今書いてる小説のストーリーが知りたい」


「主人公が自分に残された時間が少ない事を知り、忘れられない別れた恋人を探す旅にでる話だな」


「で、見つかるの?」


「彼女との思い出がある場所を巡りながら探していくうちに南の島に居るらしいと知り、島に向うが彼女は昔の記憶を事故で全て失っていた。そして彼女を手助けする男と一緒に暮らしていた。2人が再会したことで彼女に変化が起こり揺れ動く2人の男」


「うわぁ、なんだか凄いかも。それで最後はどうなるの? まだ決まってないの?」


「ラストは彼女が記憶を取り戻すんだ」


「で、元彼とハッピーエンドなんだ!」


「彼女の記憶が戻った時には主人公にはもう時間が残されていなかったって言う話しになるかな」


胸の奥がキュンって締め付けられた気がした。

『恋×』も昔別れた2人が再会する話だった。

どうしてパパがモデルになっている小説は……


「題名はなんていうの?」


「『雨虹』だよ」


「雨虹?」


「ハワイの諺の『no rain.no rainbow.』から付けたんだ。意味は雨が降らなければ虹は出ない」


「確かに雨が降らないと虹は出ないけど」


「もう少し意訳すると泣いた後は笑顔になれる」


我慢の限界だった。

どうしてそんなに哀しい話を自分をモデルに書くのか判らなかった。


「全然、ハッピーエンドじゃないじゃんか!」


「昔話じゃないんだ。末永く幸せでしたなんて、それに何が幸せかなんて感覚の違いだろ」


パパの言う事は良く判る、何かが引っかかったまるで喉に刺さった魚の小骨の様に。

何年も経ってから別れた彼女に再会する話……

『恋×』は再会を果たして結婚までするのに、直ぐに彼女がそして主人公 も後を追うように死んでしまう。

『虹雨』も記憶が戻ったのに彼に残された時間が……


「パパはハッピーエンドなんて信じてないんだね」


「好きだぞ、ハッピーエンド。めでたしめでたしで良いんじゃないのか?」


「それじゃ、リアルなパパのお話はどうなるの?」


「最後の最後に笑えればそれで良いじゃないか『楽しかった』って」


「パパの嘘つき、今が楽しい事が一番だって言ったくせに」


「楽しい事はいつまでも続かない、でも楽しいと思える時が一番だと言う意味なんだけどな」


パパの言っている事は良く理解できるでも、なんて言えば良いんだろうこの気持ち。

すっきりとしないモヤモヤした物が残ってる。

最後の最後って死ぬ時って意味だよね、パパ。


「パパは今、楽しい?」


聞くのが凄く怖かった。

もし、楽しくない今までと変らないって言われたらどうしよう。

私が島に来てパパが辛いと思っていたら。

ママにこんな事を聞いたら本末転倒ねって怒られちゃうんだろうな。ママ、ゴメンね。


「美緒は今、楽しいか?」


「何で私が質問したのに質問で返すの?」


パパがいきなり私と同じ事を私に聞いてきた。

ちょっとだけドッキリしちゃった、でも私の正直な気持ちを伝えたの。


「楽しいよ、だって色んな人と知り合えてお友達になれたんだもん、これもパパのお陰だと思ってるよ」


「そうか俺も楽しいよ、毎日が。夢だったんだ、自分の子どもと海に行ったり祭を見たり。喧嘩したり泣いて笑って楽しく暮らすのが……なんてな。楽しいのは嘘じゃないけどな」


嘘つき、パパがおちゃらける時は本当の事を言っている時なんだから……

本当の事……

それがパパの夢なの?

それを美緒達は……


「美緒? どうしたんだ? 急に泣き出して」


涙が溢れてきた。

嬉しい気持ちと辛い気持ちとゴメンなさいが混じった涙だった。


「ナチブサーだな、美緒は。その涙は嬉し泣きか?」


「パパが最後の最後なんて変な事を言うからでしょ!」


「悪かったよ、顔でも洗って来い。アルバムを見るんだろ」


「言われなくっても洗ってきます! パパのバーカ」


照れ隠しでまたパパに馬鹿って言っちゃった。



パパの本当の気持ちは……

パパの幸せは……

どこにあるの?

そして、本当に馬鹿なのは……

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