第47話 生まれて初めて死

翌朝は日の出と共に目が覚める、朝日が体に突き刺す。

女性陣はスクリーンタープのなかでゆっくり寝ている。

男2人は外でサマーベッドで一晩過ごした。


「暑い……」


ビーチに日が差し始めると同時に体から汗が噴出した。

Tシャツを脱ぎ捨てて海に飛び込む、冷たい海の水がとても気持ち良かった。

軽くシャワーを浴びて残り火のBBQ台に炭を足す。

テルは暑さにもめげず寝ていた、あれだけ飲めば当分起きないだろう。

フライパンを網に載せ目玉焼きを人数分焼き始める。


「パパ、おはおー」


「まだ、寝ぼけてるな」


「うう、だってお喋りが楽しくって……」


「まぁ、良いさ。それも楽しみのうちだ。顔でも洗って来い」


「うん!」




朝飯を食べて思い思いに時間を過ごす。

由梨香と美穂里はブラブラとビーチを歩いてビーチコーミングをしている。

美緒は水着に着替えて野崎から貰ったワンピースを着てはしゃいでいる、それを見たテルはけたたましい音を撒き散らしながらバイクでどこかに行ってしまった。

野神は二日酔いの頭を抱えながら座り込んでいた。


「岡谷、熱いコーヒーが飲みたい」


「うざ、自分で入れろ。インスタントだけどな」


「岡谷ぁ~ お願いだからぁ~」


「面倒臭いな、自業自得だろうが」


朝飯にインスタントのスープを飲むために沸かした残りのお湯とインスタントコーヒーをカップに入れて野崎に渡した。


「ありがとう……」


「パパって、本当に優しいんだね」


「あのな、美緒。野崎が不機嫌なままで良いのか?」


「うわぁ、それはちょっと……」


「みろたんまで、ひろくない?」


「野崎さん呂律回ってないし……」


ビーチコーミングをしていたユーカとミポが笑顔で戻って来た、思惑通りのものが拾えたのだろう。

そこにつばの広い麦藁帽子を手にしてテルも戻って来た。

この朝っぱらどこの店で買ってきたのだか、恐らく近くにある知り合いの店でも叩き起こしたのだろう。


「美緒ちゃん、これは俺から誕生日プレゼント」


「ええ? でも、3人からは」


「ああ、あれは3人でって俺はお金を出しただけだから選んだのはユーカとミポだし。だからこれは俺から」


「ありがとう」


美緒が嬉しそうに麦藁帽子を被ってその場でターンして見せた。


「くぅ、メチャ! 可愛いす」


「あ、あれって……ミポ……」


「あわわ、あわわ。な、夏海 杏だぁ! La Promessaの!」


テルは1人で体をくねらせて悦に入っている、そして由梨香と美穂里が美緒を指差して大騒ぎをしていた。


「ユーカさん、ミポさん? どうしたの? 夏海 杏って誰? ラ・プロメって何?」


可哀相な俺がそこには居た。

女に取り囲まれて質問攻めという詰問にあっている……


「チーフ、モデルは美緒ちゃんのお母さんですか?」


「絶対そうだよね、美緒ちゃんと良く似てるんですか? チーフ」


「岡谷、白状しろさもないと……」


「白状しないとどうなるんだ野崎」


「うわぁ、チーフの顔怖い」


周りには眼中に無いのかテルは美緒ばかりを見ている、その美緒は訳が判らず?マークを生産し続けていた。

立ち上がりフライパンを手に持って野崎を睨みつけたまま近くにあった手ごろな石でフライパンの底を思いっきり叩いた。


「あ、頭に響く! それは八つ当たりだろう。もう駄目だ横になる」


フラフラとタープに歩いていき二日酔いの野崎が倒れこんだ。


「一丁あがり」


「あはは、み、ミポ。チーフはしつこい人嫌いだったよね」


「う、うん。そ、そうだね」


俺の顔色を伺って由梨香と美穂里が退散しようとしていた。


「ねぇねぇ、夏海 杏って誰なの? それにラ・何とかって何?」


「あ、あのね、美緒ちゃん。今は聞かないほうが良いかも」


「ええ、ユーカさん教えてよ」


由梨香と美穂里が顔を見合わせてから俺の顔を見ていたが、俺は気にしないでサマーベッドに横になったまま目を閉じて狸寝入りを決め込んだ。

すると由梨香が俺の事を気にしながら小声で話し始めた。


「美緒ちゃんはチーフのホームページを見たこと無いの?」


「えっ? ユーカさん? 無いよ、ホームページを持ってるのは知ってるよ。ブログは見たことあるけど」


「それじゃ、チーフが小説を書いてるの知らないんだ」


「ええ! パパが小説を? ミポさん本当なの?」


「うん。その中でチーフ自身をモデルにした様な小説がいくつかあって、それに出てくるヒロインが同じ感じの女の子なの」


「どんな女の子なの?」


「イメージ的に美緒ちゃんそのものかな、小柄で髪の毛が長くて可愛い感じの女の子」


「そうなんだ」


美緒が少しだけ淋しそうな複雑な表情をするとユーカが話題を変えてきた。


「そう言えばチーフからの何をプレゼントしてらったの?」


「え? これだよ」


美緒が携帯につけているガムランボールをユーカに見るとユーカが不思議そうな顔をしている。


「ガムランボールでしょこれ。これだけなの?」


「でも、チーフならもっと凄いモノを美緒ちゃんにプレゼントすると思うけどなぁ」


「そうだよね、ミポ。チーフは美緒ちゃんに骨抜きだもんね」


「そ、そんな事無いよ。パパはしっかりしてるもん。それに……」


「それに、何? 美緒ちゃん」


美緒が渋々バッグに大切にいれてあったネックレスを取り出した。


「こ、これが本命なの?」


「うわぁ、凄い綺麗。アクアマリンでしょ、これ。でも、こんなに濃い色のアクアマリンなんて初めて!」


ジュエリー関係に目が無い野崎が由梨香と美穂里の声を聞いてタープから這い出してきた。


「どれどれ、ちょっと良いかな……? ま、まさかサンタマリア?」


「オーナー、サンタマリアって?」


野崎が二日酔いの頭を擦りながら答えた。


「ブラジルのサンタマリア地方で発見されたアクアマリン・サンタマリアは深い青が魅力で、今は枯渇して希少価値が付いて高価で取引されているの」


「そ、そんな高いんですか?」


「本当にサンタマリア地方の物だとこのサイズのネックレスで10万以上かな」


「アフリカーナだよ」


美緒が驚いて声を上げるより早く俺が答えた。


「アフリカーナ?」


「サンタマリア・アフリカーナ。アフリカで見つかったサンタマリアと同じ深みのある青いアクアマリンが見つかったんだ。でもこちらも希少には変わりないかな」


「パパ……」


美緒が心配そうに声をかけるが返事は無かった。


「まぁ、岡谷がちゃんと美緒ちゃんを見ているということだな」


「そうだね」


「私もそう思う」


野崎の言葉に由梨香と美穂里が妙に納得している。

美緒はなんだか複雑な気持ちだった。




昼飯を食べて若い4人は午後は海で遊んでいた。

俺は相変わらずサマーベッドで横になりヘッドフォンで音楽を聴いていた。

野崎も何とか復活して着慣れない水着になり上着を羽織ってタオルに包まって、サマーベッドの下の方で海を見ていた。

テルが海から上がってくるのが見えた、飛ばしすぎて疲れたのだろう。

しばらくすると由梨香と美穂里もビーチに上がって座っていた。


何気なく海を見ると胸まで浸かり、両手を広げながら海の中を歩いてビーチに向ってくる美緒の姿が見えた。

美緒が俺を見て手を振った瞬間何かを踏み外したようにバランスを崩し、吸い込まれるように海に呑まれた。


波打ち際にいた波照間が立ち上がる。

由梨香と美穂里、それに野崎が振り返り何かを叫んでいるが俺の耳には届かない。

ヘッドフォンが宙を舞う。

サマーベッドを蹴り上げて気が付くと走り出していた。

飛び込もうとしているテルの横をすり抜け、海に飛び込む。

サマーベッドが砂浜に叩きつけられる音がした。



美緒を抱き上げて波打ち際まで来ると、もの凄い力で俺の首にしがみ付いて火が付いたように泣いていた。

一時は騒然としたが美緒が無事だと判ると周りで遊んでいた人達は平静を取り戻していた。


「良かった、何も無くて」


「俺が付いてて何かあったら困るだろうが、ユーカ」


「でも、チーフ。凄かったすね、まるで加速装置でも装備しているんじゃないですか?」


「あのな、テル。俺は普通のどこにでも居る人間だ」


「いいや、化け物並みのスピードだったわね」


普段、鬼や幽霊と言われている仕返しなのだろう野崎が笑いながら言い放った。


「ほら、泣き止んで。水でも呑んだか?」


「らって、凄くおろろいて怖かったんらもん……うぅぅ」


美緒が首を振りながら答えた。


「少し、タープの下で休もうな」


「う、うん」


美緒をお姫様抱っこをしてタープまで連れて行き静かにマットの上に降ろしてグジュグジュの顔をタオルで拭いてやると、少し落ち着きを取り戻してしゃくり上げるだけになっていた。


「ほら、岡谷も足を何とかしろ」


野崎に言われて足をみるとサンゴで傷付けたのだろう血がダラダラと流れていた。


「チーフ、大丈夫ですか?」


美穂里が心配そうにタオルで足の血を拭きとってくれた。


「大丈夫だよ、ありがとうな。サンゴに引っ掛けただけだよ」


「パパ、らいじょうぶ?」


「あのな自分の心配をしろ」


「美緒はもうらいじょうぶらもん」


「そうか、それなら良いんだ」


深く息を付いて後ろに倒れ込む、胸を押さえて少し顔を顰めると美緒が顔を覗き込んできた。


「パパ? どうしたの? ねぇ、パパ!」


「あっ……何でもない、直ぐに治るから」


「治るからって、へぇ?」


俺の肩に置いた手を胸に当てて、直ぐに美緒が耳を俺の心臓がある位置に当てた。


「な、何? これ、な、なんでも無い訳ないでしょ!」


「ふふふ、まるで『恋×』こいかけみたいだな」


「本当だ、もうやだ。チーフ格好悪い」


「私もびっくりです」


「えっ? ユーカさん? ミポさんまで?」


「治まったか?」


美緒が不安で心配そうな顔をしているのに、何事も無かったかの様に野崎が声をかけてきた。


「よし!」


気合一発で立ち上がると美緒が不思議そうな顔をして皆を見上げていた。


「パパ? 体は平気なの?」


心配そうな顔で美緒が立ち上がった。


「直ぐに治るって言っただろうが、そんなに心配なら触ってみろ」


「う、うん」


美緒が立ち上がり恐る恐る俺の胸に手を当てた。


「治ってる。何で?」


「軽い発作みたいなもんだよ」


「発作って……」


「完全右脚ブロックって言う軽度の異常が心臓にあるんだ、以上なんてな」


「もう、こんな時に冗談なんて言わないで!」


美緒の頭に手やると美緒がもの凄い勢いで払い除けた、そして真面目な顔をして俺の顔を睨みつけていた。

溜息をひとつ付いて美緒の目を真っ直ぐに見た。


「悪かったよ、体の事を黙っていて。最近は動悸も起こらなかったんで何も言わなかったんだ。時々起こる動悸と軽い貧血と目眩以外は何も問題ないから」


「治らないの?」


「一生治らないと医者に告知されているし自分でも調べた。ただフルマラソンみたいな過激な運動をしなければ普段の生活に支障はないよ」


「一生治らないって……」


睨みつけていた美緒の顔がまたクシュクシュになりかけた。

再び美緒の頭に手をやると今度は抵抗しなかった、優しく頭を撫でてやる。


「そんなに心配するな。俺は死神に愛されているんだ、ちょっとの事であの世なんて事にはならないよ」


「他に隠している事は無いの?」


「他に? 若い頃に交通事故で左足を潰してる事くらいかな」


俺の左足には大きな傷跡が三箇所残っていた、大腿部、膝頭、ひかがみにそれぞれ10センチ以上の傷が残っていた。


「本当に大丈夫なんでしょ」


「心配のし過ぎは体に毒だぞ」


「もう、パパのバーカ。パパに言われたくないもん」


「それだけ、元気ならもう平気だな」


「うん!」



その夜はなんだか怖くて一人で眠る事が出来なかった。

我が侭を言ってパパのベッドにもぐりこんだの。

生まれて初めて死というモノを垣間見た気がするんだもん。

それは自分自身と少し苦しそうにしているパパを見た時に死んでしまうんじゃないかと思った。

本当に怖かったこんな感覚は2度と味わいたくないと願ったの。

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