第46話 生まれて初めて食べ

夏休みが始まり、最初の週末。

午前中から米原のビーチで汗だくになっていた。


「あの馬鹿は本当に思いつきで行動しやがって。人の迷惑なんて考えてるのか?」


「まぁまぁ、チーフ。悪気があってしている事じゃないんだから」


「テル、悪気が無ければ何をしてもいいのか?」


「諦めましょうよ。美緒ちゃんは楽しそうなんだし」


荷物を運び終わった美緒は由梨香と美穂里と一緒に波打ち際で楽しそうに遊んでいた。


「で、あの馬鹿は?」


「頼んであった食材を持って後から合流って言ってましたよ」


「準備だけ俺達にさせて、楽しむつもりだな」


「さぁ、どうなんでしょうね」


テルと2人でスクリーンタープを組み立てて、BBQのセッティングをタープの前でしていた。




事の起こりは美緒のバースディーパーティーの翌日だった。


「チーフ、美緒ちゃんのバースディーパーティーどうだったんですか?」


「はぁ? あのなユーカお前達と仕事をしてただろう」


「でも、イタリアンのお店でパーティーなんて素敵だな」


美穂里が蕩ける様な瞳で乙女チックになっていた。

そこに野崎オーナーが突然現れた。


「何の話をしているんだ?」


「出たな、野崎」


「あのな、岡谷。私は鬼でも幽霊でもないんだ、いい加減にしないとマジで殴るぞ」


「いつもはこの時間には居ないだろうが」


「今日は書類を取りに戻ってきたところなんだ。で、何の話だ?」


野崎オーナーが3人を見渡す、由梨香と美穂里は完璧に目が泳いでいる。

俺は俺で白を切ろうと腹に決めていた。

知られたら何を言い出すか判らないからだ。

3人が話さないと判ったのか野崎が標的を変えた。


「テル、何か変った事は無いか?」


「えっ、何ですか? オーナー」


テルがキッチンから何も知らないままノコノコと現れた。


「だから、最近何か変った事がなかったかと聞いているんだ」


「……あっ! 昨日、美緒ちゃ……あがっ!」


ユーカが持っていたモップがテルのゴーヤ(弁慶の泣き所)にクリーンヒットした。


「さぁ、掃除しなきゃ。テルは邪魔よ、どいてどいて」


「私も、窓拭きしよう」


ユーカがモップでテルを追いやる、テルは涙を浮かべながら調理場に戻っていった。


「ほっ、ほぅ~。私に知られたら拙い事があるみたいだな。由梨香に美穂里!」


まるで瞬間移動したように野崎が由梨香と美穂里の肩にしっかりと手を回していた。


「べ、別に何も無いですよ。ねぇ、ミポ」


「う、うん」


「それじゃ、ゆっくり事務所で話をしようか? 御二人さん」


由梨香が助けを求める用に俺を見ていた、美穂里は今にも泣きそうな顔をしている。

これ以上は2人が耐えられないだろうと判断して口を開いた。


「昨日、美緒のバースディーパーティーが知り合いの店であったんだよ」


「はぁ? ワンス モアー プリーズ? ミスター オカーヤ?」


「美緒の誕生会があったんだ」


「で、岡谷。プレゼントは」


「やらない訳が無いだろう、俺の娘だぞ」


「娘ね、その大事な大事な娘の美緒ちゃんの誕生日を私に黙っていたと?」


「別に、言う必要は無いだろう。プライベートな事だ」


野崎の眉と口元がピクピクと引き攣り始めた。

嫌な予感と悪寒が走るが既に時遅しだった。


「今度の土日は臨時休業! 全員、米原キャンプ場に集合! 来ない奴は首!」


「あのな、野崎。夏休みだぞ」


「うるさい、うるさい! オーナー命令だ。岡谷は上司に口答えした罰だ、食材の発注とキャンプの準備を言いつける。肉が不味かったら承知しないからな」


まるで駄々を捏ねる子どもだった、こうなってしまった野崎は手が付けられなかった。

訳が判らず泣いている赤ん坊の方がどれだけましか。

そこに騒ぎを聞きつけて仕込みを終わらせた波照間が現れた。


「何の話をしているんですか? 俺だけ仲間ハズレにしないで下さいよ」


「波照間、今度の土日は米原で美緒ちゃんのバースディービーチパーティーだ。美緒ちゃんに会えるぞ」


「やった! マジすか? 俺、何でもしますから」


相も変わらず意味も訳も判らないままテルが1人ではしゃぎ回っていた。


「本当に、馬鹿なんだから」


「駄目駄目だね、テルテルは」


「へぇ? 俺? 何で? 悪者?」


「テルは何も悪くないよ、男手は俺とお前だけだから準備を手伝えよ」


「はい! 地獄の果てまでチーフについていきます。お父さんと」


「呼んだらシバくからな」


「……パパ?」


「シバく!」





そんな訳で準備を全て終わらせて、テルはユーカ・ミポ・美緒の三人と遊んでいる。

俺はサマーベッドに横になってのんびりしていた。

しかし、昼を回っても野崎は現れなかった。


「チーフ、オーナー遅いですね」


「そうだな、迷子にでもなったかな」


「まさかいくらなんでもそれは無いでしょ。米原キャンプ場が判らない人間なんて殆ど居ないですよ」


テルが遊び疲れたのか俺が寝ているサマーベッドの横に腰を降ろした。


「野崎だからな、ありえる」


「酷!」


「パパ、お腹が空いたよ」


美緒達もサマーベッドの所にやってきた。

遊び疲れて腹が減ったのだろう。


「仕方が無い、これで売店で何か買ってきて食べろ。冷たい物ばかり食べるなよ海で体が冷えてるんだ腹壊すぞ」


そう言って美緒に財布を渡す。


「これで、買っていいの?」


「それじゃ、自腹を切るか?」


美緒がブンブンと大きく首を振った。


「テルも一緒に行って何か買ってもらえ」


「ええ、良いんすか? 俺まで」


「たっぷりと野崎に請求するから構わないよ」


「レッツ ゴー!」


美緒の掛け声とともに3人が美緒の後を付いていった。





「しかし、遅いな。あの馬鹿は」


少し海に入り体を冷やしてから横になり美緒が買ってきた爽〇美茶のペットボトルに口をつける。

日が少し傾いてきたと言うのに野崎は未だ現れずだった。


「撤収するかな……」


そんな考えが頭に浮かぶ、するとビーチの入り口の方から野崎の声がした。


「遅れた、悪い。荷物を運ぶの手伝ってくれ」


テルがいち早く気付き走り出した。

BBQ台の炭に着火材に火をつけて放り込んでから野崎が持ってきた荷物を取りに向った。


「しかし、凄い量だな」


「良いの良いの気にしないの」


6人でどうしろと言うくらいの飲み物(酒や酒がメイン)や食べ物(つまみ&お菓子系)の量だった。

食材は俺が発注したのをそのまま持ってきたらしい。

野崎はご機嫌だった。

直ぐに食材を出してBBQを始める事にする。


由梨香と美穂里は慣れた手つきでテーブルに紙皿や割り箸にコップなどを準備し始めた。

美緒は初めてなのでどうしたら良いのか判らずに俺の側で座っていた。


「美緒、今日のBBQパーティーは野崎が全部持ってくれるんだぞお礼を言っておけよ」


「ええ、本当なの? 野崎さん有難う御座います」


美緒が立ち上がって野崎に頭を下げた。


「何にも気にしなくて良いの。美緒ちゃんの誕生日のお祝いだもんお安い御用よ! 今日は無礼講で騒ぎまくるわよ!」


「嬉しいな、皆に祝ってもらえて」


「そうだよね、皆にお祝いして欲しいよね。それをどこかの誰かさんは、まったく有り得ないんだから」


「はいはい、俺が悪いんです。申し訳御座いませんでした」


「あら、やけに素直ね。岡谷」


俺が白々しく頭を下げると目を細めて俺の事を野崎が見ていた。


「そんな目で人を見るな、待ちくたびれて腹が減っているんだ。とっとと始めろ」


「言われなくても判ってます。それじゃ始めようか」


野崎の号令で各々が飲みたい飲み物を自分で選んだ。

美緒はジュースをユーカとミポは缶チューハイを、残りの3人はオリオンビールを手にしていた。


「それじゃ、美緒ちゃん。お誕生日おめでとう! 乾杯!」


「「「おめでとう!」」」


「えへへ、ありがとう」


美緒が照れてモジモジしている、お腹も限界に近いだろうと思い大きな発砲スチロールの箱から肉を取り出した。


「それじゃ、焼くぞ」


「待った! 岡谷、物事には順番と言う物があってな」


「遅れた野崎がそれを言うか?」


「シャラップ! はい、美緒ちゃん誕生日おめでとう」


野崎が可愛らしい紙袋を取り出して美緒に渡した。


「ありがとう御座います。開けて良いですか?」


「Yes!」


「うわぁ、可愛い!」


それは南国の花柄で暖色系のホルターリボンの膝丈ワンピースだった。


「私達3人から、おめでとう美緒ちゃん」


「ありがとう」


由梨香・美穂里・波照間の3人からは紅型の飾りが付いたヘアーゴムややミンサー柄のシュシュだった。


「凄く可愛い。パパ付けて!」


美緒がバッグからブラシを取り出して俺の目の前に突き出して、シュシュを俺の手に押し付けて背を向けた。


「面倒臭いなぁ」


そう言いながら美緒から受け取ったブラシを持ちシュシュを手首に通してヘアゴムを口に銜え、美緒の髪を漉きはじめる。

頭の上の方で髪を纏めて銜えていたゴムで髪を括り、シュシュを捻り2重にして髪の毛に通した。


「出来たぞ」


「パパ、ありがとう。ん? 皆どうしたの?」


『ニライ・カナイ』の4人が固まったまま俺と美緒を凝視していた。


「変態!」


「早業!」


「凄い!」


「……」


野崎・由梨香・美穂里が声を上げてテルは固まったままだった。


「やかまさん! 経験豊富なんだ俺は」


徐に炭が赤く燃えているBBQ台の網に肉を置いて焼き始める。


「ああ、チーフが照れてる」


「恥ずかしいんだ。ミポ、こんなチーフ始めてみた」


「うるさい、直ぐに肉が焼けるぞ」


これ以上突っ込まれるのが嫌で焼肉奉行に徹する。

美緒は俺の横で嬉しそうにしているだけだった。

すると、まだ半焼けの肉をテルが抓んで口に放り込んだ。


「うわぁ、馬鹿テル。まだ焼けてないよ」


「牛肉だぞ、ユーカ。生でも平気なんだ、それに俺は血が滴る……」


肉を頬張りながら喋っていたテルが急に黙り込んだ。


「テル、どうしたの? 気分が悪くなったんじゃって嫌だ、テルが泣いてる」


「生まれて初めてこんな上手い肉食べたかも……」


テルが幸せそうな顔をして涙を流しながら肉を頬張っていた。





BBQが始まると凄まじい肉の争奪戦が始まった。


「ユーカ! それは私が育ててた肉だ!」


「ええ! 無礼講なんですよね」


「テル! 肉ばかり喰わないで野菜を喰え!」


まぁ、争奪戦と言っても野崎・由梨香・波照間の3人なんだが……

大人しい美穂里と美緒には良い感じに焼けた肉を2人の紙皿に取り分けてやった。


「美味しいね、ミポさん」


「うん、凄く柔らかいよね。チーフこの肉って……」


「石垣牛だぞ、それも特上中の特上のA5クラスの肉だ。沢山食べろよ」


「「はーい」」


俺の『石垣牛』の言葉に争奪戦を繰り広げていた3人が瞬時に反応した。


「石垣牛……」


「美味しいはずだ……」


「A5だぁ? 岡谷? A5クラスと言えば超特上だぞ、こんな物どこから仕入れた?」


顔を引き攣らせていたのは野崎オーナーだった。


「知り合いの焼肉屋のオーナーに業者を紹介してもらったんだ。肉が不味かったら何をされるか判らないからな。ちなみにこのトントロは黒豚アグーだからな。それとこの活きの良い車海老はテルの叔父さんに頼んだが何か問題でも?」


テルが満面の笑顔でサムズアップしているが、野崎の顔はテルとは間逆の顔になっていた。


「いくらかかると思ってるんだ?」


「はぁ? お安い御用なんじゃないのか? 野崎オーナー」


「また、岡谷にやられた……」


「オーナー?」


ユーカが心配そうに野崎の顔を覗き込んだ。


「生まれて初めて勝てたと思ったのに……ああ! ムカつく! こうなったら元を取るまでトコトン騒いで楽しむわよ!」


「「「「YEAH!」」」」


夏休み最初の週末で周りにもビーチパーティー&キャンプをしているグループがなんの騒ぎかと思うくらい大騒ぎになった。

筆頭はもちろん主催者の野崎だった。




ビーチパーティー&キャンプの夜は長い、タープの前では自然にダメージを与えないように焚き火台を使って火を焚いている。

焚き火の無いキャンプなんて海の無い石垣島のような物だ。

焚き火を囲んで皆がゆんたく(お喋り)をしていた、俺はサマーベッドを波打ち際まで運んで横になりながら竿を投げて釣りをしていた。

しばらくすると、足音が近づいてきた。


「ん? 美緒か?」


「ええ、何で判るの? 足音?」


「まぁな、ユーカならもっと元気良く、ミポは静かに、テルなら勢い良く、野崎は音もなく」


「それじゃ、美緒は?」


「子猫の様に優しく軽やかに」


「じゃ、ママは?」


「……さぁな」


「ぶぅ~ 引っかかると思ったのに」


「俺に勝とうなんてまだまだ早いよ、素直に真っ直ぐに大人になって欲しいな」


「……パパがそんな事を言うなんて思っても見なかった」


美緒がサマーベッドの縁に腰掛けた。少し体をずらすと俺の体に寄りかかってきた。


「重い?」


「美緒がか? 軽すぎる」


「もう、本当かな」


美緒が話すのを止める。

打ち寄せる波の音と風の戦ぐ音、それにさお先の鈴が風に吹かれて小さく鳴っている。

空には星が煌いて、人工の音がしない世界。優しい自然に包まれた。

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