第49話 パパへの優しさ 2

顔を洗って仕切りなおし。

パパのベッドの上でアルバムを広げる。

普段のパパはだらしが無いけれど本当は几帳面なんだと思う、どうしてだらしなくしているのかは判らないけれど。

だってポケットアルバムは5冊が一纏めになっていてきちんと番号がふられているんだもん。


一冊目は『サンコーストにて』ってタイトルが付いているの。

そして撮影とか編集とか登場人物なんて書かれているの。

本当に昔から写真を撮るのが好きなのが良く判った。

今でも出掛ける時はデジイチを必ず持ってて沢山写真を撮ってくれる。

最初の3巻つまり15冊はパパが始めて石垣島に来たときのアルバムだった。


「うわぁ、若い! パパ、これって何歳なの?」


「20年前」


「23歳くらい?」


「だな」


パパはまたPCに向ってあの切ない恋物語を書いている。


「でも、あんまり変ってないかも。この時の方が少し痩せて見えるけど」


「72キロくらいかな、今は10キロくらい肉が付いているからな」


「でも、今の方が良い感じかも」


パパは何も答えなかった。

カタカタとキーボードを叩く音が聞こえた。

写真には同じ人達が写っていて凄く楽しそうだった。

海で遊んでいる写真にバンナで遊んでいる写真、それにお酒を飲んでいる写真がいっぱいだった。

こんな楽しそうなら石垣島に嵌っちゃう気持ちが判るかも。

そしてアルバムの最後の方は石垣の写真じゃなかったの。


「ねぇねぇ、パパ。この写真はどこなの?」


「どれ」


パパが椅子を回転させてベッドの方を向いてくれた。


「それは地元の埼玉でバイトしてた時の仲間だよ。こいつら2人がバンドを組んでいてライブなんかをしてたんだよ。一緒に色んな事をして遊んだぞスキーに行ったり、バイト先で奥多摩にBBQしに行ったりな」


「ふうん、何のバイトをしてたの?」


「ファッションリングの製造だよ、18金とか9金とかの」


「へぇ~、そんなバイトしてたんだ」


アルバムに目を戻して次のページを捲るとパパの家族の写真が出てきた。


「こ、これってパパのパパとママと……」


「妹だろどう見ても」


「うわぁ、パパってパパのママ似なんだ」


「どうだかな。妹と似ているって言う奴も居れば似てないって言う奴も居るからな。俺が石垣で暮らす前に日光に最後の家族旅行に行った時の写真だな」


「さ、最後って。そうか石垣に住んでたら家族旅行できないもんね」


「まぁ、何回も両親と妹の家族で石垣に来ているけどな」


「そうなんだ」



再び次のアルバムを取り出して開いた。


「うわぁ、何これ。呑んでる写真ばっかり」


「10月の終わりに石垣に移ったからな。海にも行けず飲んだくれてるんだよ」


「へぇ……」


そこで数枚の写真に目が留まった、小柄で髪が長くってジーンズが似合う可愛い女の子とパパのツーショットの写真だった。

この女の子ってパパの理想に……


「パパ、この可愛い女の子は彼女だったの?」


PCの液晶画面の前にアルバムを突き出した。


「ああ、ペコちゃんか彼女だったのかな?」


「うわぁ、微妙だな」


「凄く短期間のバイトの子だったからな」


「好きだったんでしょ」


「まぁな」


直ぐに誤魔化すんだから。

少しアルバムを見ているとパパの妹さんが出てきた。


「あっ、パパの妹さんだ」


「妹が独身の時はホテル代が要らないからって毎年の様に来てたぞ」


「ふうん」



その後直ぐに1人の可愛らしい女の人が写真に沢山写っていた。

聞くまでも無くパパの彼女さんなんだろうなって言うのが良く判った。


「ねぇ、パパ。この彼女とは何で別れちゃったの?」


「俺が踏み切れなかったから。石垣に来たばかりで生活も不安定で結婚なんて考えられなかったんだ」


パパが振り向き様に即答で答えたくれた。

少し驚いたけれど何となく判るような気がした。

そしてしばらくアルバムを捲っていると子ども連れの可愛い女の人の写真が出てきた。


「パパ、この子ども連れの人とも付き合っていたの?」


「そんな事もあったな、俺がガキだったんで直ぐに振られたけどな」


「そ、そうなんだ」


その後のアルバムにはパパが住んでいるマンションで飲み会をしている写真なんかが出てきた。

綺麗に片付けられていてなんだかオシャレな感じな部屋になっている。

どうしてこんなだらしなくなっちゃったんだろう、凄く不思議に思えた。

でも、写真に写っている人は皆が皆凄く楽しそうだった。

ビーチパーティーをしたり海に行ったり、歓迎会に送別会なんてタイトルも付いてて。

本当にパパが言ったとおりパパの格好はどの写真でも同じ様な格好だった。



そして、アルバムも残す所あと2巻になったいた。


「ああ、ママだ!」


凄く楽しそうに笑っているママの写真だった。


「パパ、これはどこなの?」


「波照間かな、たぶん」


「本当だ日本最南端の碑だって。パパの顔変な顔。でも凄く綺麗な海だね」


「そうだな、波照間は別世界だからな」


ママが登場してからはママだけの写真になっていた。

チョコレートケーキを2人で持っている写真は、パパがケーキを作ったんだと思う。

だってMaho Specialって書いてあるんだもん。

そして、その中には私が持ってきた写真もきちんとあったんだ。

最後の巻にってあれ? 

番号が1冊にしかふられてなかった。

ラストナンバーは41だった。


「もしかして、これが豊年祭の写真なんだ。この猫ちゃん可愛いね」


「真帆が飼っていた猫だよ。ラグって言うんだ」


「ふうん。ママ、猫なんて飼ってたんだ」


「あれ? 終わりかな」


その写真は石垣空港だと思う。

ママがサングラスをしてパパがその横でママの頭に手を置いているの。

そこでアルバムは終わっていた。

その数枚前のママの写真はどこと無く哀しい様な影がある写真だった。

パパはどんな気持ちでこの写真を見てたんだろう、それと同時に1つの疑問が浮かんできた。

アルバムはあと4冊残っているのに写真が一枚も入っていなかった。


「パパ、夏実さん達とのアルバムは?」


「無いよ」


パパの素っ気無い言葉に息を呑んだ、無いってどう言う事なの。

聞きたいけれどあまりに驚いてしまい声が出なかった。


「整理してないんだ。まとめて入れてあるよ、ここの引き出しに」


パパがPCデスク代わりにしている押入れの下にある書類ケースを指差した。


「殆ど焼き増ししてあいつらも持っていると思うけどな」


「それじゃ、パパの写真は?」


「殆ど無いかな、撮るのが俺の仕事だったからな」


「でもあるんでしょ」


「数枚ね」



どうして?

それが一番先に頭に浮かんできた。

あんなに写真を撮るのが好きなのに……

それは、直ぐに理解できる事だった。

でも、何も言えなかった。


一番辛かったのは多分パパだから。


5年であんなに沢山の写真があるのだから、3倍の15年も過ごせばもっと沢山の写真があるはずなのに……


「見せてくれてありがとう」


「お礼を言われる様な事じゃないだろ」


「うん、そうだね。後で夏実さん達の写真も見せてね」


「適当に探して見てくれ」


「う、うん」


それ以上、何も言えなくって枕元に置いてあったママがパパに送った『宙ノ名前』を開いた。

『宙ノ名前』は月ノ章・夜ノ章・天ノ章・そして春夏秋冬ノ星ノ章に分かれていて、とても幻想的な月や星の写真が沢山載っていた。

そして、パパがもの凄く大切にしているのが判った。

どこのページを捲っても折り目なんてひとつも付けられていなくって、流石に白いページは少し黄ばんできてしまっているけれど15年も前の本だなんて信じられないくらい綺麗だった。


「うわぁ、天の川だ綺麗だな。見てみたいな」


「美緒は見たこと無いのか?」


「えっ、だって東京じゃ……」


「そうだな、東京じゃ……あれ?」


「へぇ? 何?」


急に部屋中の電気が消えて真っ暗になっちゃった。

するとパパがカーテンを開けて外を見ていた。


「停電みたいだな。周りも真っ暗だ」


「え、嫌だよ。パパ、怖いよ」


「あのな……」


パパが何かを言うより早く、真っ暗の中でパパにしがみ付いていた。


「美緒は本当に怖がりなんだな。雷に暗闇か? まるで」


「子どもだもん! 美緒はまだ子どもなんだもん!」


だって、小さい時はいつも一人でお留守番で……

パパが優しく肩を抱いてくれた。あれ? 

怖くないかもパパが側に居てくれるだけでこんなに安心できるんだ。


「参ったな、しばらく点きそうにないな。仕方が無い電話を入れておくか」


「えっ? パパ、どこに?」


するとパパが携帯を開いてアドレスからどこかに電話をし始めた。


「もう1人、暗いのが大嫌いな奴が居るんだよ」


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