第32話 今回だけ
美緒は助手席でパッとしない天気の島の風景を眺めている。
俺の過去の話を聞いてから口数が少なくなり、何を話しかけても生返事だった。
海沿いの道を走り続ける、窓の外を見るとくすんだ鉛色の様な空と空の色を写しこんだ海がどこまでも広がっていた。
正面に玉取崎の展望台が視界に入ってきた。
この天気では綺麗な眺望が望めるはずも無く展望台には向わずに目的地に向う。
玉取崎の麓の左手に黄色い可愛らしい平屋建てのお店が見えてきた。
三叉路を左折してお店の裏にある駐車場に車を停める。
「着いたぞ、美緒」
「うん」
「元気が無いな、まぁ腹がいっぱいになれば元気になるだろ」
「…………」
お店の庭を通り店のドアを開けると石田さん夫妻が出迎えてくれた。
「いらっしゃい、久しぶりだね」
「ご無沙汰してます。石田さん。色々と忙しくって」
小柄な奥さんが笑顔で話しかけてきた。
「色々はその子だな」
「まぁ、色々と」
背が高く痩せ型で日焼けした旦那さんが美緒の顔を見ていた。
窓際のカウンターの席に腰を落ち着かせる。
「メニューはこの黒板に書いてあるから」
「美緒は何が食べたいんだ?」
美緒が直ぐ目の前に掛けてある黒板に目をやった。
「ここのお勧めはなんなの? パパ」
「「パパ?!」」
力の抜けた美緒の言葉に石田さん夫妻が驚いて声を上げた。
「岡谷君? パパってどう言うパパなの?」
「まさか、援交じゃ」
「勘弁してくださいよ。俺にはそんな趣味も援助するような金も無いですよ」
「で、でもパパって……まさか」
「隠し子ですか? まぁ、当たらずといえども遠からずですかね。昔の彼女の娘で父親を探しに俺の所に来てしまったんです。名前は大羽美緒です、宜しくお願いしますね」
「いやいや、驚いちゃった」
「でも、岡谷君のところは相変わらず凄いな」
感心しているんだか呆れているんだか判らないが、石田夫妻はお互い顔を見合わせて頷くような首を振るような感じでいた。
俺は俺であと何回同じ様な説明をしなければいけないのかそんな事を考えていた。
すると突然てカウンターを叩いて美緒が声を上げた。
「お腹が空いた!」
「ゴメン、ゴメン。そんなに怒るなよ。久しぶりなんだから挨拶ぐらいさせてくれ」
「どうせ、美緒は隠し子ですよ、ふん! もう帰る!」
美緒が怒りだして立ち上がって店の出口に向おうとした。
「まぁまぁ、落ち着いて。僕らも突然の事で驚いてしまってゴメンね」
「ゴメンさいね、ゆっくりしていってくれないかなぁ」
石田夫妻が美緒を宥めるように言い聞かせてくれた。
「すまなかった、美緒。美緒の気持ちも考えずに隠し子なんて言って、2度と隠し子なんて言わないから許してくれこのとおりだ」
美緒が怒り出すのは当然なのかもしれない、父親が誰だか判らない子どもが受けるであろう差別を気付いてやれなかった。
完全に俺自身の失態だった。
立ち上がって最敬礼に見えるくらい頭を下げる、すると美緒と石田夫妻が驚いたような顔をしていた。
「ほら、岡谷君も謝っているし。ね」
「しょうがないなぁ、今回だけだよ。許すのは」
渋々、美緒が椅子に座ってくれた。
それを見て俺も椅子に腰を降ろした。
俺の一押しの石垣牛のシチューを2つ注文して、美緒の顔を伺う。
「なに? 美緒の顔に何か付いてるの?」
「悪かったなと思って」
「もう良いよ、ちゃんと謝ってくれたし。そうだ、『はんなとーら』ってお店の名前に何か意味が有るの?」
「この地方の方言でたしか夫婦って意味じゃなかったかな」
「そうなんだ」
石田さんの奥さんが料理を運んできてくれた。
「はい、お待ちどうさま。今日は天気はいまいちだけど、ゆっくりしていってね」
カウンターに置かれた大き目のお皿から良い匂いが立ち込めていた。
「石垣牛の頬肉を使ったシチューになります」
「いただきまーす」
美緒が籠に入れてあった木のスプーンを取り出して頬肉を口に運んだ。
表情がコロコロと変った。
「ん! おいひい! パパ、凄くおいひいよ」
「美緒、食べるか喋るかどっちかにしろよ」
「だって、だって。メチャ、美味しいんだもん!」
「美味しくなければ、こんな遠くまで連れて来ないよ」
「ねぇ、ねぇ、このシチューに入ってる白いの何?」
「ゆし豆腐って言って型に入れて固める前の豆腐と冬瓜と人参それにオクラだな」
「ふうん、ゆし豆腐って言うんだ。フワフワで美味しいね」
美緒が顔をほころばせて笑った。
「はい、黒紫米のご飯にアーサー汁。特別にサラダのサービスね」
「すいません、なんだか気を使わせてしまって」
「気にしない気にしない、笑顔が一番でしょ」
「そうですね」
黒紫米のご飯を見て、美緒が何か言いたげな顔をしていた。
「どうしたんだ?」
「ご飯が白くない」
「あのな、栄養たっぷりなんだぞ。ポルフェノールやアントシアニンがたっぷりで鉄分やビタミンも摂れるんだぞ」
「あら? 苦手なの?」
石田さんの奥さんが少し心配そうに聞いてきた。
「う、ううん、家でも五穀米とかだから……」
「へぇ、岡谷君って体に気を使っているんだ」
「まぁ、ちょっと入院騒ぎなんか起こしたもんで」
「は・た・ら・き過ぎなのよ、岡谷君は」
「実家の家訓は働かざる者喰うべからずですから」
「もう、本当に真面目なんだから」
「あー美味しかった。ご馳走様でした」
美緒が満足げにお腹を擦っていた。
そこに奥さんがシャーベットを持ってきてくれた。
「はい、これ食べて。シークワァーサーのシャーベット。岡谷君はアイスコーヒーで良いわね」
「ありがとう御座います」
「シーク? ワァー? サー?」
「はい、岡谷君! 教えてあげてね」
「前に教えなかったか? 沖縄特有の柑橘系の果物でミカンの原種に近いもんだよ。飲み物にもデザートにも料理にも使える優れものだ。沖縄方言でシーが酸っぱい物、クワァーサーが食べ物で酸っぱい食べ物って言う意味だよ」
「良く出来ました」
「お腹いっぱいじゃないのか?」
「女の子はデザートは別腹だもんね」
「うん! 美緒は若いから」
「悪かったなオジサンで」
「あ、パパが拗ねた。可愛い」
「大人をからかうな」
石田さん達が温かい眼差しで俺と美緒を見ていてくれた。
「しかし、岡谷君のあんな真面目な顔を始めてみたよ」
「まいったな、俺って普段はどんな顔をしているんですか?」
「どんなって、なぁ」
「疲れた顔しか見たこと無いものねぇ」
「勘弁してくださいよ」
「ふふふ、でも真面目な話。本気なんでしょ」
「大真面目で本気じゃなきゃ、子育てなんて出来ないじゃないですか」
「そうだったね。3人も育て上げたんだもんね」
「まぁ、親が無くても子は育つとも言いますけどね」
「親は子の鏡よ。良い意味でも悪い意味でも」
「そうですね」
美緒が真面目な顔をしながら俺と石田さん達の話を聞いていた。
「パパはどんな親だったんだ?」
「俺か? さぁな、良い親か悪い親か決めるのは子どもだからな。俺は悪い親だったかもな」
「なんでそんな事を言うんだ」
「家庭を捨てたのは俺だからだよ」
「えっ……」
「なんてな、嘘だよ」
「もう、本当につかみ所が無いんだから! フラフラして」
おちゃらけて俺が言うと美緒が頬を膨らませて怒り出した。
石田さん夫妻は笑っているが複雑な表情をしていた。
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