第35話 とりあえず今は


翌日、目を覚ますと目の前に美緒の頭があった。

「美緒、体調はどうだ?」

「う、うん……ん? なんでパパが……あっそうかパパと一緒に眠ったんだ」

眠たそうな目を擦りながら美緒が寝ぼけ眼のまま答えた。

「少し、離れてくれないか?」

「え? あっ! ゴメン。寝ると何かにしがみ付く癖があって」

「抱き癖があるのか。しょうがないな」

「直らないんだもん」

「癖じゃ仕方が無いだろ」

美緒が体を起こすと直ぐにベッドの上にヘタリこんだ。

「まだ、駄目なのか?」

「う、うん。昨日よりはましだけど。パパ今何時なの?」

「まだ、学校までは時間がある」

枕元に置いてある携帯で時間を確認して、カーテンを開けると太陽が朝から元気に輝いていた。

美緒の質問に答えながら起き上がり台所に向う。

大き目のタオルを濡らして固めに絞りラップを巻いて2分程レンジでチンする。

チンした熱々のタオルを持って部屋に戻った。

「美緒、腹を出せ」

「えっ? パパ何を?」

「時間があるって言っても限られてるんだ早くしろ」

「変な事しないよね」

「するか! 早くしないと身包み剥ぐぞ」

美緒が恥ずかしそうにおへそをだした。

チンしたタオルを熱くない程度まで温度を調整して美緒の腹の上に置いた。

「蒸しタオルだ、温かい」

「自分でへその下の辺りをゆっくりマッサージしろ」

「こう?」

美緒が蒸しタオルの上から4本の指でゆっくりマッサージを始める。

それを見て美緒の足を掴んだ。

「パパ、言ってから掴んでよ怖いよ」

「動くな、怒るぞ」

「だって」

有無を言わさずに膝の内側と外側のツボをゆっくりと親指で揉み解すように指圧する。

「あれ? 気持ち良いかも」

しばらく続けて今度は踝の内側の指数本上と踝の下側も同じ様に指圧した。

「うわぁ、体がポカポカしてきた。気持ち良いよ、パパ。なんでパパはこんな事を知っているの?」

「夏実が同じだったんだよ。それで思い出しながらだけどな」

「ふ~ん、それが経験が豊富って事なんだね」

「まぁ、色々とな」

これ以上突っ込んだ話をしても俺が答えないのを知ってか、美緒が話を変えてきた。

「ねぇ、パパもハーリーに出た事があるの?」

「あるぞ。最初は行きつけの飲み屋のマスターが祭り好きで何回か引っ張り出されて、ホテルで仕事してた時も経験者だからって半分強制的にメンバーに入れられてたな。白保のハーリーにも出た事があるな、舵取りの海人が酔っ払ってて大変だったんだぞ」

「えっ? ハーリーって一箇所だけじゃないの?」

「八重山では6箇所かな。石垣では石垣・白保・伊原間、与那国の久部良、小浜の細崎、西表の白浜。旧暦の5月4日はユッカヌヒーと言われて1年で一番の厄日だとされているんだ。だから旧暦の5月4日にハーリーをして厄払いと豊漁を願い、海の神様に一年の健康と豊漁、そして航海の安全を祈願するお祭りなんだ。沖縄各地の漁港で行われてるよ」

「ふうん、そうだったんだ」

美緒が一頻り感心していた。

枕元の携帯を取り携帯を開いて画面を見ながらメールをする。

すると美緒が不思議そうな顔をして見ていた。

「こんな朝早くから誰にメールしているの?」

「担任の金子先生だよ。一番最初の御願ハーリーは10時頃からだろ、遅刻する事と直接会場に連れて行く事、体調が戻らなければ早退する事をメールしているんだ」

「ええ、大丈夫だよ」

「口答えするな」

「もう、心配性なんだから」

美緒が頬を膨らませながらゆっくりと起き上がった。

「どこに行くんだ?」

「もう、レディーに対して失礼でしょ。トイレです!」

「ついでにシャワーでも浴びて準備しろよ」

「ふんだ! 言われなくても判ってます! アッカンべーだ!」


「うわぁ、人がいっぱい居る。凄いお祭みたい」

浜崎町の石垣漁港内の駐車場に車を停めて青空に映える白いテントが連なった会場に向かう。

平日だと言うのに団体ハーリーやマドンナハーリーの応援に来ている人や、観光客や島人にナイチャーで会場内はごった返していた。

「しかし、暑くなりそうだな」

空を見上げると元気な太陽が150%増しで頭上で笑っていた。

「あっ! 美緒!」

「泉美! ゴメン遅れた」

クラスでお揃いのTシャツを着た女の子が美緒を見つけて手を振っている、美緒がクラスメイトの方に駆け出した。

「美緒、おはよー。体調は良いの?」

「う、うん。まだ、ちょっと。でもパパが色々としてくれたから」

「……パパってあの人?」

美緒を取り囲むようにしている女の子の1人が俺の方を見て何かを言っていた。

「別に今日は美緒が嫌がる様な服装はしていないはずだが……」

少し不安になり自分の格好を確認してしまった。

黒のコンバースにいつもの501、そして黒の半袖カットソーにストライプのシャツを羽織ってオレンジの少し派手なキャップを被っている。

俺の方を見ていた女の子が急に俺に向って走ってきてお辞儀をした。

「私、美緒さんのクラスメイトの玉城泉美たましろいずみです。パパさんですよね、いつも美緒さんに仲良くさせていただいています」

「あ、うん。美緒の親代わりの岡谷です。これからも美緒を宜しくね」

「は、はい!」

キャップを外して頭を下げると嬉しそうにして走り去って行った。

「やった! 美緒のパパに挨拶しちゃった!」

そんな声が聞こえてきた。

俺が美緒に目配せをして移動しようとすると美緒が声をかけてきた。

「パパ! どこに?」

返事の変わりに黒のポーターからデジイチを取り出し、親指と小指を立てて顔の横に当てて電話のジェスチャーをする、写真を撮っているから何かあれば電話しろと。

「うん、判った。後でね」

通じたのを確認してから美緒達と別の方向に歩き出した。


「美緒、本当にパパなの? 違う意味のパパだったりして」

「もう、怒るよ本当に。パパは絶対に援交なんてしない人だもん」

「でも、オジサンじゃないのは確かだね」

「本当に泉美は疑い深いんだから」

「年上の彼氏でも通るかもね」

「そんな訳……無いじゃん……」

私が少しトーンダウンすると泉美が突っ込んできた。

「あれ? もしかしてパパじゃなければ本気とか?」

「違うよ、そんなんじゃ無いけど……」

本当は揺れていたママの言いつけを守らないといけないのだけど、心の片隅に本当に……って言う気持ちが芽生えはじめていたのは確かだった。

『とりあえず今は楽しんじゃぉ!』

これが私の本当の気持ちかも。

「こら! 勝手な行動は……あら美緒ちゃんが来たのね。そろそろ応援の準備をしなさい!」

金子先生の声で一斉に皆と一緒に走り出した。





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