第44話 生まれて初めての秘

とっても素敵なバースディーパーティーがあった翌週の夜。

私はパパに連れられて宮良って言う集落にやって来ていたの。

パパの様子からすると野崎さんに何かを言われて私をここに連れてきたみたい。

それと、明日は学校を休めって言われちゃった。

不思議だなパパは仕事の事になると凄く真面目だから、学校を休めなんて絶対に言わない人だと思ってたのにな。

でも、いつもの理由で休めば先生もズル休みだとは思わないだろうな。

それと不思議な事がもう1つ。

あんなに酷かった生理痛もあまり酷くならなくって今回はちゃんと来たんだよ、何でなんだろう? 

これもパパのお陰なのかなぁ。


「ねぇ、パパ。こんな夜に何があるの?」

「宮良の豊年祭だよ。宮良の豊年祭は独特なんだ」

「どんな風に独特なの? 豊年祭って何?」

「百聞は一見にしかずだ、ほんの一瞬だから見逃すなよ。後でちゃんと説明してやる」

パパがそう言うと直ぐにどこからか着物みたいなのを着てる男の人が大勢で走って来た。

そして、目の前を何か意味の判らない事を言いながら通り過ぎる。

その男の人の中に草ボウボウで赤いのと黒いお面か何かを被った物が居る、凄い殺気だった感じでとても怖くってパパの手を握り締めちゃった。

あっという間に近くのお家の庭に入って行ってしまって、庭の中で踊りか何かをしているみたい沖縄独特の音楽だけが聞こえてきて中の様子は良く判らなかった。

「パパ、今のって何なの? 凄く怖かったよ」

「あれが『アカマタ クロマタ』って呼ばれている来訪神だよ」

「神様なの?」

「そう、五穀豊穣を齎す神様なんだ。各家を回って家の庭で踊りが踊られるんだ」

「ふうん、それじゃ写メろうよ」

「そんな事をしたら殺されちゃうぞ」

「ええ、いつの時代の話なのさ」

「今はどうだか判らないけれど昔は写真に撮った人が行方不明になって袋叩きにあったなんて話があるくらいなんだ。記録に残しても写真やスケッチしても駄目、それに録音なんてもってのほか。秘祭中の秘祭なんだよ」

「秘祭って、宮良だけなの?」

「新城島(パナリ島)に小浜島でも同じ『アカマタ クロマタ』の豊年祭が行われてるよ。それと西表の古見が発祥とされていて古見ではアカマタ クロマタの他にシロマタって言う神様が登場するんだ」

「どこも秘密のお祭りなの?」

「そう、だから詳しい事は何も判らないんだ。昔、パナリの豊年祭を題材にした小説をどこかの知事さんが書いて大騒ぎになったって言う話を聞いたことがあるな。たしか映画化されたはずだぞ」

「へぇ、そんな事もあったんだ」

「多分、知事は八重山には来れないだろうな」

「生まれて初めて秘密のお祭りなんて見たよ。怖かったけどなんだかドキドキした」

「そっか、そう感じられただけでも良しとするか。美緒の体にも南の島の血が流れているのかもな。明日は四ヶ字の豊年祭だ、帰ろうか」

「うん!」


翌日、美緒は学校を休んだ(ズル休み)と言えば本人が怒るだろう、豊年祭を見せたくて休ませたが正しい。

朝、少しだけゆっくり寝ていると遠くから鐘の音と太鼓の音が聞こえてきた。

「パパ、おはよー」

「おはよう、眠そうだな」

「いろいろと女の子は忙しいの。そう言えばお囃子が聞こえる気がするんだけど」

「豊年祭の道ジュネーだよ。今日は石垣・新川・登野城・大川の4つの字が合同で行う八重山地方最大の豊年祭なんだ。字の御嶽からメイン会場の真乙姥御嶽まで旗頭を持って鉦や太鼓を打ち鳴らしながら練り歩くんだ。それを道ジュネーって言うんだよ」

「それじゃ、もう始まってるの? 早く見に行こうよ」

「もう少しゆっくりで……仕方が無いな。朝飯ぐらいちゃんと食べろよ」

「うん!」

美緒の瞳が輝いてワクワクモードになっていた。

もう誰にも止められないだろうと思いとりあえず朝飯に手をつける。

もの凄い勢いで美緒が朝飯を食べて、速攻で準備し始めた。

「その格好で行くのか?」

「だって、パパはいつもの格好なんでしょ」

「まぁ、あの組み合わせ以外に普段着なんて持ち合わせてないからな」

美緒の格好はタイトな白いTシャツに501にベルトポーチをつけて瑞穂から貰ったキャップを被り部屋から飛び出してきた。

「ヘソ丸出しで風引くなよ」

「若いから大丈夫です! ぶぅ~だ」

頬を膨らませて顔を近づけてきた。

軽く往なして俺も準備を始める。

携帯で天気予報をチェックしてタオルを多めに、それとシャツを1枚とりあえずポーターに括り付けた。


マンションから南に下がり東に向うと鉦や太鼓の音が大きくなってくる、天川御嶽が見えてくると旗頭が出発する所だった。

「始まってるじゃん。早く行こうよ」

「まだ、先は長いんだよ」

「あれ? 岡谷さんに……真帆ちゃん?」

突然、筋道から声を掛けられた。見覚えのある女の人だった。

「高洲か? 久しぶりだな」

「お久しぶりです、で……」

「ああ、こいつは真帆の娘の美緒だよ。事情があって俺が預かってるんだ」

少しふっくらとして歳を重ねているが高洲に間違いなかったようだ。

「パパ、この人は誰? ママの友達なの?」

「うふふ、真帆ちゃんそっくりで驚いちゃった。そう言えば昔、岡谷さんは真帆ちゃんと2人で豊年祭を見に来てたよね」

「そんな事もあったな。美緒、この人は真帆や俺と一緒に働いてた事がある高洲さんだよ、今は結婚して苗字が変わったんだよな」

「ええ、金城になったの。子どもが待ってるからまた後からね」

「そうか、じゃな」

旧姓・高洲が筋道を実家の方に向って歩いて行くのを見て、家が天川御嶽の直ぐ近くだったのを思い出した。

「ねぇ、パパ。ママと来た事があるの?」

「そうだな、あれはオンプールだったかムラプールだったか忘れたけどな」

「そうなんだ、ラブラブだったんだ」

「そうだだったかな、そろそろ行かないと置いていかれるぞ」

「ああ、先は長いって言った癖に逃げた」

旗頭が進んでいった方に美緒の言葉が聞こえない振りをして歩き出した。

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