第29話 ss誰が変
「そこの変態野郎! 何を悦に浸ってるんだ?」
瑞穂の会心の一撃だった。
俺は何も反論せずにパスタを頬張り、白ワインが注がれているグラスを呷った。
「ねぇ、美緒ちゃん。そのTシャツって……」
「パパのへインズの白Tシャツだよ。ぶかぶかだけど可愛いでしょ」
「可愛いけれど……だけどさぁ、変じゃない?」
「なんで? 女の子が男モノを着たら変なの?」
「そうじゃなくって、恋人同士とかなら判る気がするけど」
「親子じゃ変かな? やっぱり」
美緒が不満げにTシャツの肩を両手で摘み上げた。
万が一、2人の会話に近づこうものなら蟻地獄に堕ちた獲物の様に色々なモノを浴びせられて切り刻まれてしまうに違いなかった。
パスタの皿とグラスに集中する。
「それに、そのジーパンに革のポーチって岡谷とお揃いでしょ」
「うん、パパに頼んで買ってもらったの。リーバイスのレディース501とキャメル色の革のベルトポーチだよ。でね、ベルトはパパのお勧めで使い回しが良いからってメッシュのデザインレザーベルトの茶色だよ。可愛いでしょ、にひひ!」
美緒が破顔一笑して立ち上がりTシャツを捲り上げて瑞穂にベルトを見せていた。
「岡谷は何も言う事無いの? このど変態!」
瑞穂の一撃にも無反応を貫き通す。
「瑞穂さん、パパって昔から変らないの?」
「基本的に変わらないわね。昔のままかなぁ、昔の写真でも見せてもらったら」
瑞穂が余計な事を言い出した。気付かれないように一瞥する。
「余計な事を言いやがってって思ってるんでしょ、岡谷」
ばればれの様だった……
「それじゃ、今度見せてもらおうかなぁ?」
美緒が俺の顔を覗き込む、手に持ったフォークを美緒の顔の前に突き出すと美緒が仰け反った。
「あぶ! まだ、恋もした事が無い乙女の顔に傷が付いたらどうするのよ! パパのバーカ!」
「人が飯を食っているのに覗き込むからだ」
「絶対にアルバムを探し出してやる」
「パソコンが置いてある上の天袋に入ってるよ。赤ん坊の時からのが全部な」
「え、本当に見ても良いの?」
「美緒に隠さないといけない物なんて俺は持ち合わせてないよ」
「本当かしら」
瑞穂が腕組みをしながら訝しそうな目をして言い放った。
「家宅捜査でも何でもしてみろ。もし、そんな物が出てきたらなんでも言う事を聞いてやる」
「たいした自信ね。まぁ岡谷ならありうるか」
「隠そうと思うからいけないんだ、本当に隠したい物は頭の中に入れておけば良いんだよ。誰にも見られないし知られる事もないだろ」
「うわぁ、なんだかパパが黒い」
「まぁ、岡谷が一番黒いかもね」
「み、瑞穂さんまで」
美緒が信じられないって顔をしていた。
「話は変わるけど美緒ちゃんは岡谷と同じ格好って嫌じゃないの?」
「え? どうして? 親子でお揃いって良くない? それにパパが持ってる物って凄く可愛いしセンスも良い感じだと思うけど」
「確かにね、狙ってるって感じじゃないんだろうけど」
「狙ってる?」
「女の子受けする物を結構持ってるでしょ?」
「う、うん。それが目的なのパパ?」
美緒が少し不安そうないかがわしい人でも見るような目をしている。
「あのな、美緒が俺の所に来た時の部屋の状態で女の子を誘えると?」
「うう、あれじゃ無理かも」
「そんなに酷かったの?」
「ゴミ部屋ほどじゃないけど、洗濯物は取り込んで投げたままだし新聞は散乱してるし、台所なんてもう……。今は綺麗だけどね、私が片付けて掃除もしてるから」
「ちゃんとしなさいよ。岡谷パパ!」
「面倒臭い、我慢できなくなれば片付けるよ。昔からそうしてきたんだ」
「我慢てあんたね」
呆れ顔で瑞穂が首を振っている。
美緒は冷めかけたパスタを大急ぎで頬張っていた。
残りが少ないグラスを飲み干してグラスを掲げて瑞穂に催促をする。
瑞穂が『はいはい』と言う顔をしてワインボトルを持って来てグラスに注ぎ始めた。
「もしかして、岡谷って女の子にプレゼントをする時も凄く凝ってたりするんでしょ」
「さぁな」
「パパが女の子にプレゼント?」
「そうそう、昔はね誕生日とか送別会の飲み会なんかをスタッフでしてたの。その時も必ず花束とか買って来てたもんね」
「へぇ、そんな事をしてたんだ。それじゃパパが特別な人にあげるプレゼントって……」
「気になるよね、美緒ちゃん」
「うん!」
美緒が俺の顔を覗き込み凝視する。
瑞穂はボトルをカウンターに置きっぱなしにして俺の顔を伺っていた。
「な、なんなんだ。2人とも」
「知りたいなぁ、パパ」
「隠さないといけない物なんて岡谷には無いんでしょ」
「無いぞ、だからって頭の中にあるものをベラベラ喋ると思っているのか?」
「「思う!」」
2人は微動だにしないで俺の顔に穴が開くんじゃないかと思うくらい見ている、まるで心の中を見透かされているんじゃないかとさえ思えた。
「黙秘権を……」
美緒が俺の顔を睨みつけるように目の前にフォークを突き出した。
「危ないって言ったのは美緒だぞ。それに」
「それに何? もう、恋も結婚もしたんでしょ。顔に傷が付いたって気にしないでしょ」
「あのなそんな事を、真面目な顔をして言うもんじゃないだろ」
「誰にプレゼントをあげたの?」
「はぁ? まだ何も話してないだろうが」
美緒の瞳が真っ直ぐに俺をロックオンしている。
ご丁寧に腰に両手を当てて……
美緒がこうなってしまったら神様でも尻尾を巻いて逃げ出すはずだ。
仕方なく溜息をついて前置きをしてから口を開いた。
「昔々の話だぞ、いいな」
「うん!」
興味津々とした顔つきになりテーブルに頬杖を付いて美緒の瞳が爛々と輝き出した。
「良くブーゲンビリアを使っていたかな」
「ブーゲンビリアってあの綺麗なピンク色の?」
「そうだ、あの花の様に見える綺麗なピンクの所を乾燥させて緩衝材代わりに使うんだよ」
「カンショウザイ?」
「プレゼントが壊れないようにペーパーパッキンって言う細く切った紙とかが入ってるだろう」
「うわぁ、箱を開けるとピンク色のブーゲンビリアからプレゼントが出てくるの? 色が変わったりしないの?」
「しばらくは変わらないよ」
「キザ過ぎない、ロマンチスト岡谷」
瑞穂が感心したような顔をしているがどことなく軽蔑まじりの声だった。
「昔々の話だって断っただろうが」
「それじゃキザついでにどんな物を誰に送ったの?」
「あのな……」
話を終わらそうとして美緒の顔を見るとキラキラとした瞳で俺を見ている。
「余計な事ばかり言いやがって」
「早く早く、パパ」
「表皮が付いたままの丸太をくりぬいて綺麗にニスを塗った物を箱代わりにして、小さなシャコガイにアクセサリーを入れてかな」
「誰に送ったの?」
「里美だったかな美幸だったかな、昔の事だからな忘れたよ」
「ママじゃないんだ」
「さぁ、真帆だったかもな」
「ふうん」
「私もそんなロマンチックなプレゼント欲しいなぁ」
美緒の反応はなんだか微妙な気がしたが、瑞穂がこれ以上余計な事を言わないように切り捨てた。
「誰が2度とあんな恥ずかしいプレゼントを送るか、若気の至りだよ」
「やっぱり岡谷はオープンな変態なんだ」
「誰が変態だ!」
「パパ!」「岡谷!」
知らず知らずの内に蟻地獄に引きずりこまれて切り刻まれて料理され肴にされていたのは俺だった。
女は怖い……
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