第10話 今、現在


「晩飯でも食いに行こう」

美緒が持ってきた荷物を片付け終わる頃には、東京から比べると1時間ほど遅いが日が暮れてすっかり暗くなっていた。

「作らないのか?」

「面倒臭い、それに今日は疲れたし酒も飲みたいからな」

軽くシャワーを浴びて汗を流してから出かける。

「そんな格好で食事に行くのか?」

「そんな格好?」

美緒に言われて改めて自分の格好を見る。

ジーパンにTシャツに素足でゾウリなのだが……

「おかしいか?」

「食事に行くんだろ」

「まぁ、気取る必要がある場所なんて石垣島には存在しないよ。俺が気にしないだけかもしれないが、これから行く店は馴染みの店だから裸じゃない限り何も言わないさ。下手すれば裸でもパンツさえ穿いていればOKかもしれないかな」

「ふぅ~ん」


マンションの前の緩い坂道を徒歩で上がり、4号線を西に向う。

大川のココストアーを越えて石垣牛専門店のいしなぎ屋の横の暗く細い脇道を上がっていく。

「また、看板も出してないのかよ」

心配になりメールをすると『開いてるよ』の返信が返って来た。

「ち~す!」

看板は出ていないが店の電気はついていて営業はしている様だった。

ドアを開けて店の中に入ると俺の後ろに居る美緒を見て、背が高く20年来の戦友でありこの店のオーナー坂上瑞穂(さかうえみずほ)が口をパクパクさせて固まっていた。

「お、岡谷。そ、その子は……」

「あいつの娘だよ。父親を探しに来たんだと」

「父親ってまさか……」

「さぁ?」

俺が両方の掌を上に向けて肩をすぼめてアメリカ人ちっくな『shrug』と呼ばれるボディーランゲージをすると、軽くウェーブのかかったセミショートの髪を揺らしながら瑞穂みずほが腹を抱えて大笑いをし始めた。

「笑うな!!」

確かに笑える話なのだろう、瑞穂には少し前に真帆の写真を見せた事がある。

その真帆と良く似た少女を連れて俺が店に現れたのだから。

「なぁ、ここはなんだ?」

美緒が怪訝そうな顔をして俺のTシャツの裾を引っ張った。

「とりあえず座ろう。ここは『マッドティーパーティー』って言うイタリアンのお店だよ、あいつとは古い知り合いなんだ」

席に着くなり白ワインをグラスで注文して半部くらい煽るように喉に流し込んだ。

「なぁ、何で何も聞かないんだ?」

「それじゃ逆に聞くが、何を聞けば良いんだ? 今現在、真帆はどこに居るかも判らないんだろ。それに根掘り葉掘り過去の事を聞けば話してくれるのか? 俺は過去の事が知りたくない訳じゃないが、今はこれからの事を話すほうが建設的だと思うんだが。とりあえず食事が先だ、何が食べたい? なんだか聞いてばかりだな。それじゃこうしよう、パスタだがクリーム系が良いかオイル系のピリ辛かトマト系か?」

「それじゃ、クリーム系で」

「美緒は嫌いな食べ物は無いのか?」

「基本的に大丈夫」

「それじゃ、クリーム系とトマト系で。他に食べたい物があれば適当に注文してくれ」

「うん! 私にも白ワイン! グラスで!!」

「却下!! 未成年はここの美味しい水で十分だ」

「ぶぅ!!」




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